異世界アイドル道 ~アイドルのいない世界に転生した大公爵令息、歌と笑顔で世界を救います!~ 作:ちーばば
王立学園へ入学して、早くも二か月が過ぎた。
「王立学園を出たっちゅう経歴があれば、将来お前が商会を継ぐときにも箔がつく。それに、学園生活を通じて貴族とのつながりも作れるやろ」
おとんにそう言われ、必死に勉強した日々が懐かしい。
運良く試験に合格できたうえ、王女殿下や大公爵家の御子息をはじめ、上級貴族の子供達が何人も在籍する一年一組へ入れた。
ここまでは、まさにおとんの思惑どおりやろう。
さらに、何の奇跡か。
わてはリリアーナ様やアルト君とも、親しくさせてもろうている。
二人とも、わてが平民だからといって態度を変えたりはしない。
むしろ最初から、ごく自然に一人のクラスメートとして接してくれた。
貴族にも、こんな方々がおるんやな。
そう感動したものだ。
まあ、中にはカイル君みたいな、ちょっと変わった貴族もおるけど。
悪い人やないんやけどな。
ただ、少しばかり自分のことが好きすぎるだけで。
そんなカイル君と勇者様の間で、先日、大きな騒動が起きた。
広場での指導とは名ばかりの、一方的な暴力。
アルト君が間に入らなければ、カイル君は左腕の骨折だけでは済まなかったかもしれない。
あのとき。
わては、その場から一歩も動けなかった。
もちろん、わてに勇者様を止められるような力があるはずもない。
剣も魔法も、人並み以下。
商売のことなら多少は自信があるけれど、あんな場面では何の役にも立たない。
それでも。
同い年のカイル君が傷つけられた少年やクラスメート達のために立ち向かい、アルト君も迷わずその前へ出た。
それなのに、わては何もできなかった。
怖くて、ただ見ていることしかできなかった。
そのことが、どうにも情けなくて仕方がなかった。
◇
気分が沈んだまま迎えた週末。
寮の部屋にいても落ち着かず、かといって何かをする気にもなれない。
結局、わては目的もなく王都の街を歩き、気がつけば西部の噴水広場まで来ていた。
広場の端へ腰を下ろし、ぼんやりと行き交う人々を眺める。
このまま何もせず、一日が終わるんやろか。
そんなことを考えていたときだった。
「なあ、もうそろそろ始まる頃だよな?」
「ああ! 早く行って、前の方で待ってようぜ!」
「ママ、早く早くー!」
「はいはい。そんなに慌てなくても、ちゃんと間に合うから」
何人もの人達が、楽しそうに同じ方向へ歩いていく。
大人も子供も、誰もがどこか浮き足立っていた。
なんや、なんや?
何かの催しでも始まるんやろか?
気になって人の流れを目で追っていると、あっという間に広場の一角へ人だかりができた。
その周囲では、何人かの大人達が人の流れを整理している。
特に予定もない。
少しくらい覗いてみてもええやろ。
好奇心に引かれ、わても人だかりの後ろへ加わった。
背伸びをして、人々の肩越しに中心を覗き込む。
そこには――。
「お姫様や……」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
人だかりの向こう。
広く空けられた場所に立っていたのは、煌びやかなドレスに身を包んだ、桃色の髪の女の子だった。
白と桃色を基調に、水色を差し色として加えた可愛らしい衣装。
年齢は、わてと同じくらいやろか。
柔らかな桃色の髪が陽の光を受けて輝き、宝石のように澄んだ青い瞳が、集まった人達を嬉しそうに見渡している。
なんや、あの娘。
とびっきり可愛いやないか。
女の子の前には、見慣れない黒い箱が二つ置かれていた。
魔道具やろか?
わてが首を傾げていると、女の子は黒い筒を口元へ近づけた。
「皆さーん! 今日も集まってくれて、ありがとうございます!」
その瞬間。
女の子の声が、広場全体へ大きく響き渡った。
やっぱり魔道具なんやろか。
それにしても――。
あぁ、声までめっちゃ可愛らしいなぁ。
「待ってたよ、アリアちゃん!」
「アリアお姉ちゃーん!」
「アリアちゃーん!」
人混みのあちらこちらから、一斉に歓声が上がる。
なるほど。
アリアちゃん言うんか。
「みんな、ありがとー!」
アリアちゃんは満面の笑顔で、大きく手を振った。
「歌と踊りで、みんなに笑顔を届けたい!」
胸の前で両手を組み、可愛らしく小首を傾げる。
「みんなのアイドル! アリアです!」
最後に片目をつむり、右手で小さなハートを作った。
その仕草に合わせて、観客達からさらに大きな歓声が巻き起こる。
「うおおおおー!」
「アリアちゃーん!」
「今日も可愛いぞー!」
なんや、この盛り上がりは!?
歌い手が名乗っただけやのに、まるで祭りのような騒ぎや。
「いつも来てくれている人も! 今日が初めての人も!」
アリアちゃんが人差し指を立て、左右へ大きく振る。
「最後まで、いーっぱい楽しんでいってね!」
「うおおおおおー!」
す、凄い熱気や。
後ろの方にいるわての身体まで、歓声で震えるようだった。
「それでは、聴いてください!」
アリアちゃんが元気よく拳を突き上げる。
「『ホップ・ステップ――』」
「「「ジャンピーング!!!」」」
曲名の最後を、観客達が一斉に叫んだ。
なんやそれ!?
いつ練習したんや!?
