異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~   作:ちーばば

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第41話 始まりの式典

リリィとの朝の紅茶を楽しんだ後。

 

俺は自室へと戻った。

 

部屋へ入ると、居間の食卓には、既に朝食が綺麗に並べられていた。

 

焼き立ての白パン。

 

ふわふわのチーズオムレツ。

 

香ばしく焼き上げられた厚切りベーコン。

 

色鮮やかな季節野菜のサラダ。

 

そして、湯気を立てる具沢山の野菜スープ。

 

食後の果物と、香り高い紅茶まで用意されている。

 

「お帰りなさいませ、坊ちゃま」

 

「お帰りなさいませ!」

 

エマとリナが揃って一礼した。

 

「ただいま」

 

「ありがとう。もう準備してくれてたんだね」

 

「はい」

 

エマが静かに頷く。

 

「坊ちゃまがお戻りになる頃に、温かい状態でお召し上がりいただけるよう、ご用意いたしました」

 

「へぇ……」

 

思わず感心する。

 

「これが寮の朝食か」

 

「本日の献立でございます」

 

「毎日、栄養のバランスを考えて献立が組まれているそうです」

 

「学生寮とは思えないね」

 

「さすがは王立学園でございます」

 

席へ着き、まずはスープを一口。

 

優しい味わいが、朝の身体へじんわりと染み渡っていく。

 

焼き立てのパンは表面が香ばしく、中はふんわり。

 

ベーコンも肉の旨味を残しながら、程よい塩加減に仕上げられている。

 

どれも丁寧に作られていることが、一口食べただけで分かった。

 

「……美味しい」

 

自然と笑みがこぼれる。

 

「これは毎朝楽しみになりそうだ」

 

「ですよね!」

 

リナが待ってましたとばかりに表情を輝かせた。

 

「私、さっき食堂の前に貼ってあった献立表を見てきたんです!」

 

「もうお昼の献立まで確認したの?」

 

「もちろんです!」

 

胸を張るようなことだろうか。

 

「今日のお昼はですね――」

 

リナが嬉しそうに指を折りながら数え始める。

 

「ハンバーグ!」

 

「じゃがいものポタージュ!」

 

「焼き立てパン!」

 

「それから、デザートはプリンです!」

 

そして、うっとりと頬へ手を添えた。

 

「楽しみですねぇ……」

 

「じゅるり」

 

今にも涎が垂れそうな顔である。

 

「リナ」

 

エマが呆れたようにため息をついた。

 

「まだ朝ですよ」

 

「お昼のことは、お昼になってから考えなさい」

 

「はーい」

 

返事だけは元気だった。

 

本当に分かっているのだろうか。

 

恐らく、頭の中は既にハンバーグとプリンでいっぱいだろう。

 

その様子が可笑しくて、思わず笑ってしまう。

 

(相変わらずだな)

 

緊張して迎えるはずだった入学初日の朝。

 

だけど二人がいつも通りに接してくれたおかげで、肩の力が抜けた気がした。

 

 

朝食を終え、王立学園の制服へ着替える。

 

白を基調としたシャツに、濃紺の上着。

 

胸元には王立学園の紋章が刺繍され、肩からは式典用のマントを羽織る。

 

鏡の前で身なりを整えると、後ろに立っていたエマが満足そうに頷いた。

 

「大変よくお似合いです」

 

「ありがとう」

 

「坊ちゃまなら、きっと素晴らしい学園生活を送られることでしょう」

 

そう言いながら、エマが最後にマントの乱れを丁寧に整えてくれる。

 

その隣では、リナが何度も力強く頷いていた。

 

「もう完璧です!」

 

「学園中の皆さんが、坊ちゃまから目を離せなくなりますよ!」

 

「勉強をする場所なんだけどな……」

 

「それはそれ、これはこれです!」

 

何がどう違うのかは分からない。

 

「それでは、坊ちゃま」

 

エマが一歩下がり、綺麗に一礼する。

 

「行ってらっしゃいませ」

 

「行ってらっしゃいませ!」

 

「うん、行ってきます」

 

二人に見送られ、俺は部屋を後にした。

 

 

学園職員の案内を受けながら、広大な敷地内を歩くこと数分。

 

目の前に現れたのは、王立学園で最も大きな建物――大講堂だった。

 

巨大な柱が立ち並ぶ、荘厳な石造りの建物。

 

その重厚な扉が、低い音を立てながらゆっくりと開かれる。

 

中へ入ると、既に大勢の新入生が席へ着いていた。

 

緊張した面持ちで背筋を伸ばしている者。

 

これから始まる学園生活への期待に胸を躍らせている者。

 

早くも友人ができたのか、隣同士で楽しそうに話している者。

 

表情は様々だ。

 

