ひんしになったポッチャマをぎゅっと抱きかかえて、ベースタウンへとトボトボと帰るアヤと、それを後ろから見つめるレニ。二人の間に会話はなく、ただ夜の静けさが辺りを支配していた。
第七話 暗躍する影
「あっ! おねえさんたち、帰ってきたよ!」
宿屋に戻ってきたアヤとレニをすっかり元気になった様子のジュンと宿屋の主人が迎える。
「出ていっちゃうから、どこにいっちゃったのかなーって思ってたんだよ」
「ちょっと、ね……。心配してくれたの? ありがとう」
「うん!」
「お客さんのポッチャマ、ひんしの状態のようですが……!? 今日はもう、お休みになられてください」
「そうさせていただきます。そこの坊やもようやく静かになったようですしね……」
「はい! そうします! おやすみなさい」
と憎まれ口を叩くレニにアヤは被さる形で声を上げると、自らの部屋へと戻っていくのだった。
二人が部屋の扉を開ける前に、アヤは小さく声を振り絞る。
「レニ博士、私……」
「なんです? 泣き言なら聞きませんよ」
「……どうだろう、泣き言になっちゃうのかな」
と自嘲するアヤに、レニの瓶底メガネの奥の瞳はただただ彼女を見つめる。
「私……この世界に来て、自惚れていたのかもしれません。憧れのポケモンに会って、舞い上がっていたのかも。だってポケモンのことだったらちょっぴり、たぶん、他の人より詳しいし。
それに、バトルだって経験を積んできて、強くなったと思ったのに……このありさまです」
「ハァー……。弱音に付き合わされる私の身にもなってください。
いいですか? 過去のことをいちいち考えているなど、無駄です。ましてやそれでウジウジと悩んでいるなど愚の骨頂! それにこんな夜更けに考え込んでいては、さらにネガティブになりますよ」
「そうですよね……」
「今日はもう寝なさい。明日の朝にもそんな様子で、少しでも陰鬱さを見せたら……許しませんからね」
と言い残したレニは戸をバン!と閉め自身の部屋へと入っていくので、アヤも自分の部屋に入って静かに戸を閉める。ポッチャマをベッドへ寝かせると、自身も隣に寝そべって布団を掛ける。
「レニ博士……ああ言う物言いだけど、本当にその通りだな……」
彼女は目を瞑り、(レニ博士のそれが、優しさから来てたならよかったんだけど、多分自論を語ってるだけなんだよな……。
でも、大事なのはきっと、失敗から何を得られるのかってこと……)そう考えてはいたが、一雫の涙が彼女の頬を伝う。
「……ポッチャマ、私、強くなるからね」
隣で眠るポッチャマの頭を撫でながら、アヤは静かにその瞳を閉じたのだった。
「レニ博士、おはようございます」
「おはようございます」
朝になり、元気になったポッチャマを連れてアヤはレニへ何事もなかったように挨拶をする。
「……今日はカヨイタウンへの到達を目的にしようと思っています。険しい道が続くので覚悟するように」
「わかりました」
レニも彼女に何も言わず、重い荷物を背負ってせっせと宿の出口へと向かって行く。すると……
「おねえさんたち!……カヨイタウンに行くの?」
と、ジュンに止められる。宿の出入り口は人で溢れて騒がしくなっており、主人はせっせと人を捌いていた。
「ええ。……やけに騒がしいですが、何かあったのですか」
「この先のどうろがつーこーどめ? になっちゃったんだって! 頭がいたいコダックがたくさんいるんだって!」
「なんですって……!?」
ジュンの言葉に、眉を顰めるレニ。アヤは、ゲームの中でも悩めるコダックが道を塞いだことを思い出し、それでは仕方がないなと頷いた。
「迂回するルートはないんですか?」と、ヨハナ中立国の地理を知らないアヤは一応レニに尋ねるが、「ありませんね。一本道です」と非情な回答が返ってくる。
「もう一日おとまりしてよ! 僕、おとうさんに言ってくるから!」
「……仕方ありませんね。この盛況っぷりを見るに、宿が取れるうちに取っておいたほうが良いでしょう。頼めますか」
「ジュンくん、お父さんに言ってもらってもいいかな?」
