花開く、黒   作:ledi

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健やかなアラサーたちは出会う

 

 

 

 

それは、

 

いつもの直感よりももっと深く、

ずっと鋭く、

 

俺の全身を貫いた。

 

 

 

(あいつだ……あいつの隣だ。)

 

 

 

心臓がやけにうるさい。

 

脳みそが沸騰してるのか、ザアザアと波打つ血の音が鼓膜を直接刺激する。

 

そこが俺のいるべき場所なんだと、全身が叫んでいる。

 

 

「あそこに立たなきゃなんねえ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ黒なブーツに煤けた色のジーンズ、くたびれているがまだ鈍く光を放つ革ジャン。

少し長めのグレーヘアーの隙間からは鋭い目がのぞいている。

ところどころ塗装の剥げた70年代もののレスポールを低く引っさげ、テツはオーディション会場を見渡していた。

 

 

(どいつもこいつも眠てえツラして…そんな音でどうやって客の前に立つつもりだよ。)

 

 

大きなダンススタジオにぎゅうぎゅうに詰め込まれたギタリスト達。

それぞれ必死な形相、もしくは妙に余裕のある表情でギターをかき鳴らしている。

 

テツはその誰とも違っていた。

長い手足で大きく伸びをしてあくびを噛み殺す彼を、気が散ると睨み付ける視線も気にしない。

 

 

ここはとあるバンドのギタリストオーディションの待合室。

デモテープを送って選出された者達が二次の面接、模擬演奏に呼ばれるのを待っているところだ。

課題曲はお世辞にもヒットしたとは言えないこのバンドの代表曲。

自分も音楽をやっているだけあって、テツはこのバンドのことを以前から知ってはいた。

ただ、当時は自分にも自分のバンドがあり、聞き込むほどの暇はなかったが。

 

イヤホンをつけてギターの指板をなぞる。

 

 

(……熱は、感じる。)

 

 

ある時、テツはバンドを辞めた。

だが一人になってからも、とにかくギターだけは弾き続けてきた。

そして色んなバンドのサポートに入って次の宿を探していた。

一生をかけて、自分の全てを捧げる価値のある宿を。

 

そんな中、目についたのがこのオーディションだった。

 

最初は、ああ、そんなバンドもいたな、くらいの印象だった。

だが、改めて聞いた彼らの曲にテツは目を見開いた。

 

必死なほどの、苦しいくらいの、熱。

 

聞きやすさなんてのとはほど遠い叫ぶような曲に顔をしかめながらも、口角が少し上がったのは認めざるをえない。

一体どんなやつが曲を作ってるのかと思って調べてみると、フロントマンは女のギターボーカルで、そいつが作詞も作曲もしていた。

 

 

「女かよ……」

 

 

女が引っ張るバンドには自分は合わない。

色んなバンドのサポートに入った経験がそう言っていた。

 

だが、気付けばテツは応募要項に目を通していた。

曲を練習してデモテープを用意した。

自分の音をそこに込めた。

 

 

(まあ、通るわな。)

 

 

そうして今に至る。

 

ギターの腕には自信がある。

上には上が腐るほどいる世界ではあるが、その中で自分にできることは全部やってきた自負があった。

 

自分の音で勝負する。

そのためなら何も惜しまない。

 

そんな自分のどこかに引っ掛かったこのバンドのギタリスト。

それには相応しくないだろう競争相手達を眺めながら自分の番を待つ。

 

 

「黒木テツさん、どうぞ。」

 

 

待合室の中が半分にも減ってない頃に名前が呼ばれた。

テツはごった返しているスタジオのなかをゆっくりと進んだ。

 

廊下に出ると途端に物音がなくなって、ブーツのごつごつとした音だけがやけに響いた。

 

 

「こちらです。最初に課題曲の一人演奏、その後に面接です。通れば後日メンバーとの合わせがあり、それが最終選考に…」

 

 

スタッフの案内が終わる前にテツは扉を開けた。

そこもダンス用のスタジオで、目の前に置かれた長机にずらりと審査員達が並んでいた。

 

 

「黒木テツさんですね。ここにどうぞ。」

 

 

かけられた事務的な声。

その顔を見てテツは拍子抜けした。

 

 

(はずれ、か……)

 

 

