この世界において、無個性というのは絶滅危惧種だ。
何かしらの個性がある世の中で、緑谷出久は無個性と診断された。
何も、ない。
嘗て一緒に個性の有無を調べに行った幼馴染み。
星野唯。仲の良かった友達が。
オールマイトを見て、恐怖を浮かべた。
平和の象徴。ヒーローの代名詞。
それを見て、恐怖を浮かべていた。
(まただ……。また……)
これは十年以上も前も話。
もう行方知れずの、友人の思い出。
何度も思い出す、遠い日の後悔。
何も出来るわけもない、幼少時。
それでも。追えたら、彼女は……。
(唯ちゃん……ごめん……)
彼女は大人しかった。優しかった。
あの後無個性と言われて、今も底辺の生き方をしてきた出久にとっても、良き理解者だった。
もう一人の幼馴染み、爆豪勝己にとって、彼女の個性は許せないモノだった。
(最後のユーマ……? 巫山戯んな、あいつは俺より後ろに居た……ただのガキだっただろうが!)
今日も中学で適当に過ごす。
そろそろ進路を決める時期だった。
進路先に、雄英と選ぶと決めていると勝己は近寄ってきた。
あの時から、十年以上。
二人の仲は、その後からずっと良くはなかった。
けれど、悪くもなかった。
「かっちゃん……」
「うるせえデク。無個性なら無個性で精々足掻け。オールマイト、ひいてはヒーロー目指してるんだろ。その為の筋トレだろうが。……何度も言わせんな。俺の前であいつみてえな奴を出すんじゃねえ。二度とだ」
「うん……」
互いに、救えなかった。見ているだけだった。
後で聞いたら、彼女の個性は政府によって強制的にヴィラン判定される、突然変異型個性『ゴジラ』。
遙か昔、個性が見つかる前に君臨していた怪獣王。
生態不明。正体不明。
怪獣という生き物が過去にはいた。
風化した人々も、未だに知っている。
ゴジラ。それはヴィランすら笑ってしまうこの超常社会においても、特異的な怪獣であった。
「僕は無個性でも、人を救える仕事に就きたい」
「知ってるわボケ。……クソが。オールマイトですら救えねえエピソードが唯とか、今でも笑えねえんだよ」
知っているのだ。万能の笑顔が恐れを抱かせる事を。
あの瞬間、ゴジラとぶつかったオールマイト。
そのオールマイトすら、彼女を救えず行方知れずになった。
その歴史は、オールマイトがゴジラを倒したと、誤認されているのが一般的だ。
本当は、唯は怖がって逃げただけなのに。
出久はオールマイトを盲信している。
無個性でもヒーローになりたいと思った。
憧れていた。同時に、悟ってもいた。
無個性じゃ、ヒーローにはなれない。
でも、彼女のような表情をする人は救いたい。
出久は気付いていた。
重度のオールマイトオタクだったから。
今のオールマイトは、どう見てもおかしい。
十年。初対面で十年以上経ったのにずっと外見が変化しない。
あの笑顔が、変わらない。
一度きりだ。十年以上前に、彼女と応戦した時だけ間近で見た。それだけで。
後はメディアで見ているだけだった。
その時から、思う。何故老けない?
