異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~   作:ちーばば

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第39話 学園編 王立学園入学

アルトが十歳になった春。

 

ついに、その日がやってきた。

 

王立学園への入学の日だ。

 

王立学園。

 

アストリア王国最高峰の教育機関であり、王国中の貴族の子供達が十歳になると通い始める学び舎。

 

平民であっても、厳しい入学試験を突破すれば通うことができる。

 

身分にかかわらず、等しく学ぶ機会が与えられる場所。

 

……というのが、王立学園の建前だ。

 

実際には、貴族と平民の間にある身分の差まで消えるわけではない。

 

全寮制ではあるものの、与えられる部屋の広さや設備は家格によって異なり、貴族であれば二、三人ほどの使用人を連れて入寮することも認められている。

 

平等なのは、あくまで学ぶ権利。

 

その先にある生活まで同じというわけではないらしい。

 

その辺りは、やはり貴族社会ということなのだろう。

 

そして、ルミナス大公爵家の嫡男である俺も。

 

二人のメイドと共に、今日から王立学園の寮へ入ることになっていた。

 

 

屋敷の玄関前。

 

荷物を積み終えた馬車が、出発の時を待っている。

 

父様と母様。

 

メイド長のリズ。

 

そして屋敷で働く使用人達が、俺を見送るために集まってくれていた。

 

新しい生活への期待で胸が高鳴る。

 

……はずだったのだが。

 

「うぅぅぅ……。」

 

「アルトちゃぁぁぁん……!」

 

目の前では、母様が朝から大号泣していた。

 

「母様。」

 

「そんなに泣かないでください。」

 

「週末になれば帰って来られますから。」

 

王都までは馬車で二時間ほど。

 

決して気軽な距離ではないが、週末に帰省することは十分可能だ。

 

しかし、母様の涙は止まらない。

 

「でもぉ……。」

 

「今日から毎日、アルトちゃんの顔を見られないのよぉ……。」

 

「朝も一緒に食事ができないし……。」

 

「おやすみなさいも言えないし……。」

 

「うぅぅ……寂しいわぁ……。」

 

母様は俺の身体をぎゅっと抱き締める。

 

苦しい。

 

ちょっとだけ苦しい。

 

けれど。

 

それだけ俺との別れを寂しがってくれているのだと思うと、嫌な気持ちはしなかった。

 

「母様。」

 

「僕も寂しいです。」

 

「でも、学園でしっかり勉強してきますから。」

 

「うぅ……。」

 

母様は涙に濡れた顔を上げる。

 

「本当に、毎週帰ってきてくれる?」

 

「できる限りは。」

 

「絶対よ?」

 

「約束です。」

 

俺が笑いかけると、母様はようやく少しだけ表情を和らげた。

 

「セレスティア。」

 

父様が母様の肩へそっと手を置く。

 

「アルトも困っている。」

 

「分かっているわ。」

 

「分かっているのだけれど……。」

 

母様は名残惜しそうに、もう一度俺を抱き締めた。

 

「アルトちゃん。」

 

「身体には気を付けるのよ。」

 

「食事はきちんと取って。」

 

「夜更かしも駄目。」

 

「無理な魔法の練習も禁止よ。」

 

「はい、母様。」

 

「それから――」

 

「セレスティア。」

 

父様が苦笑しながら止める。

 

このままでは、日が暮れるまで出発できそうにない。

 

母様を宥めた父様は、改めて俺へ向き直った。

 

「アルト。」

 

「はい、父様。」

 

「王立学園には、王国中から多くの者が集まる。」

 

「剣や魔法だけではない。」

 

「礼儀や学問。」

 

「そして、人との関わり方も学んでくるといい。」

 

父様は俺の肩へ手を置いた。

 

「困ったことがあれば、一人で抱え込むな。」

 

「お前には家族がいる。」

 

「離れていても、それは変わらん。」

 

「……はい。」

 

