アニメ3期では原作と違って全国大会のソリは麗奈と真由の組み合わせになりました。それは、原作で久美子が経験してきたことと、アニメで久美子が経験してきたことが違うからだと考えています。
そして今回の劇場版、前編最初のセリフは「私、あすか先輩みたいなユーフォが吹きたい」というものでした。また、原作と違ってアニメでは、真由の演奏を「あすか先輩の演奏」と錯覚する描写もあるのです。
自分が目指していたものと同じような演奏ができる同級生が転校してきたらどう思うか。部長という立場もあり、言えないこともあるなかどう考えるか。そんなことを想像しながら、書き上げました。つたない文章ではありますがぜひご一読ください。
後編公開に間に合ってよかった……(pixiv掲載時)
初出:https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=29061035
真由ちゃんは、私よりもユーフォを吹くのが上手だ。それは、4月に遠くから聞こえてきたユーフォの音色を聴いた時から、わかっていた。学校の屋上で、彼女の演奏するムーンライトセレナーデを聴いた時から、わかっていた。
あすか先輩みたいなユーフォが吹きたい。
あの卒業式の日に涙ながらにそう漏らしてから、私はそこを目標にしてきた。それでもまだ、あすか先輩のような音色の演奏はできていない。
真由ちゃんの演奏を初めて聴いた時、あすか先輩が吹いているのかと思った。そこから響いてきたのは、私が理想としている音色そのものだった。
だからこそ、きっと私は真由ちゃんに「響け!ユーフォニアム」のことを知られたくなかったんだと思う。だって真由ちゃんが吹けるようになっちゃったら、私が目指しているものを、私より先に真由ちゃんが手に入れてしまうのだから。
そう。要するに私は、真由ちゃんの技量に嫉妬していたのだ。
無事に金賞受賞、関西大会への出場を決めた。真由ちゃんの演奏を聴いて気合の入ったオーディションの結果、私は自由曲で麗奈と一緒にソリを吹く奏者として指名された。
――ついに、麗奈と一緒のラインに並ぶことができた。
もちろん、演奏技術にはまだ差があると思う。それでも、コンクールという場で麗奈とソリの掛け合いをするのは楽しかったし、嬉しかった。名古屋のホールでも一緒に演奏して、金賞まで取れたら。それこそ、麗奈と “特別” になれた気がするんだろうな。そんなことを思った。
コンクールでの演奏は、真由ちゃんの技量の高さもまた十分に感じる機会だった。真由ちゃんと私は、ユーフォの上下パートを分担していた。同じ音を吹いている時の安心感は、これまでユーフォを吹いてきた中で、間違いなく一番だった。上下で分かれた時は、私の音色にきっちりと合わせた音を響かせ、綺麗なハーモニーを作っていた。
麗奈と一緒に一番いいソリを吹けるのは私だ。その気持ちは変わらない。
それでも、改めて真由ちゃんの技量の高さに、私は舌を巻いたのだった。
関西大会前に行われる夏休みの合宿。その初日の夜にオーディションが行われる。今日までやれることはやってきた。あとは実力を出すだけ。
オーディションが行われる直前、麗奈に誘われてソリの練習を一緒にした。やっぱり少し緊張はしていたけれど、いつも通りに私は吹けている。麗奈の演奏もいい感じだ。
「どう?」
「うん、大丈夫。前より良くなっていると思う」
「私じゃなくて久美子」
「え?」
「練習の時、滝先生から注意されることが多くなってる」
「……そうかな?」
「黒江さんは全然ないけど」
「……うまいもんね。真由ちゃん」
「うまいというか、勘がいい。滝先生が求める音をすぐに理解している。それに合わせて吹くことができる」
真由ちゃんが上手な奏者だというのは最初から分かっていた。だけれども、他でもない麗奈の口からそんな言葉を聞くのは、なんだかつらかった。