アーティスト写真で見た顔だが、その雰囲気は想像していたものとはまるで違っていた。

白いシャツに黒いスラックス。

真っ直ぐの長い黒髪。

リクルートみたいな格好で背筋を伸ばしているその女からは何も感じられなかった。

 

 

「じゃあ、早速聞かせてもらいます。好きなタイミングでどうぞ。」

 

 

内心舌打ちをしながらも、エフェクターボードを広げていつもの足元を作る。

そしてギターをアンプに繋いだ。

 

 

「………」

 

 

俺が黙って女を見ると、そいつは頷いてドラムとベースだけの音源をかけ始めた。

芯をとらえた重いドラムがリズムを刻み、深くも流れるようなベースの音がそこに乗っかる。

 

 

(こいつら上手いんだよな。)

 

 

女の両隣に座っている二人を見た。

一人は同じ年くらいのパーマ頭の男、それと自分よりも年上だろうウルフカットのでかい女。

ドラムの千葉と、ベースのひさこだ。

その間で小さく座っているこのバンドのリーダーはただ真っ直ぐにこっちを見ている。

 

 

(まあいい。やることやるだけだ。)

 

 

一瞬のブレイクの後、そこからギターが入る。

最初の一音。

わずかなずれもなく響いたその音にスタジオの空気がざわりと揺れた。

 

思うように動く体、作り上げた音、そして観客。

 

それだけそろえば、機械相手の演奏でも自分を見せることはできる。

聞かせることができる。

それが、自分の音があるってことだ。

楽譜の上をイメージ通りに進みながら、何度も聴き込んだ遠吠えのような歌を思い出す。

俺はもう一度目の前にいる女を見た。

 

 

(本当にこいつがあんな歌を歌うのか。あんな、人を食っちまいそうな声で。)

 

 

その"普通の"女は曲が始まってからずっと、元からでかい目をさらに開いて俺を見ていた。

その目はギターを弾く手元でもエフェクターでもなく、ただ俺を見ていた。

 

曲が最後のサビに差し掛かる時、女がふいに立ち上がった。

髪をなびかせながら机の前まで回り、俺の前にそいつは立った。

とんとん、とリズムを取り始める黒い厚底のブーツ。

そんなでかい靴を履いていても俺の肩くらいしか背がない。

いつの間に持っていたのか、女がマイクを構えた。

 

 

でっかい黒い瞳に間の抜けた俺のツラが見えた。

 

 

俺の目の前で、赤い唇が大きく息を吸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、突然、脳天に稲妻が落ちたような衝撃だった。

 

 

 

 

全身の毛が逆立っている。

足の先までビリビリと痺れている。

弦を弾く手に力が入り、呼吸もままならない。

 

 

 

(こいつだ、こいつだったんだ……)

 

 

 

歪んだ声が背筋に思いきり爪を立てて、思わず顔がゆがむ。

遠くへ吹き去る風のような声に息が漏れる。

その全てが俺のギターに乗って心臓を突き刺してくる。

だめだ、乗りこなせ、そう思っても身体は言うことを聞かなかった。

 

何度も、何度も、

女が息を継ぐ度に、

その挑戦的な目が俺を映す度に、

小さな身体から立ち上る目眩のするような熱が俺の音を焦がす。

 

 

聞いたことのない自分の音。

 

 

一人では出せない……本当の俺の音。

 

 

 

 

 

 

 

 

曲が終わると千葉が笑って手を叩いた。

俺の中では女の声の残響が繰り返されていた。

全身にじんわりと汗をかいている。

 

当たり前だ。

こんな歌は聞いたことがない。

 

頭の中でけたたましく鳴っている直感。

俺は女と向かい合ったまま、立ち尽くしていた。

俺は目をそらすことが出来なかった。

 

 

 

少し乱れた長い黒髪の一本一本がやけに鮮明に見える。

 

そこからのぞく真っ直ぐな瞳。

 

 

 

 

一瞬にも、永遠にも感じられる時間。

 

 

 

 

やがて、

 

女が少しだけ口の端を上げて笑った。

 

 

 

(なんだ、この匂い……)

 

 

 

鼻先をほんのわずかにかすめた気配。

 

それは花だとか香水だとかとは違う、嗅いだことのない甘さを持っていた。

普段なら鬱陶しく思うだろうその甘い匂いを俺は無意識に追った。

まるで、脳みそを直接撫でられたような、そんな妙な気分で。

 

 

「いい音だった。ありがとう。」

 

 

