諦めるなんてもったいない!   作:赤井来

11 / 16
目が合うのがわかったわ

 調査本隊の到着まで、あと二日——という朝だった。

 

 夜明け前に、宿の扉が叩かれた。拳の音でただごとでないことはわかった。

 スイが扉を開けると、廊下にロビンが立っていた。伝令の腕章。乱れた息。

 そして、いつもの薄い酒の臭いがしなかった。

 

「探索者サマ、お目覚めかい。……仕事だ。悪い方のやつ」

 

「何があったの」

 

「盗掘だ。夜のうちに二人遺跡に入った。——で、出てきたのは一人だけだ」

 

 

 丘に着いたとき、空はまだ灰色だった。

 

 遺跡の入り口の縄は刃物で切られていた。見張りの騎士がふたり、青い顔で直立している。

 昨夜は霧が出た。交代の刻限のほんの僅かな隙を抜かれたらしい。

 

 入り口の前の地面に男がひとり転がされて、若い騎士に足の添え木を当てられていた。

 泥まみれで左の脛があらぬ方を向いている。

 男はわたしたちを見ると、添え木も構わず身を起こそうとして悲鳴を上げたが、それでも喋った。

 

「だ、ダンが——ダンがまだ下にいるんだ! 棚が、棚が崩れて、あいつの足の上に……俺は、俺は助けを呼びに……」

 

「縄ぁ切って入った盗人が、助けを呼びにとはな」

 

 レオンが煙草に火も点けずにくわえたまま男を見下ろした。

 

「下の様子を言え。崩れたのはどこだ。何段降りた」

 

「い、石段を……二度、折れて……広い部屋だ、柱の。そこの壁際の棚が、ダンが触ったら崩れて……なぁ頼むよ、あいつまだ生きてた、声がしてたんだ。頼むよぉ……」

 

 男はそこで急にぶるりと震えた。折れた足のせいではない震え方だった。

 

「……下はよ、変なんだ。静かすぎる。俺たちの声しか、音がねぇの。あんな静かなとこ、入ったことねぇよ……」

 

「じゃあ入るんじゃなかったな」

 

 レオンは男から離れ、入り口の暗がりを覗き、それからスイを見た。

 

「——探索者。状況は単純だ。中に生き埋めが一人。構造は不明。崩れた直後だ、二次崩落の見立てができるやつが居なきゃ、隊の人間は入れられねぇ。本隊の学者サマは明後日まで来ない。生き埋めの息は、明後日まで保たねぇ」

 

「うん」

 

 スイは、もう鞄の留め具を外していた。

 

「正式な要請と受け取っていいんだね?」

 

「協会への割増しは払う。書類は後だ」

 

「割増しは要らないよ。こういうのは仕事の内だ。——条件はこっちもひとつだけ。中での手順は、ぜんぶボクの指示に従うこと。あなたもだよ、隊長殿」

 

「了解」

 

 レオンは即答した。それから、控えていた部下のほうへ振り返った。

 

「ゴズ、中隊に伝達。丘の警備を二重にしろ。俺は中に入る」

 

「た、隊長が直々にですか」

 

「規定じゃ、未調査区画への立ち入りは指揮官判断、入るなら志願者のみだ。——で、俺ぁ部下に『志願しろ』って顔で言うのが嫌いでね。一番安いのは俺が行くことだ。文句があるなら書面でな」

 

 そのやり取りの間に、駐屯地から駆けてきた一団が丘に到着していた。担架、ロープ、灯り。その中にイグナールの顔があった。彼は荷を下ろすなり、まっすぐレオンの前に立った。

 

「隊長。自分も中へ——」

 

「従士の出る幕じゃねぇ」

 

「ですが……!」

 

「二度言わせるな。お前は入り口で担架持ちだ。引き上げた怪我人を、医者まで生かして運ぶ。それが今日のお前の仕事だ」

 

 イグナールは奥歯を噛んで、頭を下げた。下げた頭の角度が、納得の角度ではなかった。

 

「ロビン」

 

「へいへい」

 

「お前は入り口で中継だ。合図の縄と角笛。半刻ごとに俺たちから縄を二度引く。途切れたら、増援じゃなく撤収の支度をしろ。——いいか、誰も後追いで入れるな」

 

「了解。……ったく、こういう日に限って、酔いってのは醒めてるもんだなぁ」

 

 ロビンはぼやきながら、もう縄の束を解いていた。手際は騎士たちの誰よりも早かった。

 

 最後に、レオンの目がわたしに止まった。

 

「ガキは留守番——と言いてぇところだがな」

 

「彼女は連れて行くよ」

 

 スイがわたしの肩に手を置いた。

 

「ボクの助手だ。それに——彼女は闇妖精だよ。中の暗さは彼女にとって慣れ親しんだものだ。灯りの届かない崩れの陰に生き埋めがいるなら、誰よりも先に見つけるのは彼女だ」

 

 レオンはわたしを見た。今度のそれは道具の刃を検める目だった。

 

「……死んだら書類が増える。死ぬな」

 

 それが許可らしかった。

 

 

 わたしには、闇は暗くない。

 

