異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~   作:ちーばば

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第34話 幕間 聖女 ― 神に愛された少女

アストリア王国西部。

 

豊かな麦畑が広がる小さな町。

 

その町で、一人の少女が暮らしていた。

 

マリアンヌ。

 

どこにでもいる、ごく普通の少女だった。

 

◇

 

「マリアンヌ、教会へ行くわよ。」

 

「はーい!」

 

日曜日。

 

朝早くから母に呼ばれる。

 

父は一番良い服へ着替え、母は聖書を抱えている。

 

一家は毎週欠かさず教会へ通う、敬虔な信徒だった。

 

教会へ着くと、神父が優しく迎えてくれる。

 

「おはようございます、マリアンヌ。」

 

「おはようございます!」

 

小さな手を合わせる。

 

今日も家族みんなで神へ祈りを捧げる。

 

神父の穏やかな言葉。

 

教会へ響く賛美歌。

 

祈りを終えた人々の優しい笑顔。

 

その全てが、マリアンヌは大好きだった。

 

(神様って、とっても優しいんだ。)

 

幼いマリアンヌは心からそう信じていた。

 

◇

 

そして。

 

六歳になった今年。

 

王国中の子供達が受ける儀式の日がやってきた。

 

魔力測定の儀。

 

教会で属性と魔力量を測る、大切な儀式だ。

 

「次、マリアンヌ。」

 

神父に呼ばれ、祭壇の前へ立つ。

 

少しだけ緊張しながら、水晶へ手を置いた。

 

ふわり。

 

柔らかな光が灯る。

 

最初は白い光。

 

そして次の瞬間――

 

眩い黄金色の光が教会中を包み込んだ。

 

「……っ!?」

 

神父が息を呑む。

 

修道女達も驚きの表情を浮かべる。

 

「し、神聖属性……!」

 

教会中がどよめいた。

 

神聖属性。

 

十数年に一人現れるかどうかと言われる奇跡の属性。

 

神に選ばれた者だけが授かる力。

 

「おめでとう、マリアンヌ!」

 

「神様に選ばれたのよ!」

 

両親は涙を流しながら抱き締めてくれた。

 

「すごい……。」

 

「本当に神様に選ばれたんだ……。」

 

マリアンヌも嬉しかった。

 

自分が褒められたことよりも。

 

家族があんなにも喜んでくれたことが嬉しかった。

 

◇

 

数日後。

 

家へ豪華な馬車がやって来た。

 

王都教会本部の紋章。

 

中から現れたのは豪華な法衣を纏った司祭だった。

 

「マリアンヌ様。」

 

「教皇猊下より、お迎えに参りました。」

 

両親は驚きながらも深く頭を下げる。

 

「本部にて聖女候補として育てさせていただきます。」

 

「神に選ばれた御子には、それに相応しい教育が必要なのです。」

 

父と母は顔を見合わせる。

 

そして笑った。

 

「マリアンヌ。」

 

「立派な聖女になるんだぞ。」

 

「みんなを助けられる人になるんだ。」

 

「うん!」

 

元気よく返事をする。

 

けれど。

 

馬車へ乗り込む直前。

 

振り返った家族の姿を見た瞬間だけ。

 

胸が少しだけ締め付けられた。

 

(寂しい……。)

 

でも。

 

泣いてはいけない。

 

神様に選ばれたんだから。

 

私は頑張らなきゃ。

 

そう自分へ言い聞かせた。

 

◇

 

王都。

 

巨大な教会本部。

 

見上げても先が見えないほど高い尖塔。

 

磨き上げられた大理石。

 

赤い絨毯。

 

全てが初めて見る景色だった。

 

案内された部屋を見て、マリアンヌは思わず声を漏らす。

 

「わぁ……。」

 

広い。

 

広すぎる。

 

家族全員が暮らせそうなほど大きな部屋だった。

 

ふかふかのベッド。

 

大きな机。

 

本棚。

 

暖炉まである。

 

「今日からここが貴女のお部屋です。」

 

修道女が微笑む。

 

(すごい……。)

 

(でも……。)

 

(みんなも一緒だったらもっと良かったな。)

 

その夜は少しだけ涙を流しながら眠りについた。

 

◇

 

翌朝。

 

鐘の音で目を覚ます。

 

「聖女候補様、お時間です。」

 

一日の始まりは祈りだった。

 

大聖堂で神へ感謝を捧げる。

 

朝食を終えると。

 

神学。

 