いや、ヒーローだからというのもある。
取り繕うのも役目だ。だけど。加齢を、感じない。
個性で長生きしているのでは? とも考えた。
オールマイトは個性を明かさない。
パワー系の個性だとは考察で言われている。
パンチの風圧でビルをなぎ倒し、ひとっ飛びで全国津々浦々出来る。
通報があれば不眠不休で動き回る。
誰もがオールマイトはそれでいいと言っている。
最早、ヒーローという枠組みでしか見ないから。
人として、おかしくないか? 個性を入れても。
疑問に思うのは、出久だけか。
平和の象徴。正義の味方。
ナンバーワンの最強のヒーロー。
……あの時の彼女が、怯えた理由が中学になって分かった気がした。
オールマイトは、何かが外れている。
枠というか、もうヒーローという社会現象。
概念的なものと皆が見る。
これは、人ではない。ヒーローという事象だ。
「おいクソナード。またオールマイトの考察かよ」
「……うん」
席に座っている彼を勝己は見下して言った。
するだけ無駄だ。オールマイトは常人で理解できるモノじゃない。
解析しても、出久ほどのオタクでも分からない。
どう見ても人外。人じゃない。
皆は良いと言う、システム。
「僕はオールマイトみたいになりたい。けど、唯ちゃんは……」
「うだうだと鬱陶しい。もう忘れろ。あいつは居ねえ。十年以上も経てば死んでるだろ……って、一概に言い切れねえんだよなァ」
微かにまだ、二人は認めていなかった。
諦めていなかった。
唯は生きている。そう思いたい。個性、ゴジラ。
調べたら怪獣というのはとてもしぶといらしい。
何と核兵器すら効かないと過去には言われている存在。
そんな個性が、どうやったら死ぬというのだ。
個性の成長か、本質か。
ゴジラという怪獣は水と空気と光さえあれば生き延びるという。
つまり寿命が長い。死ぬ要因が少ない。
最後のユーマ、ゴジラ。別名を。
「Godzilla……」
「ハッ、神を名乗る怪獣ってか。……あいつが仮に生きているとして。今出て来たらヴィラン判定されるんだぜ。オールマイトに、また狙われる。迂闊に表に出てこれねえよなァ……」
「そこなんだよ。ずっと、思ってた。かっちゃんも?」
「うるせえ、あいつの個性に負けるのが気に入らねえだけだ。神様気取りで勝ち逃げしやがってあの野郎」
十年以上も引き摺る原因。
出久は、友人だった彼女への無力だった後悔。
勝己は、どう足掻いても勝てない個性の苛立ち。
勝己は、挫折を知らない。ただ敗北感は知っている。
ゴジラ。怪獣王。
人間である以上、個性を持っても本質のその形からは超えられない。
なのにゴジラは軽く凌駕する。
自分を塗り替える、そう聞いた。
何せ超常社会においても、個性でゴジラが出たのは彼女のみ。
風化した人々も忘れ去った、でも本能で覚えている怪獣王。その個性という強烈なインパクト。
害獣扱いをされても当然だ。
そう互いに思う合うある日だった。
本当なら爆豪は出久をいじめていた。
理由こそあれ、認めたくない一心で。
でも、彼女を見ている現状、引き摺る手前彼は一方的に出久を攻撃するほど愚かではなかった。
意味が無い。
嘗て出久は川に落ちた自分を無力の癖に助けようとしたことがあった。
それがプライドを逆撫でした。
それ自体は起きている。
でも、その程度でデクと見下すほど爆豪もバカじゃない。
本当の理由は、助けに入る事が間に合うから。
唯の時、二人は怯えていただけだった。
でもその頃は間に合った。
この十年、天才と称賛された爆豪はヒーローを目指す気で居た。
それは無個性と分際でヒーローを、ダメでも人を救う仕事をすると目指す出久も一緒で。
爆豪は出久を無個性、木偶の坊と蔑んでも努力は否定しなかった。出来なかった。
無個性でヒーロー? 出来るわけがない。
社会構造を見れば一目瞭然だろうに。
覚めない夢でも見てるのか。そうは思う。
不気味な恐怖感を出久に感じても居る。
精神構造が理解できない部分もある。
それを言語化出来ない、複雑な気持ち悪さもある。
……天才、有望、そう言われても。
爆豪の自尊心は本流ほど肥大化しなかった。
唯がいたから。ゴジラがいたから。
別の意味で、攻撃するなら唯だった。
生きていて欲しい理由。爆豪は簡単だ。
自分を出久よりも見下すゴジラという存在が、目障りで仕方ない。
潰したい、この手で。
自分の方が優れていると証明したい。
なのに、居ない。あいつは消えた。
逃げた。最初から、勝負すらせずに。
「雄英、受けるのかよ」
「うん……」
「学科は?」
「ヒーロー科……は無理だろうから、普通科かな」
この出久も本流ほどヒーロー科に固執しない。
唯のような相手を救えるなら何だって良い。
警察でも何でも、市民を守れる仕事をしたい。
無個性という、身のほどを理解していた。
本音で言えば、ヒーロー科がいい。でも無理だろう。
無個性というハンデはヒーローの前提に引っ掛かる。
「テメエは普通科にしとけ。ヒーロー科には、代わりに俺が行ってやる」
「……かっちゃん」
舌打ちする爆豪は、置き土産の呪いをよくこう言う。
怪獣の足跡。怪獣が壊した街のように。
「俺達は壊された街で残された人間なんだよ。生きてて欲しい理由も、俺とお前じゃ違う。お前はどうせ必要もねえ罪悪感だろ。俺は奴より、ゴジラより人類が、俺が優れていると証明する。奴が生きてりゃ、そいつが出来る」
結局身勝手な理由だった。劣等感だった。
怪獣とか言う規格外。
爆破程度じゃ追い抜けない、異次元の個性。
唯さえ居れば。攻撃するなら向こうだ。
あんな個性、持っていればオールマイトすら倒せるだろう。
現にあの時ですら拮抗していた。
それが、もしも生きているなら……。
「チッ。クソナードが。何時までも感傷に浸るせいで気分悪い。俺はもう帰る」
そう言うと離れていく。
この日、運命は動く。
思わぬ方向に。
その日も帰路の途中だった出久は、帰り道に買い物をしていた。
その時だった。不意に、店内で騒ぎに巻き込まれる。
強盗の類だった。
会計を済ませて店を出ようとしたところ、
「丁度良いぜ、そこのガキ!」
何ごとか分からないまま、出口に居た彼に得体の知れない何かがまとわりつく。
困惑する出久。口と鼻から何かが体内に入り込む。
それがヴィランだと分かった頃には、身体が奪われていた。
「悪いがちょっと借りるぜこの身体。……ってか個性使えねえ? お前珍しいな、無個性か」
出久の口から出る、誰かの声。
息苦しいなか、勝手に動く身体。
店を出て、さっさと走って逃げて行く。
(何だ此奴!? 他人を支配するヴィラン!?)
