母様に連れられてやって来た研究室は、思っていた以上に広かった。
壁際には見たこともない器具や魔道具がずらりと並んでいる。
棚には色とりどりの鉱石や薬品らしき瓶。
机の上には複雑な魔法陣が刻まれた板。
天井からは用途不明の金属製の輪まで吊り下げられていた。
どれもこれも。
前世でも、この世界でも見たことがない物ばかりだ。
(こんな場所あったんだ……)
アルトの記憶にもほとんど残っていない。
そもそも五歳児が立ち入るような場所ではなかったのだろう。
ふと視線を向ける。
赤い液体の入った瓶。
何かの魔物らしき骨。
触手のような植物。
どう見ても子供を連れて来る場所ではない。
(母様、一体何を研究してるんだろう……)
少しだけ知りたくない気もした。
そんな俺をよそに、母様は慣れた様子で準備を始めていた。
「あとはこれと……ああ、それも取って頂戴」
「かしこまりました」
助手らしいメイド達が次々と道具を運ぶ。
その動きは驚くほど無駄がない。
どうやらいつも手伝っているらしい。
母様も楽しそうだった。
先程まで朝食を食べていた淑やかな公爵夫人はどこへ行ったのか。
今の母様はまるで新しいおもちゃを与えられた子供のように生き生きとしている。
「よし!」
しばらくして準備が終わったらしい。
母様が満面の笑みで振り返った。
「じゃあアルトちゃん、この取っ手を両手で握ってちょうだい」
「はい」
言われた通り目の前の装置を見る。
正直。
かなり怪しい。
取っ手の先には木製の人形が取り付けられている。
しかも妙に人間っぽい。
夜中に動き出しそうな雰囲気すらあった。
「ふふふ」
母様が得意げに胸を張る。
「これは私が既存の魔力測定器を改良したものです!」
「名付けて――何でもわかーる君十六号!」
名前が軽い。
ものすごく軽い。
「十六号?」
思わず聞き返す。
「はい!」
母様は満面の笑みだ。
「ということは……十五号まであるんですか?」
「もちろんよ!」
母様は自信満々に頷いた。
そして。
「ほら、あそこに!」
楽しそうに部屋の隅を指差す。
視線を向ける。
そこには。
みるも無惨な残骸の山があった。
腕だけになった木人形。
首だけ転がっている木人形。
上半身だけ炭になった木人形。
足だけ残った木人形。
なまじ人型なだけに妙に怖い。
ホラーである。
「……」
「……」
思わず無言になる。
「一号から十五号までよ!」
母様は何故か誇らしげだった。
「全滅じゃないですか!?」
思わず叫んでしまった。
「研究とは失敗の積み重ねなのよ!」
胸を張って言うことだろうか。
「ちなみに七号は爆発したわ!」
「それ以外も爆発してません?」
「したわ!」
即答だった。
全く反省していない。
そして目の前には十六号。
(大丈夫かなこれ……)
急に不安になってきた。
だが。
ここまで来て逃げるわけにもいかない。
意を決して取っ手を握る。
その瞬間。
おぉ!?
体の奥から何かが吸い出されるような感覚が走った。
不思議な感覚だ。
痛みはない。
だが確かに何かが流れていく。
「これはね、従来の測定器より精度が五十パーセント向上していて――」
母様が熱弁を始めた。
正直何を言っているのかよく分からない。
だがその間にも装置に変化が起きていた。
木製人形がむくりと起き上がる。
そして。
ぶるぶると寒そうに震え始めた。
「え?」
さらに。
足先から白く凍り始める。
氷はどんどん広がり。
気付けば膝まで凍り付いていた。
「か、母様。これは?」
説明を続ける母様へ恐る恐る声を掛ける。
母様は人形を見た。
そして。
固まった。
「え?」
次の瞬間。
「氷属性です!」
研究室に助手をしていたメイドさんの声が響いた。
「すごいわアルトちゃん!!」
「希少属性よ!!」
母様が俺を抱き締める。
勢いが凄い。
「お、おぉ……」
氷属性。
何だか格好良い。
しかも希少属性らしい。
精神年齢はもう四十近いはずなのに。
素直に嬉しかった。
だが。
変化はそれだけでは終わらなかった。
何でもわかーる君十六号は、ついに全身氷漬けになった。
「それにここまで凍るなんて……!」
母様の目が輝く。
「魔力量もかなり高いわ!」
「あーん! アルトちゃん天才!!」
テンションがおかしい。
完全に壊れている。
すると。
再び装置に変化が起きた。
氷漬けになっていた人形が。
今度は光り始めたのだ。
ぽうっと淡く。
そして徐々に強く。
「……え?」
母様が固まる。
光はどんどん強くなる。
「え?」
さらに強く。
「え、え、え?」
ついには直視できないほどの輝きになった。
その時だった。
「ま、まさか……!?」
母様の顔色が変わった。
そして。
「あなたぁぁぁぁぁ!!」
研究室中に響き渡る大声。
母様は凄まじい勢いで部屋を飛び出していった。
ドタドタドタドタ。
遠ざかる足音。
静寂。
「……」
「……」
研究室に残された俺は装置を見る。
眩しい。
とても眩しい。
「母様……これ大丈夫なんですか?」
不安しかない。
すると。
助手をしていたメイドさんがそっと肩に手を置いた。
そして優しく微笑む。
「坊ちゃま」
「はい?」
「おめでとうございます」
にこり。
とても良い笑顔だった。
だが。
何がおめでたいのか。
俺にはまだ全く分からなかった。