異世界アイドル道   作:ちーばば

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3話

メイド達に諭され、ようやく二人は落ち着きを取り戻した。

 

そして俺は事情を聞かされる。

 

どうやら俺――アルトは数日前、庭の大木に登って落下したらしい。

 

幸い骨折などの大きな怪我はなかったが、頭を強く打ち、そのまま眠り続けていたそうだ。

 

医師からは「そのうち目を覚ますでしょう」と言われていたものの、数日経っても目覚めなかったため、屋敷中が心配していたという。

 

(お転婆だな俺……)

 

思わず心の中で呟く。

 

いや。

 

今はそんな場合じゃない。

 

まず状況を整理しなければ。

 

「アルト……本当に大丈夫なのか?」

 

金髪の男性が心配そうに尋ねる。

 

「頭は痛くないかしら?」

 

銀髪の女性も不安げな表情だ。

 

二人の視線が俺に向けられている。

 

「えっと……」

 

何と言えばいいのだろう。

 

異世界転生しました、なんて言える訳もない。

 

「大丈夫……だと思います」

 

そう答えると、二人は揃って安堵の息を吐いた。

 

その様子を見ていると、頭の奥がズキリと痛む。

 

次の瞬間、知らないはずの記憶が流れ込んできた。

 

広大な屋敷での暮らし。

 

優しいメイド達。

 

魔法の練習。

 

家族との食卓や庭で遊んだ日々。

 

それらは全てアルトの記憶だった。

 

俺は中村有人。

 

だが同時に、アルト・フォン・ルミナスでもある。

 

二つの人生が少しずつ混ざり合い、目の前の二人が誰なのかも理解した。

 

ルミナス大公爵家当主ルシウス・フォン・ルミナス。

 

そしてその妻、セレナ・フォン・ルミナス。

 

――俺の父と母だ。

 

「父様……母様……」

 

自然と口から言葉が零れる。

 

その瞬間、二人の表情が崩れた。

 

「アルト……!」

 

「よかった……本当によかったわ……!」

 

母様の瞳には涙が浮かび、父様も隠しきれない安堵を滲ませている。

 

「心配かけてすみません」

 

二人は同時に首を横に振る。

 

「謝る必要などない」

 

父様は力強く言った。

 

「お前が無事ならそれでいい」

 

母様も涙を拭いながら微笑む。

 

「そうよ。あなたが無事ならそれでいいのよ」

 

その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 

どうやら俺は。

 

思っていた以上に愛されているらしい。

 

その後、再び医師が呼ばれた。

 

魔法による診察と簡単な検査が行われる。

 

結果は問題なし。

 

「記憶の混乱はございますが、身体に異常はありませんな」

 

白髭の医師は安心したように頷いた。

 

「ただし、本日一日は安静になさってください」

 

そう言い残し、医師は部屋を後にする。

 

そして。

 

「アルトちゃん、お腹空いてない?」

 

母様が優しく微笑んだ。

 

少しして運ばれてきたのは温かそうなスープ。

 

だが。

 

何故か母様はスプーンを持ったまま俺の隣へ腰掛けた。

 

「はい、あーん」

 

「……へ?」

 

「はい、あーん」

 

にこにこしている。

 

どうやら本気らしい。

 

アルトとしては嬉しい。

 

母親に甘やかされている感覚がある。

 

だが。

 

中村有人(三十五歳)としては。

 

とんでもない羞恥プレイだった。

 

(待て待て待て待て)

 

(三十五歳会社員、異世界転生初日に母親からあーんされる)

 

(情報量が多すぎるだろ!?)

 

「えっと……」

 

「はい、あーん♪」

 

母様は満面の笑み。

 

逃げ道はなかった。

 

というか周囲の使用人達も微笑ましそうに見守っている。

 

やめて。

 

そんな優しい目で見ないで。

 

俺の精神が死ぬ。

 

「……あーん」

 

ぱくり。

 

「ふふっ、いい子ですね」

 

「っ!?」

 

褒められた。

 

三十五歳なのに。

 

いい子ですねって言われた。

 

精神にクリティカルヒットした。

 

結局。

 

三十五歳の精神年齢で「あーん」を受けることになった。

 

しかも数回。

 

「はい、あーん♪」

 

「あーん……」

 

「はい、あーん♪」

 

「あーん……」

 

完全に餌付けされる小動物である。

 

複雑な気分である。

 

いや、スープは美味しかったけども。

 

食事を終えた頃。

 

俺はある問題に気付いた。

 

「あの……」

 

「どうしたの?」

 

「トイレに行きたいです」

 

すると近くにいたメイドが一礼した。

 

「かしこまりました、坊ちゃま」

 

ベッドから降りる。

 

少しふらつくが問題ない。

 

メイドに付き添われながら部屋を出た。

 

そして改めて思う。

 

(でかいな……)

 

アルトの記憶にもある。

 

だが実際に見ると圧倒される。

 

高い天井。

 

赤い絨毯。

 

壁には豪華な絵画。

 

窓から差し込む陽光。

 

天井近くを漂う小さな光球。

 

魔法の照明らしい。

 

廊下を行き交う使用人達。

 

まるでファンタジー映画の世界だった。

 

(本当に異世界なんだな……)

 

妙な実感が湧いてくる。

 

トイレを済ませた後。

 

洗面台で手を洗っていると。

 

ふと鏡が目に入った。

 

そして。

 

俺は固まる。

 

「……ほわー」

 

鏡の中にいたのは。

 

銀色の髪。

 

宝石のような碧眼。

 

透き通るような白い肌。

 

人形のように整った顔立ち。

 

どう見ても美少女だった。

 

いや。

 

違う。

 

アルトの記憶によれば男だ。

 

男なのだが。

 

どう見ても女の子にしか見えない。

 

「まてまてまて……」

 

鏡へ顔を近付ける。

 

鏡の中の美少女も近付いてくる。

 

可愛い。

 

めちゃくちゃ可愛い。

 

(誰だこの子)

 

(いや俺だ)

 

(俺なのか!?)

 

混乱する。

 

試しに頬をつねる。

 

鏡の中の美少女も頬をつねる。

 

可愛い。

 

なんだその仕草。

 

反則だろ。

 

母様譲りの銀髪と整った顔立ち。

 

父様譲りの碧眼と気品ある雰囲気。

 

その両方の長所だけを受け継いだ結果。

 

そこにいたのは神様が本気で作ったような美少年だった。

 

待て。

 

落ち着け。

 

まず確認だ。

 

俺は男だ。

 

うん。

 

男だ。

 

……本当に男か?

 

いや、アルトの記憶では間違いなく男だ。

 

だが鏡の中の存在は、どう見ても美少女だった。

 

「……この顔で男は、設定盛りすぎだろ」

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