異世界アイドル道   作:ちーばば

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第35話 幕間 賢者 ― 王国の麒麟児

物心ついた頃には。

 

私は絵本ではなく、学術書を読んでいた。

 

同年代の子供達が木の棒を振り回し、勇者ごっこや騎士ごっこに夢中になる中。

 

私だけは机へ向かい。

 

ペンを握り。

 

文字を書き。

 

本を読み続けていた。

 

知識に飢えていたのだ。

 

新しいことを知るたびに世界が広がる。

 

その感覚が、何よりも楽しかった。

 

 

六歳。

 

魔力測定の儀。

 

教会には同年代の子供達が集まっていた。

 

「僕は火属性がいい!」

 

「俺は風!」

 

「私は水が良い!」

 

子供達は夢を語り合う。

 

その中で。

 

最も人気が無かったのが土属性だった。

 

「土とか地味じゃん。」

 

「やっぱり火とか雷がかっこいいよな!」

 

笑い声が響く。

 

やがて私の番が来た。

 

水晶へ手を置く。

 

ふわり、と淡い茶色の光が灯った。

 

「土属性です。」

 

教会内に小さなざわめきが起こる。

 

「はずれだ。」

 

「かわいそう。」

 

子供達は笑った。

 

しかし。

 

私が下級貴族だったこともあり。

 

周囲の親達は慌てて子供達を叱る。

 

「こら!」

 

「失礼なことを言うな!」

 

父も母も私の肩へ手を置いた。

 

「気にするな。」

 

「土属性だからと落ち込む必要はない。」

 

私は首を傾げた。

 

(……何を気にするのでしょう。)

 

土属性。

 

農地改革。

 

城壁補修。

 

橋の建設。

 

街道整備。

 

災害復旧。

 

鉱山開発。

 

建築。

 

生活基盤を支える上で、これほど有用な属性はない。

 

むしろ。

 

土属性を必要としない人間の方が少ない。

 

「せっかく授かった力です。」

 

「勉学と並行して魔法も学びましょう。」

 

「その方が効率的です。」

 

父と母は顔を見合わせ。

 

思わず苦笑した。

 

「やっぱりお前は変わってるな。」

 

 

それから四年。

 

私は十歳になった。

 

王立学園へ入学する。

 

王国最高峰の教育機関。

 

私は胸を躍らせていた。

 

(どんな知識が待っているのでしょう。)

 

だが。

 

現実は期待外れだった。

 

授業内容は既に理解しているものばかり。

 

教師の説明も。

 

教科書も。

 

新しい発見はほとんど無い。

 

(……学ぶことがありませんね。)

 

数日後。

 

私は校長室を訪ねた。

 

「失礼します。」

 

「……君は?」

 

「一年のユリウスです。」

 

「お願いがあります。」

 

校長は眼鏡を押し上げた。

 

「聞こう。」

 

「最高学年の卒業試験を受けさせてください。」

 

「……何?」

 

思わず聞き返す校長。

 

数日後。

 

前例のない特例として試験が行われた。

 

筆記。

 

歴史。

 

政治。

 

経済。

 

法律。

 

魔法理論。

 

地理。

 

戦術学。

 

全科目。

 

結果は──

 

全て満点。

 

教師達は言葉を失った。

 

校長だけが静かに頷く。

 

「なるほど。」

 

「君には、もう教えることがない。」

 

「即日卒業を認めよう。」

 

私は少しだけ考えた。

 

「一つだけお願いがあります。」

 

「何かな?」

 

「図書館を利用させてください。」

 

校長は思わず吹き出した。

 

「卒業より本か。」

 

「はい。」

 

「まだ読んでいない本がありますので。」

 

しばらく笑った後。

 

校長は静かに頷いた。

 

「良かろう。」

 

「授業は全て免除する。」

 

「好きなだけ図書館を使いなさい。」

 

「ありがとうございます。」

 

こうして私は。

 

王立学園へ在籍したまま。

 

一年間。

 

毎日のように大図書館へ通い続けた。

 

朝から晩まで。

 

本を読む。

 

読む。

 

ただひたすら読む。

 

王国史。

 

世界史。

 

魔法理論。

 

建築。

 

農業。

 

医学。

 

法律。

 

経済。

 

外交。

 

軍事。

 

魔物学。

 

錬金術。

 

蔵書を片っ端から読み進めた。

 

やがて一年後。

 

読むべき本が無くなった。

 

(これ以上ここへ残る理由はありませんね。)

 

卒業式の日。

 

教師達は皆、苦笑しながら口を揃えた。

 

「本当に一年しか在籍しなかったな……。」

 

校長だけは静かに笑う。

 

「……まさしく麒麟児だ。」

 

その日から。

 

『麒麟児ユリウス』

 

その名は、少しずつ王国中へ広まっていく。

 

王立学園を卒業した私は。

 

領地へ戻った。

 

「おかえり、ユリウス。」

 

父は満面の笑みで迎えてくれた。

 

だが。

 

私は屋敷へ戻るなり領地の資料を読み始める。

 

税収。

 

支出。

 

人口。

 

農作物の収穫量。

 

街道の状態。

 

全てを書き出し。

 

一つずつ整理する。

 

「父上。」

 

「なんだ?」

 

「税率が高すぎます。」

 

「え?」

 

「領民は苦しみ、生産性も下がっています。」

 

「まず税率を下げましょう。」

 

