諦めるなんてもったいない!   作:赤井来

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流行りのジャンルではないですが、最後まで書き上げてたので投稿します。

誤字や脱字、おかしな部分があれば教えていただけると助かります。

文章中で、文字の詰まりを調整するため、あるいはキャラクターの性格を出すために、あえてひらがなで書いている部分などあります。

当小説は、生成AIのGemini3.5を利用して
・表記ゆれ
・誤字
・脱字
・誤用
のチェックをしております。気になる方はご注意ください。



第一章
呪いなんて、大体こんなものだよね


 サナレットの街に夜が近づいていた。

 

 ボクが街門をくぐったのは、ちょうどその境目の時刻だった。

 

 サナレットは思っていたよりずっと活気のある街だった。

 石畳の大通りには市場の終い支度をする声が飛び交い、荷馬車が走り、パン屋のかまどの残り香が漂っている。

 古い街並みの上に新しい建物が継ぎ足され、街は今もどこかを工事中だ。

 生きている街というやつだ。

 

 大通りには屋台が並びはじめていた。揚げ物の匂い、安い酒の匂い、それから——ふと見上げると、屋台の軒先に小ぶりな提灯がいくつも吊るされていた。

 柔らかな橙色。まだ火の入っていないものも多い。

 

 「お祭りでもあるの?」

 

 串焼きを一本買うついでに聞いてみると、店主のおばさんは「灯送りだよ」とだけ言って、忙しそうに次の客へ向き直ってしまった。

 

 灯送り。ふぅん。聞いたことのない祭だ。

 土地の風習というやつは、どれだけ年月を重ねても知らないものが湧いて出てくる。

 これだから旅はやめられないんだ。

 

「ところで、噂の館っていうのはあっちにあるやつかな?」

 

 噂の館。

 今回ボクがサナレットに来ることになった原因でもある、呪いの館だ。

 

 何の気なしに重ねて聞くと、おばさんの手が一瞬止まった。

 それから、つり銭を渡す手つきだけが妙に丁寧になった。

 

「……お嬢ちゃん、悪いことは言わないよ」

 

 それだけだった。

 なるほど。呪いってやつは、まず人の顔つきに棲むものらしい。

 

 

 領主の屋敷は、街の新しい中心にあった。

 

 執務室に通されたボクを迎えたのは、書簡と帳簿の積まれた机。

 そして、その向こうに座る壮年の男だった。

 袖口が擦り切れるまで着込まれた上着。

 装飾より実務、という手合いの匂いがする。

 

「遠路ご足労いただいた。掛けてくれ、スイ殿。まさか貴女に来てもらえるとは思っていなかった」

 

「どうも。それで——壊したいの? あの館」

 

 挨拶もそこそこに聞いてみた。こういうのは最初に聞いておくに限る。

 取り壊しの露払いなのか、それとも別の何かなのかで、仕事の組み立てがまるで変わるからね。

 

 領主は即答しなかった。帳簿の山の上で指を組み、少しの間言葉を選ぶように黙った。

 

「……分からん。それを決めるために、貴女を呼んだ」

 

 おや、と思った。

 

「あの館については壊せという声も、残せという声もある。当然、取り壊しの計画は過去に何度も立った。そのたびに事故が起き、人が逃げ、頓挫した。一方であれだけ古い建物だ。街の来歴として残す価値があるという者もいる」

 

「ふぅん」

 

「私は呪いの類を信じている訳ではない。だが、信じていない者の理屈で職人を入れて人死にでも出れば、それは防げていた被害だろう。—壊すにしても、残すにしても、得体の知れないまま放っておくのが一番好ましくない。だから判断の材料が欲しい。調査をしてもらいたい。そして、もし本当に呪いと呼ぶべき何かがあるのなら……解呪を」

 

 ボクは少しだけこの依頼主が好きになった。

 迷信に怯えて丸投げするでもなく、笑い飛ばして無茶をさせるでもない。

 分からないものを、分からないものとして扱える人間は案外少ないんだ。

 

「いいね。調べて、報告して、必要なら解く。そういう分かってる依頼は仕事がしやすいよ」

 

「頼む。それと」

 

 領主は窓の外へ目をやった。暮れた街に、ぽつ、ぽつ、と提灯の灯が点りはじめている。

 

