世界初のアイドルになる。
そう決意したのはいい。
だが。
一つ問題があった。
「さて……どうしよう」
そもそも俺はアイドルではない。
前世でもただのオタクだった。
ライブに通った。
CDも買った。
グッズも買った。
遠征もした。
だが。
ステージへ立ったことはない。
歌ったことも。
踊ったこともない。
だからこそ分かることもあった。
「まず必要なのは……体力だ」
断言できる。
アイドルに必要なのは体力だ。
歌唱力?
もちろん大事だ。
ダンス?
当然必要だ。
だが。
それら全てを支える土台は体力である。
ライブを思い出す。
二時間近い公演。
歌って。
踊って。
走り回って。
何曲も何曲も披露する。
それなのに。
最後まで笑顔だ。
息を切らしている様子も見せない。
疲れた顔も見せない。
まるで無限に動けるかのように輝いている。
だが。
オタク歴十五年の俺は知っている。
あれは決して楽なことではない。
舞台裏では誰よりも努力している。
筋トレ。
ランニング。
ダンスレッスン。
発声練習。
積み重ねた努力の結晶だ。
さらにトップアイドルともなれば。
ライブだけでは終わらない。
テレビ。
ラジオ。
雑誌。
イベント。
配信。
前世のミリリンなど、いつ休んでいるのか分からないレベルだった。
それでも。
ファンの前ではいつも笑顔だった。
「やっぱりアイドルってすげぇな……」
改めて尊敬する。
勇者も凄い。
賢者も凄い。
聖女も凄い。
だが。
アイドルも負けていない。
むしろ別方向で超人だ。
そして。
今の俺は五歳児。
体力など皆無である。
全力で庭を走り回ればすぐ息が切れる。
これでは話にならない。
「よし」
まずは体力作りだ。
そう思いながら部屋を見回した時だった。
ふと。
部屋の隅に置かれた木剣が目に入る。
父様が買ってくれた勇者セットの一つだ。
「……これ使えるな」
思わず呟く。
剣術。
つまり運動である。
走る。
振る。
踏み込む。
全身を使う。
体力作りにはちょうど良い。
それに。
アイドルだって体を鍛える。
歌って踊るためには筋力も必要だ。
スタミナも必要だ。
剣の腕前そのものは必要ないかもしれない。
だが。
鍛えた体は絶対に裏切らない。
「決めた」
走り込み。
筋力作り。
そして剣術。
全部まとめてやってしまおう。
幸い。
木剣は既にある。
父様には悪いが勇者になるつもりはない。
だが。
この木剣には存分に活躍してもらおう。
走り込みで体力を付ける。
素振りで筋力を鍛える。
ついでに剣術の基礎も覚えられる。
一石二鳥どころか三鳥だ。
アイドルだって体が資本である。
歌って踊り続けるためには強い身体が必要だ。
前世の推し達もきっと見えないところで努力していた。
なら。
俺も努力しよう。
俺は木剣を手に取る。
思ったより重い。
五歳児の体ではなおさらだ。
だからこそ丁度良い。
父様には悪いが勇者になるつもりはない。
だが。
この木剣には存分に活躍してもらおう。
いつかマイクを握るその日のために。
異世界初のアイドルへの第一歩。
それは歌でもダンスでもなく。
木剣の素振りから始まった。