異世界アイドル道   作:ちーばば

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第36話 幕間 王女とのひと時

リリアーナ――いや、リリィと仲良くなってから。

 

王城で開かれる二人きりのお茶会は、すっかり恒例になっていた。

 

王女と大公爵家の嫡男。

 

本来なら堅苦しい時間になるはずなのに。

 

今では気を遣わず話せる、俺にとっても楽しみな時間になっている。

 

「ねえ、アルト。」

 

「うん? どうしたの、リリィ?」

 

俺は紅茶を一口飲み、目の前に置かれたケーキをもぐもぐと頬張る。

 

……うまい。

 

ふわっとしたスポンジに、甘すぎないクリーム。

 

口の中でほどける感じがたまらない。

 

(この苺もいい仕事してるな……)

 

そんなことを考えながら、幸せな気分でケーキに思いを馳せていると。

 

「前から少し気になっていたのだけれど。」

 

「んー?」

 

もぐもぐしながら適当に相槌を打つ。

 

リリィは俺の手元をじっと見つめながら言った。

 

「貴方のテーブルマナー、中途半端なのよね。」

 

「ぶふっ!」

 

思わず紅茶を吹きそうになった。

 

「げほっ……えぇ!?」

 

「基本はちゃんと出来ているの。」

 

「でも、所々おかしいのよ。」

 

「フォークの持ち方とか。」

 

「ナイフの使い方とか。」

 

「姿勢も時々崩れるし。」

 

「え、そうなの?」

 

「ええ。」

 

リリィは真剣な顔で頷く。

 

「ルミナス大公爵家では、マナーもしっかり教わっているのでしょう?」

 

「うーん……。」

 

俺はフォークを持ったまま首を傾げる。

 

(そういえば……。)

 

前世の記憶を思い出す前までは、家庭教師に教わっていたような気がする。

 

でも。

 

記憶を取り戻してからは、

 

朝は父様との剣術。

 

午後は母様との魔法。

 

夕方はライブ。

 

空いた時間は歌や踊りの練習。

 

完全にそっちへ時間を使っていた。

 

(……やった記憶がない。)

 

「貴方、もしかして……。」

 

リリィが半目になる。

 

俺はケーキを飲み込みながら苦笑いした。

 

「あはは……。」

 

「笑って誤魔化さない。」

 

じとーっ。

 

「すみません。」

 

素直に頭を下げる。

 

「もう。」

 

リリィは小さくため息をついた。

 

「私達も、もうすぐ王立学園へ入学するでしょう?」

 

「うん。」

 

「学園では貴族も平民も、一応同じ教室で学ぶことになるわ。」

 

「貴族として恥ずかしくない振る舞いは身につけておかないと。」

 

「確かに。」

 

そこは完全に俺が悪い。

 

ライブばかり考えていて、貴族として必要な教養を後回しにしていた。

 

「もし良ければ。」

 

リリィが少し嬉しそうに微笑む。

 

「私のマナーの先生へお願いして、一緒に習わない?」

 

「えっ。」

 

「いいの?」

 

「もちろん。」

 

「先生も優秀な方だもの。」

 

「アルトもきっと気に入るわ。」

 

俺はぱっと顔を明るくした。

 

「じゃあお願いしようかな!」

 

「決まりね。」

 

リリィも嬉しそうに笑った。

 

 

数日後。

 

再び王城を訪れる。

 

「来たわね、アルト。」

 

「リリィ、今日はよろしく。」

 

「ええ。」

 

リリィは満足そうに頷く。

 

「それじゃあ、まずはこれに着替えて。」

 

そう言って差し出されたのは。

 

綺麗に畳まれた純白のドレスだった。

 

「…………。」

 

「…………。」

 

俺はドレスを見る。

 

もう一度見る。

 

そしてリリィを見る。

 

「……ねぇ、リリィ。」

 

「なぁに?」

 

「これは?」

 

「私のドレスだけど?」

 

「うん、それは分かる。」

 

「分かるんだけど。」

 

「何で僕が着るの?」

 

リリィは悪戯っぽく笑った。

 

「もちろん。」

 

「絶対面白いもの。」

 

「そんな理由!?」

 

「ほら、早く!」

 

「先生が来てしまうわ!」

 

「いやいやいや!」

 

抵抗する暇もなかった。

 

「アルト様、失礼いたします。」

 

王家のメイド達まで加勢してくる。

 

「右腕を失礼します。」

 

「左もお願いします。」

 

「ちょ、待っ――」

 

あれよあれよという間に。

 

俺は着替えさせられてしまった。

 

 

「できました。」

 

「アルト様、とってもお可愛らしいですよ。」

 

鏡の前へ立たされる。

 

そこに映っていたのは。

 

白を基調とした可憐なドレスを身にまとった、小柄な少女。

 

……少女?

