異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~   作:ちーばば

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第50話 sideマリウス

 王立学園へ入学して、早くも二か月が過ぎた。

 

「王立学園を出たっちゅう経歴があれば、将来お前が商会を継ぐときにも箔がつく。それに、学園生活を通じて貴族とのつながりも作れるやろ」

 

 おとんにそう言われ、必死に勉強した日々が懐かしい。

 

 運良く試験に合格できたうえ、王女殿下や大公爵家の御子息をはじめ、上級貴族の子供達が何人も在籍する一年一組へ入れた。

 

 ここまでは、まさにおとんの思惑どおりやろう。

 

 さらに、何の奇跡か。

 

 わてはリリアーナ様やアルト君とも、親しくさせてもろうている。

 

 二人とも、わてが平民だからといって態度を変えたりはしない。

 

 むしろ最初から、ごく自然に一人のクラスメートとして接してくれた。

 

 貴族にも、こんな方々がおるんやな。

 

 そう感動したものだ。

 

 まあ、中にはカイル君みたいな、ちょっと変わった貴族もおるけど。

 

 悪い人やないんやけどな。

 

 ただ、少しばかり自分のことが好きすぎるだけで。

 

 そんなカイル君と勇者様の間で、先日、大きな騒動が起きた。

 

 広場での指導とは名ばかりの、一方的な暴力。

 

 アルト君が間に入らなければ、カイル君は左腕の骨折だけでは済まなかったかもしれない。

 

 あのとき。

 

 わては、その場から一歩も動けなかった。

 

 もちろん、わてに勇者様を止められるような力があるはずもない。

 

 剣も魔法も、人並み以下。

 

 商売のことなら多少は自信があるけれど、あんな場面では何の役にも立たない。

 

 それでも。

 

 同い年のカイル君が傷つけられた少年やクラスメート達のために立ち向かい、アルト君も迷わずその前へ出た。

 

 それなのに、わては何もできなかった。

 

 怖くて、ただ見ていることしかできなかった。

 

 そのことが、どうにも情けなくて仕方がなかった。

 

 ◇

 

 気分が沈んだまま迎えた週末。

 

 寮の部屋にいても落ち着かず、かといって何かをする気にもなれない。

 

 結局、わては目的もなく王都の街を歩き、気がつけば西部の噴水広場まで来ていた。

 

 広場の端へ腰を下ろし、ぼんやりと行き交う人々を眺める。

 

 このまま何もせず、一日が終わるんやろか。

 

 そんなことを考えていたときだった。

 

「なあ、もうそろそろ始まる頃だよな?」

 

「ああ! 早く行って、前の方で待ってようぜ!」

 

「ママ、早く早くー!」

 

「はいはい。そんなに慌てなくても、ちゃんと間に合うから」

 

 何人もの人達が、楽しそうに同じ方向へ歩いていく。

 

 大人も子供も、誰もがどこか浮き足立っていた。

 

 なんや、なんや?

 

 何かの催しでも始まるんやろか?

 

 気になって人の流れを目で追っていると、あっという間に広場の一角へ人だかりができた。

 

 その周囲では、何人かの大人達が人の流れを整理している。

 

 特に予定もない。

 

 少しくらい覗いてみてもええやろ。

 

 好奇心に引かれ、わても人だかりの後ろへ加わった。

 

 背伸びをして、人々の肩越しに中心を覗き込む。

 

 そこには――。

 

「お姫様や……」

 

 思わず、そんな言葉が口から漏れた。

 

 人だかりの向こう。

 

 広く空けられた場所に立っていたのは、煌びやかなドレスに身を包んだ、桃色の髪の女の子だった。

 

 白と桃色を基調に、水色を差し色として加えた可愛らしい衣装。

 

 年齢は、わてと同じくらいやろか。

 

 柔らかな桃色の髪が陽の光を受けて輝き、宝石のように澄んだ青い瞳が、集まった人達を嬉しそうに見渡している。

 

 なんや、あの娘。

 

 とびっきり可愛いやないか。

 

 女の子の前には、見慣れない黒い箱が二つ置かれていた。

 

 魔道具やろか?

