異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~   作:ちーばば

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第45話 授業と怪しい影

新しいことを学ぶのは楽しい。

 

王国史。

 

法学。

 

算術。

 

地理。

 

礼法。

 

そして、魔法理論。

 

王立学園での授業が始まり、午前中は主に教室で座学を受けることになった。

 

どの教科も、全く知らない内容というわけではない。

 

魔法理論は、幼い頃から母様に教わっている。

 

王国史についても、前世の記憶を取り戻した頃、この世界のアイドルについて調べる過程で一通り目を通した。

 

この世界にアイドルは存在するのか。

 

人々は、どのような娯楽を楽しんでいるのか。

 

歌や踊りは、歴史の中でどのように扱われてきたのか。

 

そんなことを調べるため、大書庫で歴史書や各地の文化に関する本を読み漁ったのだ。

 

礼法は、八歳の頃からマーサ先生に教わっている。

 

最初の授業では、リリィの悪戯によってドレスを着せられ。

 

アリアという架空の令嬢として、淑女の作法を徹底的に仕込まれてしまった。

 

帰宅後。

 

完璧な淑女の所作を父様と母様の前で披露してしまい、屋敷中へ俺の悲鳴が響き渡ったのは、今でも忘れられない。

 

その後。

 

改めて男性貴族としての作法をマーサ先生から教わり。

 

家でも繰り返し学び直してきた。

 

今では貴族として必要な、基本的な礼法は身に付いている。

 

……たまに。

 

気を抜くと淑女の所作が混ざるけれど。

 

それ以外の算術や地理、法学についても、大公爵家の跡継ぎとして必要になるため、家庭教師から基礎的な教育を受けてきた。

 

だから、授業の内容は復習に近いものも多い。

 

それでも。

 

(楽しいな)

 

俺は教師の話を聞きながら、自然と笑みを浮かべていた。

 

王国がどのように生まれ。

 

どのような歴史を歩んできたのか。

 

国を成り立たせている法律。

 

王家や貴族が持つ権利と、果たすべき義務。

 

各地の地形や気候。

 

そこに暮らす人々の生活や文化。

 

教科書を開くたび。

 

教師の説明を聞くたび。

 

この世界が、俺の中で少しずつ広がっていく。

 

俺は確かに、この世界で十年間生きてきた。

 

けれど、知っているのはルミナス領や王都、それに両親から教わった範囲が中心だ。

 

この国について。

 

この世界について。

 

まだ知らないことは、山ほどある。

 

それを一つずつ知ることが、たまらなく楽しかった。

 

(有人だった頃とは、随分違うな)

 

前世の学生生活を思い返す。

 

正直。

 

勉強はあまり得意ではなかった。

 

嫌いというほどではないけれど、授業中はいつも眠気との戦いだった。

 

教師の声が心地よい子守唄に聞こえ。

 

黒板へ並ぶ文字を眺めているうちに、瞼がだんだんと重くなっていく。

 

特に昼食後の授業は危険だった。

 

机へ伏せないよう耐えているだけで、一時間が終わったこともある。

 

それが今では。

 

「アルト様」

 

隣の席から、小さな声が聞こえた。

 

「何?」

 

「随分と楽しそうですね」

 

リリィが、僅かに呆れたような目で俺を見ていた。

 

「そう見える?」

 

「先ほどからずっと、目を輝かせているもの」

 

「だって、面白いじゃないか」

 

俺は開いている地理の教科書へ視線を落とす。

 

「同じ王国内でも、土地によって暮らし方が全然違うんだよ」

 

「それはそうでしょうけれど……」

 

「北部には、雪や氷を利用したお祭りがあるらしいよ」

 

「ええ」

 

「氷で舞台を作って、その上でライブをしたら面白そうじゃない?」

 

「結局、そこへ行き着くのね」

 

リリィが小さくため息をつく。

 

「貴方、本当に何でもアイドルやライブへ結び付けるわね」

 

「大切なことだからね」

 

「今は地理の授業よ?」

 

「将来の遠征先について学ぶ授業とも言える」

 

「言わないわよ」

 

小声でそんなやり取りをしていると。

 

教壇に立っていた教師が、こちらへ顔を向けた。

 

「ルミナス君、リリアーナ殿下」

 

「はい」

 

「申し訳ございません」

 

二人で慌てて前を向く。

 

教師は一度だけ咳払いをすると、何事もなかったように授業を再開した。

 

