異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~ 作:ちーばば
ひと騒動ありつつも。
入学式は、その後どうにか再開された。
言いたいことを言い終えて満足したのか。
勇者ルークと聖女マリアンヌは、式が終わるのを待たずに大講堂から出ていった。
多くの新入生達が、去っていく二人の背中を憧れの眼差しで見送っている。
一方で。
二人の姿が扉の向こうへ消えた、その瞬間。
「……ふぅ」
どこからともなく、小さな吐息が聞こえた。
見ると、壇上の生徒会長が僅かに肩の力を抜いている。
教師達も互いに顔を見合わせ、明らかにほっとした様子だった。
(分かりやすいな……)
勇者が在校生代表の挨拶へ割り込み。
好き勝手に演説を始め。
聖女まで壇上へ駆け上がったというのに、誰一人として止められなかった。
あの二人が学園でどのような立場にいるのか。
今の反応だけで、十分に伝わってくる。
生徒会長は一度深呼吸すると、何事もなかったかのように壇上の中央へ戻った。
そして途切れていた挨拶を、最初からやり直す。
その声は落ち着いており、先ほどの騒動を引きずっている様子はなかった。
(この人も大変そうだな)
少しだけ同情する。
その後は新たな乱入者が現れることもなく。
入学式は、予定より少し遅れて終了した。
◇
式典を終えた新入生達は、事前に配布されていた資料に従い、それぞれの教室へと移動した。
王立学園の新入生は、およそ三百人。
一クラス三十人ほどで、全部で十クラスに分けられている。
俺が割り振られたのは、一年一組。
教室へ入り、自分の席を探していると。
「アルト」
すぐ近くから、聞き慣れた声がした。
振り返れば、リリィが自分の席の前に立っている。
「リリィも一組だったんだ」
「ええ、そのようね」
「良かった」
思わず安堵の息を漏らす。
「知り合いが一人もいなかったら、どうしようかと思ってたんだ」
「貴方なら、すぐに友人くらいできるでしょう?」
「そうだといいけど」
前世では既に社会人を経験しているとはいえ。
十歳の子供達が集まる教室へ、新入生として入るのは初めてだ。
しかも、ここは身分制度の存在する貴族社会。
前世の学校とは、何もかもが違う。
気心の知れたリリィが一緒にいるのは、素直に心強かった。
「それにしても……」
俺は声を潜める。
「さっきの勇者、すごかったね」
「すごい?」
リリィがにっこりと微笑む。
「ええ。確かにすごかったわね」
笑顔なのに、声が冷たい。
どうやら、まだ怒りは収まっていないらしい。
「在校生代表の挨拶へ勝手に割り込み、王立学園の制度を何も理解しないまま批判する」
「挙げ句の果てには、力こそ全てだと言い切ったのよ?」
「うん……」
「勇者でなければ、その場で教師に取り押さえられていてもおかしくないわ」
「やっぱり、王家でも問題になってるの?」
俺が尋ねると、リリィは一瞬だけ周囲へ視線を向けた。
そして、他の生徒に聞かれないよう、さらに声を落とす。
「ええ」
「お父様も、勇者の最近の振る舞いには頭を悩ませているわ」
「やっぱり……」
壇上を奪って好き勝手に演説を始めるくらいだ。
あれが今日だけのこととは思えない。
「聖剣に選ばれた直後は、今ほど酷くなかったそうよ」
「けれど、周囲から特別扱いを受け続けるうちに、少しずつ言動が変わっていった」
「そして最近では、教会が勇者と聖女への支援を以前にも増して強めているわ」
「教会が?」
「表向きは、魔王討伐に備えるためよ」
リリィは僅かに眉を寄せる。
「勇者も聖女も、魔王討伐には欠かせない存在だもの」
「戦闘能力だけを見れば、ルークの実力に問題はない」
「むしろ、歴代の勇者と比べても非常に優秀だと聞いているわ」
人間性には問題があっても。
勇者としての能力は本物ということか。
「だから王家も、簡単には処分できない?」
「ええ。正式に罪を犯したわけでもない者を、素行が悪いという理由だけで処罰することはできないわ」
リリィは悔しそうに唇を結ぶ。
「まして、相手は魔王討伐の切り札」
「下手に刺激して王家との関係が悪化すれば、王国全体に影響が出る」
「教会との対立まで招けば、喜ぶのは魔族だけよ」
「なるほど……」
王様なら命令一つでどうにでもできる。
そんな単純な話ではないらしい。
強大な力を持つ勇者。
その勇者を支援する教会。
そして、魔族との長い戦争。
様々な事情が絡み合った結果。
誰もルークへ強く出られなくなっている。
「それを本人も理解しているのでしょうね」
リリィが冷ややかに言う。
「自分には、誰も逆らえないと」
ふと。
壇上で語っていたルークの言葉を思い出す。
『力があれば、誰も逆らえない』
あれは思想を語っていたのではなく。
今の自分自身について語っていたのかもしれない。
「だからって、あの振る舞いを放置していいわけではないけれど」
リリィは腕を組む。
「いずれ、相応の対処が必要になるでしょうね」
笑顔で言っているけれど。
何だか怖い。
(王家に喧嘩を売るのだけは、絶対にやめよう)
心の中で固く誓った。
そんな話をしている間にも、教室には続々と生徒達が集まっていた。
けれど。
誰も、俺達の近くには寄ってこない。
それどころか。
何人もの生徒が、少し離れた場所からこちらの様子を窺っている。
(何だろう?)
視線だけは頻繁に感じる。
目が合いそうになると、慌てて逸らされる。
隣にいるリリィも気付いているようだが、特に気にした様子はない。
「もしかして、避けられてる?」
「違うわ」
リリィが即答する。
「誰が最初に挨拶へ来るか、互いに様子を見ているだけよ」
「挨拶?」
「第一王女と、ルミナス大公爵家の嫡男」
「同じクラスになったのなら、今後のためにも繋がりを持ちたいと考えるのは当然でしょう?」
「ああ……」
そういうことか。
俺達は、ただの新入生ではない。
王女と、大公爵家の嫡男。
貴族の子供達からすれば。
今日のうちに挨拶をして、少しでも自分を覚えてもらいたい相手なのだろう。
しかし。
俺とリリィが二人で話しているため、声を掛ける機会を掴めずにいる。
遠巻きにこちらを見ながら。
誰が最初に動くのか、互いに牽制し合っているようだ。
(大変だな、貴族の子供も)
俺も貴族の子供だけど。
そんなことを考えていると。
ガチャリ。
教室の扉が開いた。
その音だけで、それまでざわついていた教室が静まり返る。
入ってきたのは、一人の男性だった。
年齢は四十代半ばほど。
短く整えられた焦げ茶色の髪には、僅かに白いものが混じっている。
派手さのない濃紺のローブを身に纏い。
背筋を真っ直ぐに伸ばした姿からは、実直で隙のない印象を受けた。
男性は教壇へ立つと、教室全体をゆっくりと見渡す。
第一王女であるリリィを見ても。
大公爵家の嫡男である俺を見ても。
その表情は、僅かにも変わらなかった。
「皆さん、初めまして」
低く、落ち着いた声が教室へ響く。
「私は、オスカー・グレンヴィル」
「王国史と法学を担当しています」
一度言葉を切り。
教室にいる三十人の生徒を、一人ずつ確かめるように見渡した。
「本日より卒業までの五年間、皆さんの担任を務めます」
「身分や出身にかかわらず、学ぶ意思のある者には等しく向き合うつもりです」
「どうぞ、よろしくお願いします」