その匂いは女が話して動く度、ゆるゆると俺の方に漂ってきた。

女が机の向こうに戻っていく。

その小さな身体に続く匂いの跡を目が勝手に追う。

 

 

「つい歌っちゃったけど、合わせるのは次の審査からってことになってるからこの後の人達には言わないでくださいね。」

 

 

別に笑うでもなくそう言う女を俺は見つめ続けた。

女は気付かずに分厚いファイルに目を落としている。

 

 

「では面接に移ります。まず、どうしてうちのギタリストに志望してくれたんですか?」

 

 

事務的な声にリクルートスタイル。

マイクを置いてぱらぱらと紙をめくるそいつはどう見てもただの女だった。

 

 

俺はギターをさげたまま、一歩踏み出した。

そのままエフェクターボードを踏み越えて審査員席の真ん前まで進み出た。

 

ぐっと強くなる目が回りそうなほどの甘い匂いが、早く打ちっぱなしの鼓動に乗って全身を巡る。

 

 

「……黒木さん?」

 

 

黒い瞳が俺を見上げた。

それをじっと覗き込む。

 

 

 

 

 

俺は見つけた。

 

一生を捧げることのできる場所を。

 

 

 

「自分は……ここに骨埋めるつもりっす。お願いします。」

 

 

 

 

テツが頭を下げるでもなく、それだけで人を殺せそうな目で凛音を見つめてそう言った。

スタジオの中がしんと静まり返る。

 

 

(えっと、これは……)

 

(あれ、これって……)

 

 

千葉とひさこは互いに目配せをした。

そして声には出さずに口だけを動かした。

 

 

((プロポーズ?))

 

 

二人の間では凛音が固まっている。

 

 

「………」

 

「…あ、えっと、」

 

 

今までの応募者とはまるで違う強すぎる意気込みにスタッフ達が苦笑する声が聞こえる。

だが目の前の男はそんなことには気付かず、まだ自分を睨み続けている。

凛音はその目から逃れるようにまたファイルに目を落とした。

 

 

「ありがとうございます。では、次の質問ですが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やーすごかったなあ。テツくん、やっけ。音もいいし、雰囲気もうちに合ってるやんねー。」

 

「リズム感もばっちりだったな。ほぼ決まりじゃね?」

 

「………」

 

「凛音?おーい?」

 

「えっ、ああ、そうだな。うん。」

 

 

千葉とひさこは顔を見合わせた。

 

千葉は凛音の大学時代の先輩で、バンド結成時から唯一残っているメンバーだ。

そして、辞めてしまったベースの後に名乗り出てくれ、今もしっかりとバンドを支えているひさこ。

 

上の空の凛音に二人が足をそろえて着いていく。

 

 

「まあ誰であれ、やってみんと分からんよね。前みたいのは勘弁やなあ。調子いいこと言って、すぐいなくなっちゃって。」

 

 

遠い目をするひさこにうなずく千葉。

 

 

「あれは酷かったな。まあその前も大概だけど…失踪ってなんだよ、ははっ。」

 

「笑えんよー。今度はどうかねえ。ね?」

 

「………」

 

 

上を目指し、必死になって走れば走るほど重なっていくメンバーの脱退。

何度も沈みかけたこのバンドを文字通り引っ張ってきたのは、一番年下の凛音だった。

そしてついに開いた今回のオーディション。

かかっているのはただのギタリストの枠だけじゃない。

 

 

(これでも上手く行かないなら私たちはバンドとしてもう限界ってことだ。だから、このオーディションは絶対に成功させなきゃならない。)

 

 

オーディションが終わってから凛音はずっと思い詰めた顔をしていた。

二人が何を話しかけてもまともに返事が返ってこない。

 

 

「まあまあ、そう気負わずに。まだ二次審査なんやし。」

 

「そうそう。なんとなくでさ、難しいこと抜きでお前は誰がよかったの?」

 

 

凛音を挟み小突く二人に、凛音が顔を上げる。

 

 

「あいつ……」

 

「あいつって、テツくん?」

 

「やっぱなー、あいつだけだったもんな。お前がマイク持ったの。」

 

「うん。でも……」

 

 

凛音はまた俯いた。

長い髪がかかって表情は見えない。

二人は顔を見合わせ、凛音の隣を黙って歩き続けた。

 

