物心ついた頃には。
私は絵本ではなく、学術書を読んでいた。
同年代の子供達が木の棒を振り回し、勇者ごっこや騎士ごっこに夢中になる中。
私だけは机へ向かい。
ペンを握り。
文字を書き。
本を読み続けていた。
知識に飢えていたのだ。
新しいことを知るたびに世界が広がる。
その感覚が、何よりも楽しかった。
◇
六歳。
魔力測定の儀。
教会には同年代の子供達が集まっていた。
「僕は火属性がいい!」
「俺は風!」
「私は水が良い!」
子供達は夢を語り合う。
その中で。
最も人気が無かったのが土属性だった。
「土とか地味じゃん。」
「やっぱり火とか雷がかっこいいよな!」
笑い声が響く。
やがて私の番が来た。
水晶へ手を置く。
ふわり、と淡い茶色の光が灯った。
「土属性です。」
教会内に小さなざわめきが起こる。
「はずれだ。」
「かわいそう。」
子供達は笑った。
しかし。
私が下級貴族だったこともあり。
周囲の親達は慌てて子供達を叱る。
「こら!」
「失礼なことを言うな!」
父も母も私の肩へ手を置いた。
「気にするな。」
「土属性だからと落ち込む必要はない。」
私は首を傾げた。
(……何を気にするのでしょう。)
土属性。
農地改革。
城壁補修。
橋の建設。
街道整備。
災害復旧。
鉱山開発。
建築。
生活基盤を支える上で、これほど有用な属性はない。
むしろ。
土属性を必要としない人間の方が少ない。
「せっかく授かった力です。」
「勉学と並行して魔法も学びましょう。」
「その方が効率的です。」
父と母は顔を見合わせ。
思わず苦笑した。
「やっぱりお前は変わってるな。」
◇
それから四年。
私は十歳になった。
王立学園へ入学する。
王国最高峰の教育機関。
私は胸を躍らせていた。
(どんな知識が待っているのでしょう。)
だが。
現実は期待外れだった。
授業内容は既に理解しているものばかり。
教師の説明も。
教科書も。
新しい発見はほとんど無い。
(……学ぶことがありませんね。)
数日後。
私は校長室を訪ねた。
「失礼します。」
「……君は?」
「一年のユリウスです。」
「お願いがあります。」
校長は眼鏡を押し上げた。
「聞こう。」
「最高学年の卒業試験を受けさせてください。」
「……何?」
思わず聞き返す校長。
数日後。
前例のない特例として試験が行われた。
筆記。
歴史。
政治。
経済。
法律。
魔法理論。
地理。
戦術学。
全科目。
結果は──
全て満点。
教師達は言葉を失った。
校長だけが静かに頷く。
「なるほど。」
「君には、もう教えることがない。」
「即日卒業を認めよう。」
私は少しだけ考えた。
「一つだけお願いがあります。」
「何かな?」
「図書館を利用させてください。」
校長は思わず吹き出した。
「卒業より本か。」
「はい。」
「まだ読んでいない本がありますので。」
しばらく笑った後。
校長は静かに頷いた。
「良かろう。」
「授業は全て免除する。」
「好きなだけ図書館を使いなさい。」
「ありがとうございます。」
こうして私は。
王立学園へ在籍したまま。
一年間。
毎日のように大図書館へ通い続けた。
朝から晩まで。
本を読む。
読む。
ただひたすら読む。
王国史。
世界史。
魔法理論。
建築。
農業。
医学。
法律。
経済。
外交。
軍事。
魔物学。
錬金術。
蔵書を片っ端から読み進めた。
やがて一年後。
読むべき本が無くなった。
(これ以上ここへ残る理由はありませんね。)
卒業式の日。
教師達は皆、苦笑しながら口を揃えた。
「本当に一年しか在籍しなかったな……。」
校長だけは静かに笑う。
「……まさしく麒麟児だ。」
その日から。
『麒麟児ユリウス』
その名は、少しずつ王国中へ広まっていく。
王立学園を卒業した私は。
領地へ戻った。
「おかえり、ユリウス。」
父は満面の笑みで迎えてくれた。
だが。
私は屋敷へ戻るなり領地の資料を読み始める。
税収。
支出。
人口。
農作物の収穫量。
街道の状態。
全てを書き出し。
一つずつ整理する。
「父上。」
「なんだ?」
「税率が高すぎます。」
「え?」
「領民は苦しみ、生産性も下がっています。」
「まず税率を下げましょう。」
父は驚いた顔をした。
「だ、だが税収が……。」
「短期的には減ります。」
「ですが長期的には増えます。」