「さすが清良女子か」
「言っとくけど。私は全国も、久美子と吹くつもりでいるから」
「……ありがと」
私は絞り出すようにして麗奈にお礼を言った。自然と力の入った手に握られたユーフォニアムが、少しきしんだ音を立てていた。
「久美子ちゃん。やっぱり、辞退しようか。オーディション」
お風呂あがりにドライヤーをかけていた私の背後から聞こえてきたのは、またしてもその提案だった。耳元でドライヤーの大きな音がしているのに、不思議と真由ちゃんのその言葉がはっきりと耳に入った。
――それだけは、ダメなんだ。だって北宇治は、「一番うまい人がソロを吹く」んだから。2年前の、あの公開オーディションの時からそうなんだから。
「それは建前でしょ?だって突然やってきた転校生が今まで部のために頑張ってきた部長のソリを奪ったら――」
その言葉が私の心にとげのように刺さった。それはまるで――2年前の香織先輩の立場を思い起こさせるものだったからだ。そう。ある意味私は今、あの時の香織先輩と同じような立場になっているのだ。
あの時、私は麗奈を支持した。うまい人が吹くべきだって思ったから。今だって同じ気持ち――そのはずだ。
真由ちゃんはもちろん2年前にあった騒動のことを知らない。そのことを話したら、少なくとも私の目には、真由ちゃんが理解してくれたように見えた。そのことに、ほっとしている私がいた。
奏ちゃんが、コンクールメンバーに選ばれなかった。そのことに、部員たちが動揺しているのがひしひしと伝わってくる。前日に秀一から「編成変わるとしたらユーフォかサックスの人数減るのかな」という話をされていなかったら、きっと私ももっと動揺していただろう。
続いて、ソロメンバーが発表される。発表順は、課題曲・自由曲共に楽譜上に登場する順番だ。
クラリネットの高久さん。コントラバスの緑ちゃん。マリンバのつばめちゃん。トランペットの麗奈。そして――
「ユーフォニアム。黒江真由さん」
滝先生の声が練習室に響きわたり、私は無意識に小さくうなずいていた。そしてほんの数秒遅れて、口からは「えっ」という声が漏れていた。
自由曲のソリに選ばれなかった。全国まで一緒に吹こうって麗奈と約束していたのに。
真由ちゃんは、私よりもうまく演奏ができる。だから、選ばれるのは何も悪いことではない。それが、北宇治のためなんだ。
そう何度も自分に思い聞かせても、なぜあんな声が自分の口から漏れたのか、その理由だけは自分でもわからなかった。ただ間違いなく存在するのは、「自分がソリを吹けないことに納得できていない」という自分だった。
その日の合奏練習は、全体的にピリピリした空気にあふれていた。午後の練習も終わり、夕食までの間。少しでも自分一人の時間を作って気持ちを整理したく、私はわざと1階を経由した遠回りをして部屋に戻ることにした。
それを追いかけてきたのは、今の私の心をざわつかせている当の本人だった。
「久美子ちゃん!」
声をかけられてしまったので、私は階段の中腹で足を止めた。そしてゆっくりと息を吐く。
「大丈夫?」
「……どうしたの?」
動揺が声に出ないよう、私はあえて一呼吸おいてから返事をした。それなのに、自分でも驚くほど不自然な声になっていた。さすがに真由ちゃんも、そんな私の違和感にはすぐに気が付いたようで、申し訳なさそうに目線を下げた。
「私ね、やっぱり変わったほうがいいと思う。私は、ソリじゃなくても――」
「お願いだから二度とそういうこと言わないで」
絞りだした声に、拒絶するような感情が込められていたことに、私は気が付いた。
なぜ、真由ちゃんの方がうまく吹けるのに、辞退をしようとするのだろう。
なぜ、ソリという “特別” に選ばれたのに、自ら辞退しようとするのだろう。
私には、わからない。
「ごめん」
「あやまらなくていいよ。私、本当に気にしてないから」