(気を付けよう)

 

学ぶことが楽しいのはいい。

 

そこからライブのアイデアを得ることも大切だ。

 

ただし。

 

授業中のお喋りは、また別の話だった。

 

 

午前中に座学を行い。

 

午後からは、剣術や魔法などの実技授業が始まる。

 

最初に行われたのは、剣術の実力確認だった。

 

訓練場へ集められた一年一組の生徒達は、一人ずつ教師の前で木剣を振り、基本動作を確認される。

 

その後。

 

教師を相手に、短い模擬戦を行うことになった。

 

貴族の子供の多くは、入学前から剣術を学んでいる。

 

一方で、平民出身の生徒には、剣を握ること自体が初めての者もいた。

 

そのため、この授業は勝敗を競うものではない。

 

あくまで現在の実力を確認し、今後の指導方針を決めるためのものだった。

 

そんな中。

 

「まずは僕から、お見せしましょう」

 

カイルが、優雅な動作で前へ出た。

 

風に靡く鮮やかな金髪。

 

自信に満ちた笑顔。

 

木剣を持っているだけなのに、何故か立ち姿まで計算されているように見える。

 

「カイル様、素敵!」

 

「頑張ってくださいませ!」

 

いつもの女子生徒達から声援が飛ぶ。

 

カイルは、それに応えるように金髪を掻き上げた。

 

「ふっ。美しい薔薇は、どこへ咲こうとも皆の視線を集めてしまうものだね」

 

(訓練場に薔薇はないけど)

 

カイルは教師へ一礼すると、木剣を構えた。

 

キザったらしい態度ではあるものの。

 

その構えに、大きな隙はない。

 

教師が打ち込む。

 

カイルは木剣で受け流し、素早く横へ回り込んだ。

 

続く一撃を避け。

 

鋭い踏み込みから、教師の胴を狙う。

 

もちろん、教師には簡単に防がれた。

 

それでも。

 

同年代としては十分に速い。

 

剣筋も素直で、基礎がしっかりと身に付いていることが分かった。

 

「そこまで」

 

教師の声で、カイルが木剣を下ろす。

 

「リフィル君。よく鍛えられています。基本動作にも、大きな問題はありません」

 

「ありがとうございます」

 

カイルが優雅に一礼する。

 

「この程度、リフィル侯爵家の嫡男として、当然の嗜みでございます」

 

「きゃあ!」

 

「さすがカイル様!」

 

再び黄色い歓声が上がる。

 

本人は少し鬱陶しいけれど。

 

実際、すごい。

 

十歳でこれだけ動けるなら、日頃から真面目に鍛錬しているのだろう。

 

ただのキザな美少年ではないらしい。

 

カイルは満足そうな笑みを浮かべると。

 

こちらへ振り返った。

 

「さて」

 

俺を見る。

 

「次はアルト殿の番かな?」

 

「名簿順だと、そうみたいだね」

 

「武の象徴たるルミナス大公爵家。その嫡男の剣、楽しみにしているよ」

 

「期待に応えられるか分からないけど、頑張るよ」

 

俺は木剣を手に取り、教師の前へ出た。

 

父様と剣術の稽古を始めたのは、五歳の頃。

 

それから今日まで、ほとんど毎日のように剣を振り続けてきた。

 

向かい合った教師が木剣を構える。

 

「始め」

 

合図と同時に、一歩踏み込む。

 

教師の剣が、上段から振り下ろされた。

 

それを正面から受けず、身体を半歩ずらして受け流す。

 

父様の剣は。

 

速く。

 

重く。

 

鋭い。

 

父様との稽古に比べれば、教師の動きは随分とゆっくり見えた。

 

だからといって、油断はしない。

 

相手は、俺の実力を測るために速度を調整している。

 

一度距離を取り。

 

再び踏み込む。

 

木剣同士がぶつかり、乾いた音が訓練場へ響いた。

 

教師の攻撃を受け流し。

 

隙を見て、こちらから打ち込む。

 

数度の攻防を繰り返したところで、教師が木剣を引いた。

 

「そこまで」

 

俺も木剣を下ろし、一礼する。

 

「ありがとうございました」

 

教師は、少し考えるように俺を見る。

 

「ルミナス君。非常によく鍛えられています。動きに迷いがなく、受け流しも正確です」

 

「ありがとうございます」

 

「さすが、武のルミナス家ですね」

 

