異世界アイドル道   作:ちーばば

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第31話 『Smile again』前編

あの日以来。

 

俺の日常は、少しだけ変わった。

 

朝は父様との剣術。

 

午後は母様との魔法。

 

そして夕方には、裏庭でのライブ。

 

やっていること自体は以前と同じだ。

 

けれど。

 

俺の中にあるものは、確かに変わっていた。

 

「アルト坊ちゃまー!」

 

「今日も最高でした!」

 

「笑顔が眩しいです!」

 

メイドさん達の歓声が裏庭に響く。

 

以前から盛り上がってはいた。

 

だが、最近は明らかに熱量が違う。

 

歌い終えた俺は、肩で息をしながら頭を下げた。

 

「ありがとうございました!」

 

拍手。

 

歓声。

 

笑顔。

 

それを見るたびに、胸の奥が温かくなる。

 

(これでいい。)

 

(俺は、この笑顔が見たかったんだ。)

 

リリアーナ様に言われた言葉は、まだ胸に残っている。

 

けれど、もう立ち止まってはいない。

 

今なら分かる。

 

あの言葉は、俺を壊すための言葉じゃなかった。

 

俺が本当の笑顔を知るために必要な一撃だったのだ。

 

 

そんなある日のこと。

 

父様との剣術稽古を終えたあと。

 

「アルト。」

 

父様が一通の封筒を差し出してきた。

 

王家の紋章が刻まれた招待状だった。

 

「これは?」

 

「陛下からだ。」

 

「陛下から?」

 

父様は静かに頷く。

 

「数日後、王城で小さなお茶会が開かれる。」

 

「そこへ、お前もぜひ来てほしいとのことだ。」

 

「僕も、ですか?」

 

「ああ。」

 

父様は少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。

 

「……先日の夜会で、姫様と庭園へ行っただろう。」

 

「はい。」

 

「その後、お前の様子が少し変だった。」

 

「……。」

 

やっぱり気付かれていた。

 

父様は優しい。

 

だから、あの時は何も聞かなかった。

 

けれど、気付いていなかったわけではないのだ。

 

「陛下も、何かあったのだろうと察しておられるのかもしれん。」

 

「今回のお茶会は、恐らく……」

 

「姫様と改めて話す機会を作ってくださったのだろう。」

 

父様の声には心配が滲んでいた。

 

俺は招待状を見つめる。

 

リリアーナ様。

 

あの人に、もう一度会える。

 

胸の奥が少しだけ熱くなる。

 

(この笑顔で。)

 

(もう一度、会いたい。)

 

(今度は、ちゃんと伝えたい。)

 

俺は顔を上げた。

 

「行きたいです。」

 

父様が少し驚いたように目を開く。

 

「本当にいいのか?」

 

「はい。」

 

「リリアーナ様に、もう一度お会いしたいです。」

 

父様は俺をじっと見つめたあと。

 

ふっと優しく笑った。

 

「そうか。」

 

「ならば、共に行こう。」

 

 

数日後。

 

俺は父様と共に、再び王城へ向かうことになった。

 

屋敷の玄関前には、すでに馬車が用意されている。

 

俺は少し大きめの鞄を肩へ掛けた。

 

中には。

 

母様特製のステージ衣装が、大切にしまわれている。

 

「アルト。」

 

「はい?」

 

父様が鞄を見て、少し不思議そうに首を傾げた。

 

「今日は随分と大きな荷物だな。」

 

「あ…はい。」

 

一瞬、言葉に詰まる。

 

「少し……必要な物がありまして。」

 

「そうか。」

 

父様はそれ以上追及しなかった。

 

「忘れ物だけはするなよ。」

 

「はい。」

 

俺は鞄をぎゅっと抱えながら、馬車へ乗り込んだ。

 

 

王城へ向かう馬車の中。

 

父様はいつものように落ち着いていた。

 

俺はというと、膝の上の鞄をちらちら見てしまう。

 

緊張している。

 

でも、怖いわけじゃない。

 

むしろ。

 

今度こそ。

 

ちゃんと届けたい。

 

そう思っていた。

 

「アルト。」

 

「はい。」

 

「無理はするな。」

 

父様が静かに言った。

 