気にしてない、というのは嘘だ。とっさに口にした「気にしてない」は、まるで大根役者の演技のようで、私の言葉がいかに上っ面だけなのかが真由ちゃんにもきっと伝わってしまった。私は、逃げるようにその場を立ち去った。
真由ちゃんはその後私を追いかけてくることはなかった。私はすたすたと楽器を持っているにしては速足で宿泊棟へ向かいながら、自分の感情に自問自答を重ねる。
この怒りにも似た感情は、何に向けられたものなのか。自分に向けてなのか。真由ちゃんに向けてなのか。それとも、別の何かに向けてなのか。
答えは出なかった。けれども、私の中にあった「上手い人が吹くべき」という信念に、すこしヒビが入ったようには感じていた。
関西大会は無事に金賞を受賞し、全国大会へ進むことができた。
麗奈と真由ちゃんのコンビによるソリは完璧だった。私の想像する、理想とも言える掛け合いができていたように思う。純粋にコンクールを聴きに来ていたお客さんだけじゃない。北宇治の部員も、以前より真由ちゃんを評価する人が増えたように感じている。
「全国こそは部長と高坂先輩のソリを聴きたいです!」と応援してくれる子もいる。そのことはとても嬉しい。私だって、麗奈と一緒に全国でソリを吹きたい。
でも、本当にそれが北宇治のためなのだろうか。みんなで掲げた「全国大会金賞」という目標を達成するために、すべきことなのだろうか。私の中に、二つの「ワガママ」が同居していて、部長としての私はどちらも選ぶことができないでいた。
――迷ってるんじゃない?滝さんも、その子も。
関西大会の前。あすか先輩から告げられたその言葉。どうやら私もその仲間に入ってしまったらしい。
もう、あすか先輩に相談することはできない。頼ってはいけない。
麗奈には、演奏に対して弱気になっている私を見せたくない。それに、もし相談したら、麗奈はきっと音楽に対して嘘をつかない。
秀一には――話したら無条件で私の味方になってくれそうだから、今回ばかりは頼れない。
別に真由ちゃんと敵対をしたいわけじゃない。多分ここまでこじれてしまったのは、私が一方的に真由ちゃんに嫉妬していたからだ。自分の中にあったプライドが、わがままが、心のどこかで真由ちゃんを遠ざけていた。
――ギリギリにならないと動かないのはいつものことでしょ。
またしてもあすか先輩の予想通りになっていることに気が付き、苦笑いを浮かべる。まだ具体的に何をするべきかはわからないけれども、私の「ワガママ」を通すためには、やらないといけないことがあるはず。全国大会まであと少ししかないけれど、できることを一つずつ、模索していこう。
全国大会のオーディション。ユーフォニアムのソリだけに与えられた決戦。くしくも会場は、2年前に香織先輩と麗奈がソロをかけてオーディションをした宇治文化センターだった。
本当は、どちらがソリを吹くか、滝先生に選んでほしかった。みんなに、2年前のような選択の苦しみを、経験してほしくはなかった。
「上手い人が吹くべきだ」。あの時私は麗奈に言った。その信念は今も変わらない。今回のオーディションでも、みんなにもそう思って判断してほしい。そんな想いもあり、滝先生にお願いして、オーディションの時に、奏者の姿が客席から見えないようにしてもらった。これで、「部長だから」「真由ちゃんだから」という理由での投票は難しくなるはず。
純粋に、「この組み合わせの演奏で、コンクールに臨んでほしい」と、判断してほしい。意見が割れたって良い。あとから悔やむことになってもいい。とても苦しい選択を部員にしてもらうことになってしまったけれど、こんなにも音楽に向き合ってきた北宇治吹奏楽部なら大丈夫。私は、そう信じている。
演奏前の準備時間に、真由ちゃんとも本音をぶつけ合うことができた。今になって思えば、もっと早く真由ちゃんと向き合うべきだったのかもしれない。吹奏楽部への入部を決めてくれた時の、「私はいつ辞めても構わないから」という言葉を聞いたときにでも。
