父様は騎士達との訓練へ戻り、
母様もお祖父様へ俺を預けて屋敷へ戻ることになった。
「お父様」
「くれぐれもアルトをよろしくお願いしますね?」
「危ない事は駄目ですからね?」
母様は念を押す。
「分かっとる分かっとる」
グランお祖父様は豪快に笑った。
全然信用されていない。
俺も少し不安だった。
そして。
俺とグランお祖父様の魔法訓練が再開された。
「ではアルト」
「次はこれじゃ」
お祖父様が杖を掲げる。
「――凍てつく壁よ」
次の瞬間。
ごごごごごっ!!
地面から巨大な氷壁が出現した。
分厚く。
高く。
まるで城壁のような氷の壁。
圧倒的な存在感だ。
「おお……」
思わず見上げてしまう。
「よし」
「やってみるがよい」
「はい!」
今度こそ失敗しない。
俺はしっかりと壁だけを意識した。
氷の壁。
壁だ。
余計な物は考えるな。
東京タワー禁止。
絶対禁止である。
「――凍てつく壁よ!」
魔力を放つ。
すると。
目の前に小ぶりな氷壁が現れた。
「できた!」
思わず声が弾む。
今度こそ成功だ。
ちゃんと壁になっている。
だが。
何故か。
お祖父様の反応は微妙だった。
「うむ……」
「アルトよ」
「壁は出来たな」
「はい!」
「お祖父様に比べれば小さいですが、ちゃんと出来ました!」
「どこかおかしいですか?」
すると。
お祖父様は小さな氷塊を作り出した。
「どれ」
「見ておりなさい」
杖が軽く振られる。
氷塊はゆっくりと壁へ向かって飛んでいく。
なんだろう。
そう思った次の瞬間。
カラン。
氷塊が壁へ触れた。
そして――
ガラガラガラッ!!
氷壁が一瞬で崩れ落ちた。
「ええっ!?」
思わず叫ぶ。
「どうして!?」
お祖父様は楽しそうに笑った。
「儂の壁を真似ようとしたのじゃろう」
「はい」
「その結果じゃ」
「形だけを真似てしまった」
「中身の無いハリボテじゃな」
なるほど。
確かに。
俺はお祖父様の壁を再現しようと必死だった。
形ばかり意識していた気がする。
「魔法はイメージじゃ」
お祖父様が指を立てる。
「イメージがしっかりしておれば、先程のような立派な柱が出来る」
「逆に」
「イメージが伴わねば、この通りじゃ」
崩れた壁を指差した。
「見た目だけのハリボテになる」
「わっはっはっは!」
「面白いじゃろう?」
「確かに……」
俺は納得した。
東京タワーの時もそうだ。
ただ思い浮かべただけのつもりだった。
だが実際は。
鉄骨。
展望台。
骨組み。
構造。
無意識に様々な情報を想像していたのだろう。
だからあれほど精巧な物が出来上がった。
「魔法って奥が深いですね」
「うむ!」
「実に面白いぞ!」
その後も訓練は続いた。
「次は氷球じゃ」
お祖父様が手のひらほどの氷球を作る。
「単純な魔法ほど難しいぞ」
「はい!」
今度こそ大丈夫だ。
丸い氷。
それだけを想像する。
「――氷球!」
魔力を放つ。
すると。
現れたのは見事な丸氷だった。
透き通るように美しい。
表面に曇り一つ無い。
ウイスキーグラスに入っていたら間違いなく高級品だ。
「おおお!」
お祖父様が目を輝かせた。
「なんと美しい!」
「完璧な球体ではないか!」
前世で散々飲んだ酒の記憶が役に立ってしまった。
複雑な気分である。
「次は氷槍じゃ!」
「はい!」
結果。
出来上がったのは氷の槍。
なのだが。
何故か全部竹槍だった。
「おお!」
「節まで再現されておる!」
「芸が細かいのう!」
違う。
本当に違う。
俺もなぜ竹槍になったのか分からない。
「では氷の椅子じゃ」
「はい!」
今度こそ普通の椅子を作る。
そのはずだった。
結果。
出来上がったのは豪華な椅子だった。
いや。
椅子というより。
社長室に置いてありそうな高級オフィスチェアである。
背もたれ付き。
肘掛け付き。
