異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~ 作:ちーばば
「それでは、出欠を確認します」
教壇に立ったオスカー先生が、手元の名簿を開いた。
名前が一人ずつ読み上げられ、そのたびに教室のあちこちから返事が上がる。
貴族の子供。
平民出身の子供。
緊張して声が裏返る者もいれば、堂々と返事をする者もいる。
そして。
「アルト・フォン・ルミナス」
「はい」
「リリアーナ・エル・アストリア殿下」
「はい」
俺とリリィの名前が呼ばれた時だけ。
教室内の空気が、僅かに変わった。
何人もの視線が、一斉にこちらへ向けられる。
(やっぱり注目されるよな)
アストリア王国の第一王女と、ルミナス大公爵家の嫡男。
同じ教室にいるだけでも、周囲にとっては気になる存在なのだろう。
オスカー先生は、そんな教室内の反応を気に留めることなく、淡々と出欠を確認していく。
王女であるリリィの名前を呼ぶ時も。
平民出身の生徒の名前を呼ぶ時も。
その声音や態度に、違いは一切なかった。
(本当に、身分で態度を変えない人なんだな)
先ほどの言葉通りらしい。
全員の出席を確認すると、オスカー先生は名簿を閉じた。
「本日は入学初日のため、授業は行いません」
「この後は、明日から始まる授業について説明します」
そう告げて、黒板へ一週間の予定を書き始める。
王国史。
法学。
算術。
地理。
礼法。
剣術。
魔法理論。
魔法実技。
どうやら午前中は座学を中心に行い、午後から剣術や魔法の実技授業が組まれることが多いらしい。
「授業で使用する教科書および教材は、既に皆さんの寮室へ届けられています」
「本日中に、不足がないか確認してください」
「万が一、不足や破損があった場合には、明日の朝までに申し出るように」
教科書の種類。
授業を受ける際の注意事項。
実技授業で必要となる服装や道具。
オスカー先生は、一つずつ丁寧に説明していく。
俺は話を聞きながら、改めて教室内を見渡した。
この一年一組には。
俺やリリィをはじめ、上級貴族の子供が多く集められているようだ。
舞踏会などで見覚えのある顔が、いくつもあった。
もちろん、中級や下級貴族の子供もいるだろうし。
数は少ないが、平民出身の生徒もいると聞いている。
もっとも。
まだ自己紹介すらしていないため、誰がどの家の出身で、誰が平民なのかまでは分からない。
(リリィがいるから、クラス分けにも配慮されているのかもしれないな)
王女と同じ教室へ、素行に不安のある生徒を入れるとは考えにくい。
家柄だけではなく。
本人の成績や性格。
実家の素性まで含めて、慎重に選ばれているのだろう。
だからといって、全員がリリィを守るために集められたわけではない。
護衛役なら、既に王家の人間が学園内へ配置されているはずだ。
恐らく、このクラスには。
王女が安心して学べる環境を整えながら、将来王国の中枢を担う者同士に繋がりを持たせる。
そんな意図もあるのだろう。
(十歳から人脈作りか……)
貴族というのも、なかなか大変だ。
やがて。
ゴーン。
ゴーン。
学園中へ、昼を告げる鐘の音が鳴り響いた。
オスカー先生が、黒板へ向けていた手を止める。
「ちょうど時間ですね」
教卓の上に置いていた資料をまとめ、教室全体を見渡した。
「本日の説明は、以上となります」
「明日から、いよいよ本格的な授業が始まります」
「皆さんがこの学園で何を学び、どのように成長するのか。担任として楽しみにしています」
僅かに表情を和らげる。
「それでは、明日からよろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします!」」」
生徒達の声が重なる。
オスカー先生は一礼すると、教室を後にした。
扉が閉まった途端。
静かだった教室が、一気に騒がしくなる。
席を立って友人のもとへ向かう者。
