異世界アイドル道   作:ちーばば

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第33話 幕間 勇者 ― 壊れ始めた少年

アストリア王国東部。

 

山々に囲まれた小さな村――アルム村。

 

人口も少なく、村人は皆顔見知り。

 

大きな名産もなく、旅人が立ち寄ることも少ない。

 

そんな、どこにでもある平和な村だった。

 

その村で暮らす少年がいた。

 

ルーク。

 

まだ十歳。

 

平民の少年だ。

 

朝は畑仕事を手伝い。

 

その後は、村外れの広場へ向かう。

 

「さぁ、今日はここまでだ!」

 

木剣を肩に担ぐ老人が笑う。

 

「ありがとうございました!」

 

ルークは深々と頭を下げた。

 

老人は元冒険者。

 

若い頃は王国中を旅し、数々の魔物と戦ってきた人物だった。

 

引退後は故郷であるアルム村へ戻り、村の子供達へ剣術を教えている。

 

「ルーク、お前は筋がいい。」

 

「本当ですか!」

 

「ああ。」

 

老人は豪快に笑う。

 

「村一番なんてもんじゃねぇ。」

 

「王都でも通用する。」

 

その言葉にルークは照れ臭そうに笑った。

 

「そんなことありませんよ。」

 

「まだまだです。」

 

驕らない。

 

素直。

 

それがルークという少年だった。

 

 

剣術の稽古が終わると、今度は教会へ向かう。

 

「おや、ルーク。」

 

「今日も来ましたか。」

 

白髪の神父が優しく迎えてくれる。

 

「はい!」

 

「お願いします!」

 

教会では読み書き。

 

歴史。

 

算術。

 

地理。

 

礼儀。

 

神父は惜しみなく教えてくれた。

 

「ルーク。」

 

「はい。」

 

「君は学ぶことが好きですか?」

 

「好きです!」

 

即答だった。

 

神父は嬉しそうに頷く。

 

「そうでしょうね。」

 

「君はどんなことでも吸収してしまう。」

 

「……。」

 

「ルーク。」

 

神父は静かに窓の外を見る。

 

「君は、この村で収まる器ではありません。」

 

ルークは目を丸くした。

 

「え?」

 

「王立学園を受けなさい。」

 

その言葉に、教会は静まり返った。

 

「お、王立学園ですか!?」

 

「はい。」

 

「君なら必ず合格できます。」

 

「ですが……。」

 

ルークは俯く。

 

「うちはお金がありません。」

 

「王都なんて……。」

 

神父は優しく笑った。

 

「試験を突破した平民は学費が免除されます。」

 

「え……。」

 

「知識も。」

 

「剣も。」

 

「君には才能があります。」

 

「その才能を、この村だけで終わらせるのは惜しい。」

 

その日。

 

ルークは初めて、

 

村の外の世界を意識した。

 

 

家へ帰る。

 

「父さん。」

 

「母さん。」

 

夕飯の席でルークは切り出した。

 

「お願いがある。」

 

両親は顔を見合わせる。

 

「王立学園を受けたい。」

 

静まり返る食卓。

 

父は腕を組み。

 

母は驚いた表情でルークを見つめた。

 

「神父様に勧められたんだ。」

 

「俺、もっと勉強したい。」

 

「もっと剣も強くなりたい。」

 

「この村だけじゃ学べないことを知りたい。」

 

真っ直ぐな瞳だった。

 

しばらく沈黙が続く。

 

やがて父は大きく息を吐いた。

 

「……母さん。」

 

「ええ。」

 

二人は頷き合う。

 

父はルークの肩へ手を置いた。

 

「行ってこい。」

 

「父さん……!」

 

「お前は昔からそうだった。」

 

「困っている奴を放っておけない。」

 

「だからもっと広い世界を見てこい。」

 

母は涙ぐみながら微笑む。

 

「体だけは大事にするのよ。」

 

「はい!」

 

ルークは満面の笑みで頷いた。

 

 

数日後。

 

ルークは王都へ向かった。

 

初めて見る巨大な城壁。

 

人で溢れる街。

 

何もかもが初めてだった。

 

試験は三日間。

 

筆記。

 

面接。

 

そして実技。

 

「始め!」

 

木剣を構える。

 

相手は貴族の少年だった。

 

ルークは深呼吸する。

 

(落ち着け。)

 

(いつも通り。)

 

カンッ!

