毎日の鍛錬は変わらず続いていた。
朝は父様との剣術。
午後は母様との魔法の勉強。
そして空いた時間には、ライブ魔法の研究と歌や踊りの練習。
忙しくも充実した日々だった。
そんなある日。
父様との剣術稽古を終え、一息ついていると。
「アルト。」
父様が一通の封筒を差し出してきた。
王家の紋章が刻まれた、立派な招待状だった。
「これは?」
「今度、王城で王女様の八歳の誕生日を祝した夜会が開かれる。」
「誕生日会ですか?」
「それだけではない。」
父様は静かに頷く。
「王国では、貴族の子供は八歳になると正式に社交界デビューを迎える。」
「この夜会は姫様のお誕生日祝いと、同年代の子供達の社交界デビューを兼ねているのだ。」
なるほど。
以前、母様から聞いたことがある。
八歳までは子供。
八歳からは、一人の貴族として扱われる。
人生最初の社交の場だ。
「お前も王女様と同じ八歳。」
「まだ正式な社交界デビューをしていないからな。」
「王家より、ぜひ出席してほしいと招待状が届いた。」
本物の王女様。
しかも同い年。
(王女様かぁ……。)
前世ではテレビや映画の中だけの存在だった。
異世界の王女様はどんな人なんだろう。
(ちょっと会ってみたい。)
いや。
かなり会ってみたい。
「行きたいです!」
「そう言うと思った。」
父様は優しく笑った。
◇
数日後。
俺は父様と共に馬車へ乗り込み、王城へ向かった。
夕暮れ時に出発した馬車は、夜になる頃、王都の中心にそびえ立つ王城へ到着する。
「わぁ……。」
思わず声が漏れた。
昼間とはまるで違う。
無数の魔導灯に照らされた王城は幻想的な美しさを放っていた。
豪華な馬車が次々と到着し。
色鮮やかなドレスや礼服に身を包んだ貴族達が城内へ吸い込まれていく。
(これが……。)
(本物の社交界か。)
胸が高鳴る。
(オラ、ワクワクすっぞ。)
「ふふ。」
辺りをきょろきょろと見回す俺を見て、父様が苦笑した。
「緊張しているか?」
「いえ!」
「楽しみです!」
「そうか。」
父様は満足そうに頷いた。
会場へ入ると。
そこには同年代と思われる子供達も数多く集まっていた。
男の子。
女の子。
皆、煌びやかな衣装に身を包み、少し緊張した様子で親の後ろを歩いている。
そんな様子を眺めていると。
「レオンハルト様!」
「お久しぶりでございます!」
「先日はありがとうございました。」
気付けば父様の周囲には男女問わず多くの貴族達が集まっていた。
さすがルミナス大公爵家。
……いや。
これは父様自身の人望なんだろう。
本当に人気者だ。
すると今度は。
「あらまあ……。」
「なんて可愛らしい子。」
「レオンハルト様のお子様ですか?」
「まるでお人形さんみたい。」
「本当に男の子なの?」
「可愛い……。」
婦人方や子供達の視線が、一斉にこちらへ向いた。
父様が少し心配そうに俺を見る。
俺は一歩前へ出た。
「初めまして。」
「ルミナス大公爵家嫡男、アルト・フォン・ルミナスと申します。」
「本日はお会いできましたこと、心より光栄に存じます。」
「どうぞ、以後お見知りおきください。」
そう言って綺麗に一礼する。
「あら!」
「まぁ!」
「八歳とは思えないご挨拶ですこと。」
「さすがルミナス家のお坊ちゃまね。」
父様も安心したように微笑んだ。
(子供相手は慣れてないけど……。)
(大人相手なら、十五年会社員やってたからな。)
(営業スマイルならお手のものだ。)
その後もしっかり笑顔を浮かべながら挨拶を続けていると。
やがて。
会場中央へ一人の男性が姿を現した。
現国王。
アルフレッド・エル・アストリア。
場内が静まり返る。
「皆、本日は我が娘、リリアーナ・エル・アストリアの誕生日を祝うため、この夜会へ集まってくれたことを嬉しく思う。」
穏やかながらも威厳ある声が響く。
「この中には、リリアーナと同じく今年八歳を迎え、社交界デビューを果たす子供達も多くいる。」