早速、明日の授業について話し始める者。
昼食を取るため、急いで教室を出ていく者。
(さて、俺達も昼食に行くか)
リナが朝から楽しみにしていた、ハンバーグとプリンが待っている。
席を立とうとした、その時だった。
「あ、あの!」
突然、正面から声を掛けられた。
顔を上げると。
一人の少年が、満面の笑みを浮かべて立っていた。
少し癖のある栗色の髪。
くりくりとした大きな茶色の瞳。
貴族の子供達とは少し異なる、人懐っこそうな雰囲気を纏っている。
その両手には、小さな箱が大切そうに抱えられていた。
「リリアーナ王女殿下! アルト様!」
少年は勢いよく頭を下げる。
「初めまして!」
「王都のバルド商会、その会頭バルドの息子、マリウス言います!」
「お二人とクラスメートになれて、ほんま光栄です!」
(おお……)
随分と独特な喋り方をする少年だ。
前世の記憶にある、どこか懐かしい訛りに聞こえる。
マリウスは顔を上げると、抱えていた箱を差し出した。
「これ、うちの商会で売り出しとる蜂蜜と柑橘の飴です!」
「ほんのご挨拶代わりですが、どうぞ受け取ってください!」
箱には、金色の蜂と橙色の果実を組み合わせた紋章が描かれている。
商品名らしき文字と共に、バルド商会の名もしっかりと刻まれていた。
(挨拶と同時に、新商品を売り込んできた)
さすがは商会の息子。
十歳にして、既に商魂たくましい。
「それと!」
マリウスが、さらに一歩踏み込む。
「よろしければ、これからわても、バルド商会も、末永うよろしゅう頼んます!」
にこにこと笑いながら、もう一度頭を下げる。
自分自身を覚えてもらい。
同時に、商会の商品と名前まで売り込む。
言っていることだけを見れば、実に計算された挨拶だ。
王女と大公爵家の嫡男へ、入学初日から商会を売り込みに来たのだから。
かなり思い切った行動でもある。
だけど。
不思議と、嫌な感じはしなかった。
押しつけがましさも。
媚びているような印象もない。
恐らく、この人懐っこい笑顔と、明るい話し方のおかげだろう。
商会を売り込みに来たことを隠そうともしていない。
その潔さも含めて、どこか憎めない少年だった。
リリィが箱を受け取り、王女らしい笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます、マリウス様」
「後ほど、ありがたくいただきますね」
「はい! ぜひ感想も聞かせてください!」
「こらこら」
その時。
俺達の会話へ割り込むように、横から声が聞こえた。
「抜け駆けは感心しないな」
マリウスの眉が、ぴくりと動く。
「なんや?」
「今、うちが話しとるところなんやけど」
「失礼」
そう言いながら現れたのは、一人の少年だった。
眩しいほど鮮やかな金髪。
宝石を思わせる青い瞳。
まだ十歳だというのに、既に自分の見せ方を理解しているらしく。
片手で前髪を払いながら、優雅な足取りでこちらへ近付いてくる。
その瞬間。
「きゃあ……!」
「カイル様よ!」
「今日も素敵……!」
教室の一角から、黄色い声が上がった。
(人気者なのか)
少年――カイルは、その歓声へ応えるように微笑む。
横顔が綺麗に見える角度まで、完璧に計算されているような気がした。
そして俺には一度も目を向けないまま、リリィの前へ立つ。
胸へ手を添え、恭しく一礼した。
「リリアーナ王女殿下」
「これまでにも舞踏会で何度かお目にかかりましたが、改めてご挨拶させてください」
ゆっくりと顔を上げる。
「リフィル侯爵家嫡男、カイル・ド・リフィルでございます」
「貴女と同じクラスになれるとは」
カイルは、どこから取り出したのか。
一輪の白い花を、リリィへ差し出した。
「これも、運命の導きなのでしょう」
「「きゃあああ!」」
再び黄色い歓声が上がった。
俺とマリウスは、揃ってその光景を見つめる。
「……」
「……」
妙に長い沈黙が流れた。