私には私の。真由ちゃんには真由ちゃんの。今日に至るまでの積み重ねがある。まだお互いに完全に理解し合えたわけではないけれども、確実に前に進むことはできた。真由ちゃんも、音楽に嘘はつけない。オーディションがどういう形で終わったとしても、必ず北宇治のいい音楽につながっていくだろうと、私は確信していた。
「どちらも素晴らしい演奏でした。ですが、ソリは1名しか吹くことができません」
演奏が終わり、私と真由ちゃんはオーディションの時に使った衝立の裏から外に出ていた。冷え切った空気が占めるホールに、滝先生の声だけが響く。
「では、これより選出に入ります」
滝先生が、1番目に演奏した人、2番目に演奏した人、とどちらがソリにふさわしいか、挙手による決を採り始めた。
ぴしっと真っ直ぐ手を伸ばす人。ためらいがちにゆっくりと手を挙げる人。それぞれ自分たちが「ソリにふさわしい」と考えた方に手を挙げていく。
逆光だから、どちらに何人くらい手が挙がっているのかは確認しづらい。でも、今回ばかりはそれでよかった。それだけ、真由ちゃんと麗奈のソリは素晴らしかったから。
私も、全力で吹いた。今までやってきたことを全部ぶつけた。
麗奈との演奏は、これまでで一番楽しく、気持ちがよく、そしてすがすがしく、心が満たされていくことを感じた。
私は、客席中心のやや後方。滝先生がいるあたりを見つめ、結果発表を待つ。おそらく、隣にいる真由ちゃんも同じだ。私も真由ちゃんも、舞台上に来てから、お互いを見ようとしていない。
「あれ……?1番と2番、同数です」
「奇数のはずですが……」
人数を数えていた弥生ちゃんの言葉に、ホール内がざわつく。
そんな中、私は誰が手を挙げていないのか気が付いていた。そして、なぜ彼女が手を上げられなかったのかも。
「私が、まだです」
声が聞こえたのは、客席ではなく、舞台上から。麗奈だ。
「そうでしたか……決まりましたか?」
滝先生が麗奈に優しく微笑む。私は、そして3年生は、この問いかけを知っている。そして、どのような結果をもたらしたかも知っている。
――麗奈は、演奏には嘘をつかない。2年前に私とした約束を、裏切ることなんて、ない。
「……1番です」
麗奈の声が静寂のホールに響く。彼女が宣言した番号は、私の想像していた通りの番号だった。麗奈は、音楽に正直であってくれた。
「わかりました。では、1番の方は――前へ」
少しの静寂の後、隣に立っていた彼女が、一歩前へ進んだ。
「では、全国大会のユーフォニアムのソリは――」
奏ちゃんが涙を目に浮かべながら立ち上がるのが見えた。逆光になっているはずなのに、彼女の表情が不思議とよく見えた。
「――黒江真由さんに決定します」
私の視界が、涙で少しずつ滲んでいく。やれることはやってきた。真由ちゃんに負けない演奏ができるように、練習を重ねてきた。――それでも。演奏は嘘をつかない。一緒に全国大会金賞を目指してきたみんなが、真剣に選んでくれたんだ。そして、麗奈も。
でも今ここで、ソリに落ちた悲しみで泣くわけにはいかない。
私の奏者としてのワガママは、ここまでだ。
ここからは、部長として。
先輩たちの想いを、今度は私が実現するために。
一歩踏み出すときだ。
「これが!今の北宇治のベストメンバーです!」
真由ちゃんは、真剣に私に向き合ってくれた。辞退することなく、正々堂々オーディションで演奏してくれた。次は、私が真由ちゃんの背中を押す番だ。
「ここにいる全員で決めた、言い逃れのできない最強メンバーです!これで全国へ行きましょう。そして、一致団結して。必ず、金を。全国大会金賞を、取りましょう!」
私の目に浮かんでいた涙はもうない。
私よりも、ユーフォニアムを上手に演奏するあなたへ。