「もうすぐ灯送りの祭だ。祭の最中に妙な騒ぎは御免被りたい」

 

「はいはい、あくまで内密にってね」

 

 

 月が昇るのを待って、ボクは館へ向かった。

 

 調査は夜に限る。怪奇現象というやつは夜に出ると相場が決まっているし、それに——夜のほうが、隠れているものの輪郭がよく見えるんだ。

 

 街の賑わいは、北へ向かうにつれて薄まっていった。家々の窓明かりが減り、道幅が広いままなのに人気だけがなくなっていく。

 まるで、街そのものがその一角を避けて呼吸しているみたいに。

 

 そして、その先の丘の上に——それは建っていた。

 

「ふぅん、思っていたより古そうだね。それにしてはやけにきれいみたいだけど……?」

 

ボクは月明かりに照らされた館の前で呟く。

 

 昔、ずっと昔にこの街を治めていた領主が住んでいたという館。

 もう長い時が経ち、街の名前も管理する領主も変わってしまったというのに、何一つ変わることなくあり続けている。

 この館がいつからあるのかは定かではないけど、少なくとも数百年前から存在しているそうだ。

 

 街では古くから呪いの館として恐れられている。

 なんでも領民に捨てられた領主の恨みが残っているらしい。

 

 門の鍵を開け、中へと入る。

 正面玄関の扉には派手にならない程度の装飾が施され、品の良さを感じさせた。

 

「けほっ……あぁ、埃っぽい!……?」

 

 やけに軽い玄関扉を押し開けると、縁から落ちた埃が舞った。ボクの目元で踊る彼らを払い飛ばすと、黒い影が目の端で蠢いた気がした。

 目をやっても何もいない。暗闇が見つめ返してくるだけだった。

 

 あぁ、そういえば。なんて、今思い出したようなふりをして、読ませてもらった記録を思い返す。

 この酷く立派で悲し気な館は、毎回いかにも呪いって感じの理由で取り壊しが中止になっているらしい。

 

 不審な事故。怪しい人影。ひとりでに修復される壁。

 

 他にもいろいろとあったようだけど、もともとこの街で暮らし、呪いの館を良く知る大工達が作業を諦めるには十分な怪奇現象だったんだろう。

 

「わぁ……!」

 

 開けた広間の階段を登り、埃をかぶった書庫に入る。

 ずらりと並んだ本棚に収まった背表紙の群れ。たまらない。

 これだけでも来たかいがあったというものだ。

 できることなら片っ端からページをめくって、この空間余すことなくまるごと味わい尽くしてやりたい。

 

「……いけない。まずは仕事だ」

 

 でもそれは、やることをやってからだ。

 

『壊すにしても、残すにしても——得体の知れないまま放っておくのが一番好ましくない』

 

 領主の言葉を反芻する。

 街は常に成長している。作り、拡げ、立ち、消える。まるで一つの生き物の様だ。

 成長についてこられず、得体の知れないまま残り続けるこの館を、この街はもう無視できないのだろう。

 

「んー赤と青、あとは灰かな。……あれ?灰は~っと、あったあった!」

 

 抱えている鞄を開ける。いつも通り、色とりどりの液体や気体の入った瓶が詰め込まれている。

 乱雑に見えるかもだけど、これが一番使いやすい。

 

 さて、自慢ではないけれど。

 ボクはこういった噂とか迷信、土着のしきたりとか…そういうやつに関してはスペシャリストだ。

 伊達に何百年も生きていない。いろんな場所でいろんなものを見て、いろんなものを調べて、そして解決してきた。

 きっと、今日もそのうちの一つになるだろう。

 

「さて、と。まずはざっくりといこうかな」

 

 灰色の液体が入った小瓶の蓋を開け、部屋の四隅に向かって数滴ずつ振りまく。

 少しの魔力で風を揺らしてやると、雫は淡い光を放ちながら霧状に拡散していった。

 

「うん。怨念や呪い、悪霊とかなら、これで黒く変色反応が出るはずなんだけど……」

 

 霧は部屋中をふわりと漂うだけで、何の色にも染まらないまま空気中に溶けて消えた。

 つまり、この館には「呪い」なんておどろおどろしいものは存在しないということだ。

 