 

一瞬。

 

勝負は決した。

 

審査員が目を見開く。

 

「一本!」

 

続く試合も。

 

また一本。

 

さらに一本。

 

実技試験では上位の成績を収めた。

 

 

数週間後。

 

合格発表。

 

掲示板の前。

 

人だかりの中で。

 

「……あった。」

 

『ルーク』

 

確かに、自分の名前があった。

 

「やった……!」

 

思わず拳を握る。

 

学力は合格者の中ではぎりぎり。

 

しかし。

 

剣術は上位評価。

 

試験突破による学費免除も決まった。

 

その足で村へ帰る。

 

 

「ルークが帰ってきたぞーー!!」

 

誰かの声が響く。

 

村人達が次々と家から飛び出してくる。

 

「どうだった!?」

 

「受かったのか!?」

 

ルークは照れ臭そうに笑った。

 

「……受かりました。」

 

一瞬の静寂。

 

次の瞬間。

 

「おおおおおお!!」

 

村中がお祭り騒ぎになった。

 

「この村始まって以来だ!」

 

「王立学園だぞ!」

 

「ルーク、おめでとう!」

 

父は豪快に笑い。

 

母は涙を流しながら抱き締める。

 

「良かった……。」

 

「本当に良かった……。」

 

その夜。

 

村ではささやかな宴が開かれた。

 

神父は杯を掲げる。

 

「ルーク。」

 

「たくさん学んできなさい。」

 

「そして。」

 

「どんなに偉くなっても、その優しさだけは忘れないでくださいね。」

 

「……はい。」

 

ルークは力強く頷いた。

 

 

春。

 

王立学園。

 

ルークは期待に胸を膨らませ、学園の門をくぐった。

 

これから始まる新しい生活。

 

新しい仲間。

 

新しい学び。

 

この時のルークは、まだ信じていた。

 

努力すれば認められる世界が、ここにはあるのだと。

 

王立学園へ入学してしばらく。

 

ルークは新しい生活にも慣れ始めていた。

 

朝から授業を受け。

 

午後は剣術や魔法の実技。

 

夜は寮で復習。

 

忙しい毎日だったが、不思議と苦ではない。

 

「ルーク。」

 

「今日も図書館か?」

 

同室の平民の少年が笑う。

 

「うん。」

 

「まだ知らないことが沢山あるからさ。」

 

「相変わらず勉強好きだな。」

 

笑い合う。

 

最初の頃は本当に楽しかった。

 

貴族も平民も関係なく授業を受け。

 

先生も熱心に教えてくれる。

 

(神父様の言う通りだ。)

 

(ここには沢山学べることがある。)

 

そう思っていた。

 

あの日までは。

 

 

昼休み。

 

中庭から怒鳴り声が聞こえた。

 

「おい平民!」

 

「誰がここを歩いていいと言った?」

 

見ると、一人の平民の少年が三人の貴族子弟に囲まれていた。

 

「も、申し訳ありません……。」

 

「謝れば済むと思ってるのか?」

 

突き飛ばされる。

 

尻もちをつく少年。

 

周囲には大勢の生徒がいた。

 

だが。

 

誰一人止めようとしない。

 

(なんで……。)

 

ルークは思わず駆け出していた。

 

「やめろ!」

 

全員が振り返る。

 

「なんだ?」

 

「三人で一人を囲むなんて卑怯だ。」

 

「謝ってるじゃないか。」

 

一人の貴族が鼻で笑う。

 

「平民が。」

 

「平民を庇うのか?」

 

「当たり前だ。」

 

ルークは真っ直ぐ見返した。

 

「悪いことをしているなら身分なんて関係ない。」

 

一瞬。

 

周囲が静まり返る。

 

「……面白い。」

 