 入り口の斜面を下りきって、灯りの輪の外に目をやったとき、それを久しぶりに思い出した。

 切り石の廊下が、夜目の先にずっと伸びている。

 白い石。崩れた柱。床に積もった、誰のものでもない長い時間。

 

 静かだった。

 

 盗掘者の言ったとおりだ。音がない。わたしたちの足音と、灯りの油の爆ぜる音のほかは何も。

 静けさを知っているわたしが、それでも、と思うほどの静けさだった。

 

 歩きながら床の埃に目を落として、その理由のひとつに気がついた。

 

 足跡がないのだ。

 

 盗掘者ふたりの新しい足跡と、わたしたちのものだけで、それだけ。

 鼠の足跡も、虫の這った筋も、蝙蝠の落とすものも、何ひとつない。あの館の埃の上にさえ、小さな生きものの印は無数にあった。

 どれだけ古い建物にも、生きものは住み着く。本にもそう書いてあったし、旅に出てからわたしはそれを何度も確かめた。

 

 ここには住んでいない。

 

 長い時間をかけて積もった埃が、一面まっさらだった。

 生きものが、この場所を避けている。

 

 手帳に書きたかったけれど、手は塞がっていたので覚えておくことにした。

 

「手順を言うよ」

 

 先頭のスイの声は仕事の時の声だった。

 

「ボクが先導。ボクの踏んだ床以外は踏まない。壁と柱には触れない。三十歩ごとに、後ろから順に声を返す。返事のない者が出たら、全員その場で止まる。いいね」

 

「おう」

 

「ええ」

 

 石段を二度折れて、下りた。

 

 スイは要所要所で立ち止まり、白墨で床に印をつけ、小瓶の粉を撒いて何かを探る。

 そして、天井の石組みを灯りで舐めるように検めた。

 その手つきに、丘の上で「早く中が見たいなぁ」と言っていた人の浮つきは、欠片もなかった。

 

「……天井は保つ。しっかりくみ上げられている。崩れたのは後から積まれた棚のほうだ。行こう」

 

 柱の並ぶ広間に出た。

 

 崩れはその壁際にあった。石の棚層がまるごと傾いで、床に山を作っている。

 そしてその山の陰——灯りの届かない暗がりに、わたしの目はそれを見つけた。

 

「いるわ。左の崩れの、奥。足を挟まれてる。——胸が動いてる」

 

「よし」

 

 返事をしたのは、レオンだった。

 

 

 救出は、四半刻かかった。

 

 スイが指を鳴らすと、風の精霊たちが瓦礫の山に潜り込んだ。大きな石が、薄紙を剥がすように一枚ずつ、音もなく持ち上がっては脇へ運ばれる。レオンが要所に肩を入れて支え、わたしは挟まれた男の頭の側に膝をついて、夜目で石の傾きを読み上げた。

 

「次の石、右に重心。下に空洞。落とすなら左へ」

 

「了解。——せーの」

 

 半分まで掘ったところで、山が、いちど鳴いた。

 

 ぎ、と石同士が擦れる音。残った山の頂が、男の胸の上へ向かって、ゆっくりと傾ぎ始める。

 

「右の長石、滑るわ!」

 

「肩、入れた!」

 

 レオンが石の下に身体ごと割り込み、スイの風が間髪入れずに束になって支えた。

 傾ぎが止まる。レオンの首筋に血管が浮いて、くわえたままの火のついていない煙草が、ぐにゃりと折れた。

 

「……っとに、後から積んだ棚ってのは、ろくなもんじゃねぇな」

 

「同感。——ベル、続き」

 

「ええ。頂の石から。左へ三つ、順番に」

 

 最後の石が退いたとき、ダンと呼ばれた男は掠れた声で泣いた。足は潰れていたけれど、息はしっかりしていた。

 レオンが男を担ぎ上げ、肩に固定する。折れた煙草は吐き捨てずに胸当ての隙間へ仕舞っていた。

 

「引き上げるぞ。来た道を戻る。手順は同じだ」

 

「うん。……ん?」

 

 スイの返事が、途中で止まった。

 

 広間の奥。柱の列の、さらに向こう。

 灯りも夜目も届ききらない、降りてきた石段とは別の——下へ続く、大きな暗がり。

 

 そこから、何かがこちらを向いた気がした。

 

 音はなかった。風もなかった。

 ただ、わたしの足元の影が、ほんのひと呼吸だけ、奥の闇のほうへ、引かれるように撓んだ。

 

「……スイ」

 

「うん。見なくていい」

 

 スイの声は静かなままだった。静かなまま温度だけが消えていた。

 

「——出よう。いますぐ」

 

 帰りの三十歩ごとの点呼を、スイは十五歩ごとに縮めた。理由を聞かなかった。

 

 石段を登りきって、灰色の朝の光の中に出る。入り口でロビンが片手を上げて、

 

「おう、ご苦労さん。全員無事——」

 

 その声の途中で。

 

 丘が鳴った。




感想いただけたら喜びます。

読みにくいところがあれば教えてください。
誤字脱字もあれば教えてもらえると助かります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。