予定していた一ヶ月を過ぎても。
お祖父様は一向に帰る気配を見せなかった。
「お父様」
「そろそろアークライト領へ戻られた方が……」
母様が遠慮がちに言う。
「まだじゃ」
お祖父様は即答した。
「アルトには教えることが山ほどある」
「ですが仕事が……」
「大丈夫じゃ」
全然大丈夫ではないと思う。
そんなやり取りが数日続いたある日のことだった。
屋敷の前へ豪華な馬車が到着した。
「む?」
「あの馬車はまさか?」
お祖父様の表情が僅かに引き攣る。
馬車の家紋には見覚えがあった。
アークライト侯爵家。
お祖父様の実家である。
馬車の扉が開く。
中から降りてきたのは数名のメイド達だった。
先頭のメイドが優雅に一礼する。
「本日はお日柄も良く、ルミナス大公爵家の皆様方におかれましてはご機嫌麗しゅうございます」
その所作は美しい。
まるで宮廷貴族の令嬢のようだった。
「アークライト侯爵家より参りました」
その瞬間。
視界の端で。
お祖父様がそろり。
そろりと後退し始めた。
「お父様?」
母様が首を傾げる。
「む?」
「どうかなさいましたか?」
「い、いや?」
お祖父様は妙に冷や汗を流していた。
「ちと用事を思い出してのう……」
さらに一歩。
後ろへ下がる。
すると。
メイドさんが柔らかな笑みを浮かべた。
「グラン様」
「どちらへ行かれるのですか?」
ぴたり。
お祖父様が固まった。
「いや、その……」
「少々急ぎの用事が――」
「オルフェウス様の命により」
メイドさんはにこやかに告げる。
「お迎えに参りました」
嫌な予感がした。
「確保してください」
「かしこまりました」
「ぬおっ!?」
一瞬だった。
慣れた手つき。
無駄のない連携。
まるで熟練の騎士団のような動きで。
お祖父様が拘束された。
「なっ!?」
「貴様ら何をする!?」
「離さんか!」
「嫌じゃ!」
「儂は帰らんぞ!」
「アルトと離れたくないんじゃ!」
抵抗はした。
だが無駄だった。
どうやら常習犯らしい。
メイド達は慣れたものである。
「アルトーー!!」
「嫌じゃーー!!」
必死に手を伸ばすお祖父様。
悲壮感だけは凄い。
だが。
見ているこちらは全くそんな気分にならなかった。
「また来るからのーー!!」
「はいーー!!」
俺も手を振り返す。
「お父様!」
「仕事はしっかりしてくださいーー!!」
母様の追撃が決まった。
そして。
お祖父様は馬車へ積み込まれたまま連行されていった。
颯爽と。
実に颯爽と。
なお。
先ほどのメイドさん達はご丁寧に手土産まで置いていった。
流石はアークライト侯爵家である。
「さて」
母様が咳払いをする。
「気を取り直して」
「今日からは私が光属性について教えますね」
場所は母様の研究室。
俺は首を傾げた。
「でも母様」
「前に希少属性を教えるのは難しいって言ってませんでした?」
すると。
母様は得意げに胸を張る。
「ふっふっふっ」
「お父様がアルトちゃんを鍛えている一ヶ月の間に準備しました!」
ばっ!
勢いよく両手を広げる。
その先には。
本。
本。
本。
そして紙束。
さらに本。
研究室の一角が完全に埋まっていた。
「まさか……」
「これ全部光属性についてですか?」
「全部です!」
母様は満面の笑みだった。
「しっかり読み込みましたので!」
「アルトちゃんにバッチリ教えられるからね!」
そう言う母様の目の下には若干の隈が見える気がした。
気のせいだろうか。
多分気のせいではない。
こうして。
お祖父様が強制送還された後。
母様による光属性講義が始まった。
◇ ◇ ◇
「ではまず」
「光属性についてお勉強しましょうね」
母様は笑顔で一冊の本を開いた。
俺も椅子へ座り直す。
お祖父様の実技訓練とは違う。
今日は完全に座学の日らしい。
「アルトちゃん」
「光属性って聞いて何を思い浮かべますか?」
「えっと……」
少し考える。
「明るい?」
「正解です!」
母様は嬉しそうに頷いた。
「光属性はその名の通り光を扱う属性なの」
「でもね」
「ただ明るくするだけじゃないのよ」
そう言って母様は机の上から小さな魔道具を取り出した。
ランタンのような形をしている。
魔力を流すと。
ぽうっ。
柔らかな光が部屋を照らした。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
「綺麗ですね」
「でしょう?」
母様はにこにこだ。
「これは光属性を付与した魔道具なの」
「主に夜間の明かりやダンジョン探索で使われているわ」
なるほど。
前世で言う懐中電灯みたいなものか。
「光属性はね」
「希少属性ではあるけれど、生活の中でもたくさん使われているのよ」
そう言いながら母様は資料をめくる。
「例えば光球」
「光を生み出す基本的な魔法ね」
「夜でも周りを明るく出来るわ」
「他には光弾」
「光線」
「光の刃」
「こういう攻撃魔法もあるの」
「光の刃って格好良いですね」
「ふふ」
「男の子はそういうの好きよね」
否定できない。
少し格好良いと思った。
「それから浄化」
母様の声が少し真面目になる。
「これは穢れや瘴気を取り除く魔法よ」
「魔族との戦いでもよく使われるわ」
「へぇ……」
「さらに回復補助」
「怪我を治すお手伝いをしたり」
「疲れた人を楽にしたり」
「魔力の流れを整えたりも出来るの」
光属性って思った以上に万能だな。
「ただね」
母様は一枚の資料を取り出した。
「光属性は浄化や回復を行えるから、よく似た性質の属性として神聖属性を挙げられるの」
「神聖属性?」
「ええ」
母様は頷く。
「ちなみに神聖属性も希少属性の一種よ」
「ただし」
「光属性や氷属性よりさらに珍しいと言われているわ」
「そんなにですか?」
「ええ」
母様は頷いた。
「でも、この二つは全くの別物なの」
「光属性は光を操る属性」
「攻撃も出来るし補助も出来る」
「とても応用範囲が広いの」
そして母様は続けた。
「一方で神聖属性は違うわ」
「攻撃魔法をほとんど扱えない代わりに」
「回復」
「治癒」
「浄化」
に特化しているの」
「つまり……」
「お医者さんみたいな感じですか?」
「そうそう!」
母様は嬉しそうに笑った。
「アルトちゃん分かりやすい例えをするわね」
褒められた。
少し嬉しい。
「神聖属性は数十年に一人と言われているわ」
「実は最近も神聖属性を持つ子が見つかったそうよ」
「そうなんですか?」
「女の子らしいわ」
母様は資料へ視線を落とした。
「今は教会で保護されていて」
「聖女候補として期待されているそうね」
保護。
聞こえは良い。
だが。
何となく自由は少なそうな気もした。
「大変そうですね」
思わずそう呟く。
すると。
母様は少しだけ複雑そうな顔をした。
「そうね……」
「本人にとって幸せかどうかは分からないけれど……」
短い言葉だった。
だが。
その表情には色々な感情が混ざっている気がした。
「さて!」
母様がぱんっと手を叩く。
「難しいお話はここまで!」
「次は実際にやってみましょう!」
「はい!」
「まずは光球からね!」
グランお祖父様との氷属性修行は終わった。
だが。
今度は母様との光属性講義が始まる。
新しい魔法。
新しい知識。
まだまだ学ぶことは山ほどありそうだった。