父は驚いた顔をした。

 

「だ、だが税収が……。」

 

「短期的には減ります。」

 

「ですが長期的には増えます。」

 

「人は余裕が出来れば働きます。」

 

「働けば生産量が増える。」

 

「結果として税収も増えます。」

 

「その方が効率的です。」

 

父は腕を組みながら考え込む。

 

「……やってみろ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

私は次々と改革を進めた。

 

税率の見直し。

 

無駄な支出の削減。

 

壊れた街道の補修。

 

農地整備。

 

土魔法による用水路建設。

 

荒地の開拓。

 

全て。

 

知識と土魔法を組み合わせ。

 

最も効率の良い方法で。

 

一年後。

 

領地は見違えるほど変わっていた。

 

収穫量は増え。

 

税収も回復。

 

領民達の暮らしも豊かになる。

 

「ユリウス様のおかげです!」

 

「今年は子供達に新しい服を買えました!」

 

「本当にありがとうございます!」

 

領民達は皆笑顔だった。

 

その光景を見ても。

 

私は特別な感情は抱かなかった。

 

(当然の結果ですね。)

 

(効率的に進めれば、こうなります。)

 

それだけだった。

 

 

数年後。

 

領地改革は完全に軌道へ乗っていた。

 

もはや。

 

私が常に指示を出さなくとも。

 

役人達だけで十分に回る。

 

すると。

 

今度は王都から呼び出しが来るようになった。

 

「王都から?」

 

「うむ。」

 

父が嬉しそうに手紙を差し出す。

 

「お前の領地経営の手腕を見込んで、王城で意見を聞きたいそうだ。」

 

それ以来。

 

私は隔月で王都へ赴くようになった。

 

王城では。

 

文官達が次々と質問してくる。

 

「この税制についてはどう思われますか?」

 

「新しい街道整備についてご意見を。」

 

「隣国との交易政策ですが……。」

 

私は一つ一つ答えた。

 

最も効率的な答えを。

 

感情ではなく。

 

数字と理論に基づいて。

 

気付けば。

 

年上の文官達ですら。

 

私の意見を求めるようになっていた。

 

 

そして。

 

私が十四歳になった頃。

 

屋敷へ一通の手紙が届く。

 

王家の紋章。

 

王命だった。

 

父が慌てて駆け寄る。

 

「ユリウス!」

 

「王命だぞ!」

 

私は封を切る。

 

静かに内容へ目を通した。

 

 

『ユリウス・ベルン。』

 

『先日、勇者が現れた。』

 

『そなたの麒麟児としての才覚を高く評価している。』

 

『王命により、勇者一行の補佐を命ずる。』

 

『至急、王城へ登城されたし。』

 

――アストリア国王

アルフレッド

 

 

「……なるほど。」

 

父は目を輝かせる。

 

「なんと書いてあった!?」

 

「王城へ登城せよ、とのことです。」

 

「おお!」

 

「ならば私も新しいコートを仕立てなければ!」

 

私は眼鏡を押し上げた。

 

「父上。」

 

「なんだ?」

 

「手紙には私しか呼ばれていません。」

 

「勝手について来られると失礼に当たります。」

 

「うっ……。」

 

父は言葉を詰まらせる。

 

「いやしかし!」

 

「親というものは子についていくもので……。」

 

私は無言で父を見つめた。

 

「…………。」

 

「…………。」

 

父は視線を逸らす。

 

「……わ、分かった。」

 

「それで結構です。」

 

屋敷の使用人達は苦笑した。

 

最近では。

 

当主である父ですら。

 

ユリウスの言葉には逆らえなくなっていた。

 

 

数日後。

 

王城。

 

謁見の間。

 

国王アルフレッドが私を見る。

 

「よく来てくれた。」

 

「は。」

 

「勇者はまだ幼い。」

 

「聖女もまた同じ。」

 

「彼らには導く者が必要だ。」

 

私は静かに頷く。

 

「そこで。」

 

国王はゆっくり立ち上がった。

 

「今日この日より。」

 

「ユリウス・ベルン。」

 

「そなたへ『賢者』の称号を授ける。」

 

謁見の間が静まり返る。

 

「王命である。」

 

「勇者一行を支えよ。」

 

「そして、その知恵を遺憾なく発揮し、この国を救ってほしい。」

 

私は一礼した。

 

「謹んで拝命いたします。」

 

周囲から拍手が起こる。

 

こうして。

 

王国中で『麒麟児』と呼ばれていた少年は。

 

正式に。

 

『賢者』となった。

 

 

(さて。)

 

勇者。

 

聖女。

 

王国。

 

教会。

 

頭の中では。

 

既に幾つもの可能性を計算していた。

 

(勇者が現れたなら。)

 

(聖女も必ず同行する。)

 

(教会が聖女を手放すはずがない。)

 

(つまり。)

 

(教会という巨大な組織が、そのまま付いてくる。)

 

私は静かに目を閉じる。

 

(面倒ですね。)

 

(利害関係も増えるでしょう。)

 

(ですが。)

 

(王命です。)

 

(命じられた以上、最も効率の良い方法で任務を遂行するだけです。)

 

既に。

 

私の頭の中では。

 

勇者一行を運用するための計画が、幾通りも組み上がっていた。

 

誰よりも知を求めた少年は。

 

こうして。

 

王国を支える賢者として。

 

新たな一歩を踏み出したのだった。

 

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