「やっぱりね。昔の領主の恨みだなんだのって、噂なんて大体こんなもんだ」

 

 肩をすくめ、今度は青い瓶——魔力残滓を照らし出す試薬だ——を取り出そうとしたその時。

 ボクの目は、本棚の一角に違和感を覚えた。 先程「形を損なわずにそこにある」と感心したばかりの知識たち。

 だが、よくよく見ると、下から二段目——ちょうど子供の手が届きそうな高さにある絵本や童話の背表紙だけ、妙に埃が少ない。

 

「……ん?」

 

 近くに寄る。うん、やっぱり薄い。それに最近…といっても10年以上前だろうけれど、本を出し入れしたような擦過痕もある。

 

 並んだ背表紙の中に一冊だけ、とりわけ手擦れの艶が残っているものがあった。

 

「……『ほしのみち』」

 

 口の中で小さく題を読む。子供向けの童話だろう。それだけだ。

 だけど。一個明確な事。

 

「……幽霊は、本なんて読まない」

 

 そうなると、本棚の前の床が気になった。しゃがみ込んで目を凝らす。

 

 積もった埃の上に、楕円形の足跡の痕跡が微かに残っていた。

 一度見つけると、今までなんて事のなかった床にくっきりと足跡が見え始めるのだから不思議なものだ。

 

 歩幅は狭く、等間隔。足を引きずったり、乱れたりした様子もない。それを残した何かは、きっとひどく物静かで几帳面な性格なのだろう。

 足跡は、本棚から先ほど入ってきた入口の方へと続いている。

 

「幽霊は、足跡なんて残さない……!」

 

 つまり。

 何かがいる。生きているかは分からないけれど、確実に肉体をもつ何かだ。

 その何かは絵本を読む。靴を履く。それに地面に足がついている。

 

「面白くなってきたじゃないか」

 

 何かの輪郭が見えてきたボクは、手に持っていた瓶をいそいそ鞄にしまい、うきうきと歩き出した。

 だけど、入り口を見てすぐに頭を抱えることになった。

 

「あぁもう!……もっと慎重になるべきだった!」

 

 繊細でかわいらしい足跡は、ボクという外来生物の無遠慮で無造作で、暴力的な足跡で上書きされ、ぐちゃぐちゃになってしまっていたのだ。

 

 参った。呪いというから非物質的なものだとばかり思っていた。物理的な痕跡の保存なんて当然のことだというのに、すっかり頭から抜け落ちていた。

 

「うーん悪癖……。学ばないねぇ、ボクも」

 

 頭をガシガシと掻きながら、己の迂闊さを嘆く。だけど、泣き言を言っていても始まらない。

 

 ボクは気を取り直して鞄から眼鏡を取り出し、その場に四つん這いになる。

 うん。細かいところを見る時は眼鏡をかけるに限るね。

 

「ええと、ここからこっちに……いや、これはボクの跡か。じゃあこっち……あー、あった」

 

 地道な作業だ。魔法でパッと解決!といかないのがもどかしいけれど、相手が魔法的な存在ではなく、ただ歩いただけならこうやって丁寧に追うしかない。

 床に鼻先がつくくらい顔を近づけ、じりじりと入り口へ向かって進んでいく。誰かが見たら、ボクこそがこの館の呪いの正体だと勘違いすることだろう。

 

 書庫の外に出る。相変わらずどこかの誰かの汚い足跡で荒らされているけれど、地面にはいつくばって目を凝らすと、何とか小さい足跡をたどることが出来た。

 

 まだボクが確認していない西側の部屋に続いているようだ。おかげで汚い痕跡ともお別れできる。

 

「いや、良かった。ここからは無駄に足跡を付けないようにしないと」

 

 風精霊は…埃を巻き上げそうだから、少し高いところに魔力で編んだ床を作り、そこを歩くことにした。少し疲れるけれど、後で床とにらめっこするよりはましだろう。

 

 魔力で編んだ見えない足場は、軋む音ひとつ立てない。

 ボクは少しだけ宙に浮いた状態で、静まり返った廊下を進んでいった。

 

 

 西側の部屋——かつては領主の私室か、あるいは子供部屋だったのだろう。扉はわずかに開いていて、その隙間から薄暗い部屋の中を覗き込む。

 立派な天蓋付きのベッドはすっかり色褪せ、床にはいくつかのおもちゃと読み古したであろう絵本が転がっていた。

 

「……ここかな」

 

 眼鏡越しに見る小さな足跡は、部屋の奥にある大きなクローゼットの前ですっぱりと途切れている。

 

 何百年も人が住んでいないはずの館。街の誰もが呪われていると恐れるこの場所で、誰かが絵本を読み、おもちゃで遊び、そして——このクローゼットの中で眠っている?