「なんや、あれ……」
マリウスの口から、小さな呟きが漏れる。
気持ちは分かる。
カイルは、そこでようやく俺の存在に気付いたように顔を向けた。
「ああ」
ついでとばかりに微笑む。
「アルト殿も、これからよろしく頼むよ」
(扱いが全然違うな)
まあ、俺としては別に構わないけど。
「うん。よろしく、カイル君」
「カイル様、お久しぶりですね」
リリィは完璧な王女の笑顔を浮かべる。
「カイル様も、マリウス様も。これからクラスメートとして、よろしくお願いいたします」
「ああ、姫!」
カイルは大袈裟に胸へ手を当てた。
「私に『様』など、あまりにも畏れ多い!」
「どうか、親しみを込めてカイルとお呼びください!」
「「きゃあああ!」」
またしても、教室の一角から黄色い声が上がる。
カイルが何かをするたびに歓声を上げているけれど。
彼女達は、事前に打ち合わせでもしているのだろうか。
俺とマリウスは、再び顔を見合わせた。
「……」
「……」
何となく。
この時点で、少しだけ仲良くなれた気がした。
「そうだ」
俺はマリウスへ向き直る。
「まだ名乗っていなかったね」
「僕はアルト・フォン・ルミナス」
「これからよろしくね、マリウス君」
「い、いえいえいえ!」
マリウスが慌てて両手を振る。
「そんな、わてみたいな、ぽっと出の商会の平民に君付けやなんて!」
「どうか呼び捨てにしてください!」
「そう?」
「はい! アルト様に君付けされるなんて、恐れ多すぎます!」
「それなら、マリウス」
俺は呼び方を改める。
「僕のこともアルトでいいよ」
「同い年のクラスメートじゃないか」
「そ、そないなわけには……!」
「僕がいいと言っているんだから、気にしなくていいよ」
「うう……」
マリウスが額へ汗を浮かべながら悩み始める。
大公爵家の嫡男を呼び捨てにする勇気は、さすがに持てないらしい。
「ほ、ほな……」
恐る恐る顔を上げる。
「せめて、アルト君と呼ばせてもらいます」
「うん。それでいいよ」
「よろしゅうお願いします、アルト君!」
「こちらこそ、マリウス」
握手を交わす。
商会の売り込みから始まったはずなのに。
気付けば、普通のクラスメート同士の挨拶になっていた。
これも、マリウスの持つ人柄なのだろう。
相手の懐へ入り込むのが上手い。
だけどそれを、計算や駆け引きだとは感じさせない。
商人としては、かなりの才能なのかもしれない。
そのすぐ隣では。
カイルが一輪の花を手にしたまま、まだリリィへ熱い視線を送っていた。
「姫」
カイルは、その場へ片膝をつく。
まるで舞台上で姫君へ愛を誓う騎士のような姿だった。
「よろしければ、これから私と昼食をご一緒していただけませんか?」
「貴女との優雅な昼のひとときを、ぜひ私に――」
「申し訳ありません、カイル様」
リリィが笑顔で遮った。
「本日は、アルト様と先約がありますので」
「……アルト殿と?」
カイルの視線が、ゆっくりと俺へ向けられる。
何だか、先ほどより冷たくなった気がする。
「では、またの機会に」
リリィは気にした様子もなく、俺の隣へ並んだ。
そしてマリウスへ目を向ける。
「マリウス様」
「は、はい!」
「私もアルト様と同じように、マリウス君とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
リリィが柔らかく微笑む。
マリウスの顔が、一瞬にして真っ赤になった。
「も、もも、もちろんでございますです!」
完全に言葉がおかしくなっている。
「ありがとうございます、マリウス君」
「それでは、カイル様、マリウス君」
リリィが優雅に一礼する。
「ご機嫌よう」
「またね、二人とも」
俺達は並んで教室を後にした。
残されたマリウスは。
顔を真っ赤にしたまま、ぽーっとリリィの背中を見つめている。
一方。
カイルは立ち上がると、俺の背中を鋭く睨みつけていた。
(何で俺が睨まれるんだ?)
