異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~   作:ちーばば

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第38話 幕間 魔王 ― 守る者達

戦争は終わらない。

 

人族と魔族。

 

長きに渡る争いは、今日もなお続いていた。

 

 

北方戦線――。

 

王国軍最前線。

 

「前へ!」

 

「押し返せぇぇぇ!!」

 

怒号が響く。

 

剣と剣が激しくぶつかり合う。

 

火球が飛び交い。

 

雷が大地を裂き。

 

氷槍が兵士達を貫く。

 

爆風で吹き飛ばされた兵士が地面を転がる。

 

「衛生兵!」

 

「誰か来てくれ!」

 

血に染まった鎧。

 

折れた剣。

 

焼け焦げた旗。

 

辺りには焦げ臭い匂いが充満していた。

 

「くっ……!」

 

若い騎士が仲間を庇って盾を構える。

 

しかし。

 

次の瞬間。

 

巨大な火球が直撃した。

 

轟音。

 

土煙。

 

騎士の姿は煙の中へ消える。

 

「隊長ぉぉぉ!!」

 

叫び声が響いた。

 

それでも。

 

誰も立ち止まれない。

 

止まれば死ぬ。

 

前へ進まなければ。

 

守るべき故郷へ敵が辿り着く。

 

だから。

 

誰もが恐怖を押し殺し、剣を振るう。

 

 

その少し後方。

 

焼け落ちた村。

 

家々は崩れ。

 

煙が立ち昇っていた。

 

母親が幼い子供を抱き締める。

 

「大丈夫よ……。」

 

「もう少しだから……。」

 

涙を堪えながら歩く。

 

父親は最後尾で剣を握る。

 

震える足。

 

それでも立ち止まらない。

 

家族だけは。

 

何としてでも生かしたい。

 

その一心だった。

 

 

戦場では。

 

名も無き兵士達が。

 

今日も命を落としていく。

 

英雄ではない。

 

勇者でもない。

 

誰かの父。

 

誰かの息子。

 

誰かの夫。

 

そんな人達が。

 

誰かを守るために戦っていた。

 

 

そして――

 

戦争は。

 

人族だけのものではない。

 

 

魔族領。

 

こちらもまた。

 

炎に包まれていた。

 

「避難を急げ!」

 

「子供達を先に!」

 

角を持つ兵士達が必死に叫ぶ。

 

人族と変わらぬ家々。

 

人族と変わらぬ町並み。

 

違うのは。

 

額に角があることだけ。

 

それ以外は。

 

人族と何も変わらない。

 

泣き叫ぶ子供。

 

家族を抱き締める母親。

 

負傷者を運ぶ兵士。

 

全てが。

 

人族側と同じだった。

 

「父さん!」

 

幼い少女が泣きながら叫ぶ。

 

角を持つ兵士が振り返る。

 

「来るな!」

 

その瞬間。

 

飛来した魔法が地面を抉る。

 

轟音。

 

爆風。

 

兵士は咄嗟に娘を突き飛ばした。

 

母親が少女を抱き締める。

 

「逃げなさい!」

 

「でも、お父さんが!」

 

「早く!」

 

少女は涙を流しながら走り去る。

 

兵士は安心したように笑った。

 

「……それでいい。」

 

ゆっくりと剣を構える。

 

背後には。

 

守るべき家族がいる。

 

だから退けない。

 

その想いは。

 

人族と何一つ変わらなかった。

 

 

やがて角笛が鳴る。

 

撤退の合図。

 

双方の軍はゆっくり距離を取る。

 

戦場には。

 

無数の亡骸だけが残された。

 

人族。

 

魔族。

 

倒れている者達に。

 

違いなどなかった。

 

誰もが。

 

守りたい誰かのために戦い。

 

命を落としただけだった。

 

 

数日後。

 

魔王城。

 

静かな謁見の間。

 

一人の男が玉座へ腰掛けていた。

 

歴代魔王。

 

幾度もの戦を潜り抜け。

 

幾度も民を守ってきた王。

 

その表情は穏やかだった。

 

「……報告を。」

 

側近が跪く。

 

「北方戦線。」

 

「辛くも防衛に成功しました。」

 

「ですが……。」

 

言葉が止まる。

 

魔王は静かに促す。

 

「構わぬ。」

 

「申せ。」

 

「我が軍の死者、二百四十三名。」

 

「負傷者、七百八十名。」

 

「民間人にも多数の被害が出ております。」

 

部屋は静まり返る。

 

誰も口を開かない。

 

魔王は静かに目を閉じた。

 

「……そうか。」

 

長い沈黙。

 

そして。

 

ゆっくりと口を開く。

 

「戦死者の家族には十分な補償を。」

 

「負傷者は最優先で治療せよ。」

 

「住む場所を失った民には城の備蓄を開放する。」

 

「子供達へ食料を優先的に回せ。」

 

「はっ!」

 

命令は。

 

軍備ではない。

 

報復でもない。

 

民を守るためのものだった。

 

 

魔王は玉座から立ち上がる。

 

大きな窓から見える魔族領を静かに見つめた。

 

「……今日も。」

 

「守れなかった命がある。」

 

その声は。

 

どこまでも寂しかった。

 

 

その時だった。

 

一人の側近が慌ただしく謁見の間へ駆け込んできた。

 

「魔王様!」

 

「王都に潜伏していた同胞より急報です!」

 

魔王は静かに振り返る。

 

「申せ。」

 

側近は深く頭を下げた。

 

「人族に――」

 

「勇者が現れました。」

 

謁見の間の空気が変わる。

 

側近達が息を呑む。

 

しかし。

 

魔王だけは驚かなかった。

 

「……そうか。」

 

静かに頷く。

 

「ついに現れたか。」

 

焦りはない。

 

ただ。

 

時代の流れを受け入れるような静けさだけがあった。

 

しばらくして。

 

魔王はゆっくりと振り返る。

 

謁見の間の奥。

 

そこには。

 

一つの小さな人影が静かに立っていた。

 

まだ幼い。

 

その額には。

 

小さな角。

 

魔王は優しく微笑む。

 

「我らも。」

 

「次の時代へ進まねばならぬな。」

 

静かな声だった。

 

「……来なさい。」

 

その小さな影が。

 

一歩だけ前へ出る。

 

「人族に勇者が現れた。」

 

「ならば。」

 

「魔族にも。」

 

魔王は優しく語り掛けた。

 

「そなたが、次代の魔王だ。」

 

その言葉にも。

 

重圧はなかった。

 

期待だけでもなかった。

 

ただ。

 

未来を託す者の優しさだけがあった。

 

「よく覚えておきなさい。」

 

「人族は憎むべき存在ではない。」

 

「向こうにも。」

 

「父がいる。」

 

「母がいる。」

 

「子がいる。」

 

「我らと何一つ変わらぬ。」

 

小さな影は静かに聞いている。

 

魔王は空を見上げた。

 

「だが。」

 

「我らが戦わねば。」

 

「今度は我らの民が涙を流す。」

 

「だから戦う。」

 

「憎しみのためではない。」

 

「守るために。」

 

静かな言葉が謁見の間へ響く。

 

その夜。

 

人族では勇者の誕生が祝福された。

 

そして同じ夜。

 

魔族では、新たな魔王へ静かに時代が託された。

 

まだ誰も知らない。

 

この長き戦争を終わらせるのは。

 

勇者でも。

 

聖女でも。

 

賢者でも。

 

魔王でもない。

 

一人の少年が届ける。

 

歌と笑顔であることを。

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