ずっと三人で進んできた。

寄り添うんじゃなく、支え合ってきた。

どんな時も互いを信じてこのバンドを一番に、大事に続けてきた。

 

もう駅が近い。

改札が見えてきて人が増えてきた。

夕暮れの大勢が行き交う道の真ん中。

凛音がふいに立ち止まった。

 

ぱっと上がった顔が二人を見上げる。

 

 

「バンドの誰かが欠けるのは……本当に、もうこれで最後にしたいと思ってる。次はない。そうだよね?」

 

「ああ。」

 

「だからさ、ない金かき集めて三次まであるオーディション開いてさ、時間かけてじっくり選ぼうって。」

 

「うん。」

 

「そうなんだけどさ……」

 

 

そうだ、もうあんな思いは繰り返したくない。

もっと時間をかけて冷静に考えるべきだ。

そうはっきりと聞こえる自分の声に、凛音は言葉に迷って口をとじた。

 

 

 

 

その時、遠くの方で空が光った。

 

一瞬の閃光とともに自分を射貫いた鋭い目が蘇る。

 

 

(……本当に、いいのか……?)

 

 

夕方の裏寂しい空気を引き裂く雷鳴に乗って、この胸を撃ち抜いた轟音が鳴り響く。

 

 

(もし、また間違えてたら……そしたら今度こそ……)

 

 

手のひらに嫌な汗がにじむ。

 

 

 

 

 

 

それでも凛音は拳をぎゅっと握りしめた。

 

 

「いや……あいつしかいない。」

 

 

二人が凛音を見つめている。

 

きつく閉じた唇がゆっくりと開き、一つ息を吸った。

 

 

 

 

 

 

「黒木テツ、あいつで最後にする。」

 

 

 

 

 

 

二人は目を丸くした。

そして両隣から凛音の肩を思いきり抱いた。

 

 

「うっ、苦しい…」

 

「やったな……そうしよう、それがいい!」

 

「私もそう思ってたで。やったね凛音。」

 

「ごめん、本当はもっと時間かけるべきなのに……」

 

 

謝る凛音の頭を千葉ががしがしと撫でた。

 

 

「何言ってんだよ、時間かけようがかけまいが、見つかればいいんだよ!」

 

「私、他のやつの音思い出せなくて……」

 

「やんなー。凛音とあいつ、はまってたわ。あー、私も音合わすの楽しみやなあ。」

 

「二人とも……いつも勝手してごめん。ありがとう。」

 

 

楽しそうな二人の顔をじっと見つめ、凛音がぼそりと呟いた。

こういう頼りない声を出すときの凛音の頭の中は大体読める。

大胆なくせに変なところで気が弱くて、真面目すぎる。

そんな凛音の頬をひさこがふにふにとつねった。

 

 

「なーに言ってるん。また一人で背負おうとして。」

 

「だって……」

 

「凛音だけじゃない、私ら三人で決めたんや。これからはテツ君と、四人で頑張ろう。」

 

「よっしゃ、オーディション終わったし打ち上げってことで飲みに行くか!」

 

「あ、悪い。金ない。」

 

「じゃあ…ラーメン!それかサイゼか、サイゼにするか!?」

 

「私らいつもそればっかやねえ。」

 

 

けらけらと笑う二人の後を凛音が着いていく。

いつもの光景の中、行く先に激しい光が走る。

 

 

(あ、また雷……)

 

 

遅れて届く足元を揺らすような音。

遠くに見える黒い雲は雷とともに酷い雨を連れてくるのだろうか。

 

普段よりも大きな鼓動に、まだ耳の奥で鳴っているギターの音が重なる。

 

 

 

 

 

 

「なんでだろ……もう、怖くないや。」

 

 

 

 

 

 

「凛音ー、」

 

「早くしろよー!」

 

「…うん。」

 

 

 

傘を持たずに進む暗い空の下。

 

 

自分を振り返る二人の笑顔に黒い瞳を細め、凛音は足を早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐々木 凛音

28歳 黒髪ロング 155センチ

 

千葉 一隆

32歳 長め黒髪パーマ 177センチ

 

浦 ひさこ

34歳 黒髪ウルフカット毛先オレンジ 170センチ

 

黒木 テツ

31歳 長めぼさぼさグレーヘア 180センチ 猫背

 

 

 

全員、美男美女ではないです。

普通です。

普通のアラサー達がもがいて足掻いて、きらきらするところを見守るだけです。

よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

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