【初出】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24838256
中学からの友人から、突然のSNSメッセージが届いたのは、ある春の夜のことだった。いつもの4人で連絡を取り合うことは、社会人になった今でもちょくちょくあるけど、個人でやり取りするのは本当に久しぶり。珍しいなと思いながら、今まさに打っている最中であろうメッセージの続きを待つ。
『一大事件が起きた』
「は?」
一大事件? あのオーボエ吹きがそんな表現するなんて、いったい何があったんだか。最近は特に何も聞いてなかったけど……まさか、また希美がなんかやらかした? 社会人になっても、あの子の無自覚っぷりは相変わらずだったし……。だとしたら、そりゃ一大事だ。
私はすぐさま通話ボタンを押して、みぞれに電話をかけた。スマホを握っていたみたいで、呼び出し音が2回鳴るかどうかのタイミングで応答があった。
『……もしもし』
「みぞれ? 優子だけど」
『うん』
「“一大事件”って、あなたがそんなこと言うなんて心配になるじゃん。まさか希美、なんかした?」
『……?』
しばらく沈黙があって、向こうで首をかしげる気配が伝わってくる。違う……?
『のぞみ? 違う。関係ない』
あ、違ったのね。じゃあみぞれにとっての“一大事件”って何よ。 そう簡単に騒ぐ子じゃないし、希美のことでもないのにわざわざ私に連絡してくるなんて、余程のことだと思うけど。
「ごめん、早とちりだった。で、その“一大事件”って?」
『……パンダ』
「……え?」
『パンダ、いなくなっちゃう』
「ちょ、待って。それどういう意味?」
『優子、ニュース見てない?』
見てない。今通話中でスマホも使えないし、とりあえずテレビをつける。 画面には、どアップのパンダ。左上には「パンダ 4頭すべて中国返還へ」ってテロップ。
「……あー。和歌山の動物園のパンダ、全部中国に返されちゃうってやつ?」
『うん』
「そんなにみぞれにとって大事なことなの?」
『うん。和歌山からいなくなったら、日本だと上野だけになるから……会いに行きづらくなる』
“会いに”って……うん、みぞれらしい。
「なるほどね。想像していたより深刻じゃなくて安心したわ」
『優子は……寂しくない?』
「うーん、正直そこまでパンダに思い入れあるわけじゃないけど……」
『でも、大学1年のとき、4人でパンダ見に行ったとき……優子が一番楽しそうだった』
「……あー」
言われて思い出した。みぞれの「パンダが見たい」って一言で、4人で初めて旅行したのが和歌山だった。今テレビに映っているその動物園で、結構な時間パンダの前にいた気がする。
たしかに、あのときは私も楽しんでいた。まさかそんなふうに覚えていたなんて……ちょっと、恥ずかしい。
「パンダそのものはともかく、あの旅行の思い出が消えちゃうみたいで……それは、ちょっと寂しいかも」
『……うん。だから、また見に行きたい』
「そうね。せっかくだから、また4人で行こっか? 社会人になった今なら、前よりちょっとはお金もあるし。……あとはスケジュールだけか」
私と夏紀、希美は普通の会社員だから土日休みだけど、みぞれは演奏家で予定が不定期だったはず。
『一人でも行こうと思っていたから、パンダいなくなるまでの土日は全部オフにした。私は、いつでもいいよ』
「……行動力すご」
土日は本来コンサートがあってもおかしくないのに。どうやって楽団と調整したんだろう。
ま、それはそれとして。
「じゃあ、希美と夏紀にも確認してみる。宿はまた私と夏紀で探すってことでいい?」
『うん。その代わり、車の運転は任せて』
「オーケー。車の手配は?」
『大丈夫。持ってるから』
「え、そうなの? 意外……でも助かるわ」
まさか、みぞれが車持っているとは。もしかして、演奏の仕事で移動が多いからなのかも。
そのあとすぐ、みぞれとの通話を終えて、4人のグループチャットに今回の件を投稿。久々の楽しい休日になるといいな。肩をぐるぐる回しながら、PCを起動して宿探しを始めた。
§
――当日。
みぞれが『ドイツ公演の時に、車会社の偉い人からもらった』って言いながら、盾に馬のエンブレムがついた高級車で現れて、私たちを全員唖然とさせた話は——また、別の機会にでも。
これを書いたときは「残りは上野動物園だけ」でしたが、2026年1月末に上野のパンダも中国に返還されてしまいました。
そこまでパンダにこだわりがあるわけではありませんが、いざ「いない」と言われると、なんだか寂しいですね。