周囲から、感心したような声が聞こえてくる。

 

「すごい……」

 

「今の動き、見えた?」

 

「カイル様より強いのかしら?」

 

褒めてもらえるのは、素直に嬉しい。

 

ただ。

 

俺自身は、自分が剣術において特別な天才だとは思っていない。

 

小さい頃から、父様という最高の剣士に教えられ。

 

毎日欠かさず鍛錬を続けてきた。

 

だから、同年代より先へ進んでいるだけだ。

 

俺と同じ環境で。

 

同じだけの努力を重ねた者がいれば。

 

いずれ追いつかれることもあるだろう。

 

現に、カイルも十分に強かった。

 

俺より動きは荒いけれど。

 

これから努力を続ければ、その差は縮まっていくかもしれない。

 

「なるほど……」

 

カイルが顎へ手を添え、真剣な表情で俺を見ていた。

 

「現時点では、アルト殿が僅かに先を行っているようだね」

 

(僅かかな?)

 

「だが、勝負は始まったばかり」

 

カイルが木剣を高く掲げる。

 

「いずれ僕の華麗なる剣が、君を追い越してみせよう!」

 

「うん。お互い頑張ろうね」

 

「余裕でいられるのも、今のうちだよ。アルト殿!」

 

何故か。

 

勝手に勝負が始まっていた。

 

 

翌日。

 

午後から行われたのは、魔法実技だった。

 

広い魔法訓練場には、魔法を受け止めるための的や、頑丈な防護壁が設置されている。

 

訓練場の周囲には結界も張られており、多少魔法が逸れても、外へ被害が及ばないようになっていた。

 

まずは一人ずつ。

 

自分の属性と、現在使用できる魔法を教師へ申告する。

 

その後。

 

指定された的へ魔法を放ち。

 

威力。

 

精度。

 

発動速度。

 

魔力制御。

 

それらを確認するらしい。

 

剣術の時と同じく。

 

最初に前へ出たのは、カイルだった。

 

「カイル・ド・リフィル」

 

カイルは胸へ手を当て、堂々と名乗る。

 

「属性は、火と風。二つの属性を扱うことができます」

 

クラスの中から、感心する声が上がる。

 

カイルが火と風の複合属性を持っていることも、貴族の子供達の間では知られているらしい。

 

二つの属性を持って生まれる者は、それほど多くない。

 

希少属性ほどではないにしても、十分に優れた才能と言える。

 

「まずは火属性から、お見せしましょう」

 

カイルが片手を前へ突き出す。

 

その手のひらの先に、赤い炎が集まった。

 

炎は少しずつ形を整え。

 

拳ほどの大きさを持つ火球となる。

 

「行け!」

 

放たれた火球が、真っ直ぐに的へ飛んでいく。

 

次の瞬間。

 

小さな爆発音と共に、的の中心が黒く焦げた。

 

「おお!」

 

周囲から歓声が上がる。

 

「続いて、風属性」

 

今度は、カイルの周囲へ風が集まる。

 

金髪が風を受けて揺れ。

 

制服のマントが大きく靡いた。

 

「ふっ……風すらも、僕の美しさを引き立ててしまうのだね」

 

「カイル様!」

 

「素敵です!」

 

(自分で風を起こしてるんだけどな)

 

カイルが腕を振る。

 

圧縮された風の刃が飛び、別の的へ命中した。

 

的の表面へ、斜めの傷が走る。

 

「二属性とも、年齢を考えれば十分な威力です」

 

教師が評価を告げる。

 

「属性ごとの制御にも、大きな乱れはありません」

 

「ありがとうございます。ですが――」

 

カイルが笑みを深める。

 

「僕の本領は、ここからです」

 

右手に炎。

 

左手に風。

 

二つの魔法を同時に発動させる。

 

風が炎を包み込み。

 

やがて、渦を巻く火炎へ変わっていく。

 

「二属性複合魔法――炎風!」

 

炎を纏った風の渦が、的へ向かって放たれた。

 

火炎が的を包み込み。

 

風が炎の勢いをさらに強める。

 

ゴオッ、と大きな音が響き。

 

魔法が消えた後には、真っ黒に焼け焦げた的が残されていた。

 

「すごい!」

 

「二つの魔法を同時に!」

 

「さすがカイル様ですわ!」

 

女子生徒達から、昨日以上の歓声が上がる。

 