 

「…………。」

 

俺だ。

 

どう見ても俺だった。

 

「うん。」

 

リリィは満足そうに頷く。

 

「やっぱり貴方、可愛いわね。」

 

「いや、可愛いって。」

 

「男なんだけど?」

 

「そこがいいのよ。」

 

「よくないよ!」

 

「でも。」

 

リリィは顎へ指を当てる。

 

「まだ上を目指せるわね。」

 

嫌な予感しかしない。

 

「メイド。」

 

「はい、お嬢様。」

 

「例の物を。」

 

「かしこまりました。」

 

数人のメイドが嬉しそうに箱を抱えて戻ってくる。

 

箱の中には。

 

紅。

 

化粧筆。

 

香油。

 

粉。

 

鏡。

 

「……ねぇ。」

 

「まさか。」

 

リリィは満面の笑みだった。

 

「そのまさかよ。」

 

「さあ、アルト。」

 

「覚悟はいいわね?」

 

「そんな覚悟した覚えないよ!?」

 

「いいから、いいから。」

 

「わっ!?」

 

俺は椅子へ座らされる。

 

「動かないでくださいね。」

 

「少しだけですよ。」

 

「目を閉じてください。」

 

二人がかり。

 

いや三人がかりで。

 

次々とメイクが施されていく。

 

「はい、少し上を向いて。」

 

「髪はこちらでまとめます。」

 

「前髪を少しだけ整えて……。」

 

「リボンはこちらですね。」

 

「もう少しだけ頬へ色を。」

 

「はい、完成です。」

 

「…………。」

 

恐る恐る鏡を見る。

 

そして。

 

俺は言葉を失った。

 

銀糸のように輝く髪。

 

雪のように白い肌。

 

ほんのりと色付いた頬。

 

宝石のように澄んだ碧眼。

 

長いまつ毛がその美しさを際立たせている。

 

そこにいたのは。

 

少年ではない。

 

まるで物語の中から抜け出してきた妖精のような、一人の令嬢だった。

 

「…………。」

 

俺です。

 

信じられないけど。

 

俺です。

 

リリィは思わず息を呑んだ。

 

「……貴方。」

 

「しっかりメイクすると反則ね。」

 

王家のメイドも胸へ手を当てる。

 

「お嬢様。」

 

「女性である私でも、思わず見惚れてしまうほどお美しいです。」

 

「そうでしょう?」

 

「ええ。」

 

二人はうっとりしている。

 

俺だけが。

 

「…………。」

 

シクシクシク。

 

静かに心の中で泣いていた。

 

その時だった。

 

コンコン。

 

「お嬢様。」

 

「マーサ先生がお見えになりました。」

 

部屋の外からメイドの声が響く。

 

「お通しして。」

 

「かしこまりました。」

 

ガチャリ。

 

ゆっくりと扉が開いた。

 

年配の女性が優雅な所作で一礼する。

 

「ごきげんよう、リリアーナ姫殿下。」

 

「ごきげんよう、マーサ先生。」

 

マーサ先生は、ふと俺へ視線を向けた。

 

「あら?」

 

「こちらの可愛らしいお嬢様は……?」

 

リリィは、何事もないような笑顔で答えた。

 

「先生。」

 

「以前お話ししたルミナス大公爵家のアルト様なのですが、急なご都合で来られなくなってしまいましたの。」

 

「そこで、折角ですので、ご親戚のアリア様に代わりにお越しいただきました。」

 

(ちょっ!?)

 

(誰!?)

 

(アリアって誰!?)

 

驚いてリリィを見る。

 

しかし。

 

リリィはにこやかな笑みを崩さない。

 

そのまま。

 

肘で俺をつついた。

 

(合わせなさい。)

 

その笑顔の裏から、確かな圧力が伝わってくる。

 

(はい……。)

 

俺は観念した。

 

「ア、アリアと申します。」

 

「よろしくお願いいたします、マーサ先生。」

 

マーサ先生は優しく微笑んだ。

 

「あらあら。」

 

「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。」

 

「本日はリリアーナ姫殿下とご一緒に、楽しく学んでまいりましょう。」

 

「はい……。」

 

(アルトとしてじゃなくて、アリアとしてだけどね……。)

 

 

「では、まずはテーブルマナーから参りましょう。」

 

マーサ先生は二人の前へ美しく食器を並べていく。

 

「貴族の食事は、お腹を満たすだけのものではありません。」

 

「所作一つ一つが、その人の品格を表します。」

 

俺とリリィは真剣に耳を傾ける。

 

「まずは姿勢です。」

 

「背筋を伸ばし。」

 

「肩の力は抜く。」

 

「肘は机へ乗せません。」

 

「はい。」

 

「はい。」

 

続いて。

 

ナイフ。

 

フォーク。

 

スプーン。

 

パンの取り方。

 

スープの飲み方。

 

紅茶のいただき方。

 

一つ一つ丁寧に教えてくれる。

 

「アリア様、とても飲み込みがお早いですね。」

 

「え?」

 

「一度申し上げたことを、すぐに実践できています。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

(いや、先生が教えるの上手なんだよなぁ。)

 

説明が分かりやすい。

 

