異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~   作:ちーばば

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第38話 幕間 魔王 ― 守る者達

戦争は終わらない。

 

人族と魔族。

 

長きに渡る争いは、今日もなお続いていた。

 

◇

 

北方戦線――。

 

王国軍最前線。

 

「前へ!」

 

「押し返せぇぇぇ!!」

 

怒号が響く。

 

剣と剣が激しくぶつかり合う。

 

火球が飛び交い。

 

雷が大地を裂き。

 

氷槍が兵士達を貫く。

 

爆風で吹き飛ばされた兵士が地面を転がる。

 

「衛生兵!」

 

「誰か来てくれ!」

 

血に染まった鎧。

 

折れた剣。

 

焼け焦げた旗。

 

辺りには焦げ臭い匂いが充満していた。

 

「くっ……!」

 

若い騎士が仲間を庇って盾を構える。

 

しかし。

 

次の瞬間。

 

巨大な火球が直撃した。

 

轟音。

 

土煙。

 

騎士の姿は煙の中へ消える。

 

「隊長ぉぉぉ!!」

 

叫び声が響いた。

 

それでも。

 

誰も立ち止まれない。

 

止まれば死ぬ。

 

前へ進まなければ。

 

守るべき故郷へ敵が辿り着く。

 

だから。

 

誰もが恐怖を押し殺し、剣を振るう。

 

◇

 

その少し後方。

 

焼け落ちた村。

 

家々は崩れ。

 

煙が立ち昇っていた。

 

母親が幼い子供を抱き締める。

 

「大丈夫よ……。」

 

「もう少しだから……。」

 

涙を堪えながら歩く。

 

父親は最後尾で剣を握る。

 

震える足。

 

それでも立ち止まらない。

 

家族だけは。

 

何としてでも生かしたい。

 

その一心だった。

 

◇

 

戦場では。

 

名も無き兵士達が。

 

今日も命を落としていく。

 

英雄ではない。

 

勇者でもない。

 

誰かの父。

 

誰かの息子。

 

誰かの夫。

 

そんな人達が。

 

誰かを守るために戦っていた。

 

◇

 

そして――

 

戦争は。

 

人族だけのものではない。

 

◇

 

魔族領。

 

こちらもまた。

 

炎に包まれていた。

 

「避難を急げ!」

 

「子供達を先に!」

 

角を持つ兵士達が必死に叫ぶ。

 

人族と変わらぬ家々。

 

人族と変わらぬ町並み。

 

違うのは。

 

額に角があることだけ。

 

それ以外は。

 

人族と何も変わらない。

 

泣き叫ぶ子供。

 

家族を抱き締める母親。

 

負傷者を運ぶ兵士。

 

全てが。

 

人族側と同じだった。

 

「父さん!」

 

幼い少女が泣きながら叫ぶ。

 

角を持つ兵士が振り返る。

 

「来るな!」

 

その瞬間。

 

飛来した魔法が地面を抉る。

 

轟音。

 

爆風。

 

兵士は咄嗟に娘を突き飛ばした。

 

母親が少女を抱き締める。

 

「逃げなさい!」

 

「でも、お父さんが!」

 

「早く!」

 

少女は涙を流しながら走り去る。

 

兵士は安心したように笑った。

 

「……それでいい。」

 

ゆっくりと剣を構える。

 

背後には。

 

守るべき家族がいる。

 

だから退けない。

 

その想いは。

 

人族と何一つ変わらなかった。

 

◇

 

やがて角笛が鳴る。

 

撤退の合図。

 

双方の軍はゆっくり距離を取る。

 

戦場には。

 

無数の亡骸だけが残された。

 

人族。

 

魔族。

 

倒れている者達に。

 

違いなどなかった。

 

誰もが。

 

守りたい誰かのために戦い。

 

命を落としただけだった。

 

◇

 

数日後。

 

魔王城。

 

静かな謁見の間。

 

一人の男が玉座へ腰掛けていた。

 

歴代魔王。

 

幾度もの戦を潜り抜け。

 

幾度も民を守ってきた王。

 

その表情は穏やかだった。

 

「……報告を。」

 

側近が跪く。

 

「北方戦線。」

 

「辛くも防衛に成功しました。」

 

「ですが……。」

 

言葉が止まる。

 

魔王は静かに促す。

 

「構わぬ。」

 

「申せ。」

 

「我が軍の死者、二百四十三名。」

 

「負傷者、七百八十名。」

 

「民間人にも多数の被害が出ております。」

 

部屋は静まり返る。

 

誰も口を開かない。

 

魔王は静かに目を閉じた。

 

「……そうか。」

 

長い沈黙。

 

そして。

 

ゆっくりと口を開く。

 

「戦死者の家族には十分な補償を。」

 

「負傷者は最優先で治療せよ。」

 

「住む場所を失った民には城の備蓄を開放する。」

 

「子供達へ食料を優先的に回せ。」

 

「はっ!」

 

命令は。

 

軍備ではない。

 

報復でもない。

 

民を守るためのものだった。

 

◇

 

魔王は玉座から立ち上がる。

 

大きな窓から見える魔族領を静かに見つめた。

 

「……今日も。」

 

「守れなかった命がある。」

 

その声は。

 

どこまでも寂しかった。

 

◇

 

その時だった。

 

一人の側近が慌ただしく謁見の間へ駆け込んできた。

 

「魔王様!」

 

「王都に潜伏していた同胞より急報です!」

 

魔王は静かに振り返る。

 

「申せ。」

 

側近は深く頭を下げた。

 

「人族に――」

 

「勇者が現れました。」

 

謁見の間の空気が変わる。

 

側近達が息を呑む。

 

しかし。

 

魔王だけは驚かなかった。

 

「……そうか。」

 

静かに頷く。

 

「ついに現れたか。」

 

焦りはない。

 

ただ。

 

時代の流れを受け入れるような静けさだけがあった。

 

しばらくして。

 

魔王はゆっくりと振り返る。

 

謁見の間の奥。

 

そこには。

 

一つの小さな人影が静かに立っていた。

 

まだ幼い。

 

その額には。

 

小さな角。

 

魔王は優しく微笑む。

 

「我らも。」

 

「次の時代へ進まねばならぬな。」

 

静かな声だった。

 

「……来なさい。」

 

その小さな影が。

 

一歩だけ前へ出る。

 

「人族に勇者が現れた。」

 

「ならば。」

 

「魔族にも。」

 

魔王は優しく語り掛けた。

 

「そなたが、次代の魔王だ。」

 

その言葉にも。

 

重圧はなかった。

 

期待だけでもなかった。

 

ただ。

 

未来を託す者の優しさだけがあった。

 

「よく覚えておきなさい。」

 

「人族は憎むべき存在ではない。」

 

「向こうにも。」

 

「父がいる。」

 

「母がいる。」

 

「子がいる。」

 

「我らと何一つ変わらぬ。」

 

小さな影は静かに聞いている。

 

魔王は空を見上げた。

 

「だが。」

 

「我らが戦わねば。」

 

「今度は我らの民が涙を流す。」

 

「だから戦う。」

 

「憎しみのためではない。」

 

「守るために。」

 

静かな言葉が謁見の間へ響く。

 

その夜。

 

人族では勇者の誕生が祝福された。

 

そして同じ夜。

 

魔族では、新たな魔王へ静かに時代が託された。

 

まだ誰も知らない。

 

この長き戦争を終わらせるのは。

 

勇者でも。

 

聖女でも。

 

賢者でも。

 

魔王でもない。

 

一人の少年が届ける。

 

歌と笑顔であることを。

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