異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~   作:ちーばば

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第31話 『Smile again』前編

あの日以来。

 

俺の日常は、少しだけ変わった。

 

朝は父様との剣術。

 

午後は母様との魔法。

 

そして夕方には、裏庭でのライブ。

 

やっていること自体は以前と同じだ。

 

けれど。

 

俺の中にあるものは、確かに変わっていた。

 

「アルト坊ちゃまー!」

 

「今日も最高でした!」

 

「笑顔が眩しいです!」

 

メイドさん達の歓声が裏庭に響く。

 

以前から盛り上がってはいた。

 

だが、最近は明らかに熱量が違う。

 

歌い終えた俺は、肩で息をしながら頭を下げた。

 

「ありがとうございました!」

 

拍手。

 

歓声。

 

笑顔。

 

それを見るたびに、胸の奥が温かくなる。

 

(これでいい。)

 

(俺は、この笑顔が見たかったんだ。)

 

リリアーナ様に言われた言葉は、まだ胸に残っている。

 

けれど、もう立ち止まってはいない。

 

今なら分かる。

 

あの言葉は、俺を壊すための言葉じゃなかった。

 

俺が本当の笑顔を知るために必要な一撃だったのだ。

 

◇

 

そんなある日のこと。

 

父様との剣術稽古を終えたあと。

 

「アルト。」

 

父様が一通の封筒を差し出してきた。

 

王家の紋章が刻まれた招待状だった。

 

「これは?」

 

「陛下からだ。」

 

「陛下から?」

 

父様は静かに頷く。

 

「数日後、王城で小さなお茶会が開かれる。」

 

「そこへ、お前もぜひ来てほしいとのことだ。」

 

「僕も、ですか?」

 

「ああ。」

 

父様は少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。

 

「……先日の夜会で、姫様と庭園へ行っただろう。」

 

「はい。」

 

「その後、お前の様子が少し変だった。」

 

「……。」

 

やっぱり気付かれていた。

 

父様は優しい。

 

だから、あの時は何も聞かなかった。

 

けれど、気付いていなかったわけではないのだ。

 

「陛下も、何かあったのだろうと察しておられるのかもしれん。」

 

「今回のお茶会は、恐らく……」

 

「姫様と改めて話す機会を作ってくださったのだろう。」

 

父様の声には心配が滲んでいた。

 

俺は招待状を見つめる。

 

リリアーナ様。

 

あの人に、もう一度会える。

 

胸の奥が少しだけ熱くなる。

 

(この笑顔で。)

 

(もう一度、会いたい。)

 

(今度は、ちゃんと伝えたい。)

 

俺は顔を上げた。

 

「行きたいです。」

 

父様が少し驚いたように目を開く。

 

「本当にいいのか?」

 

「はい。」

 

「リリアーナ様に、もう一度お会いしたいです。」

 

父様は俺をじっと見つめたあと。

 

ふっと優しく笑った。

 

「そうか。」

 

「ならば、共に行こう。」

 

◇

 

数日後。

 

俺は父様と共に、再び王城へ向かうことになった。

 

屋敷の玄関前には、すでに馬車が用意されている。

 

俺は少し大きめの鞄を肩へ掛けた。

 

中には。

 

母様特製のステージ衣装が、大切にしまわれている。

 

「アルト。」

 

「はい?」

 

父様が鞄を見て、少し不思議そうに首を傾げた。

 

「今日は随分と大きな荷物だな。」

 

「あ…はい。」

 

一瞬、言葉に詰まる。

 

「少し……必要な物がありまして。」

 

「そうか。」

 

父様はそれ以上追及しなかった。

 

「忘れ物だけはするなよ。」

 

「はい。」

 

俺は鞄をぎゅっと抱えながら、馬車へ乗り込んだ。

 

◇

 

王城へ向かう馬車の中。

 

父様はいつものように落ち着いていた。

 

俺はというと、膝の上の鞄をちらちら見てしまう。

 

緊張している。

 

でも、怖いわけじゃない。

 

むしろ。

 

今度こそ。

 

ちゃんと届けたい。

 

そう思っていた。

 

「アルト。」

 

「はい。」

 

「無理はするな。」

 