カイルは額に浮かんだ汗を拭いながら、満足そうに微笑んだ。

 

複合魔法は、ただ二つの属性を同時に出せばいいわけではない。

 

それぞれの魔力を制御し。

 

互いの長所を活かすよう、組み合わせる必要がある。

 

十歳で形にできているのなら、カイルの魔法適性は本当に高いのだろう。

 

「リフィル君。見事です」

 

教師も素直に称賛する。

 

「威力は申し分ありません。ただし、複合時に魔力制御が僅かに乱れています。実戦で使用する際は、周囲を巻き込まないよう注意してください」

 

「承知いたしました」

 

カイルは一礼すると。

 

待っていましたと言わんばかりの顔で、こちらへ振り返った。

 

「さあ、アルト殿」

 

「次は僕みたいだね」

 

「昨日の剣術では、君の方が一歩先を行っていた。それは認めよう」

 

「一歩でいいの?」

 

「だが!」

 

俺の言葉を無視して、カイルが指を突きつける。

 

「君が氷と光の希少属性を持つことは、貴族ならば誰もが知っている!」

 

カイルの声に、何人もの生徒が頷いた。

 

俺が氷と光の希少属性を持っていることは、六歳の魔力測定の儀を受けた際、王城へ正式に報告されている。

 

希少属性同士の複合持ちが現れたという話は。

 

当時の貴族社会でも、随分と話題になったらしい。

 

先生達は、事前に提出された資料で当然把握している。

 

貴族出身のクラスメート達も、俺の属性自体は知っていた。

 

それでも。

 

希少属性の魔法を、実際に目にする機会は滅多にない。

 

「いよいよ見られるのね……」

 

「氷と光の魔法なんて、初めて見る」

 

「噂には聞いていたけれど、どれほど使えるのかしら?」

 

周囲から、期待に満ちた声が聞こえる。

 

平民出身の生徒達の中には、ここで初めて詳しい話を知った者もいるらしく、驚いたように俺を見ていた。

 

「しかし!」

 

カイルの演説は続く。

 

「属性が珍しいことと、それを使いこなせることは別の話!」

 

言っていること自体は正しい。

 

珍しい属性を持っていても、魔力を制御できなければ意味がない。

 

「魔法ならば、僕にも勝機がある!」

 

カイルが胸へ手を当てる。

 

「火と風の複合魔法を操る、この僕にね!」

 

「僕達、何か勝負してたっけ?」

 

「今からするのだよ!」

 

「授業なんだけど」

 

「ならば、授業でどちらが高い評価を得られるか勝負だ!」

 

どうやら、逃げ道はないらしい。

 

「分かった。じゃあ頑張るよ」

 

「その余裕が、いつまで続くかな?」

 

カイルが金髪を掻き上げる。

 

俺は前へ出ると、教師へ一礼した。

 

「アルト・フォン・ルミナスです。属性は、氷と光です」

 

「ええ。事前に提出された資料でも確認しています」

 

教師が頷く。

 

「それでは、まず氷属性から見せてください」

 

「はい」

 

俺は的へ手を向ける。

 

氷魔法については。

 

氷属性の権威であるグランお祖父様から教わり。

 

その後も母様と共に、何度も練習を重ねてきた。

 

氷を生み出す。

 

ただそれだけなら、もう難しくはない。

 

問題は。

 

どの程度までやればいいのだろう。

 

(的を凍らせればいいのかな?)

 

周囲を巻き込まないように。

 

それでいて、制御が伝わるように。

 

魔力を練り。

 

的の中心へ狙いを定める。

 

次の瞬間。

 

的の中心から、白い霜が一気に広がった。

 

一瞬にして、的全体が氷へ覆われる。

 

けれど。

 

氷は、的から外へ一切広がっていない。

 

地面も。

 

隣の的も。

 

何一つ凍らせることなく。

 

指定された的だけが、巨大な氷塊の中へ完全に閉じ込められていた。

 

訓練場が静まり返る。

 

「……あれ?」

 

誰も反応しない。

 

(やりすぎた?)