胸の奥が、じんわりと温かくなる。

 

「しっかり学んできます。」

 

「もちろん、楽しむことも忘れるな。」

 

父様は穏やかに笑った。

 

「行ってこい、アルト。」

 

「はい!」

 

「行ってまいります、父様!」

 

 

少し離れた場所では、リズが二人のメイドを前に立たせていた。

 

「エマ。」

 

「リナ。」

 

「はい。」

 

「はいっ!」

 

名前を呼ばれた二人が、揃って背筋を伸ばす。

 

エマは十八歳。

 

リズの右腕とも呼ばれるほど優秀なメイドで、何事にも冷静に対応する万能型。

 

屋敷内でも厚い信頼を得ており、今回の同行者として真っ先にリズから推薦された人物だ。

 

リナは十六歳。

 

明るく人懐っこい性格で、屋敷の雰囲気をいつも盛り上げているムードメーカー。

 

そして、ライブとなれば誰よりも大きな声で熱狂する古参ファンでもある。

 

今回の同行も。

 

『坊ちゃまと一緒に王都へ行きたいです!』

 

と、誰よりも熱く立候補したらしい。

 

リズは二人を真っ直ぐに見つめた。

 

「今日から貴女達には、王立学園でアルト坊ちゃまのお側に仕えていただきます。」

 

「坊ちゃまは大変優秀なお方です。」

 

「ですが、剣術や魔法……特にライブのこととなると、周囲が見えなくなることがあります。」

 

「生活面では、貴女達がしっかりお支えしてください。」

 

「お任せください。」

 

エマが落ち着いた声で答え、深く一礼する。

 

「アルト坊ちゃまが学園生活に集中できるよう、誠心誠意お仕えいたします。」

 

「私も頑張ります!」

 

リナも勢いよく胸へ手を当てた。

 

「坊ちゃまのお世話も!」

 

「ライブのお手伝いも!」

 

「王都で美味しいお菓子を探すのも!」

 

「全部お任せください!」

 

「最後のものは、お仕事ではありませんよ。」

 

エマが冷静に指摘する。

 

「えへへ。」

 

「でも、坊ちゃまも甘い物がお好きでしょう?」

 

「それは否定できないけど……。」

 

俺が苦笑すると、リズが小さく息を吐いた。

 

「リナ。」

 

「浮かれる気持ちは分かりますが、王立学園は遊びに行く場所ではありません。」

 

「はい!」

 

「気を引き締めます!」

 

返事だけは完璧だった。

 

リズは少しだけ不安そうにリナを見つめた後、改めて二人へ告げる。

 

「くれぐれも。」

 

「アルト坊ちゃまのことを、よろしくお願いいたします。」

 

その声には、メイド長としての厳しさと。

 

俺が生まれた頃から見守ってくれたリズ自身の心配が滲んでいた。

 

「はい。」

 

「お任せください!」

 

二人が力強く答える。

 

俺も三人へ笑いかけた。

 

「エマ。」

 

「リナ。」

 

「これからよろしくね。」

 

「はい、アルト坊ちゃま。」

 

「よろしくお願いします、坊ちゃま!」

 

 

いよいよ出発の時が来た。

 

俺は馬車へ乗り込み、窓から屋敷の方を振り返る。

 

父様。

 

母様。

 

リズ。

 

そして、使用人のみんな。

 

長い間暮らしてきた屋敷の人達が、揃って手を振ってくれている。

 

「行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい、アルト!」

 

「アルトちゃぁぁぁん!」

 

「毎週帰ってくるのよぉぉぉ!」

 

「行ってらっしゃいませ、アルト坊ちゃま!」

 

母様の泣き声と。

 

みんなの温かな声に見送られながら。

 

馬車はゆっくりと屋敷を離れていった。

 

 

王都までの道のりは、およそ二時間。

 

馬車の窓から流れていく景色を眺めながら、俺はこれから始まる生活へ思いを馳せる。

 