父様が静かに言った。

 

「姫様と何があったのか、私は知らない。」

 

「だが、お前が自分で向き合おうとしていることは分かる。」

 

「だからこそ、無理だけはするな。」

 

「……はい。」

 

父様は本当に優しい。

 

俺は小さく頷いた。

 

「大丈夫です。」

 

「今度は、ちゃんと笑えますから。」

 

父様は少しだけ目を細めた。

 

「そうか。」

 

それ以上、何も言わなかった。

 

◇

 

王城に到着すると、前回とは違う落ち着いた雰囲気に包まれていた。

 

夜会のような華やかさはない。

 

だが、整えられた庭。

 

磨き上げられた廊下。

 

静かに控える使用人達。

 

そのどれもが、王城らしい品格を感じさせる。

 

案内されたのは、庭の見える明るい一室だった。

 

白いテーブルクロス。

 

美しく並べられた茶器。

 

焼き菓子の甘い香り。

 

そこには、アルフレッド陛下とリリアーナ様がいた。

 

「よく来てくれたな、レオンハルト。」

 

「本日はお招きいただき、ありがとうございます、陛下。」

 

「よせよせ。」

 

陛下は相変わらず気さくに笑う。

 

そして俺へ視線を向けた。

 

「アルトも、よく来てくれた。」

 

「本日はお招きいただき、ありがとうございます。」

 

俺は丁寧に一礼する。

 

その時。

 

リリアーナ様と目が合った。

 

深紅の髪。

 

ルビーのような瞳。

 

今日も絵本から出てきたように綺麗だった。

 

けれど。

 

その表情は、先日の夜会の時より少し硬い。

 

「ごきげんよう、アルト様。」

 

「ごきげんよう、リリアーナ様。」

 

互いに挨拶を交わす。

 

けれど、その後の会話はあまり続かなかった。

 

お茶会は穏やかに進む。

 

陛下と父様は、王国軍や領地の話をしている。

 

俺とリリアーナ様は、時折言葉を交わすだけ。

 

「お菓子はお口に合いますか?」

 

「はい。とても美味しいです。」

 

「それは良かったです。」

 

「……。」

 

「……。」

 

会話が止まる。

 

気まずい。

 

ものすごく気まずい。

 

前世の営業スマイルで乗り切ろうとする自分が、一瞬だけ顔を出す。

 

だが。

 

俺はそれを押し込めた。

 

(駄目だ。)

 

(それじゃ意味がない。)

 

リリアーナ様も、どこか感情の読めない表情をしていた。

 

やがて。

 

アルフレッド陛下が、わざとらしく窓の外を見た。

 

「今日は天気も良い。」

 

「リリアーナ、アルトを庭園へ案内してはどうだ?」

 

リリアーナ様は一瞬だけ陛下を見た。

 

そして、すぐに微笑む。

 

「はい、お父様。」

 

父様も静かに頷いた。

 

「アルト。」

 

「行ってくるといい。」

 

「はい。」

 

たぶん。

 

いや、間違いなく。

 

二人とも気を遣ってくれている。

 

俺とリリアーナ様が、もう一度話せるように。

 

「では、参りましょう。アルト様。」

 

「はい。」

 

俺はリリアーナ様に案内され、再び庭園へ向かった。

 

◇

 

王城の庭園は、相変わらず美しかった。

 

整えられた芝生。

 

色とりどりの花。

 

静かに揺れる木々。

 

前に来た時と同じ場所。

 

同じ道。

 

けれど、俺の心境はまるで違っていた。

 

リリアーナ様は無言で歩き続ける。

 

そして、庭園の奥。

 

人目の少ない場所で足を止めた。

 

「……ここならよろしいでしょう。」

 

静かな声。

 

リリアーナ様は振り返る。

 

その表情は、先日のように怒っているわけではなかった。

 

ただ、平坦だった。

 

感情が見えない。

 

「先日は、失礼いたしました。」

 

「え?」

 

リリアーナ様は淡々と続ける。

 

「貴方も、あんなことを言った私と過ごすのは嫌でしょう。」

 

「お父様には、後で私から適当に伝えておきます。」

 

「しばらくここで時間を潰してから戻りましょう。」

 