驚くわてを置き去りにして、黒い箱から軽快な音楽が流れ始める。
それと同時に、アリアちゃんが弾むように駆け出した。
広場を所狭しと飛び跳ねながら、歌い、踊る。
大きく腕を振れば、観客達も同じように腕を振り。
アリアちゃんが跳びはねれば、観客達も一斉に跳びはねる。
子供達は楽しそうに笑い、大人達も周りを気にせず声を上げている。
歌劇とは違う。
吟遊詩人の演奏とも、まるで違う。
おとんは「一流のものには、銭を払ってでも触れなあかん」と、わてを何度も歌劇場へ連れていってくれた。
有名な吟遊詩人の演奏を聴かせてもらったこともある。
どちらも素晴らしかった。
歌や演奏を静かに聴き、その技に感心する。
せやけど、これは違う。
見る者と見られる者が分かれていない。
アリアちゃんが楽しそうに歌えば、みんなも笑う。
アリアちゃんが拳を上げれば、みんなも拳を上げる。
ここにいる全員で、一つの楽しい時間を作り上げている。
なんや、これは……!
通りがかった人達も次々と足を止め、人だかりはどんどん大きくなっていった。
けれど、不思議と窮屈には感じない。
わても夢中になって歌へ聴き入り、気づけば音楽に合わせて身体を揺らしていた。
「みんなー! もっと声を聞かせてー!」
「アリアちゃーん!」
周囲から大きな声が上がる。
気づいたときには。
「アリアちゃーん!!」
わても負けじと、声を張り上げていた。
恥ずかしさなんて、どこかへ吹き飛んでいた。
アリアちゃんがこちらを向いた。
一瞬、目が合ったような気がする。
そして、笑顔で大きく手を振ってくれた。
い、今の。
もしかして、わてに手を振ってくれたんか!?
胸が大きく跳ねる。
なんやこれ。
めっちゃ嬉しいやないか!
それから何曲歌ったのか。
どれだけの時間が経ったのか。
わてには、まったく分からなかった。
ただ夢中で腕を振り、声を上げ、ときには周囲の人達と一緒に笑った。
やがて最後の曲が終わり、広場中を大きな拍手が包み込む。
「みんなー! 今日は本当にありがとう!」
「アリアちゃーん!」
「今日も最高だったぞー!」
「もう一曲ー!」
名残惜しそうな声へ、アリアちゃんは何度も手を振った。
「また来週、ここで会おうねー!」
「絶対来るよー!」
「アリアお姉ちゃん、またねー!」
「みんなー! またねー!」
そうしてアリアちゃんは、付き人らしき二人の女性と共に広場から去っていった。
気づけば、人の流れを整理していた男達の姿も消えている。
広場に残ったのは、いまだ冷めきらない熱気と――。
「今日のアリアちゃんも最高だったな!」
「うんうん! 特に二曲目の、あそこでくるっと回るところ!」
「分かるー! あそこ、めちゃくちゃ可愛かったよな!」
「来週はもっと前で見ようぜ!」
すぐには帰ろうとせず、口々に感想を語り合う人達だった。
わては、しばらくその場に立ち尽くしていた。
胸の奥が熱い。
頭の中には、アリアちゃんの歌と笑顔が何度も浮かんでくる。
まるで夢から覚めたばかりのように、ぼんやりしていると。
「お兄ちゃん、今日が初めてかい?」
隣にいた男の人から声をかけられた。
「えっ? あ、はい! 今日初めて見たんです」
「やっぱりな! 初めてだと衝撃が凄いだろ?」
「はい! なんや、気づいたらわても声を張り上げてましたわ」
「はははっ! 分かる、分かる! 俺も最初は後ろで見ているだけのつもりだったんだ。それが今じゃ、毎週この時間に合わせて仕事を切り上げてる」
「毎週?」
「ああ。アリアちゃんは、ここ一か月ちょっと、毎週末ここへ来て歌を披露してくれるんだ」
「ほんなら、来週も見られるんですね!」
思わず身を乗り出すと、男の人が楽しそうに笑った。
「おっ。お兄ちゃんも、すっかりハマったみたいだな!」
「そ、そんなんやないですけど……」
そう言いかけて。
すぐに、来週のことを考えている自分に気づく。
次は、もう少し前で見てみたい。
今日とは違う歌も聴けるんやろか。
また、こっちへ手を振ってくれるやろか。
「……たしかに、もう来週が待ち遠しいですわ」
「だろ? これから毎週末が楽しみになるぞ!」
名前も知らない人と、アリアちゃんの話で笑い合う。
それまで一度も会ったことがなかったのに、好きなものが同じというだけで、昔からの知り合いのように話せてしまう。
これも、アリアちゃんの言っていた〝アイドル〟の力なんやろか。
ふと気づけば。
あれほど胸の中へ重く沈んでいたモヤモヤは、いつの間にか消えていた。
何もできなかった自分が、急に強くなったわけではない。
あの日の情けなさを、忘れたわけでもない。
それでも今は、少しだけ顔を上げて歩ける気がした。
楽しい時間を過ごして。
大きな声を出して。
知らない人達と一緒に笑って。
ただそれだけのことなのに、不思議なものやな。
寮へ戻る道を歩きながら、わては何度も今日の光景を思い返した。
桃色の髪。
眩しい笑顔。
広場いっぱいに響いた歌声。
そして、こちらへ向けて振ってくれた手。
「はぁ……アリアちゃん」
自然と頬が緩んでしまう。
「来週の週末が、今から楽しみやで!」