俺も指定された席を探していると。

 

「アルト」

 

聞き慣れた声に呼び止められた。

 

「あ、リリィ」

 

隣の席には、先ほど別れたばかりのリリィが座っていた。

 

「席が隣だったのね」

 

「みたいだね」

 

「また一緒ね」

 

「うん。よろしく」

 

「ええ、こちらこそ」

 

二人で軽く笑い合う。

 

その後も新入生達が次々と入場し、やがて大講堂の扉が閉じられた。

 

会場が静まり返り、王立学園の入学式が始まる。

 

学園長による祝辞。

 

王国や教会から招かれた来賓による挨拶。

 

厳かな空気の中、式は粛々と進んでいった。

 

「続きまして、新入生代表挨拶」

 

司会を務める教師の声が、広い大講堂へ響き渡る。

 

「新入生代表――リリアーナ・エル・アストリア殿下」

 

(リリィだったんだ)

 

一瞬だけ驚く。

 

けれど、すぐに納得した。

 

リリィは王族だから選ばれた、というだけではない。

 

幼い頃から王女としての教育を受け続け、勉学でも魔法でも、常に相応の努力を重ねてきた。

 

新入生代表に選ばれるだけの資格は、十分にある。

 

リリィは静かに立ち上がると、堂々と壇上へ向かった。

 

凛とした立ち姿。

 

洗練された美しい所作。

 

大講堂の隅々まで届く、透き通るような声。

 

その姿には、先ほどまで俺と紅茶を飲んでいた少女の面影はない。

 

そこに立っていたのは。

 

アストリア王国の第一王女――リリアーナ・エル・アストリアだった。

 

誰もが聞き入る、見事な挨拶。

 

最後まで一度も言葉を詰まらせることなく、新入生代表としての役目を終えた。

 

大きな拍手に包まれながら、リリィが席へ戻ってくる。

 

俺は小声で声を掛けた。

 

「さすがだったよ」

 

「完璧だった」

 

「……当然よ」

 

澄ました顔で答えるリリィ。

 

だけど、その耳だけがほんのりと赤くなっている。

 

(照れてる)

 

ちょっと可愛い。

 

「続きまして、在校生代表挨拶」

 

司会の言葉と共に、一人の女子生徒が壇上へ上がった。

 

背筋を伸ばした、凛とした立ち姿。

 

大勢の視線を浴びても揺らがない、堂々とした雰囲気。

 

胸元には、生徒会長であることを示す徽章が輝いている。

 

(あの人が、今の生徒会長か)

 

生徒会長が新入生へ向けて言葉を述べ始める。

 

その頃。

 

新入生席のあちこちから、小さな話し声が聞こえてきた。

 

「ねえ、勇者様に会えるかな?」

 

「この学園に在籍しているんでしょ?」

 

「聖女様も一緒にいるらしいよ」

 

「一度でいいから、近くで見てみたいなぁ」

 

期待に満ちた声。

 

特に平民出身の新入生達にとって、同じ平民から選ばれた勇者は、憧れの象徴なのだろう。

 

(そういえば)

 

(勇者も、この学園に在学してるんだっけ)

 

俺も知識としては知っている。

 

だけど、勇者がどんな人物なのかまでは、ほとんど知らなかった。

 

正直に言えば。

 

勇者よりも、これから始まる自分の学園生活の方が楽しみだった。

 

その時だった。

 

「――少し、いいか」

 

低く、それでいてよく通る声が、大講堂へ響き渡った。

 

壇上の生徒会長が言葉を止める。

 

在校生席から、一人の少年が立ち上がっていた。

 

少年は周囲の視線など意に介さず、ゆっくりと壇上へ向かって歩き始める。

 

腰には、豪華な装飾が施された一振りの剣。

 

鞘に収められているにもかかわらず、まるで自らの存在を主張するような、不思議な気配を放っていた。

 

(あれが……聖剣?)

 

少年が通るたび、生徒達は左右へ道を開ける。

 

教師達も、誰一人として彼を止めようとしない。

 

いや。

 

止められないのだ。

 

勇者という立場。

 

その背後にある王国と教会。

 

そして何より、聖剣に選ばれた者が持つ圧倒的な力。

 

それら全てが、まだ十三歳の少年を、誰にも逆らえない存在へと変えていた。

 

「あれは……」

 

誰かが息を呑む。

 

「勇者ルーク様だ」

 

その一言で、大講堂中の視線が少年へ集まった。

 

「本物だ……」

 

「あれが勇者様!」

 

「すごい……!」

 

新入生達が期待に目を輝かせる。

 

その視線を一身に浴びながら、ルークは悠然と壇上へ上がった。

 

自信に満ちた表情。

 

年齢以上に堂々とした立ち振る舞い。

 

