父様との剣術訓練が始まってから一ヶ月ほどが経った。
朝起きる。
訓練場へ向かう。
素振りをする。
走る。
また素振りをする。
最初は筋肉痛で泣きそうだった。
だが人間慣れるものらしい。
今では木剣もそれなりに振れるようになっていた。
「良いぞアルト!」
「ありがとうございます!」
父様も嬉しそうだ。
兵士達も優しい。
「坊ちゃま、様になってきましたな!」
「流石は旦那様のご子息です!」
褒められると悪い気はしない。
そんな日々が続いていた。
そして。
ある日の朝食。
何故か母様の機嫌が悪かった。
「……」
にこにこしている。
だが分かる。
これは怒っている時の笑顔だ。
父様も気付いたらしい。
「セレスティア?」
「何でしょう?」
笑顔である。
怖い。
「何かあったか?」
「別に?」
絶対にある。
すると母様は優雅に紅茶を口へ運びながら言った。
「あなただけずるいです」
「……何がだ?」
「毎朝アルトちゃんと訓練しているではありませんか」
父様が目を瞬く。
母様は続けた。
「私も教えたいです」
なるほど。
嫉妬である。
「いや待て」
父様は苦笑した。
「剣術だからな」
「魔法はまだ早いだろう」
「アルトはまだ五歳だ」
「教会で適性判定も受けておらん」
「適性判定ですか?」
俺が首を傾げると、父様が説明してくれた。
「ああ。アルトはまだ知らなかったな」
「この国では子供は皆、六歳になると教会で魔法の適性判定を受けるんだ」
「どの属性に適性があるか、魔力はどれほどかを調べる」
なるほど。
そういう制度があるらしい。
俺はまだ五歳なので、当然まだ受けていない。
だが。
母様は自信満々だった。
「大丈夫です」
「何がだ?」
「私、適性判定用の魔道具くらい持っていますので」
父様が固まった。
俺は何がそんなにすごいのか分からず首を傾げた。
だが父様の反応を見る限り、どうやら普通ではないらしい。
「持っているのか?」
「持っています」
「何故?」
「昔研究用に使っていましたから」
研究用と言われてもよく分からない。
ただ父様の顔を見る限り、とんでもなく珍しい物らしかった。
父様は頭を抱えた。
「相変わらず規格外だな……」
そこで俺はふと疑問に思った。
そういえば。
母様について詳しく聞いたことがない。
優しい。
綺麗。
少し天然。
そのくらいしか知らない。
「母様って、そんなに凄い魔術師だったんですか?」
その瞬間。
何故か母様が少し照れた。
父様は大きくため息をつく。
「凄いなんてレベルじゃない」
「え?」
「セレスティアは王国でも屈指の魔術師だ」
「当時から歴代でも指折りの才能と評されていてな」
思わず母様を見る。
母様は照れ臭そうに笑っていた。
「そんな大したことありませんよ」
「何を言う」
父様は呆れたように肩を竦める。
「結婚していなければ宮廷魔術師への就任は確実」
「王都ではそう言われていた人だぞ」
「えぇ!?」
流石に驚いた。
宮廷魔術師。
前世知識で言うなら国家公認のトップ魔術師みたいなものだろう。
そんな人が母親だったらしい。
「まあ結局」
父様はどこか誇らしげに言った。
「私が先に求婚したからな」
「ふふっ」
母様が嬉しそうに微笑む。
仲が良い。
本当に仲が良い。
「ですので」
母様はぱんっと手を叩いた。
「今日はアルトちゃんの適性を調べます!」
目が輝いている。
やる気満々だ。
父様は諦めたように肩を竦めた。
「分かった」
「ただし無理はさせるなよ」
「もちろんです」
母様が立ち上がる。
その姿はどこか楽しそうだった。
「さあアルトちゃん!」
「母様の研究室へ行きましょう!」
研究室。
何だか嫌な予感しかしない。
だが。
魔法だ。
記憶を取り戻してからのこの一ヶ月余り、屋敷の中でも当たり前のように魔法を目にしてきた。
灯りを点ける魔道具。
使用人が使う生活魔法。
兵士達の訓練で見かけた強化魔法。
この世界では誰もが当然のように扱っている不思議な力。
そのたびに胸の奥がくすぐられるような感覚があった。
前世では物語の中にしか存在しなかったもの。
本やゲームの向こう側にあった夢。
それが今は現実として存在している。
そして今日。
もしかしたら自分にもそれが使えるかもしれない。
そう思った瞬間、胸がどくんと大きく鳴った。
火を生み出せるのか。
風を操れるのか。
それとも全く別の何かなのか。
まだ何も分からない。
それなのに期待だけはどんどん膨らんでいく。
どんな結果になるのか。
どんな魔法があるのか。
そして自分は魔法を使えるのか。
考えれば考えるほど胸が高鳴った。
俺はすっかり嫌な予感など忘れ、研究室への興味と期待で胸をいっぱいにしていた。
俺は椅子から立ち上がった。
そしてまだ知らない。
この日。
自分の人生を大きく変える適性が判明することを。
そしてその結果に。
父様と母様が揃って大騒ぎすることになるのを。