歴史。

 

礼儀作法。

 

魔法学。

 

そして神聖魔法について学ぶ毎日が始まった。

 

教育係の修道女は、とても優しい人だった。

 

「マリアンヌ様。」

 

「神聖魔法とは、神に選ばれた者だけが扱える奇跡です。」

 

「はい。」

 

「ですが、その力は決して自分のためにあるものではありません。」

 

マリアンヌは真剣に耳を傾ける。

 

「悲しむ人がいれば手を差し伸べ。」

 

「苦しむ人がいれば癒やし。」

 

「困っている人がいれば救う。」

 

「神聖魔法とは、あまねく全ての人々へ神の慈悲を届けるための奇跡なのです。」

 

「……はい!」

 

マリアンヌは嬉しそうに頷いた。

 

「そして、いつか現れる勇者様。」

 

「勇者様もまた、多くの人々を救う存在です。」

 

「その時は勇者様を支え、ともに世界中の人々へ笑顔を届けてください。」

 

勇者。

 

初代勇者以来、数百年もの間現れていない伝説の英雄。

 

世界を救う存在。

 

「私……。」

 

「いっぱい頑張ります!」

 

「勇者様と一緒に、みんなを助けられる聖女になります!」

 

教育係は優しく微笑んだ。

 

「ええ。」

 

「きっと素敵な聖女になれますよ。」

 

その日から。

 

マリアンヌは毎晩、まだ見ぬ勇者へ思いを馳せるようになった。

 

「勇者様。」

 

「私、もっともっと頑張ります。」

 

「だから。」

 

「いつか、一緒にみんなを助けましょうね。」

 

その笑顔は。

 

どこまでも純粋だった。

 

しかし――。

 

その純粋な願いは。

 

この教会で。

 

少しずつ。

 

誰にも気付かれぬまま。

 

歪められていくことになる。

 

教会本部へ来てから一年。

 

マリアンヌは七歳になっていた。

 

毎朝の祈り。

 

神学。

 

礼儀作法。

 

そして神聖魔法。

 

努力家だった彼女は、誰よりも熱心に学び続けた。

 

「素晴らしいです。」

 

教育係は嬉しそうに微笑む。

 

「回復魔法も随分安定しましたね。」

 

淡い金色の光が傷付いた腕を包み込む。

 

傷は見る間に塞がっていった。

 

「できました!」

 

「ええ。」

 

「この一年で本当によく成長されました。」

 

マリアンヌは嬉しそうに笑った。

 

(もっと頑張ろう。)

 

(もっとたくさんの人を助けられるようになりたい。)

 

そんな純粋な想いだけを胸に。

 

神聖魔法を磨き続けていた。

 

◇

 

ある日。

 

教皇の執務室。

 

「教皇猊下。」

 

教育係が深く頭を下げる。

 

「聖女候補の教育は順調ですか?」

 

「はい。」

 

「最近は回復魔法もしっかり扱えるようになりました。」

 

「浄化魔法も、まもなく習得できるかと。」

 

教皇は満足そうに頷く。

 

「ほっほっほ。」

 

「それは実に喜ばしい。」

 

白い髭を撫でながら続けた。

 

「ちょうど懇意にしている伯爵様が腰を痛められていましてねー。」

 

「腰……ですか?」

 

「明後日こちらへ来られるそうです。」

 

「その時にでも、聖女候補へ回復魔法を使わせましょう。」

 

教育係は少し困ったように答える。

 

「ですが教皇猊下。」

 

「明後日は近くの診療所へ赴き、回復魔法の実践を予定しております。」

 

「怪我や病で苦しむ方々へ治療を経験させたいと考えておりました。」

 

すると。

 

教会幹部の一人が眉を吊り上げた。

 

「何を申す!」

 

「聖女様のお力を、平民などに使わせる気か!」

 

教育係は驚く。

 

「ですが、神聖魔法は――」

 

「なりません!」

 

「そんな者達のために使うなど、聖女様のお力が穢れます!」

 

教育係は言葉を失った。

 

(そんな……。)

 

(神聖魔法は、人々を救うための力では……。)

 

そこへ。

 

教皇が穏やかに口を開く。

 

「まあまあ。」

 

「落ち着きなさい。」

 

教育係は少しだけ安堵した。

 

(ああ……。)

 

(教皇様なら分かってくださる。)

 

だが。

 

次に続いた言葉は。

 

その期待を打ち砕いた。

 

「して。」

 