「人は余裕が出来れば働きます。」
「働けば生産量が増える。」
「結果として税収も増えます。」
「その方が効率的です。」
父は腕を組みながら考え込む。
「……やってみろ。」
「ありがとうございます。」
◇
私は次々と改革を進めた。
税率の見直し。
無駄な支出の削減。
壊れた街道の補修。
農地整備。
土魔法による用水路建設。
荒地の開拓。
全て。
知識と土魔法を組み合わせ。
最も効率の良い方法で。
一年後。
領地は見違えるほど変わっていた。
収穫量は増え。
税収も回復。
領民達の暮らしも豊かになる。
「ユリウス様のおかげです!」
「今年は子供達に新しい服を買えました!」
「本当にありがとうございます!」
領民達は皆笑顔だった。
その光景を見ても。
私は特別な感情は抱かなかった。
(当然の結果ですね。)
(効率的に進めれば、こうなります。)
それだけだった。
◇
数年後。
領地改革は完全に軌道へ乗っていた。
もはや。
私が常に指示を出さなくとも。
役人達だけで十分に回る。
すると。
今度は王都から呼び出しが来るようになった。
「王都から?」
「うむ。」
父が嬉しそうに手紙を差し出す。
「お前の領地経営の手腕を見込んで、王城で意見を聞きたいそうだ。」
それ以来。
私は隔月で王都へ赴くようになった。
王城では。
文官達が次々と質問してくる。
「この税制についてはどう思われますか?」
「新しい街道整備についてご意見を。」
「隣国との交易政策ですが……。」
私は一つ一つ答えた。
最も効率的な答えを。
感情ではなく。
数字と理論に基づいて。
気付けば。
年上の文官達ですら。
私の意見を求めるようになっていた。
◇
そして。
私が十四歳になった頃。
屋敷へ一通の手紙が届く。
王家の紋章。
王命だった。
父が慌てて駆け寄る。
「ユリウス!」
「王命だぞ!」
私は封を切る。
静かに内容へ目を通した。
⸻
『ユリウス・ベルン。』
『先日、勇者が現れた。』
『そなたの麒麟児としての才覚を高く評価している。』
『王命により、勇者一行の補佐を命ずる。』
『至急、王城へ登城されたし。』
――アストリア国王
アルフレッド
⸻
「……なるほど。」
父は目を輝かせる。
「なんと書いてあった!?」
「王城へ登城せよ、とのことです。」
「おお!」
「ならば私も新しいコートを仕立てなければ!」
私は眼鏡を押し上げた。
「父上。」
「なんだ?」
「手紙には私しか呼ばれていません。」
「勝手について来られると失礼に当たります。」
「うっ……。」
父は言葉を詰まらせる。
「いやしかし!」
「親というものは子についていくもので……。」
私は無言で父を見つめた。
「…………。」
「…………。」
父は視線を逸らす。
「……わ、分かった。」
「それで結構です。」
屋敷の使用人達は苦笑した。
最近では。
当主である父ですら。
ユリウスの言葉には逆らえなくなっていた。
◇
数日後。
王城。
謁見の間。
国王アルフレッドが私を見る。
「よく来てくれた。」
「は。」
「勇者はまだ幼い。」
「聖女もまた同じ。」
「彼らには導く者が必要だ。」
私は静かに頷く。
「そこで。」
国王はゆっくり立ち上がった。
「今日この日より。」
「ユリウス・ベルン。」
「そなたへ『賢者』の称号を授ける。」
謁見の間が静まり返る。
「王命である。」
「勇者一行を支えよ。」
「そして、その知恵を遺憾なく発揮し、この国を救ってほしい。」
私は一礼した。
「謹んで拝命いたします。」
周囲から拍手が起こる。
こうして。
王国中で『麒麟児』と呼ばれていた少年は。
正式に。
『賢者』となった。
◇
(さて。)
勇者。
聖女。
王国。
教会。
頭の中では。
既に幾つもの可能性を計算していた。
(勇者が現れたなら。)
(聖女も必ず同行する。)
(教会が聖女を手放すはずがない。)
(つまり。)
(教会という巨大な組織が、そのまま付いてくる。)
私は静かに目を閉じる。
(面倒ですね。)
(利害関係も増えるでしょう。)
(ですが。)
(王命です。)
(命じられた以上、最も効率の良い方法で任務を遂行するだけです。)
既に。
私の頭の中では。
勇者一行を運用するための計画が、幾通りも組み上がっていた。
誰よりも知を求めた少年は。
こうして。
王国を支える賢者として。
新たな一歩を踏み出したのだった。