王立学園。

 

これまでリリィに会うため、王都には何度も足を運んできた。

 

その途中で、学園の前を通ったことも一度や二度ではない。

 

高い外壁。

 

歴史を感じさせる石造りの校舎。

 

遠くからでも目に入る大きな時計塔。

 

前を通るたびに。

 

いつか自分もここへ通うのだと思っていた。

 

そして。

 

その日が、とうとうやってきたのだ。

 

(いよいよ学園生活か。)

 

前世でも学生生活は経験している。

 

けれど、あの頃はアイドルに出会うよりもずっと前。

 

特別な夢もなく。

 

何となく授業を受け。

 

何となく友人と過ごし。

 

気付けば卒業していた。

 

今思えば。

 

もっと色々なことを楽しんでおけばよかったと思う。

 

でも。

 

今世では違う。

 

剣術もある。

 

魔法もある。

 

リリィもいる。

 

そして。

 

世界初のアイドルを目指すという夢もある。

 

自然と胸が高鳴っていた。

 

 

やがて馬車が王都へ入り。

 

しばらく進んだ先に、王立学園の正門が見えてきた。

 

「うわぁ……。」

 

近付くにつれて、その大きさがはっきりと分かる。

 

何度も外から見てきたはずなのに。

 

実際に今日から通う場所だと思うと、今までとはまるで違って見えた。

 

「やっぱり大きいな……。」

 

広大な敷地。

 

立派な正門。

 

その奥に並ぶ、複数の校舎や寮。

 

整備された庭園。

 

剣術や魔法の訓練に使うと思われる広い演習場まで見える。

 

王国最高峰の教育機関。

 

そう呼ばれるのも納得だった。

 

「少し早めに出発して正解でしたね。」

 

向かいに座るエマが窓の外を確認する。

 

俺達が到着した直後。

 

一台。

 

また一台と。

 

家紋を掲げた豪華な馬車が、次々と正門前へ集まり始めた。

 

馬車から降りてくる、緊張した面持ちの子供達。

 

大勢の使用人を連れた高位貴族。

 

家族と別れを惜しむ者。

 

新しい生活への期待から、目を輝かせる者。

 

少し離れた場所には、家族と共に徒歩で訪れた平民らしい子供達の姿もあった。

 

立場も。

 

育った環境も。

 

きっと全く違う。

 

それでも。

 

ここにいる子供達は全員。

 

今日から同じ王立学園の新入生なのだ。

 

(みんな、緊張してるんだな。)

 

そう思うと。

 

俺の緊張も少しだけ和らいだ。

 

「アルト坊ちゃま。」

 

馬車を降りたところで、エマが書類を手に取る。

 

「私が入寮手続きを済ませてまいります。」

 

「お願い。」

 

「かしこまりました。」

 

エマは一礼すると、迷いのない足取りで受付へ向かっていく。

 

「坊ちゃま!」

 

一方のリナは、荷台から大きな鞄を二つ同時に抱え上げた。

 

「お荷物は私にお任せください!」

 

「それ、重くない?」

 

「全然平気です!」

 

「ライブで鍛えていますから!」

 

「ライブで荷物を持ち上げる場面、あったかな……。」

 

「気合いです!」

 

満面の笑みで言い切られてしまった。

 

何とも頼もしい。

 

 

入寮手続きを終えた後。

 

学園の職員に案内され、俺達は貴族用の学生寮へ向かった。

 

同じ敷地内にある建物だが。

 

平民用の寮や下級貴族用の寮とは、建物の造りからして違うらしい。

 

さらに同じ貴族用の寮でも、家格によって階層や部屋の広さが分けられている。

 

身分を問わず学べるとはいっても。

 

やはり、完全な平等というわけにはいかないようだ。

 

「こちらが、アルト・フォン・ルミナス様のお部屋になります。」

 