「諸君らが、これからのアストリア王国を支えてくれることを期待している。」
大きな拍手が響く。
王は優しく微笑み、隣へ視線を向けた。
「では、リリアーナ。」
一人の少女が静かに一歩前へ出た。
燃えるような深紅の髪。
高い位置で左右を結い上げた、美しいツーサイドアップ。
歩くたび、腰まで届く艶やかな髪がさらりと揺れる。
宝石のように澄んだルビー色の瞳。
雪のように白い肌。
王家を象徴する純白のドレスを纏い、その立ち姿には幼さよりも王族として育った気品が漂っていた。
まるで絵本から飛び出してきた、本物の王女様。
誰もが見惚れるほど美しかった。
「皆様、ごきげんよう。」
「本日は私のためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。」
「今宵はどうぞ、ごゆっくりお楽しみください。」
優雅に一礼する姿に。
思わず息を呑む。
(綺麗だ……。)
(これが本物の王女様か。)
王女の挨拶が終わると。
音楽が流れ始め。
ダンスや立食形式での歓談が始まった。
「行くか、アルト。」
父様に促され、俺は王様と王女様の元へ向かった。
既に何人もの貴族が挨拶を交わしていたが。
こちらに気付いた王様が、ぱっと表情を明るくした。
「おお、レオンハルト!」
父様は恭しく一礼する。
「お久しぶりです、陛下。」
すると王様は苦笑した。
「よせよせ。」
「今さら他人行儀ではないか。」
「ははっ。」
「つい癖でございます。」
二人は昔からの知人らしく笑い合う。
(仲が良いんだな。)
そんなことを思っていると。
王様の視線が俺へ向いた。
「おお!」
「この子がアルトか!」
王様は嬉しそうに歩み寄る。
「レオンハルトから何度も話は聞いておるぞ。」
俺は一歩前へ出る。
「初めまして。」
「ルミナス大公爵家嫡男、アルト・フォン・ルミナスと申します。」
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。」
そう言って一礼すると。
「ほう!」
「礼儀もしっかりしておる。」
王様は満足そうに頷いた。
「それに、氷と光の希少属性の複合持ちか。」
「教会から魔力測定の報告が届いて以来、宮廷魔術師長が毎日のように――」
王様は少し大袈裟に肩を竦める。
「『会わせてください!』」
「『ぜひ一度だけでも!』」
「『研究させてください!』」
「……とうるさくてな。」
周囲からくすくすと笑い声が漏れる。
「まったく。」
「希少属性同士の複合持ちなど、宮廷魔術師長にとっては宝石より貴重らしい。」
父様も苦笑する。
「それはまた、ご迷惑をお掛けしております。」
「迷惑などではない。」
王様は笑いながら首を横に振った。
「むしろ王国にとって喜ばしいことだ。」
「将来が実に楽しみだぞ、アルト。」
「ありがとうございます。」
「もっとも。」
「子供は子供らしく育つのが一番だ。」
「肩肘張らずにな。」
ニカッと気さくに笑う王様。
(王様ってもっと怖い人かと勝手に思ってたけど……。)
(すごく話しやすい人だな。)
その時だった。
王様の隣で静かにこちらを見つめていた少女と、ふと目が合う。
「お父様?」
少女が小さく首を傾げる。
その仕草まで優雅だった。
「おお、リリアーナ。すまない。」
王様は楽しそうに笑う。
「レオンハルトは知っておるな?」
「はい。」
リリアーナ様はにこりと微笑む。
「お父様がいつも話されておりますもの。」
「王国の剣、と。」
「これはまた。」
父様が苦笑しながら軽く頭を下げる。
「過大評価でございます。」
「はっはっは!」
王様は豪快に笑った。
「謙遜するな。」
「その王国の剣と私が認めるレオンハルトの一人息子にして、グラン爺とガイウス爺の孫。」
「アルト・フォン・ルミナスだ。」
「いつぞや有名になった、希少属性の複合持ちでもある。」