出久は慌てずに分析する。強制的に身体を奪う個性。
物理的だろう。さっきの不快感は乗っ取りの過程だ。
つまり自分は囮と人質と移動手段に兼用されている。
人気のない所まで来よう……としたときだった。
「――残念だったな。だが、もう逃がさない。何故なら、私が来た!」
ドンッ!! と上から誰かが降ってきた。
目の前に颯爽と登場したのは……。
「げぇ!? オールマイト!?」
万能の英雄、オールマイト。
にこやかに、豪快に笑いながら、ポーズを決める。
犯人であろうヴィランもギョッとする。
こんなチンピラ相手にまで来るのかナンバーワン。
案の定、出久を人質にしようとするも……。
「ふんっ!!」
ジャブ感覚だった。
オールマイトが空にパンチを放つ。
それだけで凄まじい風圧が起きて、まとわりつく何かを強引に引っ剥がした。
「うおおおおお!?」
飛び散るヴィラン。それを残像を見える速度で動いて、テキパキ回収。
……ペットボトルに封印という情けない状態で捕縛された。
「もうこれで悪さは出来まい。大丈夫かい、少年」
スマイルで無事を確かめるオールマイト。
……二度目だった。間近で見るのは。
十年以上、変わらぬ姿。圧倒的力。
「オールマイト……」
憧れの存在に逢えた。
狂喜乱舞するほど嬉しい、ハズなのに。
何で、こんなに、心が揺らぐ。
「ん? 少年、私に何か?」
動揺という珍しい反応にオールマイトも怪訝そうに見た。
大抵助かって喜んで礼を言って、オールマイトは去って行く。
そのパターンなのに。彼は……明らかに違う。
オールマイトを、既知として見ている。
「……過去に私と出会っているのかな? ふむ、どの件だ? 暫し待ってくれ、少年。今思い出す」
こんな地味な少年と過去に出会っていたか。
思い出すオールマイトに、出久は言った。
分かりやすい、単語を。
「――ゴジラ。星野唯という女の子を、ご存じですか」
「!!」
唐突に出た、そのワード。
オールマイトは直ぐさま思い出した。
十年以上前に自分を変えた、あの出来事。
その関係者。ならば現場にいたあの時の子供。
「……君は?」
「僕は、緑谷出久と言います。あなたが嘗て対峙した、ゴジラ……星野唯ちゃんの、友達だった存在です」
そう言うと、少し聞きたいことがあると出久は言う。
オールマイトも、暫し逡巡し、承諾。
少し出動を控えて、時間をつくる。
場所を変えようとオールマイトが出久の腕を掴むと、跳躍。
一瞬風を感じたと思ったら何処かのビルの屋上だった。
ここなら大丈夫。オールマイトも懐にペットボトルを仕舞い込んで用件を聞いた。
出久は切り出した。
「また会うのは十年ぶりですね、オールマイト。とは言っても、オールマイトにはよくある事件の解決の一つでしょうけど」
「……そうでもないよ。緑谷少年、だったね。君は星野少女の友人と聞いたが、本当かい?」
そうだと肯定する出久。
彼女は幼馴染みだった、生き別れの友達。
彼の心に深い傷を負わせた、
「オールマイト。一個だけどうしても聞きたいことがあります。唯ちゃんを、アレから一度でも見かけたことがありますか?」
「……」
その問いに、答えるべきか。迷うが、正直に言った。
無い。一度たりとも、彼女を見ていない。
四六時中、十年以上無休でヒーローやっているオールマイトですら。
「私もこの十年、彼女をずっと探しているんだ。君が友達だったというなら、そちらにも帰っていない。以前行方知れずか……」
「そう、ですか……」
オールマイトすら居場所が分からない。
ただ、諦めるなとオールマイトは言った。
「これは、私情で済まないが……少年、君は関係者だから言っておこう。恐らく、彼女は生きている。私を警戒して十年以上潜伏しているのだ」
「えっ……?」
驚愕のことを言う。生きている?
