異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~   作:ちーばば

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第42話 一年一組

ひと騒動ありつつも。

 

入学式は、その後どうにか再開された。

 

言いたいことを言い終えて満足したのか。

 

勇者ルークと聖女マリアンヌは、式が終わるのを待たずに大講堂から出ていった。

 

多くの新入生達が、去っていく二人の背中を憧れの眼差しで見送っている。

 

一方で。

 

二人の姿が扉の向こうへ消えた、その瞬間。

 

「……ふぅ」

 

どこからともなく、小さな吐息が聞こえた。

 

見ると、壇上の生徒会長が僅かに肩の力を抜いている。

 

教師達も互いに顔を見合わせ、明らかにほっとした様子だった。

 

(分かりやすいな……)

 

勇者が在校生代表の挨拶へ割り込み。

 

好き勝手に演説を始め。

 

聖女まで壇上へ駆け上がったというのに、誰一人として止められなかった。

 

あの二人が学園でどのような立場にいるのか。

 

今の反応だけで、十分に伝わってくる。

 

生徒会長は一度深呼吸すると、何事もなかったかのように壇上の中央へ戻った。

 

そして途切れていた挨拶を、最初からやり直す。

 

その声は落ち着いており、先ほどの騒動を引きずっている様子はなかった。

 

(この人も大変そうだな)

 

少しだけ同情する。

 

その後は新たな乱入者が現れることもなく。

 

入学式は、予定より少し遅れて終了した。

 

◇

 

式典を終えた新入生達は、事前に配布されていた資料に従い、それぞれの教室へと移動した。

 

王立学園の新入生は、およそ三百人。

 

一クラス三十人ほどで、全部で十クラスに分けられている。

 

俺が割り振られたのは、一年一組。

 

教室へ入り、自分の席を探していると。

 

「アルト」

 

すぐ近くから、聞き慣れた声がした。

 

振り返れば、リリィが自分の席の前に立っている。

 

「リリィも一組だったんだ」

 

「ええ、そのようね」

 

「良かった」

 

思わず安堵の息を漏らす。

 

「知り合いが一人もいなかったら、どうしようかと思ってたんだ」

 

「貴方なら、すぐに友人くらいできるでしょう?」

 

「そうだといいけど」

 

前世では既に社会人を経験しているとはいえ。

 

十歳の子供達が集まる教室へ、新入生として入るのは初めてだ。

 

しかも、ここは身分制度の存在する貴族社会。

 

前世の学校とは、何もかもが違う。

 

気心の知れたリリィが一緒にいるのは、素直に心強かった。

 

「それにしても……」

 

俺は声を潜める。

 

「さっきの勇者、すごかったね」

 

「すごい?」

 

リリィがにっこりと微笑む。

 

「ええ。確かにすごかったわね」

 

笑顔なのに、声が冷たい。

 

どうやら、まだ怒りは収まっていないらしい。

 

「在校生代表の挨拶へ勝手に割り込み、王立学園の制度を何も理解しないまま批判する」

 

「挙げ句の果てには、力こそ全てだと言い切ったのよ?」

 

「うん……」

 

「勇者でなければ、その場で教師に取り押さえられていてもおかしくないわ」

 

「やっぱり、王家でも問題になってるの?」

 

俺が尋ねると、リリィは一瞬だけ周囲へ視線を向けた。

 

そして、他の生徒に聞かれないよう、さらに声を落とす。

 

「ええ」

 

「お父様も、勇者の最近の振る舞いには頭を悩ませているわ」

 

「やっぱり……」

 

壇上を奪って好き勝手に演説を始めるくらいだ。

 

あれが今日だけのこととは思えない。

 

「聖剣に選ばれた直後は、今ほど酷くなかったそうよ」

 

「けれど、周囲から特別扱いを受け続けるうちに、少しずつ言動が変わっていった」

 

「そして最近では、教会が勇者と聖女への支援を以前にも増して強めているわ」

 

「教会が?」

 

「表向きは、魔王討伐に備えるためよ」

 

リリィは僅かに眉を寄せる。

 

「勇者も聖女も、魔王討伐には欠かせない存在だもの」

 

「戦闘能力だけを見れば、ルークの実力に問題はない」

 

