異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~ 作:ちーばば
カイルは、勇者の攻撃を防いだ左腕を骨折していた。
幸い、きちんと固定して安静にしていれば、元どおりに治るらしい。
普段はキザでナルシスト。
正直、少し面倒な奴だと思っていた。
けれど。
あの圧倒的な力を前に、傷つけられた少年と、怯えるクラスメート達のために立ち向かった姿は、本当に格好良かった。
あんな熱い一面があるとは思わなかった。
少し見直したぞ、カイル。
そんなわけで。
少しでも早く治ればと、俺も毎朝、教室でカイルの左腕へ光魔法をかけている。
もちろん、俺の光魔法では、神聖魔法のように骨折を一瞬で治すことはできない。
それでも、身体が本来持っている治癒力を活性化させ、回復を早めることはできる。
今日も固定された左腕へ手をかざすと、淡い光がカイルを包み込んだ。
「これでよし。昨日より腫れも引いているみたいだ」
「ありがとう、アルト殿。このカイル・ド・リフィル、君の献身に心から感謝しよう」
怪我人とは思えないほど爽やかな笑顔を浮かべ、カイルが金髪をかき上げる。
片腕が使えなくても、キザな仕草だけは健在らしい。
しかし。
「あぁ、カイル様! なんて痛々しいお姿なの!」
「私がカイル様のお世話をします!」
「昨日はあなたがしていたでしょう!? 今日は私よ!」
「いいえ! 私が昼食を食べさせて差し上げます!」
カイルの周りには、朝から何人もの女子生徒が集まっていた。
教科書を机に並べる者。
椅子を引く者。
飲み物を用意する者。
果ては、まだ朝だというのに、昼食の世話を予約しようとしている者までいる。
すごい。
まるで負傷した王子様だ。
カイルは自分を取り囲む女子生徒達を見回すと、どこか憂いを帯びた表情で首を横へ振った。
「ははっ。子猫ちゃん達」
妙に甘い声だった。
「僕のために争わないでくれたまえ。君達の美しい笑顔が曇ってしまう方が、僕にとってはこの腕の痛みよりもつらいのだから」
「「「カイル様……!」」」
女子生徒達の瞳が、一斉に輝く。
うん。
なんか、怪我が長引いた方がカイルは楽しそうだな。
心配して少しだけ損をした気分になった。
◇
勇者ルークと聖女マリアンヌは、先日、飛び級という形で王立学園を卒業していった。
表向きは、二人の優れた能力を認めた特例措置。
しかし実際のところは、教師達ですら手に負えなくなった二人を、学園から早々に出したかったというのが本音だろう。
つまり。
実質的な追い出しである。
ところが。
教会は一体何を勘違いしたのか、二人の卒業を祝う盛大なパレードを王都で開催した。
あの日。
王都の大通りには教会の旗がいくつも掲げられ、朝から大聖堂の鐘が鳴り響いていた。
白銀の鎧を纏った聖騎士達が道の両側へ整列し、神官達が聖歌を歌いながら花びらをまく。
その中央を進むのは、豪華な装飾を施された純白の馬車。
馬車の上には、聖剣を腰に下げたルークと、純白の法衣を纏ったマリアンヌが立っていた。
「見ろ、マリアンヌ!」
ルークは沿道へ集まった人々を見下ろし、得意げに胸を張る。
「これだけの人間が、俺の卒業を祝っているぞ!」
「当然ですわ、ルーク様!」
マリアンヌは両手を胸元で組み、うっとりとルークを見つめていた。
「王立学園が、これ以上お教えすることはないと認めたのです。ルーク様が、ほかの生徒とは比べものにならないほど優れている証ですわ!」
「ふっ。やはり、そういうことか!」
いや。
多分、違うと思う。
少なくとも、二人を送り出す学園の教師達が浮かべていたのは、優秀な卒業生の門出を惜しむような顔ではなかった。
ようやく嵐が去った。
どう見ても、そんな安堵の表情だった。
しかし。
当の本人達は、まったく気付いていない。
ルークは馬車の上で聖剣を高々と掲げる。
「皆、安心しろ!」
沿道から歓声が上がる中、堂々と言い放った。
「この俺が、勇者として世界を救ってやる!」
「勇者様ー!」
「聖女様ー!」
教会の者達が先導するように声を上げ、それにつられて沿道の人々も歓声を送る。
ルークは満足そうに、何度も頷いていた。
完全に英雄の凱旋気分だ。
まだ何も成し遂げていないのに。
マリアンヌに至っては、声援を受けるルークを見つめたまま、感極まったように涙を浮かべている。
「なんと神々しい……。やはりルーク様こそ、世界を導く特別なお方ですわ……!」
こうして二人は、最後まで何かを勘違いしたまま、王立学園を去っていった。
卒業後、二人は教会の管理下に置かれることになったらしい。
本来、国防を担う勇者は、王国騎士団の管理下で育成される予定だった。
しかし教会が、勇者と聖女は共に使命へ備えるべきだと強く主張。
