異世界アイドル道   作:ちーばば

7 / 36
第7話 ないなら作ればいい

アイドルがいない。

 

その事実を知ってから三日。

 

俺はしょんぼりしていた。

 

本を開いても、なんだか文字が頭に入ってこない。

 

勉強も少しだけやる気が出ない。

 

ご飯はちゃんと食べている。

 

夜も眠れている。

 

だけど。

 

胸の中がもやもやしていた。

 

推しがいない。

 

ライブがない。

 

アイドルがいない。

 

そんな世界が本当にあるなんて。

 

前世の俺には信じられなかった。

 

「はぁ……」

 

ため息をひとつ。

 

すると。

 

コンコン。

 

控えめなノックが聞こえた。

 

「アルトちゃん?」

 

母様だった。

 

「入ってもいいかしら?」

 

「どうぞ……」

 

元気のない返事をすると、母様は部屋へ入ってきた。

 

そして隣にちょこんと座る。

 

しばらく何も言わない。

 

「最近元気がないわね」

 

やがて母様が言った。

 

図星だった。

 

でも。

 

アイドルがいないから落ち込んでいます。

 

なんて言えるはずもない。

 

「そんなことないです」

 

「嘘」

 

即答だった。

 

「母親ですもの」

 

ぐうの音も出ない。

 

母様はくすっと笑った。

 

そして。

 

いきなり俺の脇腹をつんつんした。

 

「ひゃっ」

 

「ほら、やっぱり元気ない」

 

「それ関係あります?」

 

「あるわ」

 

母様は真面目な顔で言った。

 

「元気なアルトちゃんはもっと変な声が出るもの」

 

「出ません」

 

「今のはなかなか良かったわよ?」

 

少しだけ。

 

本当に少しだけだが。

 

気持ちが軽くなった。

 

母様はさらに俺の頭をわしゃわしゃ撫でる。

 

「それにね」

 

「落ち込んでいる時は、お空を見たり、お菓子を食べたり、変な顔をしたりすると少し元気になるのよ」

 

「変な顔?」

 

「こう」

 

母様は頬をふくらませた。

 

ものすごく変な顔だった。

 

思わず吹き出す。

 

「ふふっ」

 

「あら、笑った」

 

「母様が変な顔するからです」

 

「大成功ね」

 

母様は嬉しそうだった。

 

それから優しく言う。

 

「悲しいことがあってもね」

 

「ずっと悲しいままじゃなくていいのよ」

 

「今日はお菓子を食べて」

 

「明日はお散歩して」

 

「その次の日は何か面白いことを探せばいいの」

 

面白いこと。

 

その言葉に。

 

俺は少し考えた。

 

アイドルはいない。

 

ライブもない。

 

推しもいない。

 

でも。

 

歌はある。

 

踊りもある。

 

劇団もある。

 

歌姫もいる。

 

みんなを楽しませるものはちゃんとある。

 

足りないのは。

 

アイドルだけだ。

 

そこまで考えた瞬間。

 

頭の中で何かがぴこんと鳴った。

 

待て。

 

本当にずっと落ち込んでいる必要があるのか?

 

アイドルがいない。

 

だから何だ。

 

前世のアイドルだって最初からいたわけじゃない。

 

誰かが始めた。

 

誰かが作った。

 

だから今がある。

 

なら。

 

答えは簡単だ。

 

「ないなら……」

 

思わず呟く。

 

母様が首を傾げた。

 

「アルトちゃん?」

 

俺はゆっくり立ち上がる。

 

胸の奥が少しわくわくしていた。

 

そうだ。

 

この世界にアイドルがいないなら。

 

「作ればいい」

 

「え?」

 

母様が目をぱちくりさせる。

 

「何を作るの?」

 

「秘密です」

 

そう答えると、母様は困ったように笑った。

 

「ふふっ。そういうことにしておくわ」

 

だが今は説明している暇などない。

 

推しがいないなら作る。

 

ライブがないなら作る。

 

アイドルがいないなら――

 

俺がなる。

 

その瞬間。

 

中村有人のしょんぼりは終わった。

 

そして。

 

アルト・フォン・ルミナスの夢が始まったのだった。

 

「母様」

 

「なあに?」

 

「ありがとうございます」

 

そう言うと、母様は少し驚いた顔をした。

 

それからふわりと微笑む。

 

「どういたしまして」

 

「元気になったみたいで安心したわ」

 

そう言って優しく頭を撫でてくれる。

 

その手はとても温かかった。

 

気分が軽くなった俺は大きく伸びをする。

 

そこでようやく周囲が目に入った。

 

「……あれ?」

 

何かおかしい。

 

部屋の隅を見る。

 

勇者の絵本。

 

英雄譚。

 

木剣。

 

木製の盾。

 

赤いマント。

 

聖剣の模型。

 

何故か増えていた。

 

「増えてる」

 

しかも一つや二つではない。

 

明らかに増えている。

 

よく見ると。

 

昨日まで無かった物もある。

 

いや。

 

待て。

 

木剣は前からあった気がする。

 

だが。

 

盾は確実に無かった。

 

英雄譚も増えている。

 

つまり。

 

日に日に増えている。

 

怖い。

 

「母様」

 

「なあに?」

 

「これ何ですか?」

 

母様は困ったように苦笑した。

 

まるで、

 

『もう、言ってもあの人は聞かないでどんどん買っちゃうんだから』

 

とでも言いたげな顔だった。

 

怪しい。

 

ものすごく怪しい。

 

「父様ですか?」

 

「……」

 

「父様ですね」

 

「昨日は勇者の兜と聖剣の模型で悩んでいたわ」

 

犯人確定だった。

 

俺は思わず天井を見上げる。

 

いや。

 

嬉しい。

 

嬉しいんだけど。

 

違うんだ父様。

 

俺が欲しいのは剣じゃない。

 

マイクなんだ。

 

そんなことを思っていると。

 

「ちなみに今日は勇者の鎧を注文するか悩んでいたわ」

 

「まだ増えるんですか!?」

 

思わず叫んでしまった。

 

母様は楽しそうに笑う。

 

どうやら父様は。

 

息子が勇者に憧れて落ち込んでいると思っているらしい。

 

違う。

 

盛大に違う。

 

だけど。

 

その勘違いが少しだけ嬉しかった。

 

心配してくれているのが伝わってきたからだ。

 

「……ありがとうございます、父様」

 

聞こえない場所へ向かって小さく呟く。

 

しばらくして母様は立ち上がった。

 

「でも無理は駄目よ?」

 

「分かってます」

 

本当は分かっていない気もする。

 

これからアイドル計画を始める気満々なのだから。

 

母様はくすりと笑った。

 

そして扉へ向かう。

 

扉を開く直前。

 

母様はこちらを振り返った。

 

「アルトちゃん」

 

「はい?」

 

「大好きよ」

 

そう言い残して母様は部屋を出ていった。

 

パタン。

 

静かに扉が閉まる。

 

「……反則だろ」

 

思わず呟く。

 

前世でそんなことを言われた記憶はない。

 

なんというか。

 

愛情表現がストレートすぎる。

 

少しだけ照れながら窓の外を見る。

 

勇者にはならない。

 

賢者にもならない。

 

聖女にもならない。

 

もちろん魔王でもない。

 

俺が目指すのは――

 

世界初のアイドルだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。