「むしろ、歴代の勇者と比べても非常に優秀だと聞いているわ」

 

人間性には問題があっても。

 

勇者としての能力は本物ということか。

 

「だから王家も、簡単には処分できない?」

 

「ええ。正式に罪を犯したわけでもない者を、素行が悪いという理由だけで処罰することはできないわ」

 

リリィは悔しそうに唇を結ぶ。

 

「まして、相手は魔王討伐の切り札」

 

「下手に刺激して王家との関係が悪化すれば、王国全体に影響が出る」

 

「教会との対立まで招けば、喜ぶのは魔族だけよ」

 

「なるほど……」

 

王様なら命令一つでどうにでもできる。

 

そんな単純な話ではないらしい。

 

強大な力を持つ勇者。

 

その勇者を支援する教会。

 

そして、魔族との長い戦争。

 

様々な事情が絡み合った結果。

 

誰もルークへ強く出られなくなっている。

 

「それを本人も理解しているのでしょうね」

 

リリィが冷ややかに言う。

 

「自分には、誰も逆らえないと」

 

ふと。

 

壇上で語っていたルークの言葉を思い出す。

 

『力があれば、誰も逆らえない』

 

あれは思想を語っていたのではなく。

 

今の自分自身について語っていたのかもしれない。

 

「だからって、あの振る舞いを放置していいわけではないけれど」

 

リリィは腕を組む。

 

「いずれ、相応の対処が必要になるでしょうね」

 

笑顔で言っているけれど。

 

何だか怖い。

 

(王家に喧嘩を売るのだけは、絶対にやめよう)

 

心の中で固く誓った。

 

そんな話をしている間にも、教室には続々と生徒達が集まっていた。

 

けれど。

 

誰も、俺達の近くには寄ってこない。

 

それどころか。

 

何人もの生徒が、少し離れた場所からこちらの様子を窺っている。

 

(何だろう?)

 

視線だけは頻繁に感じる。

 

目が合いそうになると、慌てて逸らされる。

 

隣にいるリリィも気付いているようだが、特に気にした様子はない。

 

「もしかして、避けられてる?」

 

「違うわ」

 

リリィが即答する。

 

「誰が最初に挨拶へ来るか、互いに様子を見ているだけよ」

 

「挨拶?」

 

「第一王女と、ルミナス大公爵家の嫡男」

 

「同じクラスになったのなら、今後のためにも繋がりを持ちたいと考えるのは当然でしょう?」

 

「ああ……」

 

そういうことか。

 

俺達は、ただの新入生ではない。

 

王女と、大公爵家の嫡男。

 

貴族の子供達からすれば。

 

今日のうちに挨拶をして、少しでも自分を覚えてもらいたい相手なのだろう。

 

しかし。

 

俺とリリィが二人で話しているため、声を掛ける機会を掴めずにいる。

 

遠巻きにこちらを見ながら。

 

誰が最初に動くのか、互いに牽制し合っているようだ。

 

(大変だな、貴族の子供も)

 

俺も貴族の子供だけど。

 

そんなことを考えていると。

 

ガチャリ。

 

教室の扉が開いた。

 

その音だけで、それまでざわついていた教室が静まり返る。

 

入ってきたのは、一人の男性だった。

 

年齢は四十代半ばほど。

 

短く整えられた焦げ茶色の髪には、僅かに白いものが混じっている。

 

派手さのない濃紺のローブを身に纏い。

 

背筋を真っ直ぐに伸ばした姿からは、実直で隙のない印象を受けた。

 

男性は教壇へ立つと、教室全体をゆっくりと見渡す。

 

第一王女であるリリィを見ても。

 

大公爵家の嫡男である俺を見ても。

 

その表情は、僅かにも変わらなかった。

 

「皆さん、初めまして」

 

低く、落ち着いた声が教室へ響く。

 

「私は、オスカー・グレンヴィル」

 

「王国史と法学を担当しています」

 

一度言葉を切り。

 

教室にいる三十人の生徒を、一人ずつ確かめるように見渡した。

 

「本日より卒業までの五年間、皆さんの担任を務めます」

 

「身分や出身にかかわらず、学ぶ意思のある者には等しく向き合うつもりです」

 

「どうぞ、よろしくお願いします」

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