何故なら、思い当たる節があるので、そこに匿われている可能性がある。
そうぼかして、説明する。
「君には、正直に言おう。星野少女の友人なら、君には私を責める理由がある」
「そんなの……」
ヒーローが一人の少女を救わなかった。
オールマイトあろうモノが。
それは権利とでも言いたいように。
何時もの笑みを消して、オールマイトは言った。
他言無用で、決して口外しないで欲しい。
知り合いだから、教える。そう告げた。
「私は、あの日以来……加齢を、しなくなってね。どういう原理か、知り合いに検査して貰ったんだが結論から言えば不明。だが星野少女……ゴジラの光線を浴びて、私は一度確実に消えた……そういう感覚が記憶にあるんだ。なのにここに居る」
「まさか、一種のマルチバース……ですか?」
確実に消えたのに存在する。
机上の空論、平行世界。
超常社会においても荒唐無稽な与太話。
「おお、察しが良いな少年。そう、私はどうやら十年以上前のあの時、全盛期だった頃の私という存在を強引に消し飛んだこの世界に上書きされ、固定化された。そういう状態らしい」
「そんなことが……」
「有り得るから私は不老で不死身の存在になった」
オールマイトの秘密。
それは、唯の光線で不老不死になった神への昇華。
絶対的で恒久的な平和の象徴。
「私も探しているんだ。彼女の個性は、とても危険なモノだが……もう十年以上経っている。どう変化しているか、分からない」
本人が居れば、検査でどうにかこうにか出来るのに。
生きているだろうが、表には出てこない。
「緑谷少年。もしも、君のそばに彼女が万が一、戻ったときは……彼女を守って欲しい。分かるだろう? あの時の彼女の表情は、恐怖だった。私という存在を、怯えていた」
「そんなの、出来ませんよ……。だって、僕は……」
オールマイトにそう言われても。
後悔を引き摺る彼には出来ない。
だって、出久は。告白する。
「僕は、無個性なんです。ただの人間に、唯ちゃんを守ることは、出来ません……」
俯いて、拳を握る。
無力だった自分に、何が出来る。
オールマイトは不老不死の神になった。
そんな彼に言われても。
「逆だよ少年。私では、もう無理なんだ」
「えっ……?」
顔を上げる。
オールマイトは、悲痛そうに笑っていた。
あの、オールマイトが。
「私はこの通り、不変の怪物になってしまった。それがきっと星野少女には理解できたんだろう。だから逃げ出した。それでも……彼女は生きている。無個性だから? 違う。普通の友人として、彼女を守れるのは、隣に立てるのは、君だけだ」
「オールマイト……」
不変の怪物。不老不死。
驚愕の事実を言われても尚、彼は迷う。
ゴジラ。最強の個性。生きていると言われた。
守れと言われても、友人としてそばにいるとして。
無個性に何が出来る?
「……君が彼女のことを悔いているなら。それは私の罪だ。君のせいじゃない」
慰めにもならない。出久は再度否定した。
オールマイトには、分からない。
無個性というこのひっくり返す事のできない事実は。
「君は、もしも無個性だからという理由で、彼女を守れないというなら、方法はある」
不意に、オールマイトは聞いた。
無個性なら余計に、君は無力さを知っている。
オールマイトは、怪物でシステムで、平和の象徴という偶像になってしまった。
もう、戻れない。でも。
「君には、明かそう。私の個性……ワン・フォー・オールを。ずっと託され続けた希望の灯火を、私もそろそろ、託さないといけないんだ」
そう、言った。この日、緑谷出久の人生は変わる。
神に至ったヒーローからの贈り物。
生きていると言われた行方知れずの幼馴染み。
必ずまた出会うと決めた、中学生。
新たな次世代の、ヒーローの誕生だった。