「まあ。」
リリアーナ様の瞳が、少しだけ興味深そうに細められる。
「この方が……。」
俺は胸の前に手を置き、丁寧に一礼した。
「お初にお目にかかります。」
「アルト・フォン・ルミナスでございます。」
「リリアーナ姫殿下。」
そして。
得意の笑顔を浮かべる。
前世で十五年間磨いた、営業スマイルだ。
すると。
優雅に微笑んでいたリリアーナ様の表情が――
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、消えた。
気のせいかと思うほど短い時間。
だが次の瞬間には、再び美しい王女の微笑みへ戻っていた。
「ご丁寧にありがとうございます。」
「リリアーナ・エル・アストリアです。」
「アルト様、とお呼びしても?」
「はい。」
「私もリリアーナ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。」
リリアーナ様は可愛らしく微笑んだ。
(近くで見ると、さらに綺麗だな。)
(これが本物の王女様か……。)
すると王様が楽しそうに言った。
「二人で庭を散策してきてはどうだ?」
「レオンハルトと私は、もう少しここで話があるのでな。」
「はい、お父様。」
リリアーナ様は優雅に頷く。
そして俺へ向き直った。
「行きましょう、アルト様。」
「はい。」
リリアーナ様に案内され、俺は王城の庭園へ向かった。
◇
城の中庭は、夜だというのに美しかった。
魔導灯に照らされた花々。
手入れの行き届いた芝生。
静かに揺れる木々。
夜風が心地良い。
(はぁ……。)
(綺麗に手入れされてるな。)
そんなことを考えながら歩いていると。
リリアーナ様はふと足を止めた。
「……ここならよろしいですね。」
そう言って周囲を確認する。
いつの間にか随分奥まで来て、人の気配はない。
「はい?」
俺が首を傾げた、その瞬間だった。
グリッ。
「いだぁぁぁっ!!」
革靴で思い切り足を踏まれた。
「な、なにを!?」
突然の出来事に飛び退く俺。
しかしリリアーナ様は、涼しい顔のまま俺を見据えていた。
「ねぇ。」
「あなた。」
「その貼り付けたような笑顔。」
「……気持ち悪いわ。」
「え……?」
頭が真っ白になる。
「本心で笑っていないでしょう?」
「さっきから大人達に向けていた笑顔。」
「私達王族に擦り寄ってくる貴族達と同じ。」
「媚びて。」
「本音を隠して。」
「見ていて虫唾が走るわ。」
その言葉には、強い嫌悪が滲んでいた。
けれど。
それは俺自身へ向けられたものではない。
王族として生まれ。
幼い頃から、打算と媚びに満ちた笑顔ばかり見続けてきたからこその嫌悪だった。
「……本当は。」
「少しだけ期待していたの。」
「お父様がいつも話す、レオンハルト様の息子なら。」
「他の子とは違うんじゃないかって。」
「だから余計に腹が立ったわ。」
「他の貴族と同じだったなんて。」
「……期待した私が馬鹿みたいじゃない。」
そう言い残すと、リリアーナ様は俺へ背を向けた。
その背中からは、失望と苛立ちがはっきりと伝わってくる。
一度も振り返ることなく、そのまま歩き去っていく。
俺は言葉を失った。
(営業スマイル。)
(前世でブラック企業を生き抜くために身に付けた仮面。)
(誰にも本心を悟られないように。)
(誰とも衝突しないように。)
(ただ毎日をやり過ごすために身に付けた処世術。)
(それを。)
(この八歳の王女は、一目見ただけで見抜いた。)
(……ただのお姫様じゃない。)
(王女として生きてきたからこそ、人を見る目を養ってきたんだ。)
(この子は俺を嫌ったんじゃない。)
(俺の”仮面”を嫌ったんだ。)
言い返す言葉は、何一つ見つからない。
離れていくリリアーナ様の背中を、ただ見送ることしかできなかった。
これが――
俺とリリアーナ・エル・アストリアの、忘れられない最初の出会いだった。