◇
教室から少し離れたところで、俺は隣を歩くリリィへ尋ねた。
「リリィ」
「何かしら?」
「さっきのは、何だったんだ?」
「さっき?」
「カイル君だよ」
「ああ、カイル様のことね」
リリィは、どうでもよさそうに答えた。
「あの方は、以前からずっとあの調子よ」
「舞踏会で会うたびに花を差し出してきたり、詩を朗読したり」
「詩まで?」
「一度、私の瞳を夜空に輝く星へ例えた詩を、延々と聞かされたことがあるわ」
「それは……すごいね」
「本人に悪意はないのでしょうけれど」
リリィは小さく息を吐く。
「少々、キザったらしいのよね」
言葉には、驚くほど熱がない。
あれほど情熱的に迫っていたカイルが、少し可哀想に思えてくるほどの無関心だった。
「害はなさそうだから、今のところは好きにさせているわ」
(放し飼いみたいな扱いだな)
本人が聞いたら泣くんじゃないだろうか。
「それより」
リリィが俺を見る。
「マリウス君のバルド商会は、アルト様も聞いたことがあるのではなくて?」
「バルド商会?」
名前を聞いて、記憶を探る。
どこかで聞いたような。
聞いていないような。
「……どうだったかな?」
リリィが呆れたように目を細めた。
「アルト様は、本当に剣術と魔法とアイドル以外には興味がないのね」
「いや、そんなことは……」
否定しようとして。
できなかった。
今まで俺が熱心に取り組んできたことを考えると、何も言い返せない。
「バルド商会は、今、王国内で最も勢いのある新進気鋭の商会よ」
リリィが説明してくれる。
「地方の生産者から商品を直接買い付け、独自に築いた流通網を使って王都や各領地へ運んでいるの」
「扱っているものも、食料品だけではないわ」
「衣服や日用品、魔道具まで。ここ数年で急速に規模を拡大している」
「へぇ……」
それは確かにすごい。
この世界では、道の整備も輸送手段も前世ほど発達していない。
離れた土地から大量の商品を安定して運ぶだけでも、相当な労力が必要になる。
それを独自の流通網として確立しているのなら。
バルドという人物は、かなり優秀な商人なのだろう。
「貴族社会での歴史や後ろ盾は浅いけれど」
「商会としての実力は本物よ」
リリィは、俺が持っている小箱へ目を向ける。
「マリウス君も、商会と自分を売り込むために、真っ先に私達へ挨拶へ来たのでしょうね」
「やっぱり、そうだよね」
「ええ。あの箱も、最初から用意していたのでしょう」
リリィはそう言いながらも、僅かに笑みを浮かべる。
「けれど、不思議と嫌な感じはしなかったわ」
「うん。僕もそう思った」
自分と商会を売り込む。
その目的を隠す気はなく、むしろ堂々と口にしている。
それでも嫌味に感じなかったのは。
あの人懐っこい笑顔と、裏表のなさそうな性格のおかげだろう。
相手へ警戒心を抱かせることなく。
自然と自分の話を聞かせてしまう。
マリウスには、生まれながらの商人としての才能があるのかもしれない。
「それにしても、流通網か……」
物を運ぶ力。
多くの人へ商品を届ける力。
今はまだ、はっきりとした目的があるわけではない。
だけど。
いつか大勢の人を集めてライブを開くようになれば。
会場の準備。
衣装や道具の運搬。
宣伝。
チケットの販売。
様々な場面で、商会の力が必要になるかもしれない。
(マリウスとは、仲良くしておいた方が良さそうだな)
そして。
商会のことを抜きにしても。
あの人懐っこくて、どこか憎めない少年とは。
純粋に、良い友人になれそうな気がした。