翌日からも基本的に生活の流れは変わらなかった。
朝は父様達との剣術訓練。
午後は母様に代わり、グランお祖父様との魔法訓練。
そんな日々が続いていた。
どうやらお祖父様は一ヶ月ほど屋敷へ滞在し、俺に魔法を教えてくれるらしい。
ありがたい話だ。
そして――
今日は少し様子が違った。
「アルトよ」
「今日は山へ行くぞ」
「山ですか?」
「うむ!」
お祖父様は楽しそうに頷いた。
訓練場ではなく。
屋敷近くの山へ向かうらしい。
何気に。
俺が屋敷の外へ出るのは初めてだった。
出発前。
母様は大変だった。
「お父様、本当に大丈夫ですか?」
「分かっとる」
「お弁当は持ちましたか?」
「持った」
「水筒は?」
「持った」
「着替えは?」
「持った」
「アルトちゃんが転んだ時の薬は?」
「持った」
「迷子になったら――」
「ならん!」
お祖父様が叫んだ。
結局。
出発するまで何度も荷物確認が行われた。
地球でも異世界でも。
母親という生き物は変わらないらしい。
そして。
ようやく出発した。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
屋敷の外には初めて見る景色が広がっていた。
見慣れた木々もある。
だが。
中には妙に葉が光る植物や、
見たことのない色の花も混ざっていた。
鳥のような鳴き声も聞こえる。
しかし姿は見えない。
前世の知識と一致するものもあれば、
まるで異世界らしいものもある。
思わず辺りをきょろきょろ見回してしまう。
そんな俺を見て。
お祖父様は楽しそうに笑った。
「わっはっはっは!」
「良い反応じゃのう」
「はい!」
「全部珍しくて!」
「うむ」
お祖父様は満足そうに頷く。
そして少し真面目な顔になった。
「アルトよ」
「魔法を学ぶのも大切じゃ」
「はい」
「じゃがな」
「こうして世界を知ることも同じくらい大切なんじゃ」
周囲の景色を見渡す。
山。
木々。
花。
空。
風。
鳥の声。
「魔法はイメージじゃ」
「知っている物が多いほど想像は広がる」
「見たことの無い物は想像できん」
なるほど。
確かにそうかもしれない。
俺は思わず頷いた。
するとお祖父様は一本の花を指差した。
「見てみるがよい」
そこには青白く淡い光を放つ花が咲いていた。
「綺麗ですね」
「氷月花じゃ」
「氷属性の魔力を好む花として有名での」
お祖父様は慎重に花を摘み取り、俺へ手渡してくれる。
花びらはひんやりとしていた。
まるで冷たいガラス細工のようだ。
「覚えておくと良い」
「魔法使いは本だけでは育たん」
「実際に見て」
「触れて」
「知ることが大切なんじゃ」
俺は手の中の花を見る。
前世なら図鑑やネットで調べれば終わりだった。
だが。
この世界では違う。
実際に見て。
感じて。
経験する。
それが魔法に繋がるのだろう。
少しだけ。
魔法使いというものが分かった気がした。
だが。
次の瞬間。
お祖父様は豪快に笑った。
「まあ!」
「今日はそんな難しい話はどうでも良い!」
「え?」
「いつも頑張っておるアルトへのご褒美じゃ!」
杖を掲げる。
「今日は山でのんびりするぞ!」
「特訓はどうしたんですか?」
「これも立派な特訓じゃ」
「世界を見るのも魔法使いの務めじゃからな!」
「わっはっはっは!」
ちょっと感心したのに。
台無しだった。
だが。
俺は少しだけ笑ってしまう。
結局。
この人はそういう人なのだ。
豪快で。
自由で。
孫に甘い。
けれど。
俺のことをよく見てくれている。
だからこそ。
こうして息抜きの時間を作ってくれたのだろう。
「ありがとうございます」
「うむ!」
「ではまず弁当じゃな!」
「山へ来たらまず飯じゃ!」
「まだ着いたばかりですよ!?」
「わっはっはっは!」
山には俺達の笑い声が響いていた。