この一年。
俺は密かに、とある魔法の研究を続けていた。
何度失敗したか分からない。
それでも諦めなかった。
今日こそ。
今日こそ完成させる。
世界初の魔法を。
「――凍てつくマイクよ。」
「――凍てつくスピーカーよ。」
魔力が形を成していく。
現れたのは。
透き通る氷で作られた一本のマイク。
そして二つのスピーカーだった。
美しい。
まるで芸術品だ。
だが。
「これだけじゃ駄目なんだ。」
ただの氷像。
本物のライブにはならない。
何度もここまでは成功した。
問題は、この先だった。
俺はゆっくり目を閉じる。
光属性。
異世界では。
光は照らすもの。
それだけの認識だ。
だけど。
俺は知っている。
前世では。
光は情報を伝える。
映像も。
音も。
想いさえも。
ならば。
魔法だって。
出来るはずだ。
「光よ。」
「奏でろ。」
静かにスピーカーへ手を向ける。
大切なのは。
イメージ。
マイクとは何か。
スピーカーとは何か。
形ではない。
役割だ。
十五年間。
何百回とライブへ通い続けた。
俺の憧れ。
俺の人生を変えてくれた存在。
ミリリン。
あの笑顔。
あの歌声。
あの景色。
観客の歓声。
全てを思い浮かべる。
「届け……!」
その瞬間だった。
――ズッ。
氷のスピーカーから小さな音が漏れた。
「!」
ズ……
ズズ……
ズズズ……
最初は微かなノイズ。
しかし。
徐々に。
音が意味を持ち始める。
そして。
『♪』
「……あ。」
思わず涙が零れた。
このイントロ。
忘れるはずがない。
ミリリン。
ファーストシングル。
『君のハートをズッキュンばっきゅん』
俺が初めて参加したライブ。
一曲目だ。
ブラック企業で心も体も擦り切れていたあの日。
小さなライブハウスの前で。
必死にチケットを手売りし、お客さんを呼び込んでいたミリリン。
その一生懸命な姿に。
何故だろう。
強く心を惹かれた。
気付けばチケットを買っていた。
そして。
そのままライブハウスへ足を運んだ。
そこで見た景色は。
今でも忘れられない。
灰色だった世界が。
一瞬で色付いた。
俺の人生は。
あの日。
確かに変わった。
文字通り。
ハートをズッキュンばっきゅんされたのだ。
「ぐすっ……。」
駄目だ。
泣いてばかりじゃいられない。
スピーカーは成功した。
なら。
次は。
マイクだ。
「光よ。」
「届け。」
今度はマイクへ魔力を流す。
スピーカーから流れる曲は。
ちょうどサビへ入る。
俺はマイクを握り締めた。
そして。
歌う。
「君のハートをズッキュンばっきゅん♪」
次の瞬間。
自分の歌声が。
氷のスピーカーから響いた。
成功だ。
マイクも。
スピーカーも。
ちゃんと役目を果たしている。
「やった!」
嬉しさのあまり。
そのまま一曲歌い切ってしまう。
夢中だった。
異世界で初めて。
ライブをした。
曲が終わる。
「ふぅ……。」
満足して振り返る。
「…………。」
そこには。
屋敷のメイド達がずらりと並び。
優しい笑顔で拍手を送っていた。
「坊ちゃま。」
「とっても素敵でした。」
「凄く元気をいただきました。」
「もう一曲お願いしてもよろしいでしょうか?」
「…………。」
は、恥ずかしい!
穴があったら入りたい。
だが。
その笑顔を見て。
俺は少しだけ嬉しかった。
これが。
俺の初めての観客。
そして。
世界で最初のファン。
後にライブ魔法の最初の理解者となる人達だった。
こうして。
氷属性と光属性を組み合わせた。
世界初の複合魔法が完成した。
観客へ歌と想いを届ける魔法。
その名は――
『ライブ魔法』
後に世界を救うことになる。
始まりの魔法である。