 

 わてが首を傾げていると、女の子は黒い筒を口元へ近づけた。

 

「皆さーん! 今日も集まってくれて、ありがとうございます!」

 

 その瞬間。

 

 女の子の声が、広場全体へ大きく響き渡った。

 

 やっぱり魔道具なんやろか。

 

 それにしても――。

 

 あぁ、声までめっちゃ可愛らしいなぁ。

 

「待ってたよ、アリアちゃん!」

 

「アリアお姉ちゃーん!」

 

「アリアちゃーん!」

 

 人混みのあちらこちらから、一斉に歓声が上がる。

 

 なるほど。

 

 アリアちゃん言うんか。

 

「みんな、ありがとー!」

 

 アリアちゃんは満面の笑顔で、大きく手を振った。

 

「歌と踊りで、みんなに笑顔を届けたい!」

 

 胸の前で両手を組み、可愛らしく小首を傾げる。

 

「みんなのアイドル! アリアです!」

 

 最後に片目をつむり、右手で小さなハートを作った。

 

 その仕草に合わせて、観客達からさらに大きな歓声が巻き起こる。

 

「うおおおおー!」

 

「アリアちゃーん!」

 

「今日も可愛いぞー!」

 

 なんや、この盛り上がりは!?

 

 歌い手が名乗っただけやのに、まるで祭りのような騒ぎや。

 

「いつも来てくれている人も! 今日が初めての人も!」

 

 アリアちゃんが人差し指を立て、左右へ大きく振る。

 

「最後まで、いーっぱい楽しんでいってね!」

 

「うおおおおおー!」

 

 す、凄い熱気や。

 

 後ろの方にいるわての身体まで、歓声で震えるようだった。

 

「それでは、聴いてください!」

 

 アリアちゃんが元気よく拳を突き上げる。

 

「『ホップ・ステップ――』」

 

「「「ジャンピーング!!!」」」

 

 曲名の最後を、観客達が一斉に叫んだ。

 

 なんやそれ!?

 

 いつ練習したんや!?

 

 驚くわてを置き去りにして、黒い箱から軽快な音楽が流れ始める。

 

 それと同時に、アリアちゃんが弾むように駆け出した。

 

 広場を所狭しと飛び跳ねながら、歌い、踊る。

 

 大きく腕を振れば、観客達も同じように腕を振り。

 

 アリアちゃんが跳びはねれば、観客達も一斉に跳びはねる。

 

 子供達は楽しそうに笑い、大人達も周りを気にせず声を上げている。

 

 歌劇とは違う。

 

 吟遊詩人の演奏とも、まるで違う。

 

 おとんは「一流のものには、銭を払ってでも触れなあかん」と、わてを何度も歌劇場へ連れていってくれた。

 

 有名な吟遊詩人の演奏を聴かせてもらったこともある。

 

 どちらも素晴らしかった。

 

 歌や演奏を静かに聴き、その技に感心する。

 

 せやけど、これは違う。

 

 見る者と見られる者が分かれていない。

 

 アリアちゃんが楽しそうに歌えば、みんなも笑う。

 

 アリアちゃんが拳を上げれば、みんなも拳を上げる。

 

 ここにいる全員で、一つの楽しい時間を作り上げている。

 

 なんや、これは……!

 

 通りがかった人達も次々と足を止め、人だかりはどんどん大きくなっていった。

 

 けれど、不思議と窮屈には感じない。

 

 わても夢中になって歌へ聴き入り、気づけば音楽に合わせて身体を揺らしていた。

 

「みんなー! もっと声を聞かせてー!」

 

「アリアちゃーん!」

 

 周囲から大きな声が上がる。

 

 気づいたときには。

 

「アリアちゃーん!!」

 

 わても負けじと、声を張り上げていた。

 

 恥ずかしさなんて、どこかへ吹き飛んでいた。

 

 アリアちゃんがこちらを向いた。

 

 一瞬、目が合ったような気がする。

 

 そして、笑顔で大きく手を振ってくれた。

 

 い、今の。

 

 もしかして、わてに手を振ってくれたんか!?