案内された扉を開ける。

 

そして。

 

俺は思わず足を止めた。

 

「……広い。」

 

学生寮。

 

そう聞いて想像していたものとは、随分違う。

 

前世の感覚で言えば。

 

寮というより、高級ホテルの一室だ。

 

大きな寝台。

 

勉強用の机と椅子。

 

本棚。

 

衣装棚。

 

来客を迎えるための応接用テーブルまで備えられている。

 

窓も大きく、春の日差しが部屋の中へ明るく差し込んでいた。

 

さらに。

 

主室の奥には、三つの扉が並んでいる。

 

一つは洗面や入浴に使う部屋。

 

残る二つは。

 

「こちらは、同行される使用人の方々の私室となっております。」

 

職員が説明しながら扉を開く。

 

それぞれに寝台と机。

 

小さな衣装棚も用意されている。

 

決して豪華ではないが、一人で生活するには十分な広さだ。

 

「エマとリナの部屋もあるんだ。」

 

「はい。」

 

「こちらで二十四時間、主人の身の回りをお世話できる造りとなっております。」

 

なるほど。

 

大公爵家の嫡男ともなると、この辺りの待遇も別格らしい。

 

「すごいですね!」

 

リナが自分の部屋を覗き込み、目を輝かせる。

 

「これなら坊ちゃまが夜中にライブをしたくなっても、すぐに駆け付けられます!」

 

「夜中にライブはしないよ。」

 

「してはいけません。」

 

俺とエマの声が重なった。

 

リナは少しだけ頬を膨らませる。

 

「冗談です。」

 

「半分くらいは。」

 

「半分は本気だったんだ……。」

 

 

職員が退室すると。

 

エマとリナは、早速荷解きを始めた。

 

エマは持参した荷物を一つずつ確認しながら、必要な物を適切な場所へ収めていく。

 

本棚には教本。

 

机には筆記用具。

 

衣装棚には制服や普段着。

 

無駄のない、見事な仕事ぶりだ。

 

一方のリナも、明るい性格に反して仕事は手際が良い。

 

衣類を素早く整え。

 

寝台を確認し。

 

持参した茶器や菓子まで、きちんと棚へ並べていく。

 

「リナ。」

 

「お菓子が少し多くありませんか?」

 

「成長期の坊ちゃまには、糖分が必要です!」

 

「持ってきた物の大半が、リナの好物に見えますが。」

 

「偶然です!」

 

二人のやり取りを眺めているうちに。

 

先ほどまで何もなかった部屋が、あっという間に生活できる空間へ変わっていった。

 

(さすがプロだな……。)

 

俺が手伝おうとしても。

 

『坊ちゃまはお休みください』

 

と二人に止められてしまったため。

 

仕方なく、窓辺へ移動する。

 

窓を開けると。

 

春の心地よい風が部屋の中へ吹き込んできた。

 

眼下には、広い中庭が見える。

 

新入生らしい子供達が、期待と不安の入り混じった顔で歩いている。

 

その向こうには。

 

これから通う校舎。

 

訓練場。

 

図書館。

 

まだ足を踏み入れていない場所が、いくつも広がっていた。

 

(今日から、ここで暮らすんだ。)

 

王立学園での新しい日々。

 

剣術。

 

魔法。

 

学問。

 

新しい友人。

 

そして。

 

王都でのアイドル活動。

 

忙しい毎日になるのは、間違いない。

 

それでも。

 

前世から数えれば。

 

これが、二度目の学生生活だ。

 

前世では何となく過ぎてしまった時間。

 

今度こそ。

 

勉強も。

 

友達も。

 

青春も。

 

全部、思いっきり楽しもう。

 

俺は窓から広がる学園を見渡し。

 

自然と笑みを浮かべた。

 

「よし。」

 

「頑張るぞ!」

 

明日は、入学式。

 

いよいよ。

 

俺の王立学園での生活が始まる。

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