彼が一歩進むたびに、生徒会長の居場所が少しずつ奪われていく。

 

生徒会長は何かを言おうと、一度だけ口を開きかけた。

 

けれど、教師達の様子を見て。

 

結局、何も言わずに一歩下がった。

 

ルークは、それを当然のように受け入れる。

 

そして壇上の中央へ立つと、大講堂を見渡した。

 

「新入生諸君」

 

よく通る声が響く。

 

「俺はルーク」

 

わずかに口角を上げた。

 

「勇者と言えば、分かるよな?」

 

「「「おおおおおっ!!」」」

 

大講堂が歓声に包まれた。

 

ルークは、その反応を満足そうに眺める。

 

「今日は一つだけ、お前達に伝えておきたいことがある」

 

歓声が次第に収まり、新入生達の注目が集まっていく。

 

「この学園では、貴族も平民も平等に学ぶことができる」

 

「そう教えられてきたよな?」

 

何人もの新入生が頷く。

 

特に平民席からは、同意する声が聞こえた。

 

「……笑わせるな」

 

ルークの声が低くなる。

 

大講堂が、一瞬にして静まり返った。

 

「お前達も、寮の部屋を見ただろ」

 

「平民は二人部屋」

 

「貴族は個室」

 

「上位貴族ともなれば、使用人まで連れ込める豪華な部屋だ」

 

「それのどこが平等なんだ?」

 

その言葉に、平民出身の新入生達が顔を見合わせる。

 

「確かに……」

 

「言われてみれば……」

 

小さな同意の声が、少しずつ広がっていく。

 

ルークは続けた。

 

「俺も平民だった」

 

一度、言葉を区切る。

 

「勇者になる前はな」

 

その声には、先ほどまでとは違う、僅かな怒りが滲んでいた。

 

「誰も俺を助けちゃくれなかった」

 

「貴族は俺達を見下した」

 

「教師ですら、見て見ぬふりをした」

 

「何をされても、何を奪われても、誰も助けてはくれなかった」

 

「それなのに――」

 

ルークが腰の聖剣へ手を添える。

 

「俺が聖剣に選ばれた瞬間、全員が俺を見る目を変えた」

 

「昨日まで俺を殴っていた奴らが、俺に頭を下げた」

 

「見て見ぬふりをしていた教師が、最初から俺を信じていたと言い出した」

 

「誰も彼もが、俺の機嫌を取ろうとした」

 

握られた拳が、微かに震えている。

 

「その時、俺は理解した」

 

「身分なんて関係ない」

 

「努力したかどうかも関係ない」

 

「結局、この世界を動かすのは――力だ」

 

ルークの声が、次第に熱を帯びていく。

 

「力があれば認められる」

 

「力があれば奪われない」

 

「力があれば、誰も逆らえない」

 

「だから努力しろ!」

 

「強くなれ!」

 

「誰にも踏みにじられないだけの力を掴め!」

 

拳を高く掲げる。

 

「力さえあれば、自分の人生を変えられる!」

 

「この世界では――」

 

ルークは高らかに叫んだ。

 

「力こそが、全てだ!!」

 

大講堂が静まり返る。

 

歓声を上げるべきなのか。

 

それとも、この場に相応しくない演説を咎めるべきなのか。

 

誰も判断できずにいた。

 

そんな重苦しい静寂を破ったのは。

 

パチ。

 

パチパチ。

 

パチパチパチパチ!

 

たった一人の拍手だった。

 

けれどそれは、誰よりも大きく、大講堂中へ響き渡った。

 

「素晴らしいです!」

 

「あっ」

 

思わず声が漏れる。

 

今朝、学園内の教会で祈りを捧げていた、あの金髪の少女だった。

 

彼女は周囲の視線など気にも留めず、満面の笑みを浮かべて壇上へ駆け寄っていく。

 

「ルーク様!」

 

胸の前で両手を組み、祈るようにルークを見上げる。

 

「なんて素晴らしいお考えなのでしょう!」

 

「私、とても感動いたしました!」

 

その姿につられるように。

 

平民席を中心に、少しずつ拍手が広がっていった。

 

やがて会場のあちこちから、大きな拍手が響き始める。

 

ルークは満足そうに笑い、少女へ手を差し伸べた。

 

「ありがとう、マリアンヌ」

 

「ルーク様のお考えは、本当に素晴らしいです!」

 

マリアンヌと呼ばれた少女は、嬉しそうにその手を取った。

 

腰まで届く、美しい金色の髪。

 

宝石のように輝く、エメラルドグリーンの瞳。

 

雪のように白い肌。

 

小柄で華奢な身体。

 

誰もが守ってあげたいと思ってしまうような、儚げな美少女だった。

 

何も知らずに見れば。

 

