異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~   作:ちーばば

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第35話 幕間 賢者 ― 王国の麒麟児

物心ついた頃には。

 

私は絵本ではなく、学術書を読んでいた。

 

同年代の子供達が木の棒を振り回し、勇者ごっこや騎士ごっこに夢中になる中。

 

私だけは机へ向かい。

 

ペンを握り。

 

文字を書き。

 

本を読み続けていた。

 

知識に飢えていたのだ。

 

新しいことを知るたびに世界が広がる。

 

その感覚が、何よりも楽しかった。

 

◇

 

六歳。

 

魔力測定の儀。

 

教会には同年代の子供達が集まっていた。

 

「僕は火属性がいい!」

 

「俺は風!」

 

「私は水が良い!」

 

子供達は夢を語り合う。

 

その中で。

 

最も人気が無かったのが土属性だった。

 

「土とか地味じゃん。」

 

「やっぱり火とか雷がかっこいいよな!」

 

笑い声が響く。

 

やがて私の番が来た。

 

水晶へ手を置く。

 

ふわり、と淡い茶色の光が灯った。

 

「土属性です。」

 

教会内に小さなざわめきが起こる。

 

「はずれだ。」

 

「かわいそう。」

 

子供達は笑った。

 

しかし。

 

私が下級貴族だったこともあり。

 

周囲の親達は慌てて子供達を叱る。

 

「こら!」

 

「失礼なことを言うな!」

 

父も母も私の肩へ手を置いた。

 

「気にするな。」

 

「土属性だからと落ち込む必要はない。」

 

私は首を傾げた。

 

(……何を気にするのでしょう。)

 

土属性。

 

農地改革。

 

城壁補修。

 

橋の建設。

 

街道整備。

 

災害復旧。

 

鉱山開発。

 

建築。

 

生活基盤を支える上で、これほど有用な属性はない。

 

むしろ。

 

土属性を必要としない人間の方が少ない。

 

「せっかく授かった力です。」

 

「勉学と並行して魔法も学びましょう。」

 

「その方が効率的です。」

 

父と母は顔を見合わせ。

 

思わず苦笑した。

 

「やっぱりお前は変わってるな。」

 

◇

 

それから四年。

 

私は十歳になった。

 

王立学園へ入学する。

 

王国最高峰の教育機関。

 

私は胸を躍らせていた。

 

(どんな知識が待っているのでしょう。)

 

だが。

 

現実は期待外れだった。

 

授業内容は既に理解しているものばかり。

 

教師の説明も。

 

教科書も。

 

新しい発見はほとんど無い。

 

(……学ぶことがありませんね。)

 

数日後。

 

私は校長室を訪ねた。

 

「失礼します。」

 

「……君は?」

 

「一年のユリウスです。」

 

「お願いがあります。」

 

校長は眼鏡を押し上げた。

 

「聞こう。」

 

「最高学年の卒業試験を受けさせてください。」

 

「……何?」

 

思わず聞き返す校長。

 

数日後。

 

前例のない特例として試験が行われた。

 

筆記。

 

歴史。

 

政治。

 

経済。

 

法律。

 

魔法理論。

 

地理。

 

戦術学。

 

全科目。

 

結果は──

 

全て満点。

 

教師達は言葉を失った。

 

校長だけが静かに頷く。

 

「なるほど。」

 

「君には、もう教えることがない。」

 

「即日卒業を認めよう。」

 

私は少しだけ考えた。

 

「一つだけお願いがあります。」

 

「何かな?」

 

「図書館を利用させてください。」

 

校長は思わず吹き出した。

 

「卒業より本か。」

 

「はい。」

 

「まだ読んでいない本がありますので。」

 

しばらく笑った後。

 

校長は静かに頷いた。

 

「良かろう。」

 

「授業は全て免除する。」

 

「好きなだけ図書館を使いなさい。」

 

「ありがとうございます。」

 

こうして私は。

 

王立学園へ在籍したまま。

 

一年間。

 

毎日のように大図書館へ通い続けた。

 

朝から晩まで。

 

本を読む。

 

読む。

 

ただひたすら読む。

 

王国史。

 

世界史。

 

魔法理論。

 

建築。

 

農業。

 

医学。

 

法律。

 

経済。

 

外交。

 

軍事。

 

魔物学。

 

錬金術。

 

蔵書を片っ端から読み進めた。

 

やがて一年後。

 

読むべき本が無くなった。

 

(これ以上ここへ残る理由はありませんね。)

 

卒業式の日。

 

教師達は皆、苦笑しながら口を揃えた。

 

「本当に一年しか在籍しなかったな……。」

 

校長だけは静かに笑う。

 

「……まさしく麒麟児だ。」

 

その日から。

 

『麒麟児ユリウス』

 

その名は、少しずつ王国中へ広まっていく。

 

王立学園を卒業した私は。

 

領地へ戻った。

 

「おかえり、ユリウス。」

 

父は満面の笑みで迎えてくれた。

 

だが。

 

私は屋敷へ戻るなり領地の資料を読み始める。

 

税収。

 

支出。

 

人口。

 

農作物の収穫量。

 

街道の状態。

 

全てを書き出し。

 

一つずつ整理する。

 

「父上。」

 

「なんだ?」

 

「税率が高すぎます。」

 

「え?」

 

「領民は苦しみ、生産性も下がっています。」

 

「まず税率を下げましょう。」

 

父は驚いた顔をした。

 