 

「ルミナス君」

 

教師が、凍りついた的へ近付いていく。

 

表面を確認し。

 

周囲の地面へ視線を向ける。

 

「この魔法は、的の中心から広げましたか?」

 

「はい。周りまで凍らせないよう、範囲を調整しました」

 

「…………」

 

教師が黙り込む。

 

やはり、何か失敗したのだろうか。

 

「せ、先生?」

 

「いえ。問題ありません」

 

問題ないと言いながら、声が少し震えていた。

 

「威力だけでなく、範囲制御も極めて正確です」

 

周囲から、遅れて歓声が上がる。

 

「何だ、今の……」

 

「一瞬だったぞ」

 

「地面は全然凍ってない」

 

「噂は本当だったのね……」

 

カイルも、目を見開いていた。

 

「ま、まあ、見事な氷魔法だったよ」

 

僅かに声が上擦っている。

 

「しかし、まだ光属性が残っている。二つの希少属性を、同じように扱えるとは限らないからね」

 

「うん。じゃあ、次は光だね」

 

「続けてお願いします」

 

教師の指示を受け、俺は別の的へ向き直る。

 

光魔法は、俺にとって最も馴染み深い属性だ。

 

ライブの照明。

 

スポットライト。

 

光の演出。

 

これまで何度も研究し、練習してきた。

 

(でも、的に当てるだけなら……)

 

光を一つ飛ばせば、それで終わってしまう。

 

それでは、少し味気ない。

 

せっかくなら、魔力制御の確認も兼ねて。

 

俺は頭上へ、六つの光球を生み出した。

 

白く輝く光の球が、円を描くように浮かび上がる。

 

「六つ……」

 

誰かが呟いた。

 

それぞれの光量を調整し。

 

六つの光球を、別々に動かす。

 

光球は俺の周囲を一度旋回すると。

 

訓練場に並べられた六つの的へ向かって、一斉に飛んでいった。

 

眩い光が走る。

 

ほぼ同時に。

 

六つの的の中心へ、小さな穴が開いた。

 

光球は、そのまま消えず。

 

それぞれの的の前で静止する。

 

(最後に、少しだけ)

 

俺が指を鳴らす。

 

六つの光球が砕け。

 

細かな光の粒となって、訓練場へ降り注いだ。

 

まるで。

 

舞台を彩る、光の雨のように。

 

光を受けた氷の的が、きらきらと輝く。

 

「おお……」

 

誰かが、感嘆の声を漏らした。

 

「綺麗……」

 

女子生徒達が、空から降る光へ手を伸ばしている。

 

魔法の確認だったはずが。

 

少しだけ、ライブの演出のようになってしまった。

 

教師は、六つの的を順番に確認していく。

 

全て。

 

ほぼ同じ位置に穴が開いていた。

 

「ルミナス君」

 

「はい」

 

「六つの光球を、それぞれ個別に操作していたのですか?」

 

「はい。同時に当てた方が早いかと思って」

 

「それぞれの威力も調整して?」

 

「的を壊さない程度にしました」

 

「最後の光は?」

 

「そのまま消すのは勿体なかったので、演出に使いました」

 

「演出……」

 

教師が、遠い目をする。

 

「先生?」

 

「いえ。もう結構です」

 

「評価は?」

 

「評価……」

 

教師が、もう一度穴の開いた六つの的を見る。

 

続いて。

 

一つだけ、完全に凍りついた的を見る。

 

「現時点で、一年生へ求める水準を大幅に超えています」

 

「ありがとうございます」

 

「いや、少し超えているという意味ではありません」

 

何故か訂正された。

 

「威力」

 

「はい」

 

「発動速度」

 

「はい」

 

「精度」

 

「はい」

 

「複数の魔法を同時に制御する能力」

 

「はい」

 

教師は、ほんの少し言葉を選ぶように間を置いた。

 

「全てが、同年代としては異常です」

 

褒められているのだろうか。

 

「さすが武のルミナス家……」

 

誰かが呟いた。

 

しかし。

 

すぐ隣から、別の声が返る。

 

「いや、今のは武なのか?」

 

「魔法だよな?」

 

「ルミナス家って、魔法もあんなにすごいのか?」

 

クラス中がざわめいている。

 

俺はカイルを見る。

 

「カイル」

 

「…………」

 

「僕の評価の方が高かったみたいだけど」

 

返事がない。

 

「カイル?」

 

「まだだ」

 

「え?」

 

カイルが俯いたまま、小さく呟く。

 

「まだ、威力が高いだけかもしれない」

 

「先生、精度と制御も評価してたよ?」

 

「聞こえていたとも!」

 

勢いよく顔を上げる。

 

「ならば、魔力量!」

 

カイルは、自分を鼓舞するように胸へ手を当てた。

 

