朝食を終えて少し休憩した後、俺は父様と共に訓練場へ向かった。
広い訓練場には兵士達が集まり、木剣を振る者、走り込む者、模擬戦をする者で賑わっている。
掛け声と木剣のぶつかる音が響き、活気に満ちていた。
「旦那様!」
「おはようございます!」
兵士達が一斉に敬礼する。
その中を堂々と歩く父様は、やはり格好良い。
アルトの記憶の中でも父様は憧れの存在だった。
ただ強いだけではなく、皆に慕われ信頼される人だ。
その姿を改めて見ても、自然と人を惹きつける魅力があると思う。
「さてアルト」
父様が振り返る。
「まずは見て覚えることだ」
そう言うと、訓練用の木剣を手に取った。
次の瞬間。
空気が変わった。
すっと自然に構える。
無駄がない。
ただ立っているだけなのに美しい。
そして。
ヒュン。
木剣が振られた。
速い。
だがそれ以上に。
綺麗だった。
一振り。
また一振り。
流れるような動き。
まるで舞でも見ているようだった。
兵士達も思わず見入っている。
「おお……」
気付けば声が漏れていた。
強い。
それは分かる。
だが。
それだけではない。
見ているだけで。
自分もああなりたい。
あんな風に振ってみたい。
そう思わせる魅力があった。
(すごい……)
体力作りのために始めた剣術だった。
だが。
今は純粋に格好良いと思う。
アイドルのステージにも少し似ていた。
歌が上手いだけじゃない。
踊りが上手いだけじゃない。
観客を惹きつける何かがある。
父様の剣にはそれがあった。
「どうだ?」
「格好良いです!」
思わず即答していた。
父様は嬉しそうに笑った。
「そうか!」
心なしか頬まで緩んでいる。
そして訓練開始。
構え。
素振り。
足運び。
また素振り。
さらに素振り。
「腕だけで振るな!」
「はい!」
「腰を使うんだ!」
「はい!」
「良いぞ!」
「はい!」
最初は楽しかった。
だが。
三十分後。
「はぁ……はぁ……」
腕が上がらない。
足が重い。
肩が痛い。
父様はまだ元気だ。
意味が分からない。
一時間後。
「アルト、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……」
全然大丈夫ではなかった。
五歳児の体力が悲鳴を上げている。
それでも。
父様も兵士達も応援してくれる。
「坊ちゃま頑張れー!」
「あと少しです!」
「流石は旦那様のご子息!」
(妙に期待されている気がする)
だが。
負けるものか。
俺は未来のアイドルなのだ。
そして。
限界まで頑張った。
昼食は驚くほど美味しかった。
運動した後だからだろうか。
普段の何倍も美味しく感じる。
父様も満足そうだった。
「よく頑張ったな」
そう言われると少し嬉しい。
昼食後。
部屋へ戻る。
「少しだけ昼寝しよう」
そう思った。
本当に少しだけのつもりだった。
ベッドへ横になる。
そして。
目を閉じる。
次に意識が浮上した時だった。
「坊ちゃま」
優しい声が聞こえる。
肩をそっと揺すられる。
「坊ちゃま、夕食のお時間ですよ」
ゆっくり目を開く。
見慣れたメイドの顔があった。
「……あれ?」
窓の外を見る。
夕焼けだった。
「えっ」
昼寝のつもりだった。
本当に少しだけ休むつもりだった。
なのに。
気付けば夕方である。
「そんなに寝てたんですか?」
「はい」
メイドは微笑んだ。
「とても気持ち良さそうに眠っておられました」
少し恥ずかしい。
だが。
それだけ疲れていたのだろう。
父様との訓練を思い出す。
腕も足もまだ少し重い。
それでも嫌な疲れではなかった。
夕食の席へ向かう。
「アルト!」
席へ着くなり父様が身を乗り出した。
「体調は大丈夫か!?」
「はい?」
突然どうしたのだろう。
首を傾げる。
「昼食後から全く起きなかったと聞いてな!」
なるほど。
そういうことか。
父様は心底心配そうだった。
「私が張り切り過ぎてしまったかもしれん……」
しゅんとしている。
思わず少し可愛いと思ってしまった。
「大丈夫です」
「本当にか!?」
「ただ眠かっただけですから」
そう答えると。
父様は露骨に安堵した。
「そうか……!」
その様子を見ていた母様がため息をつく。
「あなた」
「なんだ?」
「五歳の子供を初日から訓練させ過ぎです」
ぐさり。
父様の胸に刺さった。
「うっ」
「反省してください」
「……はい」
しょんぼりしている。
大公爵とは思えない姿だった。
思わず笑ってしまう。
「ふふっ」
父様も母様もこちらを見る。
「でも楽しかったですし、父様もカッコよかったです!」
「そ、そうか!」
父様の顔がぱあっと明るくなった。
やっぱり父様は分かりやすい。
夜。
お風呂を済ませ。
再びベッドへ横になる。
腕は少し痛い。
足も少し重い。
だが。
嫌な気分ではなかった。
今日一日を思い返す。
父様に剣を教わった。
たくさん体を動かした。
たくさん食べた。
たくさん眠った。
そして何より。
一歩だけ夢へ近付いた気がする。
「……楽しかったな」
小さく呟く。
世界初のアイドルへの道は始まったばかりだ。
だけど。
悪くないスタートだと思う。
「明日も頑張ろう」
そう呟きながら。
俺は静かに目を閉じた。