貴族の少年は笑った。

 

「覚えておけ。」

 

そのまま去っていく。

 

助けられた少年は何度も頭を下げた。

 

「あ、ありがとう!」

 

「気にしなくていいよ。」

 

「困った時はお互い様だ。」

 

ルークは笑った。

 

その時は。

 

これで終わったと思っていた。

 

 

翌朝。

 

「あれ?」

 

机の中を探す。

 

教科書がない。

 

昨日まで確かに入れていた。

 

「どうした?」

 

「教科書が……。」

 

周囲を見る。

 

誰も目を合わせない。

 

その日。

 

授業は何も出来なかった。

 

 

翌日。

 

制服が破られていた。

 

 

その次の日。

 

靴がなくなった。

 

 

さらに翌日。

 

廊下を歩けば。

 

「平民。」

 

「勇ましいな。」

 

「また正義の味方でもするか?」

 

クスクスと笑われる。

 

誰も止めない。

 

 

剣術の授業。

 

教師が言う。

 

「ルーク。」

 

「はい。」

 

「君は実力がある。」

 

「今日は特別だ。」

 

「五人掛かりで相手をしてもらう。」

 

ルークは困惑した。

 

「ですが先生。」

 

「授業は一対一では……。」

 

教師は笑う。

 

「強い者には強い訓練が必要だ。」

 

「実戦を想定した方が君のためになる。」

 

その言葉を信じた。

 

だが。

 

始まった瞬間。

 

木剣が四方八方から飛んできた。

 

「ぐっ!」

 

「ははは!」

 

「もっと頑張れよ!」

 

「どうした!」

 

勝負ではなかった。

 

一方的な暴力だった。

 

それでも教師は。

 

腕を組みながら言うだけだった。

 

「耐えろ。」

 

「これも訓練だ。」

 

 

その日を境に。

 

毎日。

 

毎日。

 

毎日。

 

何かが起きた。

 

教科書。

 

制服。

 

悪口。

 

無視。

 

剣術。

 

教師は見て見ぬふり。

 

理由は後から聞いた。

 

担任教師は。

 

あの貴族の領地出身だった。

 

逆らえないらしい。

 

 

そして。

 

一番辛かったのは。

 

あの日助けた平民の少年だった。

 

ある日。

 

貴族達の後ろに立っていた。

 

目が合う。

 

「……。」

 

逸らされた。

 

翌日。

 

木剣で殴ってきたのは。

 

その少年だった。

 

「ご、ごめん……。」

 

「やらないと……また僕が殴られるんだ……。」

 

泣きそうな顔をしていた。

 

だが。

 

木剣は振り下ろされた。

 

(どうして。)

 

胸が締め付けられる。

 

(助けたのに。)

 

(なんで。)

 

その答えは簡単だった。

 

助ければ。

 

次は自分が狙われる。

 

だから。

 

皆。

 

見て見ぬふりをする。

 

 

そうして最初の一年が過ぎ、ルークは十一歳になっていた。

 

入学した頃の笑顔は。

 

少しずつ消えていた。

 

それでも。

 

まだ心のどこかでは信じていた。

 

(きっと。)

 

(いつか変わる。)

 

(努力すれば。)

 

(きっと認めてもらえる。)

 

そう信じながら。

 

ルークは毎日を耐え続けていた。

 

だが。

 

その願いは。

 

一週間後。

 

聖剣祭の日に。

 

思いもよらぬ形で叶うことになる――。

 

聖剣祭。

 

それはアストリア王国で最も盛大な祭りだった。

 

建国より遥か昔。

 

初代勇者が魔王を討ったとされる聖剣。

 

その聖剣は今もなお、王都中央にある大神殿の広場で巨大な岩へ突き刺さったまま眠っている。

 

伝承では、

 

「勇者に選ばれし者のみが、この剣を抜くことができる」

 

と言われていた。

 

以来、毎年一度。

 

王国中から何万人もの人々が集まり、

 

聖剣を抜こうと挑戦する。

 

それが聖剣祭。

 

もちろん。

 