「そう! 魔力量ならば、僕にも――」

 

「リフィル君」

 

教師が、静かに告げる。

 

「ルミナス君は、恐らく今の魔法に全魔力の一割も使用していません」

 

カイルの動きが止まった。

 

「…………一割?」

 

「周囲へ漏れた魔力の量から判断すれば、それ以下でしょう」

 

「…………」

 

「複合魔法を使用した君の方が、大きく消耗しています」

 

「…………」

 

カイルが、ゆっくりと空を見上げる。

 

「カイル?」

 

「綺麗な空だね……」

 

「屋内訓練場だけど」

 

見えるのは、天井だけだ。

 

「僕は今、果てしなく遠い空を見ているのだよ……」

 

昨日までは。

 

努力次第で追いつけると思っていたのだろう。

 

剣術では、確かにその可能性がある。

 

けれど。

 

魔法に関しては。

 

相手が、少しばかり悪すぎた。

 

「アルト様」

 

実技を見ていたリリィが、俺の近くへやって来る。

 

「相変わらず、容赦がありませんね」

 

「普通に魔法を使っただけなんだけど」

 

「それであのような結果になるから、容赦がないと言っているのです」

 

「加減はしたよ?」

 

「余計に残酷だわ」

 

何故だろう。

 

 

そんな俺達の様子を。

 

訓練場の外から、じっと見つめる者がいた。

 

校舎の柱の陰。

 

いかにも怪しい黒い外套に身を包み。

 

壁から顔を半分だけ覗かせている、一人の男。

 

その両手は。

 

小刻みに震えていた。

 

「す、素晴らしい……」

 

男の口から、掠れた声が漏れる。

 

「氷属性の出力と範囲制御……対象だけを選び、周囲へ一切影響を及ぼしていない」

 

震えが、少しずつ大きくなる。

 

「さらに、六つの光球を同時に操作……それぞれの威力、速度、軌道を個別に調整しただと……?」

 

男の目が、怪しく輝く。

 

「しかも、役目を終えた光を消さず、細かな光の粒へ再構築した……?」

 

身体の震えは。

 

恐怖によるものではない。

 

歓喜だった。

 

「見たい……」

 

男は、懐から手帳を取り出す。

 

「もっと見たい!」

 

素早く文字を書き込んでいく。

 

「魔力量を測定したい! 術式を確認したい! 氷と光を同時に発動させた場合の相互作用も調べたい!」

 

手帳へ走るペンが、さらに速くなる。

 

「できることなら一日……いや、一週間! 研究室でじっくりと観察を!」

 

「何をしているのですか?」

 

「うひゃあっ!?」

 

突然、背後から声を掛けられ。

 

男が飛び上がった。

 

振り返ると。

 

そこには、呆れた表情を浮かべた学園長が立っていた。

 

「が、学園長……驚かせないでいただきたい」

 

「驚いたのはこちらです」

 

学園長が、大きくため息をつく。

 

「王国の宮廷魔術師長ともあろう御方が、訓練場の柱へ隠れて何をしているのですか」

 

そう。

 

この不審者こそ。

 

アストリア王国の魔術師達を束ねる、現宮廷魔術師長だった。

 

「視察です」

 

「その黒い外套で?」

 

「身分を隠すためです」

 

「顔は隠れておりませんが」

 

「…………」

 

「それに、アルト君達が入学する前から、何度も学園へ来ていましたね?」

 

「宮廷魔術師長として、王国の将来を担う若者達の教育環境を確認する義務があります」

 

「その割には、アルト君の授業日程ばかり尋ねていましたが」

 

「偶然です」

 

「魔法実技の日程を聞いた瞬間、手帳へ大きな丸を付けていたようですが」

 

「偶然です」

 

「今朝は、授業開始の二時間前からこの柱の陰にいましたね?」

 

「…………視察です」

 

学園長が、疲れ切った表情で額を押さえる。

 

宮廷魔術師長がアルトの存在を知ったのは、四年前。

 

アルトが六歳で受けた、魔力測定の儀の報告書が王城へ届けられた時だった。

 

氷属性と光属性。

 

二つの希少属性を併せ持つ、前例のほとんどない少年。

 

それ以来。

 

宮廷魔術師長は、国王へ何度も面会の許可を求め続けてきた。

 

『陛下! どうか、アルト・フォン・ルミナス君と面会する許可を!』

 

『何をするつもりだ?』

 