「だ、だが税収が……。」

 

「短期的には減ります。」

 

「ですが長期的には増えます。」

 

「人は余裕が出来れば働きます。」

 

「働けば生産量が増える。」

 

「結果として税収も増えます。」

 

「その方が効率的です。」

 

父は腕を組みながら考え込む。

 

「……やってみろ。」

 

「ありがとうございます。」

 

◇

 

私は次々と改革を進めた。

 

税率の見直し。

 

無駄な支出の削減。

 

壊れた街道の補修。

 

農地整備。

 

土魔法による用水路建設。

 

荒地の開拓。

 

全て。

 

知識と土魔法を組み合わせ。

 

最も効率の良い方法で。

 

一年後。

 

領地は見違えるほど変わっていた。

 

収穫量は増え。

 

税収も回復。

 

領民達の暮らしも豊かになる。

 

「ユリウス様のおかげです!」

 

「今年は子供達に新しい服を買えました!」

 

「本当にありがとうございます!」

 

領民達は皆笑顔だった。

 

その光景を見ても。

 

私は特別な感情は抱かなかった。

 

(当然の結果ですね。)

 

(効率的に進めれば、こうなります。)

 

それだけだった。

 

◇

 

数年後。

 

領地改革は完全に軌道へ乗っていた。

 

もはや。

 

私が常に指示を出さなくとも。

 

役人達だけで十分に回る。

 

すると。

 

今度は王都から呼び出しが来るようになった。

 

「王都から?」

 

「うむ。」

 

父が嬉しそうに手紙を差し出す。

 

「お前の領地経営の手腕を見込んで、王城で意見を聞きたいそうだ。」

 

それ以来。

 

私は隔月で王都へ赴くようになった。

 

王城では。

 

文官達が次々と質問してくる。

 

「この税制についてはどう思われますか?」

 

「新しい街道整備についてご意見を。」

 

「隣国との交易政策ですが……。」

 

私は一つ一つ答えた。

 

最も効率的な答えを。

 

感情ではなく。

 

数字と理論に基づいて。

 

気付けば。

 

年上の文官達ですら。

 

私の意見を求めるようになっていた。

 

◇

 

そして。

 

私が十四歳になった頃。

 

屋敷へ一通の手紙が届く。

 

王家の紋章。

 

王命だった。

 

父が慌てて駆け寄る。

 

「ユリウス!」

 

「王命だぞ!」

 

私は封を切る。

 

静かに内容へ目を通した。

 

⸻

 

『ユリウス・ベルン。』

 

『先日、勇者が現れた。』

 

『そなたの麒麟児としての才覚を高く評価している。』

 

『王命により、勇者一行の補佐を命ずる。』

 

『至急、王城へ登城されたし。』

 

――アストリア国王

アルフレッド

 

⸻

 

「……なるほど。」

 

父は目を輝かせる。

 

「なんと書いてあった!?」

 

「王城へ登城せよ、とのことです。」

 

「おお!」

 

「ならば私も新しいコートを仕立てなければ!」

 

私は眼鏡を押し上げた。

 

「父上。」

 

「なんだ?」

 

「手紙には私しか呼ばれていません。」

 

「勝手について来られると失礼に当たります。」

 

「うっ……。」

 

父は言葉を詰まらせる。

 

「いやしかし!」

 

「親というものは子についていくもので……。」

 

私は無言で父を見つめた。

 

「…………。」

 

「…………。」

 

父は視線を逸らす。

 

「……わ、分かった。」

 

「それで結構です。」

 

屋敷の使用人達は苦笑した。

 

最近では。

 

当主である父ですら。

 

ユリウスの言葉には逆らえなくなっていた。

 

◇

 

数日後。

 

王城。

 

謁見の間。

 

国王アルフレッドが私を見る。

 

「よく来てくれた。」

 

「は。」

 

「勇者はまだ幼い。」

 

「聖女もまた同じ。」

 

「彼らには導く者が必要だ。」

 

私は静かに頷く。

 

「そこで。」

 

国王はゆっくり立ち上がった。

 

「今日この日より。」

 

「ユリウス・ベルン。」

 

「そなたへ『賢者』の称号を授ける。」

 

謁見の間が静まり返る。

 

「王命である。」

 

「勇者一行を支えよ。」

 

「そして、その知恵を遺憾なく発揮し、この国を救ってほしい。」

 

私は一礼した。

 

「謹んで拝命いたします。」

 

周囲から拍手が起こる。

 

こうして。

 

王国中で『麒麟児』と呼ばれていた少年は。

 

正式に。

 

『賢者』となった。

 

◇

 

(さて。)

 

勇者。

 

聖女。

 

王国。

 

教会。

 

頭の中では。

 

既に幾つもの可能性を計算していた。

 

(勇者が現れたなら。)

 

(聖女も必ず同行する。)

 

(教会が聖女を手放すはずがない。)

 

(つまり。)

 

(教会という巨大な組織が、そのまま付いてくる。)

 

私は静かに目を閉じる。

 

(面倒ですね。)

 

(利害関係も増えるでしょう。)

 

(ですが。)

 

(王命です。)

 

(命じられた以上、最も効率の良い方法で任務を遂行するだけです。)

 

既に。

 

私の頭の中では。

 

勇者一行を運用するための計画が、幾通りも組み上がっていた。

 

誰よりも知を求めた少年は。

 

こうして。

 

王国を支える賢者として。

 

新たな一歩を踏み出したのだった。

 

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