「姫様と何があったのか、私は知らない。」

 

「だが、お前が自分で向き合おうとしていることは分かる。」

 

「だからこそ、無理だけはするな。」

 

「……はい。」

 

父様は本当に優しい。

 

俺は小さく頷いた。

 

「大丈夫です。」

 

「今度は、ちゃんと笑えますから。」

 

父様は少しだけ目を細めた。

 

「そうか。」

 

それ以上、何も言わなかった。

 

 

王城に到着すると、前回とは違う落ち着いた雰囲気に包まれていた。

 

夜会のような華やかさはない。

 

だが、整えられた庭。

 

磨き上げられた廊下。

 

静かに控える使用人達。

 

そのどれもが、王城らしい品格を感じさせる。

 

案内されたのは、庭の見える明るい一室だった。

 

白いテーブルクロス。

 

美しく並べられた茶器。

 

焼き菓子の甘い香り。

 

そこには、アルフレッド陛下とリリアーナ様がいた。

 

「よく来てくれたな、レオンハルト。」

 

「本日はお招きいただき、ありがとうございます、陛下。」

 

「よせよせ。」

 

陛下は相変わらず気さくに笑う。

 

そして俺へ視線を向けた。

 

「アルトも、よく来てくれた。」

 

「本日はお招きいただき、ありがとうございます。」

 

俺は丁寧に一礼する。

 

その時。

 

リリアーナ様と目が合った。

 

深紅の髪。

 

ルビーのような瞳。

 

今日も絵本から出てきたように綺麗だった。

 

けれど。

 

その表情は、先日の夜会の時より少し硬い。

 

「ごきげんよう、アルト様。」

 

「ごきげんよう、リリアーナ様。」

 

互いに挨拶を交わす。

 

けれど、その後の会話はあまり続かなかった。

 

お茶会は穏やかに進む。

 

陛下と父様は、王国軍や領地の話をしている。

 

俺とリリアーナ様は、時折言葉を交わすだけ。

 

「お菓子はお口に合いますか?」

 

「はい。とても美味しいです。」

 

「それは良かったです。」

 

「……。」

 

「……。」

 

会話が止まる。

 

気まずい。

 

ものすごく気まずい。

 

前世の営業スマイルで乗り切ろうとする自分が、一瞬だけ顔を出す。

 

だが。

 

俺はそれを押し込めた。

 

(駄目だ。)

 

(それじゃ意味がない。)

 

リリアーナ様も、どこか感情の読めない表情をしていた。

 

やがて。

 

アルフレッド陛下が、わざとらしく窓の外を見た。

 

「今日は天気も良い。」

 

「リリアーナ、アルトを庭園へ案内してはどうだ?」

 

リリアーナ様は一瞬だけ陛下を見た。

 

そして、すぐに微笑む。

 

「はい、お父様。」

 

父様も静かに頷いた。

 

「アルト。」

 

「行ってくるといい。」

 

「はい。」

 

たぶん。

 

いや、間違いなく。

 

二人とも気を遣ってくれている。

 

俺とリリアーナ様が、もう一度話せるように。

 

「では、参りましょう。アルト様。」

 

「はい。」

 

俺はリリアーナ様に案内され、再び庭園へ向かった。

 

 

王城の庭園は、相変わらず美しかった。

 

整えられた芝生。

 

色とりどりの花。

 

静かに揺れる木々。

 

前に来た時と同じ場所。

 

同じ道。

 

けれど、俺の心境はまるで違っていた。

 

リリアーナ様は無言で歩き続ける。

 

そして、庭園の奥。

 

人目の少ない場所で足を止めた。

 

「……ここならよろしいでしょう。」

 

静かな声。

 

リリアーナ様は振り返る。

 

その表情は、先日のように怒っているわけではなかった。

 

ただ、平坦だった。

 

感情が見えない。

 

「先日は、失礼いたしました。」

 

「え?」

 

リリアーナ様は淡々と続ける。

 

「貴方も、あんなことを言った私と過ごすのは嫌でしょう。」

 

「お父様には、後で私から適当に伝えておきます。」

 

「しばらくここで時間を潰してから戻りましょう。」

 