 

「そーっと、ね」

 

 魔力の足場を慎重に操作し、クローゼットの前へ降り立つ。緊張で少しだけ喉が渇いた。

 悪霊じゃないと分かっていても、未知のものと対面する瞬間はいつだって心臓が跳ねる。

 ボクはゆっくりと、埃の積もった木の扉に手をかけ、引き開けた。

 

ギィィ……と、蝶番が乾いた悲鳴を上げる。

 

「……何もいない」

 

 思わず、間の抜けた声が漏れてしまった。

 

 クローゼットの中は空っぽだった。古びたハンガーがいくつか落ちているだけで、子供の姿はおろか、ネズミ一匹潜んでいそうな気配もない。

 だけど、眼鏡越しに見る小さな足跡は、確かにクローゼットの中へと続いている。

 

「なるほどね。壁を抜けられる幽霊じゃないなら、答えは一つだ」

 

 ボクは鞄から、先ほど出しかけた青い小瓶を取り出した。

 魔力残滓を照らし出す試薬だ。

 蓋を開け、クローゼットの中に数滴垂らす。

 

 青い雫が淡く発光しながら霧状に散る。

 霧はゆらゆらと漂いながら、ゆっくりと奥の背板のほうへ吸い寄せられていく。

 

「……へぇ」

 

 それだけじゃない。

 青い光は、クローゼットの中だけではなく、壁に、床に、天井に——部屋全体に、うっすらと滲んでいる。

 とても古い魔力だ。それが、この館の隅々にまで、織物のように編み込まれている。

 外からの攻撃を弾き返すような好戦的なものじゃない。誰かを呪うためのものでもない。

 この建物と、その内側にあるものを、ただ守るためだけの——優しい魔法。

 

「修復される壁の種は、これかなぁ。……でも、おかしいな」

 

 これほど古い術式だ。術者が居なくなれば、とうの昔に薄れて消えているはずだ。

 なのにこの魔力は、今もまだ呼吸をするように生きている。

 誰かが——あるいは何かが、この優しい魔法を、ずっと内側から支え続けているのだろうか。

 

 板に手を当て、軽く叩いてみる。コン、コン……コゥン。 一箇所だけ、音が柔らかい。

 

 指先で縁をなぞると、木目に巧妙に隠された細い溝が見つかった。指を掛けるための窪みもある。

 魔法じゃない。大工仕事だ。それも腕のいい大工の。 誰かが誰かを隠すために誂えた扉。

 

「ごめんね」

 

 ひと言だけ断って、板を横へ滑らせる。

 扉は音もなく、滑らかに開いた——溝には埃ひとつ積もっていなかった。

 

 大人が一人ぎりぎり通れる程度の、狭い通路。

 その奥には小さな部屋があるようだ。

 

「……」

 

 手持ちのランタンに小さな明かりを灯し、そっと中を照らす。

 

 暗闇の奥には少女が一人、大きなクッションのようなものに身体を預け、丸くなって眠っていた。

 月光を溶かしたような銀色の髪と、暗闇に同化するような青白い肌。

 間違いない。闇妖精の子供だった。

 

「……ああ、なるほど」

 

 ボクは小さく息を吐き、頭を掻いた。

 呪いや悪霊ならまだ楽だった。無理やり吹き飛ばすことだってできるから。

 

「参ったなぁ。ボク、こういう呪いは少し苦手なんだけどなぁ」

 

 思わずつぶやいた。




最後まで書いているので、三十話くらいで完結します。
(長い話を切ったりすると思うので、厳密に何話になるかはまだわかりません)

感想いただけたら喜びます。

読みにくいところがあれば教えてください。
誤字脱字もあれば教えてもらえると助かります。
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