『もちろん、研究です!』

 

『却下だ』

 

『まだ何も説明しておりませんが!?』

 

『研究と言った時点で十分だ』

 

『危険なことはいたしません! 魔力量と術式を測定し、可能であれば血液と毛髪を少々――』

 

『却下だ』

 

『解剖などは決していたしません!』

 

『当たり前だ!』

 

そんなやり取りが、一度や二度ではなく繰り返されていた。

 

アルトが八歳で社交界デビューを果たした夜会でも。

 

国王自ら、その話を本人へしていたほどだ。

 

国王アルフレッドにとって。

 

アルトは、最も信頼する友人であるレオンハルトの大切な息子だ。

 

それ以前に、まだ幼い子供である。

 

珍しい属性を持っているからといって。

 

研究へ付き合わせるつもりはなかった。

 

ただ。

 

宮廷魔術師長も、決して悪人ではない。

 

魔法の発展を心から願い。

 

研究成果を王国や民のために役立ててきた、優秀な魔術師だ。

 

純粋に。

 

あまりにも純粋に。

 

魔法が好きすぎるだけだった。

 

そのため、国王も強く叱りつけることはせず。

 

『いずれな』

 

『まだ早い』

 

『本人が望んだら考えよう』

 

そう言って、のらりくらりとかわし続けてきた。

 

しかし。

 

そのアルトが、ついに王都へやって来る。

 

王立学園へ入学すれば、魔法実技の授業を受ける。

 

必ず、人前で魔法を使う。

 

それを知った宮廷魔術師長は。

 

アルト達が入学するよりも前から学園へ足を運び。

 

学園長から一年一組の予定を聞き出し。

 

今日という日を、今か今かと待ち続けていたのである。

 

「学園長」

 

宮廷魔術師長が、真剣な顔で振り返る。

 

「私は今、確信いたしました」

 

「何をですか?」

 

「あの少年は、魔法史を変えます」

 

先ほどまでの怪しさが嘘のような、真っ直ぐな声だった。

 

「氷と光を使えるからではありません」

 

手にした手帳を、強く握り締める。

 

「魔力が多いからでもない。制御が優れているからでもない」

 

宮廷魔術師長の視線の先では。

 

アルトがリリィと話しながら、凍りついた的を元へ戻そうとしていた。

 

「ただ威力が高いだけではない」

 

指定された対象だけを凍らせ。

 

周囲の地面や、別の的には一切影響を及ぼさなかった。

 

氷を生み出すだけならば、氷属性を持つ魔術師なら誰にでもできる。

 

しかし。

 

あれほどの出力を維持しながら、効果範囲を寸分違わず制御することは、熟練の魔術師でも容易ではない。

 

さらに。

 

六つの光球を、それぞれ異なる軌道で同時に操り。

 

全てを的の中心へ命中させた。

 

そして。

 

役目を終えた光を、そのまま消すのではなく。

 

細かな光の粒へ変え、美しい光景を作り出した。

 

「あの少年は、魔法を放って終わりとは考えていない」

 

攻撃に使用した魔力すら。

 

最後の一欠片まで、別の形で活用する。

 

それは、効率だけを求めた結果ではない。

 

周囲にいる者を驚かせ。

 

楽しませ。

 

笑顔にするための魔法。

 

「我々とは、魔法を見る視点そのものが違う……」

 

宮廷魔術師長の身体が、再び震え始める。

 

「素晴らしい……!」

 

「師長?」

 

「素晴らしいぞ、アルト・フォン・ルミナス!」

 

両手を広げ。

 

天を仰ぐ。

 

「希少属性を二つ持つだけでも奇跡だというのに、その発想まで常識の外にあるとは!」

 

「声が大きいです!」

 

訓練場にいた生徒達が、一斉に振り返る。

 

「何か聞こえなかった?」

 

俺が、声のした方を見る。

 

けれど。

 

そこには既に、誰の姿もなかった。

 

「気のせいかしら?」

 

リリィも、不思議そうに首を傾げる。

 

柱の裏では。

 

学園長に口を塞がれた現宮廷魔術師長が、必死に訓練場へ戻ろうともがいていた。

 

「んんーっ!」

 

「落ち着いてください!」

 

「んんんーっ!」

 

「授業が終わるまで、絶対に出てはいけません!」

 

こうして。

 

俺の知らないところで。

 

新たな騒動の種が、元気いっぱいに芽を出していた。

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