「うん!」
レニとアヤに頼られたのが嬉しかったのか、満面の笑みのジュンは駆け出したのだった。
「悩めるコダックの大量発生ですか。まったく! 傍迷惑です」
「ひでんのくすりがあれば、頭痛を治してあげられるんですけどね……」
と、アヤはゲーム内の知識を思い出してレニへとそう返す。
「ひでんのくすり? ……なんですかそれは」
「ポケモンの治療薬です。効き目が強い、よっぽどでないと処方されないお薬……だったかな」
うろ覚えのアヤから詳細を聞いたレニは、「あなた本当にポケモンのいない世界からやってきたのですよね? そんなものの存在までも知っているとは……やはり私の見立ては正しかった」と自分に感心した様子であった。
「この辺に、薬屋さんは無いですよね……?」
「ええ、ありませんね。コダックたちもいずれは退くでしょうから、大人しく待つしかありません」
ベースタウンに足止めをされることになったアヤのレニ。そんな彼女たちの元に、徐々に追跡者の手が忍び寄る……
▼▽▼▽▼▽
「……フィリオンです。お呼びでしょうか」
ミディアルデ直属の騎士であるフィリオンは、宮廷内の彼女の部屋へと招かれていた。身に覚えのないミディアルデからの呼び出しに、彼は内心、どのような要件で呼ばれたのだろうかとヒヤヒヤしていたのだった。
まさか公然と広まっている自分の複数の恋人関係の、そのしがらみでは無いだろうなと考えていた矢先、「表をあげなさい、フィリオン」と、ミディアルデは彼の頭が上がるのを冷たく見据え口を開く。
「フィリオン、あなた……騎士団のデータベースに不正アクセスしましたね」
「ミ、ミディアルデ様……!? お言葉ですが……その、確かに致しましたが……そんなことはあなた様もとっくにご存知のはずでは……」
「お黙りなさい」
情報収集のためにフィリオンがたびたびデータを得ている事は、ミディアルデも黙認しているものだと常日頃よりたかを括っていた。
しかし、今になってそれは悪いことのように話すミディアルデに、フィリオンの背中に汗が伝う。
すると、ミディアルデは机の上に置かれているメモ用紙に筆を走らせる。
フィリオンは静かにそちらへと近付き用紙を覗き込むと、達筆な字で『盗聴』とだけ書かれていた。
「ミディアルデ様……その、私は、どのような罰を受けるのでしょうか?」
話を理解したフィリオンが何度も頷きながら彼女へと視線を送る。ミディアルデはさらに筆を走らせ、『レニ博士』『今は調べるな』と素早くメッセージを綴ったのだった。
「あなたは優秀な人材です。騎士団においても、それに私にも必要とされています。……一ヶ月の謹慎で済ませると致しましょう。少しその身を休ませなさい」
「はっ! ミディアルデ様の御慈悲に感謝いたします」
(もしや……レニ博士の論文を隠匿したのはミディアルデ様なのか……?)と思考をするフィリオンに、ミディアルデ「下がってよろしい」とだけ告げるも、その目は強く訴えかけている。
部屋を出たフィリオンは、「……随分暇になっちまうな。ニャビーちゃんのところに上がり込むか」と、騎士団を休むことについては特に問題がないようであった。
「ミディアルデ様はああ言っていたが……『今は調べるな』ってことは『今じゃなけりゃいい』って事だよな」
屁理屈をこねるフィリオンに、ボールから出てきたポケモンもそうだそうだと言うように彼に擦り寄る。
「ヴァーリカもこの案件はキナくさいと言っていたし……少しばかり別ルートから調べてみるか。おーよしよし、お前はいい子だな」
フィリオンは自身のポケモンを一通り撫で回したのちに、ボールへとしまうのだった。
ミディアルデは、フィリオンに伝えたメモ用紙を暖炉の炎の中に投げ入れてその記録を抹消する。この現状に深くため息を吐きたいところであったが、弱気なところはたとえ盗聴相手であっても見せはしないと凛とした姿である。
(お義兄様……これで良かったのですよね)
義兄のことを思いアンニュイな表情を浮かべるミディアルデは、まるで絵画のように美しかった。