誰も本気で抜けるとは思っていない。

 

祭りの記念。

 

旅の思い出。

 

そんな感覚で列へ並ぶ者がほとんどだった。

 

 

王立学園も一週間の休みに入っていた。

 

本来なら。

 

ルークも故郷アルム村へ帰る予定だった。

 

だが。

 

帰れなかった。

 

(帰ったら。)

 

(きっと聞かれる。)

 

『学園はどうだ?』

 

『友達は出来たか?』

 

『楽しいか?』

 

笑って答えられる自信がなかった。

 

だから。

 

一人、寮へ残った。

 

その日も当てもなく王都を歩く。

 

露店。

 

大道芸。

 

笑い声。

 

子供達のはしゃぐ声。

 

祭り一色の街。

 

それなのに。

 

ルークの心だけは少しも弾まなかった。

 

「……。」

 

気付けば。

 

長蛇の列の前で立ち止まっていた。

 

視線の先には。

 

巨大な岩。

 

そして。

 

そこへ突き刺さる一本の剣。

 

陽光を浴びて静かに輝いている。

 

(これが……。)

 

(聖剣。)

 

何故だろう。

 

目が離せない。

 

心の奥が静かに引き寄せられる。

 

ルークは列の最後尾へ並んだ。

 

前の人達は笑いながら挑戦している。

 

「びくともしねぇ!」

 

「今年も駄目か!」

 

「来年また来よう!」

 

歓声が上がる。

 

笑いが起きる。

 

祭りは続く。

 

そして。

 

「次の方。」

 

ルークの番が来た。

 

目の前には聖剣。

 

(……なんだろう。)

 

不思議だった。

 

胸が高鳴る訳でもない。

 

緊張もない。

 

むしろ。

 

さっきまで心を覆っていた重苦しさが、

 

すっと消えていく。

 

まるで。

 

昔から知っていたものへ再会したような感覚。

 

(……。)

 

自然と手を伸ばす。

 

柄を握る。

 

その瞬間。

 

頭の中へ一つの言葉が浮かんだ。

 

(ああ。)

 

(これは。)

 

(俺の剣だ。)

 

その瞬間。

 

「……な、なんだ!?」

 

視界が澄み渡る。

 

今まで聞こえなかった遠くの歓声まで聞こえる。

 

体中に熱い力が駆け巡った。

 

今まで感じたことのない膨大な魔力。

 

筋肉が軋み、骨が悲鳴を上げるほどの力が全身を満たしていく。

 

スッ――。

 

何の抵抗もなく。

 

聖剣は岩から抜けた。

 

辺りが静まり返る。

 

誰も動かない。

 

誰も声を出さない。

 

そして。

 

一人の神官が震える声で呟いた。

 

「……抜けた。」

 

次の瞬間。

 

「抜けたぞーーー!!」

 

「勇者だ!!」

 

「勇者様だぁぁぁ!!」

 

広場は大混乱となった。

 

神官達が慌てて駆け寄る。

 

「聖剣をお返しください!」

 

一人が剣へ手を伸ばす。

 

だが。

 

バチッ!!

 

「ぐああっ!」

 

神官は弾き飛ばされた。

 

「なっ!?」

 

別の神官も触れようとする。

 

しかし。

 

誰一人。

 

ルーク以外は触れることすら出来ない。

 

「まさか……。」

 

大神官が震える。

 

「伝承は……本当だった。」

 

「勇者様がお現れになったのだ!!」

 

 

そこからは怒涛だった。

 

王城。

 

大神殿。

 

王国中が大騒ぎ。

 

ルーク自身も何が起きているのか理解できない。

 

気付けば。

 

王の間へ案内されていた。

 

玉座。

 

豪華な赤い絨毯。

 

左右へ並ぶ騎士達。

 

そして。

 

玉座には。

 

アストリア国王アルフレッド。

 

「面を上げなさい。」

 

優しい声だった。

 

恐る恐る顔を上げる。

 

国王は穏やかに笑っていた。

 

「よく来てくれた。」

 

「君こそ。」

 

「我が国の希望。」

 