「そうすれば、お互い気まずい思いをせずに済みます。」

 

その声に熱はなかった。

 

怒りもない。

 

期待もない。

 

ただ、もうこちらへ興味を持たないようにしている。

 

そんな声だった。

 

胸が少し痛む。

 

(違う。)

 

(そうじゃない。)

 

俺は、ここへ逃げに来たんじゃない。

 

もう一度会いたくて来た。

 

ちゃんと、自分の答えを見せるために来たんだ。

 

「リリアーナ様。」

 

「何でしょう。」

 

「少しだけ、後ろを向いていてください。」

 

「……はい?」

 

リリアーナ様の眉がぴくりと動く。

 

当然の反応だ。

 

「何をするおつもりですの?」

 

「すぐに分かります。」

 

「怪しいですわね。」

 

「お願いします。」

 

俺が真剣に頼むと、リリアーナ様は小さくため息をついた。

 

「……分かりました。」

 

「少しだけですからね。」

 

そう言って、リリアーナ様は背を向けた。

 

俺は鞄をそっと地面へ置いた。

 

ここからが本番だ。

 

(よし。)

 

(やるぞ。)

 

まずはステージ。

 

俺は魔力を集中させる。

 

「凍てつく舞台よ。」

 

地面に魔力が走る。

 

透明な氷が音もなく広がり、小さなステージを形作っていく。

 

続いて。

 

「凍てつくスピーカーよ。」

 

左右に氷の箱が現れる。

 

さらに。

 

「凍てつくマイクよ。」

 

手の中に、透き通る氷のマイクが生まれた。

 

次は衣装。

 

母様特製のステージ衣装だ。

 

白と淡い水色を基調にした、氷の妖精のような衣装。

 

キラキラ。

 

ひらひら。

 

フリルとリボン。

 

最初に見た時、母様とメイドさん達が目を輝かせていた。

 

正直、かなり恥ずかしい。

 

だが。

 

今日だけは逃げない。

 

(これは、俺の答えなんだ。)

 

素早く着替える。

 

髪を整える。

 

最後に胸元のリボンを直す。

 

「……アルト様?」

 

背後からリリアーナ様の声が聞こえた。

 

「まだですの?」

 

「もう少しです!」

 

「先ほどから妙な音がしていますけれど。」

 

「もう少しですので!」

 

深呼吸を一つ。

 

大丈夫。

 

メイドさん達の前では何度もやった。

 

母様にも見られた。

 

今さら怖がるな。

 

「リリアーナ様。」

 

「もう良いですよ。」

 

「一体何を……」

 

リリアーナ様が振り向く。

 

そして。

 

固まった。

 

「…………。」

 

目の前には、小さな氷のステージ。

 

その上に立つ、煌びやかな衣装をまとった俺。

 

リリアーナ様は、ぽかんと口を開けたまま動かない。

 

「……アルト様ですの?」

 

「はい。」

 

「……本当に?」

 

「はい。」

 

「……。」

 

困惑している。

 

ものすごく困惑している。

 

けれど、俺は構わずマイクを握った。

 

「リリアーナ様。」

 

「先日言われた言葉。」

 

「あの時、僕は何も言い返せませんでした。」

 

リリアーナ様の表情が少しだけ変わる。

 

「でも。」

 

「僕なりに考えました。」

 

「笑顔とは何か。」

 

「僕の笑顔は何だったのか。」

 

「そして。」

 

「これが、今の僕の答えです。」

 

氷のスピーカーに光が宿る。

 

淡い輝きが舞台を包む。

 

今日歌う曲は、もう決めていた。

 

前世。

 

ミリリンの2ndシングル、明るくて元気いっぱいの曲。

 

落ち込んだ時。

 

迷った時。

 

何度も俺の背中を押してくれた、アップテンポな応援ソング。

 

自然と体が動き。

 

自然と笑顔になれる。

 

そんな、大好きな一曲だった。

 

(この曲しかない。)

 

(今の僕の答えは、この歌に全部込める。)

 

俺は一つ、深く息を吸った。

 

「聴いてください。」

 

「――『Smile again』」

 

次の瞬間。

 

氷のスピーカーから、軽やかなイントロが流れ始めた。

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