異世界アイドル道   作:ちーばば

9 / 36
第9話 父様に弟子入りです

翌朝。

 

まだ太陽が顔を出したばかりの時間だった。

 

俺はぱちりと目を覚ます。

 

「……早いな」

 

窓の外は朝焼け。

 

鳥のさえずりが聞こえる。

 

前世なら絶対に寝ている時間だった。

 

だが不思議と眠くない。

 

むしろ胸の奥がわくわくしていた。

 

目標ができたからだ。

 

昨日までとは違う。

 

何をすれば良いのか分からず落ち込んでいた。

 

だが今は違う。

 

世界初のアイドルになる。

 

その目標ができた。

 

それだけでこんなにも気持ちが軽い。

 

遠足前の子供みたいなものだろう。

 

「よし」

 

俺は勢いよくベッドから飛び起きた。

 

身支度を整え。

 

部屋の隅へ視線を向ける。

 

そこには父様が日に日に増やし続けた勇者セットの一部。

 

木剣が置かれていた。

 

「まずは体力作りだな」

 

アイドルに必要なのは体力。

 

これは間違いない。

 

ライブ。

 

ダンス。

 

歌唱。

 

イベント。

 

全ての土台になる。

 

そして。

 

体力作りならちょうど良い物がここにある。

 

俺は木剣を手に取った。

 

父様には悪いが勇者になるつもりはない。

 

だが。

 

この木剣には存分に活躍してもらおう。

 

いつかマイクを握るその日のために。

 

そうして。

 

俺は木剣を抱え、中庭へ向かった。

 

途中。

 

掃除をしていたメイド達と鉢合わせる。

 

「あら?」

 

「坊ちゃま?」

 

皆一様に目を丸くした。

 

無理もない。

 

普段のアルトは起こされる側だ。

 

そんな俺が自分から起きているのだから。

 

「おはようございます」

 

「お、おはようございます、坊ちゃま」

 

驚きながらも挨拶を返してくれる。

 

中には感動したような顔をしている人までいた。

 

……そんなに珍しいのか。

 

珍しいんだろうな。

 

中庭へ到着する。

 

朝露に濡れた芝生。

 

澄んだ空気。

 

朝日を浴びて輝く噴水。

 

気持ちがいい。

 

「まずは準備運動だ」

 

怪我は良くない。

 

アイドルに怪我は大敵である。

 

そこで。

 

俺は前世で覚えたラジオ体操を始めた。

 

腕を回して。

 

体を伸ばして。

 

屈伸して。

 

ジャンプする。

 

この世界には存在しない謎の体操である。

 

途中で庭師のおじさんが通りかかり、

 

「新しい健康法でしょうか……?」

 

と真面目な顔で悩んでいた。

 

気にしてはいけない。

 

準備運動を終える。

 

そして木剣を構えた。

 

「ふっ!」

 

ぶん。

 

「せいっ!」

 

ぶん。

 

素振りである。

 

とにかく振る。

 

何度も振る。

 

十回。

 

二十回。

 

三十回。

 

四十回。

 

「はぁ……はぁ……」

 

早くも息が上がる。

 

腕が重い。

 

肩が痛い。

 

足もだるい。

 

五歳児の体力を完全に舐めていた。

 

「アイドルへの道は遠いな……」

 

木剣を杖代わりにしながら呟く。

 

ライブで歌い。

 

踊り続けるアイドル達。

 

あの人達は本当に凄かったのだと改めて思う。

 

だが。

 

もう一つ問題があった。

 

「……なんか違う」

 

振ってはいる。

 

だが何か違う。

 

かっこよくない。

 

型がない。

 

様になっていない。

 

「うーん……」

 

これで良いのだろうか。

 

せっかくやるなら格好良く振りたい。

 

そんな時だった。

 

「坊ちゃまー!」

 

メイドの声が聞こえた。

 

「朝食のお時間ですよー!」

 

救いの女神だった。

 

「今行きます!」

 

俺は即座に返事をした。

 

悩んでいても仕方ない。

 

分からないことは知っている人に聞けばいい。

 

そして。

 

この屋敷には最適な先生がいる。

 

朝食の席。

 

父様と母様が既に席についていた。

 

「おはようございます」

 

「おはよう、アルト。今日は随分早起きだな」

 

父様が目を丸くする。

 

「はい」

 

席へ着く。

 

そして迷わず本題へ入った。

 

「父様」

 

「どうした、アルト?」

 

「僕に剣術を教えてください」

 

静寂。

 

数秒。

 

父様が目を見開いて固まった。

 

母様も目をぱちくりしている。

 

「……今、なんて?」

 

「剣術を教えてください」

 

もう一度言う。

 

父様の手が震えた。

 

「アルトが……」

 

震える声。

 

「自分から剣術を……」

 

まずい。

 

なんか反応がおかしい。

 

次の瞬間。

 

父様は勢いよく立ち上がった。

 

「よし! 今日からだ!」

 

「え?」

 

「今日から父様が直々に教えてやる!!」

 

満面の笑みだった。

 

少し目も潤んでいる。

 

何故だ。

 

隣では母様が嬉しそうに微笑んでいた。

 

「ふふっ」

 

「元気になってくれて本当に良かったわ」

 

どうやら二人とも勘違いしているらしい。

 

俺はそこまで本格的なのは求めてないんだが……。

 

だが。

 

まあいいか。

 

アルトの記憶の中の父様はとても強かった。

 

訓練場で兵士達を相手に木剣を振るう姿。

 

何人もの兵士を相手にしても圧倒していた光景。

 

幼いアルトはその姿を見るたびに、

 

「父様すごい!」

 

と目を輝かせていたものだ。

 

せっかく父様が教えてくれるのだ。

 

遠慮なく甘えさせてもらおう。

 

そう考えながら朝食へ手を伸ばす。

 

焼き立てのパンを一口。

 

「おいしい……」

 

思わず声が漏れた。

 

運動した後だからだろうか。

 

いつも以上に美味しく感じる。

 

体を動かした後の食事は格別らしい。

 

なるほど。

 

確かにその通りだ。

 

朝から素振りをしただけなのに、普段より何倍も美味い。

 

そんな俺を見て。

 

母様は嬉しそうに微笑み。

 

父様は既に今日の訓練内容について熱弁していた。

 

「まずは足腰だ!」

 

「剣とはな!」

 

「姿勢が重要でな!」

 

完全にやる気である。

 

そして。

 

周囲に控えているメイド達もどこか嬉しそうだった。

 

いつも通り立っているだけのはずなのに。

 

なんとなく表情が柔らかい。

 

目が合うと微笑まれたりもする。

 

「坊ちゃまも旦那様方も元気になられて何よりです」

 

近くにいたメイドがそう言った。

 

その一言でなんとなく察した。

 

俺が落ち込んでいた間。

 

父様も母様も心配していた。

 

そして。

 

それを見ていた屋敷のみんなもまた心配していたのだろう。

 

少しだけ申し訳なくなる。

 

同時に。

 

少しだけ嬉しくもなった。

 

「アルトにはまず、王国剣術の基礎のだな……」

 

父様は既に訓練計画を組み始めていた。

 

あれも教えたい。

 

これも教えたい。

 

そんな気持ちが伝わってくる。

 

本当に俺のことを大切に思ってくれているのだろう。

 

だからこそ。

 

少しだけ申し訳なくなる。

 

すまない父様。

 

俺が目指しているのは立派な剣士ではなく。

 

最高のアイドルなんだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。