異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~ 作:ちーばば
戦争は終わらない。
人族と魔族。
長きに渡る争いは、今日もなお続いていた。
◇
北方戦線――。
王国軍最前線。
「前へ!」
「押し返せぇぇぇ!!」
怒号が響く。
剣と剣が激しくぶつかり合う。
火球が飛び交い。
雷が大地を裂き。
氷槍が兵士達を貫く。
爆風で吹き飛ばされた兵士が地面を転がる。
「衛生兵!」
「誰か来てくれ!」
血に染まった鎧。
折れた剣。
焼け焦げた旗。
辺りには焦げ臭い匂いが充満していた。
「くっ……!」
若い騎士が仲間を庇って盾を構える。
しかし。
次の瞬間。
巨大な火球が直撃した。
轟音。
土煙。
騎士の姿は煙の中へ消える。
「隊長ぉぉぉ!!」
叫び声が響いた。
それでも。
誰も立ち止まれない。
止まれば死ぬ。
前へ進まなければ。
守るべき故郷へ敵が辿り着く。
だから。
誰もが恐怖を押し殺し、剣を振るう。
◇
その少し後方。
焼け落ちた村。
家々は崩れ。
煙が立ち昇っていた。
母親が幼い子供を抱き締める。
「大丈夫よ……。」
「もう少しだから……。」
涙を堪えながら歩く。
父親は最後尾で剣を握る。
震える足。
それでも立ち止まらない。
家族だけは。
何としてでも生かしたい。
その一心だった。
◇
戦場では。
名も無き兵士達が。
今日も命を落としていく。
英雄ではない。
勇者でもない。
誰かの父。
誰かの息子。
誰かの夫。
そんな人達が。
誰かを守るために戦っていた。
◇
そして――
戦争は。
人族だけのものではない。
◇
魔族領。
こちらもまた。
炎に包まれていた。
「避難を急げ!」
「子供達を先に!」
角を持つ兵士達が必死に叫ぶ。
人族と変わらぬ家々。
人族と変わらぬ町並み。
違うのは。
額に角があることだけ。
それ以外は。
人族と何も変わらない。
泣き叫ぶ子供。
家族を抱き締める母親。
負傷者を運ぶ兵士。
全てが。
人族側と同じだった。
「父さん!」
幼い少女が泣きながら叫ぶ。
角を持つ兵士が振り返る。
「来るな!」
その瞬間。
飛来した魔法が地面を抉る。
轟音。
爆風。
兵士は咄嗟に娘を突き飛ばした。
母親が少女を抱き締める。
「逃げなさい!」
「でも、お父さんが!」
「早く!」
少女は涙を流しながら走り去る。
兵士は安心したように笑った。
「……それでいい。」
ゆっくりと剣を構える。
背後には。
守るべき家族がいる。
だから退けない。
その想いは。
人族と何一つ変わらなかった。
◇
やがて角笛が鳴る。
撤退の合図。
双方の軍はゆっくり距離を取る。
戦場には。
無数の亡骸だけが残された。
人族。
魔族。
倒れている者達に。
違いなどなかった。
誰もが。
守りたい誰かのために戦い。
命を落としただけだった。
◇
数日後。
魔王城。
静かな謁見の間。
一人の男が玉座へ腰掛けていた。
歴代魔王。
幾度もの戦を潜り抜け。
幾度も民を守ってきた王。
その表情は穏やかだった。
「……報告を。」
側近が跪く。
「北方戦線。」
「辛くも防衛に成功しました。」
「ですが……。」
言葉が止まる。
魔王は静かに促す。
「構わぬ。」
「申せ。」
「我が軍の死者、二百四十三名。」
「負傷者、七百八十名。」
「民間人にも多数の被害が出ております。」
部屋は静まり返る。
誰も口を開かない。
魔王は静かに目を閉じた。
「……そうか。」
長い沈黙。
そして。
ゆっくりと口を開く。
「戦死者の家族には十分な補償を。」
「負傷者は最優先で治療せよ。」
「住む場所を失った民には城の備蓄を開放する。」
「子供達へ食料を優先的に回せ。」
「はっ!」
命令は。
軍備ではない。
報復でもない。
民を守るためのものだった。
◇
魔王は玉座から立ち上がる。
大きな窓から見える魔族領を静かに見つめた。
「……今日も。」
「守れなかった命がある。」
その声は。
どこまでも寂しかった。
◇
その時だった。
一人の側近が慌ただしく謁見の間へ駆け込んできた。
「魔王様!」
「王都に潜伏していた同胞より急報です!」
魔王は静かに振り返る。
「申せ。」
側近は深く頭を下げた。
「人族に――」
「勇者が現れました。」
謁見の間の空気が変わる。
側近達が息を呑む。
しかし。
魔王だけは驚かなかった。
「……そうか。」
静かに頷く。
「ついに現れたか。」
焦りはない。
ただ。
時代の流れを受け入れるような静けさだけがあった。
しばらくして。
魔王はゆっくりと振り返る。
謁見の間の奥。
そこには。
一つの小さな人影が静かに立っていた。
まだ幼い。
その額には。
小さな角。
魔王は優しく微笑む。
「我らも。」
「次の時代へ進まねばならぬな。」
静かな声だった。
「……来なさい。」
その小さな影が。
一歩だけ前へ出る。
「人族に勇者が現れた。」
「ならば。」
「魔族にも。」
魔王は優しく語り掛けた。
「そなたが、次代の魔王だ。」
その言葉にも。
重圧はなかった。
期待だけでもなかった。
ただ。
未来を託す者の優しさだけがあった。
「よく覚えておきなさい。」
「人族は憎むべき存在ではない。」
「向こうにも。」
「父がいる。」
「母がいる。」
「子がいる。」
「我らと何一つ変わらぬ。」
小さな影は静かに聞いている。
魔王は空を見上げた。
「だが。」
「我らが戦わねば。」
「今度は我らの民が涙を流す。」
「だから戦う。」
「憎しみのためではない。」
「守るために。」
静かな言葉が謁見の間へ響く。
その夜。
人族では勇者の誕生が祝福された。
そして同じ夜。
魔族では、新たな魔王へ静かに時代が託された。
まだ誰も知らない。
この長き戦争を終わらせるのは。
勇者でも。
聖女でも。
賢者でも。
魔王でもない。
一人の少年が届ける。
歌と笑顔であることを。