無駄に座り心地が良さそうだった。
「おお!」
「随分と座りやすそうじゃのう!」
「素晴らしいですわ!」
いつの間にか戻って来ていた母様まで大絶賛だった。
違う。
俺は普通の椅子を作りたかっただけなんだ。
だが。
どれもこれも。
魔法としては成功しているらしい。
「アルトよ」
お祖父様が笑う。
「お前さん」
「魔力操作の才能は間違いなくある」
「本当ですか?」
「うむ」
お祖父様は力強く頷いた。
「なんならセレスティアの幼少期など遥かに超えておる」
「アルトちゃんなら当然です」
何故か母様が胸を張って自慢げだ。
「普通の子供なら魔法を発動させるだけで一苦労じゃ」
「じゃがアルトは違う」
「問題は――」
そこで。
目の前のオフィスチェアを見る。
「想像力が豊か過ぎることじゃな」
俺もそう思う。
非常にそう思う。
「わっはっはっは!」
「実に面白い!」
お祖父様は楽しそうだった。
結局。
俺の魔力が尽きるまで訓練は続いた。
成功もした。
失敗もした。
ハリボテも量産した。
そして。
訓練場には。
丸氷。
氷柱。
豪華な椅子。
東京タワー。
よく分からない氷像。
様々な作品が並ぶことになった。
どう見ても魔法訓練の跡地ではない。
芸術祭の会場だった。
「わっはっはっは!」
「面白かったのう!」
「俺は恥ずかしかったです……」
「何を言う!」
「立派な成果じゃ!」
お祖父様は満足そうだった。
その後も。
細かな調整や魔力操作の練習を繰り返し――
やがて。
「よし!」
「今日はここまでじゃな!」
「はぁ……はぁ……」
その場へ座り込む。
五歳児の体にはなかなか堪える。
「よく頑張ったのう」
わしゃわしゃ。
お祖父様が頭を撫でてくれた。
そのタイミングで。
メイドさんがやって来る。
「お風呂の準備が整いました」
「おお!」
お祖父様が立ち上がった。
「アルトよ!」
「久しぶりに一緒に入るか!」
「え?」
返事をする前に抱き上げられた。
そして。
気付けば風呂場だった。
あれよあれよという間に服を脱がされ。
二人揃って浴室へ。
そこで。
俺は思わず目を見張った。
(凄い……)
グランお祖父様は六十を超えている。
だが。
その体は信じられないほど引き締まっていた。
盛り上がった筋肉。
太い腕。
そして。
全身に刻まれた無数の傷跡。
戦場を生き抜いてきた証だった。
氷魔法の研究者。
宮廷魔術師長。
そんな肩書ばかり聞いていた。
だが違う。
この人もまた。
父様と同じく戦場を駆け抜けてきた英雄なのだ。
普段は孫バカ全開だが。
やはりこの人は凄い人だった。
体を流した後。
二人で湯船へ浸かる。
「ふぅ~」
「気持ち良いのう」
「はい」
今日一日の出来事を思い返しながら。
俺は改めて口を開いた。
「お祖父様」
「ん?」
「今日はありがとうございました」
「これからもよろしくお願いします」
お祖父様が固まった。
目をぱちぱちさせている。
そして。
次の瞬間。
ぎゅううううっ!
「おおおお!」
「アルトは偉いのう!」
「礼儀正しいのう!」
わしゃわしゃわしゃ!
頭が大変なことになった。
「儂が必ず立派な魔術師にしてやるからな!」
「は、はい!」
魔法は面白い。
きっとアイドル活動にも活かせるはずだ。
しっかり学ばせてもらおう。
その後ものぼせる寸前まで。
お祖父様と様々な話をしながら長湯を楽しんだ。
夕食も賑やかだった。
お祖父様がいるだけで食卓が明るくなる。
笑い声が絶えない。
そして。
部屋へ戻り。
布団へ潜り込む。
今日は本当に色々な事があった。
光属性。
氷属性。
東京タワー。
魔法訓練。
そして。
グランお祖父様との再会。
(明日からも頑張ろう)
氷魔法。
そして。
お祖父様との修行。
楽しみは尽きそうになかった。
そう思いながら。
俺は深い眠りへ落ちていった。