協議の結果、ルークは教会の聖騎士団預かりとなり、王国騎士団との定期的な合同訓練にも参加することになったそうだ。
教会としては、勇者と聖女を揃って抱え込むことで、自分達の権威をさらに高めたいのだろう。
それにしても。
本当に、あれが勇者と聖女なのだろうか。
前世で俺が思い描いていたアニメやゲーム、物語での勇者は、強くて格好良くて。
どれほど恐ろしい敵が相手でも決して諦めず、困っている人がいれば迷わず手を差し伸べる。
そんな存在だった。
聖女も同じだ。
怪我や病に苦しむ人を優しく癒やし。
身分や立場に関係なく、全ての人が救われることを願う。
慈愛に満ちた存在。
そんなイメージだった。
だが、実際に聖剣に選ばれた勇者は、自分の力を振りかざし、弱い者を見下している。
聖女はそんな勇者を盲目的に崇拝し、目の前に傷ついた人がいても手を差し伸べようとしなかった。
強いことと、誰かを救えることは。
同義ではないのだろうか。
そんな答えの出ないモヤモヤを、俺はここ数日ずっと抱えていた。
◇
だからこそ。
その週末のライブは、いつも以上に熱が入った。
王都西部の噴水広場。
今日も広場には、アリアのライブを楽しみにしてくれていた人達が集まっている。
白と桃色を基調に、水色を差し色として加えた衣装。
本来の銀髪には光の薄い膜を重ね、柔らかな淡い桃色へと変えている。
ここにいる俺は、アルト・フォン・ルミナスではない。
歌と踊りで笑顔を届ける、謎の美少女アイドル。
アリアだ。
黒い筒の中へ隠した氷のマイクを握り締め、集まってくれた人達を見渡す。
仕事帰りらしい男性。
買い物袋を抱えた女性。
父親に肩車をしてもらっている子供。
いつも見に来てくれる人の顔もあれば、初めて見る人の顔もある。
「みんなー! 今日も来てくれてありがとう!」
両手を大きく広げる。
それだけで、広場から大きな歓声が返ってきた。
「嫌なことがあった人!」
観客の一人が、苦笑しながら手を上げる。
「悩んでいる人!」
今度は何人もの手が上がった。
もちろん俺も、心の中でそっと手を上げる。
「この時間だけは全部忘れて、一緒に思いっきり楽しんでいってね!」
「おおー!」
「アリアちゃーん!」
その声を受けた瞬間。
胸の奥に溜まっていたモヤモヤが、少しだけ軽くなった。
黒い箱の内部に作り出した氷のスピーカーから、明るく爽やかな音楽が流れ始める。
今日の曲は――『Smile again』。
失敗してもいい。
泣いてもいい。
立ち止まったって構わない。
それでも、もう一度前を向こう。
もう一度、一緒に笑おう。
前世で俺自身が何度も救われた、そんな想いを込めた曲だ。
音楽に合わせて一歩踏み出し、大きく腕を振る。
観客から自然と手拍子が起こった。
パン、パン、パン。
最初はまばらだった音が、少しずつ重なっていく。
子供達が俺の動きを真似して跳びはねる。
大人達も、少し照れながら腕を振る。
やがて噴水広場全体が、一つの大きなリズムに包まれていった。
もっと。
もっと、この楽しさを知ってほしい。
この広場にいる人達へ。
今日ここへ来られなかった人達へ。
まだアイドルを知らない、たくさんの人達へ。
歌を聴いて。
一緒に踊って。
声を上げて、笑い合う。
好きな誰かを応援して。
次に会える日を楽しみにしながら、毎日を過ごす。
そんな時間が、どれほど素敵なものなのか。
この世界の人達にも、もっと知ってほしい。
俺は持てる力の全てを込めて、最後のサビを歌い上げた。
淡い光がステージを包み込む。
桃色の髪が美しく輝き。
細かな氷の粒が光を反射し、色とりどりの星となって空へ舞い上がる。
「みんなー!」
両手を高く掲げる。
「笑ってー!」
観客達が応えるように、満面の笑顔を浮かべた。
最後の音が鳴り終わる。
一瞬の静寂。
そして。
広場が揺れるほどの拍手と歓声が押し寄せた。
「アリアちゃーん!」
「今日も最高だったぞー!」
「また来週も来るからなー!」
「もう一曲ー!」
俺も満面の笑顔で、大きく手を振る。
「みんな、ありがとう!」
胸の奥に残っていたモヤモヤは、いつの間にか消えていた。
勇者や聖女がどうあるべきなのか。
強い力を持つということが、誰かを救うことと同じなのか。
今の俺には、まだ分からない。
きっと、すぐに答えが出るようなことでもないのだろう。
だけど。
楽しそうに笑う人達を見ていると、改めて思う。
やっぱり、アイドルって最高だ。
歌って、踊って。
みんなで声を上げて、一緒に笑う。
誰かを応援する楽しさを知れば、毎日はもっと楽しくなる。
この世界には、まだアイドルを知らない人がたくさんいる。
だから俺は、これからも歌おう。
一人でも多くの人に笑顔になってもらうために。
アイドルの素晴らしさを。
推しがいる毎日の楽しさを。
もっと、もっと広げていくために。