「勇者だ。」

 

その言葉に。

 

大臣達。

 

騎士達。

 

一斉に拍手が響いた。

 

さらに。

 

大神殿から現れた教皇が、

 

ルークの前へ跪く。

 

「勇者様。」

 

「神の御加護がありますように。」

 

教皇の後ろには。

 

同じ年頃の少女。

 

長く美しく輝く金髪。

 

純白の法衣。

 

神々しいほど美しい少女だった。

 

「私は聖女です❤️」

 

「今日から勇者様のお側で、誠心誠意お世話をさせていただきます❤️」

 

そう言って微笑む。

 

そして。

 

故郷アルム村にも知らせが届いた。

 

「ルークが勇者だ!」

 

村中が歓喜した。

 

父と元冒険者の老人は大笑いし。

 

母は泣き崩れたという。

 

神父は静かに空を見上げ、

 

「神よ。」

 

「どうか、あの子をお守りください。」

 

そう祈った。

 

 

数日後。

 

久しぶりの学園。

 

校門をくぐる。

 

すると。

 

「あ!」

 

「勇者様!」

 

「ルーク様!」

 

「私のこと覚えてますか!?」

 

「この前、食堂で隣でした!」

 

「勇者様かっこいい!」

 

「握手してください!」

 

一瞬で人だかりが出来る。

 

昨日まで。

 

誰一人話しかけてこなかったのに。

 

「ルーク様!」

 

見覚えのある貴族が走ってきた。

 

「あ、あの!」

 

「今まで申し訳ありませんでした!」

 

「ぜひ今度、私の領地へ遊びに……!」

 

頭を下げる。

 

さらに。

 

「ああ、ルーク君!」

 

担任教師だった。

 

「私は最初から君は素晴らしい生徒になると思っていたよ!」

 

「君には期待していたんだ。」

 

「だから、今までは少し厳しくしただけさ。」

 

「君はその期待に応えてくれた。」

 

満面の笑み。

 

その顔を見た瞬間。

 

ルークの中で何かが音を立てた。

 

(……違う。)

 

(あんたは、一度も俺を見てなんかいなかった。)

 

(……。)

 

(そうか。)

 

(力があれば。)

 

(皆、変わるんだ。)

 

 

剣術訓練。

 

教師が言う。

 

「今日は一対一で行う。」

 

今まで五人掛かりだった。

 

「……、今日は五人じゃないんですね。」

 

「き、今日は通常訓練だ。」

 

「では。」

 

「始め。」

 

誰も前へ出ない。

 

「……。」

 

ルークは静かに言う。

 

「ほら。」

 

「いつも通りみんなでかかって来いよ。」

 

誰もが顔を見合わせた。

 

数日前まで一方的に殴っていた相手が、今は勇者となって目の前に立っている。

 

誰一人、最初の一歩を踏み出せなかった。

 

「どうした。」

 

「早く来い。」

 

「ル、ルーク君が言うなら、ほら行きなさい」

 

教師が促すと

 

いつもの貴族と、あの助けた平民が震えながら前へ出る。

 

勝負は。

 

一瞬だった。

 

木剣が宙を舞う。

 

貴族達は地面へ転がった。

 

「つ、強い……!」

 

「さすが勇者様!」

 

「これが勇者か!」

 

拍手。

 

歓声。

 

賞賛。

 

昨日まで。

 

自分が殴られていても。

 

誰一人助けてくれなかった人達が。

 

今は。

 

笑顔で拍手している。

 

ルークは静かに聖剣へ視線を落とした。

 

(ああ……。)

 

(そういうことか。)

 

(力さえあれば。)

 

(何をしても。)

 

(誰も逆らわない。)

 

(なら――二度とあの日の俺には戻らない。)

 

その時。

 

背中の聖剣が。

 

かすかに。

 

鈍く光った気がした。

 

あの日。

 

王国は歓喜した。

 

勇者が現れた、と。

 

しかし、誰も知らない。

 

その歓声の裏で。

 

一人の優しかった少年が、

 

静かに壊れ始めていたことを。

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