「その診療所は、教会へどれほどお布施を?」

 

「……え?」

 

教育係は固まる。

 

「お布施……ですか?」

 

「はい。」

 

「いえ……こちらから伺う予定でしたので、そのようなものは……。」

 

教皇は残念そうに首を横へ振った。

 

「ああ、それはいけませんな。」

 

「神への感謝も示せぬ者へ、神の奇跡を授ける道理はありません。」

 

「ですが!」

 

教育係は思わず声を上げた。

 

「病に苦しむ方々です!」

 

「平民であろうと、人々を救うのが神聖魔法では――」

 

教皇の笑みが消えた。

 

「教育係。」

 

静かな声だった。

 

だが。

 

背筋が凍るほど冷たい。

 

「神に選ばれた聖女の奇跡とは。」

 

「神へ尽くす者。」

 

「教会を支える者。」

 

「そして国を支える高貴な方々へ授けられるものです。」

 

「その方々が豊かになれば。」

 

「結果として国も潤う。」

 

「それが神の御心なのですよ。」

 

教育係は拳を強く握り締める。

 

「ですが……。」

 

「診療所への予定は中止です。」

 

「明後日は伯爵様の治療を優先しなさい。」

 

「……かしこまりました。」

 

そう答えるしかなかった。

 

◇

 

その会話を。

 

廊下の向こうで。

 

幼いマリアンヌは偶然耳にしていた。

 

(そうなんだ……。)

 

(神聖魔法って。)

 

(誰にでも使うものじゃないんだ。)

 

(神様に認められた人だけなんだ。)

 

幼い心は。

 

疑うことを知らない。

 

教皇の言葉こそ。

 

神の教えだと信じた。

 

翌々日。

 

豪華な馬車が教会へ到着した。

 

紋章が刻まれた扉。

 

何人もの騎士を従え、一人の伯爵が姿を現す。

 

「お待ちしておりました。」

 

教皇は満面の笑みで迎えた。

 

「ようこそお越しくださいました。」

 

伯爵は腰へ手を当てながら苦笑する。

 

「いやはや、歳は取りたくありませんな。」

 

「ぜひ聖女候補様のお力をお借りしたく。」

 

「もちろんですとも。」

 

教皇は満足そうに頷いた。

 

「マリアンヌ。」

 

「はい。」

 

幼い少女は伯爵の前へ進み出る。

 

両手を胸の前で組み。

 

静かに祈る。

 

「神よ。」

 

「どうか御加護を。」

 

黄金色の光が伯爵を包み込む。

 

「おお……!」

 

腰へ手を当てていた伯爵が驚いたように身体を動かす。

 

「痛みが消えた!」

 

「素晴らしい!」

 

「さすが聖女様だ!」

 

周囲から拍手が湧き起こる。

 

教皇も満足そうに微笑んだ。

 

「実に見事です。」

 

「神の奇跡とは、まさにこのこと。」

 

マリアンヌも嬉しそうに笑った。

 

(良かった。)

 

(特別な方のお役に立てた。)

 

その夜。

 

日記へ丁寧に書き記す。

 

『今日も特別な方を助けることができました。』

 

『神様、ありがとうございます。』

 

『もっと立派な聖女になります。』

 

◇

 

それから四年。

 

マリアンヌは十一歳になっていた。

 

神聖魔法は飛躍的に成長した。

 

回復。

 

浄化。

 

結界。

 

その力は歴代の聖女候補の中でも群を抜いていた。

 

だが。

 

彼女が神聖魔法を使う相手は決まっていた。

 

教会へ多額のお布施をする貴族。

 

教会と懇意にする豪商。

 

高位の神官。

 

王侯貴族。

 

そして――

 

いつか現れる勇者様。

 

それが。

 

マリアンヌにとっての"当たり前"になっていた。

 

◇

 

そんなある日。

 

久しぶりに教育係がマリアンヌを訪ねてきた。

 

「マリアンヌ様。」

 

「はい。」

 

教育係は少しだけ嬉しそうに笑う。

 

「今日は一緒に出掛けませんか?」

 

「出掛ける?」

 

「ええ。」

 

「近くの診療所です。」

 

「怪我や病気で苦しむ方々がたくさんいます。」

 

「どうか皆さんを助けていただけませんか。」

 

その言葉に。

 

マリアンヌは首を傾げた。

 

「……どうしてですか?」

 

教育係は優しく答える。

 

「神聖魔法は人々を救うための力です。」

 