理由まで丁寧に教えてくれるから、自然と頭へ入ってくる。

 

「ですが。」

 

マーサ先生は優しく微笑んだ。

 

「手首は、もう少し柔らかく。」

 

「淑女は優雅さも大切です。」

 

「はい。」

 

「そうです。」

 

「その調子ですよ。」

 

リリィが横でくすっと笑った。

 

「アリア様、とてもお上手ですわ。」

 

(絶対わざと言ってる……。)

 

 

午後になると。

 

今度は立ち居振る舞いの授業だった。

 

「歩く時は視線を真っ直ぐ。」

 

「裾を踏まないよう、小さく歩幅を。」

 

「お辞儀はこの角度です。」

 

「椅子へ座る時は、静かに。」

 

「立ち上がる時も慌てず。」

 

マーサ先生がお手本を見せる。

 

その動きは、まるで一つの舞のようだった。

 

「では、お二人も。」

 

「はい。」

 

リリィは慣れた様子でこなしていく。

 

俺も真似をする。

 

「素晴らしいです。」

 

「アリア様は姿勢がお綺麗ですね。」

 

「ありがとうございます。」

 

「ですが。」

 

「もっと指先まで意識すると、さらに美しくなりますよ。」

 

「はい!」

 

(……なんか、すごく褒められるな。)

 

気付けば。

 

俺は夢中になって授業を受けていた。

 

 

気が付けば夕方になっていた。

 

「本日はここまでです。」

 

マーサ先生は優雅に一礼する。

 

「お二人とも、大変よく頑張りました。」

 

「ありがとうございました。」

 

「ありがとうございました。」

 

マーサ先生が退室すると。

 

部屋には静寂が戻る。

 

そして。

 

リリィが堪えきれず吹き出した。

 

「ふふっ……。」

 

「アリア様。」

 

「もうやめて!」

 

「最後までその名前で呼ばないで!」

 

「だって。」

 

「本当に似合っていたんですもの。」

 

「似合わなくていいんだよ!」

 

「ふふふ。」

 

リリィは楽しそうだった。

 

本当に。

 

心の底から。

 

 

帰宅後。

 

「おかえり、アルト。」

 

父様と母様が笑顔で迎えてくれる。

 

「今日はリリアーナ様とマナーのお勉強だったのでしょう?」

 

母様が少し申し訳なさそうに笑った。

 

「アルトちゃんが毎日色々頑張っていたから。」

 

「マナーのお勉強、すっかり後回しになってしまっていたわね。」

 

「ごめんなさい。」

 

「いえ。」

 

「今日はしっかり学んできました。」

 

(アリアちゃんとしてだけど……。)

 

心の中でだけ付け加える。

 

父様が嬉しそうに頷いた。

 

「では見せてもらおう。」

 

「はい。」

 

母様は両手を握る。

 

「アルトちゃん、頑張って!」

 

「えぇ……。」

 

逃げられない。

 

覚悟を決める。

 

マーサ先生に教わった通り。

 

一礼。

 

歩き方。

 

椅子へ腰掛ける。

 

ティーカップを持つ。

 

紅茶をいただく。

 

全て丁寧に披露する。

 

静まり返る応接室。

 

やがて。

 

「おお……。」

 

父様が感心したように頷く。

 

「素晴らしい。」

 

「短期間とは思えん。」

 

母様も嬉しそうに拍手した。

 

「頑張ったわね、アルトちゃん!」

 

その時だった。

 

メイド長のリズが、そっと近寄ってくる。

 

「坊ちゃま。」

 

小声だった。

 

「はい?」

 

「大変申し上げにくいのですが……。」

 

「?」

 

「全て。」

 

「完璧でございます。」

 

「……はい。」

 

「ですが。」

 

「歩き方。」

 

「座り方。」

 

「ティーカップの持ち方。」

 

「視線。」

 

「指先。」

 

「全て、淑女としての作法になっております。」

 

「…………。」

 

一瞬。

 

時が止まる。

 

そして。

 

「ですよねぇぇぇぇぇーーーっ!!」

 

俺の悲鳴が屋敷中へ響き渡った。

 

父様は思わず吹き出し。

 

母様はお腹を抱えて笑っている。

 

「ふふっ!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「でもアルトちゃん、本当にお嬢様みたいよ!」

 

「笑い事じゃないよ、母様!」

 

 

結局。

 

その後もう一度。

 

今度はアルトとして、マーサ先生から正式に男性貴族の作法を学び直すことになった。

 

……そして。

 

それとは別に。

 

リリィとのお茶会には、新たな『お約束』が増えてしまった。

 

「アルト!」

 

「今日はこのドレスを着てみましょう!」

 

「こちらのお色もお似合いになります!」

 

「髪型も変えてみませんか?」

 

「逃がしませんよ、アルト様。」

 

「やだぁぁぁぁーーーっ!!」

 

今日もまた。

 

王城には。

 

一人の少年の悲鳴と。

 

王女とメイド達の楽しそうな笑い声が、いつまでも響き渡るのだった。

 

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