まるで天使のように可愛らしい。

 

だけど。

 

(何だろう……)

 

あの笑顔。

 

満面の笑みを浮かべているはずなのに。

 

どこか、人間らしい温かさが感じられない。

 

ルークが何を言っても。

 

たとえ、どんな思想を語っても。

 

彼が勇者であるという、ただそれだけの理由で、全てを肯定する。

 

そんな危うさを感じさせる笑顔だった。

 

俺は何とも言えない違和感を覚えながら、隣のリリィを見る。

 

リリィも笑っていた。

 

王女らしい。

 

穏やかで、気品に満ちた美しい笑顔。

 

けれど。

 

(やばい)

 

(リリィ、ものすごく怒ってる)

 

長い付き合いだから分かる。

 

これは本気で怒っている時の笑顔だ。

 

「……差別ではなく、区別よ」

 

俺にしか聞こえないほどの、小さな声。

 

微笑みを崩さないまま、リリィは続ける。

 

「そもそも王立学園は、貴族や王国を支える人材を育てるために造られた学園」

 

「それを歴代の国王陛下が、身分にかかわらず、優秀な者へ学ぶ機会を与えられるよう制度を整えてきたの」

 

「試験を突破した平民には、学費だけでなく――」

 

「寮費」

 

「教材費」

 

「制服代」

 

「日々の生活費」

 

「その全てを王国が負担している」

 

俺は小さく息を呑んだ。

 

そこまで手厚い制度だったのか。

 

「そして、その費用の多くは、王国中の貴族が納めた税によって賄われている」

 

リリィの笑みが、僅かに深くなる。

 

怖い。

 

ものすごく怖い。

 

「それでも、部屋や食事、待遇まで全て同じにしろと言うのなら――」

 

「当然、同じだけの費用を負担するべきね」

 

「学費も」

 

「寮費も」

 

「教材費も」

 

「生活費も」

 

「何もかも、全て」

 

「同じ責任を負い」

 

「同じ負担を引き受け」

 

「それでようやく、本当の平等と呼べるのではなくて?」

 

一度言葉を切り、リリィは壇上のルークを真っ直ぐに見つめる。

 

「学ぶ権利は、既に等しく与えられているわ」

 

「そのうえで、権利だけを主張して、それに伴う責任は何一つ果たそうとしない」

 

「それは平等ではない」

 

静かな声。

 

けれど、そこには王女としての明確な怒りが込められていた。

 

「ただのわがままよ」

 

(……はい)

 

言い返せない。

 

完全な正論だった。

 

むしろ俺の場合、専属メイドを二人も連れてきている。

 

これに関しては寮から与えられた待遇ではなく、我が家が自費で用意しているものだ。

 

それを見て、平民にも同じものを用意しろと言われても困ってしまう。

 

王国は、平民だからという理由で学ぶ権利を奪ってはいない。

 

能力があり、試験を突破した者には、その機会が与えられている。

 

それどころか、学ぶために必要な費用まで王国が負担している。

 

それでもなお。

 

全ての待遇を同じにしろと要求するのなら。

 

そのために必要な責任や負担も、同じように引き受けなければならない。

 

受け取るものだけを同じにして。

 

支払うものは誰かへ押しつける。

 

それは確かに、平等とは呼べないだろう。

 

「王家が積み重ねてきたものを、何も知らずに……」

 

リリィの声に、僅かな苛立ちが滲む。

 

「勇者というだけで壇上を奪い、全てを理解したように語るなんて」

 

それでも、表情だけは完璧な王女の笑顔だった。

 

壇上では、マリアンヌが変わらずルークを見つめている。

 

「ルーク様は、やはり誰よりも正しく、誰よりも素晴らしいお方です!」

 

「私は、どこまでもルーク様についてまいります!」

 

「期待しているぞ、マリアンヌ」

 

「はい!」

 

また、あの笑顔だ。

 

かつてリリィは。

 

作り笑いを浮かべていた俺を見て、たった一言。

 

『気持ち悪い笑顔』

 

そう言い放った。

 

あの時は、随分と酷いことを言う王女様だと思ったけれど。

 

今なら分かる。

 

リリィは昔から、人の笑顔に隠された偽りや違和感を見抜くことに長けていた。

 

そんなリリィが。

 

壇上のマリアンヌを見つめながら、小さく呟く。

 

「……気持ち悪い笑顔」

 

俺も、もう一度マリアンヌを見る。

 

可愛らしく、穏やかで。

 

どこまでも純粋そうな笑顔。

 

だけど、その奥にあるものを想像した瞬間。

 

「ああ、確かに……」

 

全く同じ言葉が、自然と口から漏れた。

 

「「……気持ち悪い笑顔」」

 

二人の声は。

 

ぴたりと重なった。

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