「そうすれば、お互い気まずい思いをせずに済みます。」

 

その声に熱はなかった。

 

怒りもない。

 

期待もない。

 

ただ、もうこちらへ興味を持たないようにしている。

 

そんな声だった。

 

胸が少し痛む。

 

(違う。)

 

(そうじゃない。)

 

俺は、ここへ逃げに来たんじゃない。

 

もう一度会いたくて来た。

 

ちゃんと、自分の答えを見せるために来たんだ。

 

「リリアーナ様。」

 

「何でしょう。」

 

「少しだけ、後ろを向いていてください。」

 

「……はい?」

 

リリアーナ様の眉がぴくりと動く。

 

当然の反応だ。

 

「何をするおつもりですの?」

 

「すぐに分かります。」

 

「怪しいですわね。」

 

「お願いします。」

 

俺が真剣に頼むと、リリアーナ様は小さくため息をついた。

 

「……分かりました。」

 

「少しだけですからね。」

 

そう言って、リリアーナ様は背を向けた。

 

俺は鞄をそっと地面へ置いた。

 

ここからが本番だ。

 

(よし。)

 

(やるぞ。)

 

まずはステージ。

 

俺は魔力を集中させる。

 

「凍てつく舞台よ。」

 

地面に魔力が走る。

 

透明な氷が音もなく広がり、小さなステージを形作っていく。

 

続いて。

 

「凍てつくスピーカーよ。」

 

左右に氷の箱が現れる。

 

さらに。

 

「凍てつくマイクよ。」

 

手の中に、透き通る氷のマイクが生まれた。

 

次は衣装。

 

母様特製のステージ衣装だ。

 

白と淡い水色を基調にした、氷の妖精のような衣装。

 

キラキラ。

 

ひらひら。

 

フリルとリボン。

 

最初に見た時、母様とメイドさん達が目を輝かせていた。

 

正直、かなり恥ずかしい。

 

だが。

 

今日だけは逃げない。

 

(これは、俺の答えなんだ。)

 

素早く着替える。

 

髪を整える。

 

最後に胸元のリボンを直す。

 

「……アルト様?」

 

背後からリリアーナ様の声が聞こえた。

 

「まだですの?」

 

「もう少しです!」

 

「先ほどから妙な音がしていますけれど。」

 

「もう少しですので!」

 

深呼吸を一つ。

 

大丈夫。

 

メイドさん達の前では何度もやった。

 

母様にも見られた。

 

今さら怖がるな。

 

「リリアーナ様。」

 

「もう良いですよ。」

 

「一体何を……」

 

リリアーナ様が振り向く。

 

そして。

 

固まった。

 

「…………。」

 

目の前には、小さな氷のステージ。

 

その上に立つ、煌びやかな衣装をまとった俺。

 

リリアーナ様は、ぽかんと口を開けたまま動かない。

 

「……アルト様ですの?」

 

「はい。」

 

「……本当に?」

 

「はい。」

 

「……。」

 

困惑している。

 

ものすごく困惑している。

 

けれど、俺は構わずマイクを握った。

 

「リリアーナ様。」

 

「先日言われた言葉。」

 

「あの時、僕は何も言い返せませんでした。」

 

リリアーナ様の表情が少しだけ変わる。

 

「でも。」

 

「僕なりに考えました。」

 

「笑顔とは何か。」

 

「僕の笑顔は何だったのか。」

 

「そして。」

 

「これが、今の僕の答えです。」

 

氷のスピーカーに光が宿る。

 

淡い輝きが舞台を包む。

 

今日歌う曲は、もう決めていた。

 

前世。

 

ミリリンの2ndシングル、明るくて元気いっぱいの曲。

 

落ち込んだ時。

 

迷った時。

 

何度も俺の背中を押してくれた、アップテンポな応援ソング。

 

自然と体が動き。

 

自然と笑顔になれる。

 

そんな、大好きな一曲だった。

 

(この曲しかない。)

 

(今の僕の答えは、この歌に全部込める。)

 

俺は一つ、深く息を吸った。

 

「聴いてください。」

 

「――『Smile again』」

 

次の瞬間。

 

氷のスピーカーから、軽やかなイントロが流れ始めた。

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