 

 胸が大きく跳ねる。

 

 なんやこれ。

 

 めっちゃ嬉しいやないか!

 

 それから何曲歌ったのか。

 

 どれだけの時間が経ったのか。

 

 わてには、まったく分からなかった。

 

 ただ夢中で腕を振り、声を上げ、ときには周囲の人達と一緒に笑った。

 

 やがて最後の曲が終わり、広場中を大きな拍手が包み込む。

 

「みんなー! 今日は本当にありがとう!」

 

「アリアちゃーん!」

 

「今日も最高だったぞー!」

 

「もう一曲ー!」

 

 名残惜しそうな声へ、アリアちゃんは何度も手を振った。

 

「また来週、ここで会おうねー!」

 

「絶対来るよー!」

 

「アリアお姉ちゃん、またねー!」

 

「みんなー! またねー!」

 

 そうしてアリアちゃんは、付き人らしき二人の女性と共に広場から去っていった。

 

 気づけば、人の流れを整理していた男達の姿も消えている。

 

 広場に残ったのは、いまだ冷めきらない熱気と――。

 

「今日のアリアちゃんも最高だったな!」

 

「うんうん! 特に二曲目の、あそこでくるっと回るところ!」

 

「分かるー! あそこ、めちゃくちゃ可愛かったよな!」

 

「来週はもっと前で見ようぜ!」

 

 すぐには帰ろうとせず、口々に感想を語り合う人達だった。

 

 わては、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 

 胸の奥が熱い。

 

 頭の中には、アリアちゃんの歌と笑顔が何度も浮かんでくる。

 

 まるで夢から覚めたばかりのように、ぼんやりしていると。

 

「お兄ちゃん、今日が初めてかい?」

 

 隣にいた男の人から声をかけられた。

 

「えっ? あ、はい! 今日初めて見たんです」

 

「やっぱりな! 初めてだと衝撃が凄いだろ?」

 

「はい! なんや、気づいたらわても声を張り上げてましたわ」

 

「はははっ! 分かる、分かる! 俺も最初は後ろで見ているだけのつもりだったんだ。それが今じゃ、毎週この時間に合わせて仕事を切り上げてる」

 

「毎週?」

 

「ああ。アリアちゃんは、ここ一か月ちょっと、毎週末ここへ来て歌を披露してくれるんだ」

 

「ほんなら、来週も見られるんですね!」

 

 思わず身を乗り出すと、男の人が楽しそうに笑った。

 

「おっ。お兄ちゃんも、すっかりハマったみたいだな!」

 

「そ、そんなんやないですけど……」

 

 そう言いかけて。

 

 すぐに、来週のことを考えている自分に気づく。

 

 次は、もう少し前で見てみたい。

 

 今日とは違う歌も聴けるんやろか。

 

 また、こっちへ手を振ってくれるやろか。

 

「……たしかに、もう来週が待ち遠しいですわ」

 

「だろ? これから毎週末が楽しみになるぞ!」

 

 名前も知らない人と、アリアちゃんの話で笑い合う。

 

 それまで一度も会ったことがなかったのに、好きなものが同じというだけで、昔からの知り合いのように話せてしまう。

 

 これも、アリアちゃんの言っていた〝アイドル〟の力なんやろか。

 

 ふと気づけば。

 

 あれほど胸の中へ重く沈んでいたモヤモヤは、いつの間にか消えていた。

 

 何もできなかった自分が、急に強くなったわけではない。

 

 あの日の情けなさを、忘れたわけでもない。

 

 それでも今は、少しだけ顔を上げて歩ける気がした。

 

 楽しい時間を過ごして。

 

 大きな声を出して。

 

 知らない人達と一緒に笑って。

 

 ただそれだけのことなのに、不思議なものやな。

 

 寮へ戻る道を歩きながら、わては何度も今日の光景を思い返した。

 

 桃色の髪。

 

 眩しい笑顔。

 

 広場いっぱいに響いた歌声。

 

 そして、こちらへ向けて振ってくれた手。

 

「はぁ……アリアちゃん」

 

 自然と頬が緩んでしまう。

 

「来週の週末が、今から楽しみやで!」

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