Side セレスティア
最近、屋敷のメイド達の様子がおかしい。
もちろん。
悪い意味ではない。
むしろ皆、とても楽しそうなのだ。
決まった時間になると、どこかそわそわし始める。
「少し交代をお願いします!」
「急がないと始まっちゃう!」
「今日は当選したの!」
そんな声が聞こえたかと思えば、気付けばメイドの姿が随分と少なくなっている。
メイド長のリズまで何やら忙しそうに動き回っていた。
それなのに。
どこか生き生きとしていて、本当に楽しそうだった。
「あら?」
「一体何をしているのかしら?」
そんなある日だった。
裏庭の方から。
微かに歌声が聞こえてきた。
そして。
楽しそうな拍手。
「……これは。」
「アルトちゃん?」
私は気になって、そっと裏庭へ向かった。
そこには。
思わず息を呑む光景が広がっていた。
透き通る氷で出来た美しい舞台。
その中央で歌い、踊るアルトちゃん。
前には整然と並んだメイド達。
皆、目を輝かせながら聴き入っている。
「……すごい。」
思わず呟いていた。
歌劇とも違う。
吟遊詩人とも違う。
今まで見たことも、聞いたこともない。
不思議な歌。
軽やかな踊り。
そして何より。
見ているだけで心が弾み、自然と笑顔になってしまう。
私まで。
アルトちゃんから目が離せなかった。
やがて歌が終わる。
「ありがとうございました。」
アルトちゃんがぺこりと頭を下げる。
その瞬間。
「「「わぁぁぁぁ!!」」」
大きな拍手が響いた。
私も思わず。
「アルトちゃん素敵よ!!」
パチパチパチパチ!!
夢中で拍手を送っていた。
「……お、お母様!?」
「「「奥様!?」」」
皆が一斉にこちらを振り向く。
どうやら隠れていたつもりが、自分から存在を知らせてしまったらしい。
「ご、ごめんなさい、つい夢中になってしまって。」
リズが慌てて頭を下げる。
「申し訳ございません。」
「勝手にこのようなことを……。」
「違うのよ。」
私は首を横に振る。
「最近みんなが楽しそうだった理由が気になっただけ。」
「それに。」
私は改めて舞台を見る。
氷で出来た不思議な道具。
棒のような物。
箱のような物。
どちらも氷魔法なのは分かる。
けれど。
そこから音楽が流れ。
アルトちゃんの声まで響いている。
原理がまるで分からなかった。
「アルトちゃん。」
「その魔法は一体何なの?」
アルトちゃんは嬉しそうに笑った。
「氷属性と光属性を組み合わせた複合魔法です。」
「名付けて。」
「ライブ魔法です。」
そう言って。
氷の棒を持ち上げる。
「これはマイクです。」
「歌声を皆へ届ける道具。」
続いて。
氷の箱を指差す。
「これはスピーカー。」
「歌や音楽を遠くまで届ける道具なんです。」
「光魔法で音を伝え、氷魔法で形を作っています。」
私は思わず目を見開いた。
「そんな発想……。」
「聞いたこともないわ。」
「すごいわ、アルトちゃん。」
「歌も踊りも、本当に素敵だった。」
すると。
アルトちゃんは少し照れたように笑った。
「僕の夢は歌と踊りで、たくさんの人を笑顔にすることなんです。」
「戦争で悲しい思いをしている人も。」
「辛いことがあった人も。」
「僕のライブを見て、少しでも笑顔になってくれたら嬉しい。」
その真っ直ぐな瞳に。
私は胸を打たれた。
「だから。」
「母様にお願いがあります。」
「前に見せてもらったドレス。」
「あれをライブ衣装にしたいんです。」
「もっと可愛く。」
「もっとキラキラした衣装で。」
「世界中を回って歌いたい。」
私は少し困ったように笑う。
「でも……。」
「ドレスよ?」
「私はドレスしか作れないわ。」
アルトちゃんは力強く頷いた。
「それでいいんです。」
「僕に合わせて作ってください。」
「きっと世界一の衣装になります。」
私は首を傾げた。
「でも。」
「どうしてドレスなの?」
すると。
アルトちゃんは当然のように答えた。
「母様。」
「可愛いは正義なのです。」
「…………。」
その言葉と同時に。
私の頭の中へ、一つの光景が浮かんだ。
自分が仕立てた美しいドレス。
それを身にまとい。
歌い、踊り。
笑顔を届けるアルトちゃん。
あまりの可愛さに。
見ている人達が笑顔になっていく。
「……た、確かに。」
思わず声が漏れた。
可愛い。
それだけで人は笑顔になれる。
こんな単純なことに。
私は今まで気付かなかった。
「分かったわ!」
「衣装なら、お母様に任せて!」
「世界一可愛い衣装を作ってあげる!」
「ありがとうございます!」
アルトちゃんが満面の笑みを浮かべる。
その時だった。
一歩前へ進み出たのは、メイド長のリズだった。
「アルト坊ちゃま、奥様。」
「僭越ながら、一つお願いがございます。」
「どうしたの? リズ。」
リズは深く一礼する。
「これまで秘密にしておりましたこと、改めてお詫び申し上げます。」
「ですが……。」
「我々メイド一同。」
「いつの間にか、アルト坊ちゃまのファンになっておりました。」
メイド達が一斉に頷く。
「坊ちゃまの歌を聴くと元気になれるんです!」
「疲れなんて吹き飛んじゃいます!」
「次のライブも楽しみにしてます!」
「坊ちゃまは私達の自慢です!」
リズは優しく微笑みながら続けた。
「アルト坊ちゃまは歌で笑顔を届けたいと仰いました。」
「でしたら。」
「どうか、その夢を我々にも支えさせてください。」
「衣装は奥様。」
「そして我々は裏方として。」
「会場準備でも。」
「観客整理でも。」
「必要なことは何でもいたします。」
「アルト坊ちゃまの夢が叶うその日まで。」
「全力でお仕えいたします。」
私は思わず笑みを浮かべる。
「ふふっ。」
「アルトちゃん。」
「もうこんなにも素敵な仲間がいるのね。」
アルトちゃんは少し照れくさそうに笑いながら、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「皆さん。」
「よろしくお願いします。」
「「「はい!!」」」
元気いっぱいの返事が裏庭へ響き渡る。
こうして。
アルトちゃんの夢を支える衣装担当として私が加わり。
最初のファンであるメイド達は、初めてのスタッフとなった。
まだ観客は屋敷の中だけ。
けれど。
世界中へ笑顔を届けるアイドルへの道は。
この日、確かに動き始めたのだった。