「身分など関係ありません。」

 

「苦しむ方がいるなら、手を差し伸べる。」

 

「それが神の教えです。」

 

マリアンヌは静かに首を横へ振った。

 

「違います。」

 

教育係は目を見開く。

 

「え……?」

 

「神聖魔法は。」

 

「特別な方々のための力です。」

 

「神様に認められた方。」

 

「教会を支えてくださる方。」

 

「そして勇者様。」

 

「平民のために使うものではありません。」

 

教育係の表情が曇る。

 

「マリアンヌ様……。」

 

「それは違います。」

 

「誰がそんなことを――」

 

「教皇様です。」

 

マリアンヌは迷いなく答えた。

 

「教皇様のお言葉は神様のお言葉です。」

 

「だから間違いありません。」

 

「この事は教皇様にお伝えしますね。」

 

教育係は何かを言おうとした。

 

しかし。

 

その瞳を見た瞬間。

 

言葉を失った。

 

もう。

 

届かない。

 

四年前。

 

まだ七歳だった少女は。

 

純粋だった。

 

だが今は。

 

その純粋さのまま。

 

完全に歪められてしまっていた。

 

「……失礼いたしました。」

 

教育係は深く頭を下げた。

 

その日を最後に。

 

教育係がマリアンヌの前へ姿を見せることは、二度となかった。

 

左遷されたのか。

 

教会を去ったのか。

 

それとも――。

 

マリアンヌが知ることはなかった。

 

◇

 

数日後。

 

突然、王都中に教会の鐘が鳴り響いた。

 

ゴォォォン――

 

ゴォォォン――

 

今まで聞いたこともないほど激しく。

 

何度も。

 

何度も。

 

鐘が鳴る。

 

神官達が慌ただしく廊下を駆け抜けていく。

 

「勇者様だ!!」

 

「聖剣が抜かれたぞ!!」

 

「勇者様がお現れになった!!」

 

その声を聞いた瞬間。

 

マリアンヌは思わず立ち上がった。

 

「勇者様……!」

 

胸が高鳴る。

 

ずっと。

 

ずっと夢見てきた存在。

 

神に選ばれた英雄。

 

私が支えるべき、たった一人の方。

 

ほどなくして教皇自らが部屋を訪れた。

 

「マリアンヌ。」

 

「はい!」

 

教皇は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「ついに、その時が来ました。」

 

「勇者様がお現れになりました。」

 

「貴女は勇者様を支える聖女。」

 

「これからは勇者様のお側で、そのお力となるのです。」

 

「はい!」

 

マリアンヌは心から嬉しそうに頷いた。

 

「必ず勇者様のお役に立ってみせます!」

 

「うむ。」

 

教皇は満足そうに頷く。

 

しかし。

 

マリアンヌが部屋を出た後。

 

教皇の笑みは、すっと消えた。

 

「……まさか。」

 

誰にも聞こえぬよう、小さく呟く。

 

「本当に勇者が現れるとは。」

 

長年。

 

勇者は伝承上の存在。

 

現れることなどないと思っていた。

 

だからこそ。

 

聖女は教会にとって都合の良い存在だった。

 

神の名の下。

 

教会の権威を高め。

 

貴族達との繋がりを強める。

 

そのための切り札。

 

だが。

 

勇者が現れた今。

 

聖女は勇者に付き従う存在となる。

 

教会だけの思い通りには動かせなくなる。

 

「……面白くありませんな。」

 

教皇は静かに目を細める。

 

だが。

 

すぐに口元が歪んだ。

 

「まあ、よい。」

 

「勇者も。」

 

「聖女も。」

 

「まとめて教会へ取り込めば済む話です。」

 

「神の名の下。」

 

「教会のために働いていただきましょう。」

 

静かな笑みだけが部屋に残った。

 

◇

 

(ああ……。)

 

(勇者様❤️)

 

(ようやく、お会いできる。)

 

胸が高鳴る。

 

勇者様。

 

神に選ばれた英雄。

 

私が生まれた意味。

 

私が神聖魔法を授かった理由。

 

勇者様❤️

 

早く。

 

早くお会いしたい。

 

私の力は。

 

私の命は。

 

全て勇者様のために。

 

私は。

 

貴方様だけの聖女になります❤️

 

少女は誰よりも美しい笑みを浮かべた。

 

その笑顔は。

 

誰よりも純粋で。

 

だからこそ。

 

誰よりも狂気に染まっていた。

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