アイデア出しが最終楽章前編公開前だったのですが、あのサンフェスを見てちょっと二人の苦労度合が上がってしまいました。
過去2年に比べて急にパフォーマンスが良くなったの、立華のことをきっと参考にしたんじゃないかなって思うんですよね。イイ感じにまとまっていたら幸いです。
初出:https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=29342351
「りりりん!大変なことになりそうです!」
「ほへ?」
新入生指導係に任命された私と葉月先輩が普段打ち合わせに使用している家庭科室。その扉を勢いよく開けて葉月先輩が叫んだ。ちょうど私は葉月先輩を待ちながらぼーっとノートに落書きをしていたので、気の抜けた声が出てしまった。
明日はいよいよ入学式。正式な部活見学期間はまだ1週間先だけれども、もしかしたら気が早い人は音楽室を覗きにくるかもしれない。新入生指導係としては早いうちから新入生と関わっていた方がいいだろう、ということで葉月先輩と作戦会議をすることになったのだ。その会議の前に、部長・副部長・ドラムメジャーの幹部陣の意見を確認しておこうと葉月先輩が聞きに行ってくれていたのだけれど、そこから戻ってきたのが冒頭の出来事だったりする。
「何が大変なことになりそうなんですかー?」
「それがさぁー。麗奈が『編成や新入生の人数にもよるけど、今年は楽器初心者にも吹いてもらうつもりだから、新入生指導係もそのつもりでいてください』って言ってきてさぁ」
「おっと。それはまずいですね……」
例年――とはいっても、私は去年のことしか知らないのだけれども――、サンフェスでは楽器初心者の子はポンポンを持ってステップと振付を行い、行進を彩る役を担っている。太陽公園内を行進して回る際の盛り上げ役としての役割があるのはもちろんのことだけれど、まだ楽器を十分に吹けるようになっていない初心者の負担を軽くするためでもある。金管楽器はマウスピースで音を出すのも大変だと聞くし、そこに「歩きながら演奏せよ」なんて言われたら、その大変さは木管の私からは想像もできない。
「それにしても、どうして今年はそんなことになってしまうんですか?」
「そこまでは話してくれなかったから、わからないんだよねぇ」
葉月先輩は、机を挟んで反対側の席に力なく腰を下ろした。少しお疲れのようだったので、すかさずとっておきの味つきゆで卵を先輩へ差し入れする。ありがとう、と言って殻を剥き始めた先輩は、話を続けた。
「これはあくまでも私の予想なんだけど、麗奈、だいぶ焦ってると思うんだよね」
「あの高坂先輩が、焦る?」
後輩の私からしたら、「唯我独尊」がトランペット持ちながら歩いているようにしか見えないあの先輩からは、想像もできないことだった。
高坂先輩の指導は厳しい。そして容赦もない。だけれども、全国大会金賞を目指して昨年練習を積み重ねた私たちにはそれが「間違った内容ではない」とわかっていた。だからこそ、大変ではあったけれどもついてこられた。必要な道筋なんだろう、とわかっていたから。
「ほら、ドラムメジャーって今年からできた役職じゃん。去年の優子先輩と違って、部活の運営のことは久美子と塚本に任せて、技術的なことに集中しているわけだけど。だから、今までよりもいろんなことを考えて練習の計画を立ててくれてると思うんだけれど、北宇治としても初めてのことだし、なかなか想定通りに行ってないんじゃないかなぁって思ってさ」
たまに久美子も個人練しながらそんなこと呟いてるしね。そう漏らしながら、葉月先輩はゆで卵をひと口で頬張った。こんなにも美味しいのに、ひと口ずつ味わわずに食べてしまうのはもったいない、と思うのは価値観の違いだろうか。
私も自分用のゆで卵の殻を剥き、小さくひと口齧った。やっぱりゆで卵は美味しい。
「では、私たちはどうしますかー?事前に高坂先輩からお話があったということは、何か意見があれば聞きたいってことなんですかねぇー?」
「私も初心者だったからちょっと無茶じゃないかなーって思わなくもないんだけれどね。ただ、全国大会で金賞を取るためには、今までとは何かを変えなきゃいけないっていうのはわかるんだ。正直、初心者にもサンフェスで吹いてもらうことがプラスになるかはわからない。でも、否定から入るのはやめようって思ってるんだ」
葉月先輩は笑みを浮かべながらそう告げた。このキラキラした笑顔にいったい何人が救われてきたんだろう。去年、コンクールメンバー落ちした私は、この笑顔にかなり励まされたことを思い出した。葉月先輩なら、今年もきっと新入生の希望の光になってくれるだろう。
「ということで。餅は餅屋。専門家に協力を依頼しようと思います!」
その週末の日曜日。全国大会で上位を狙っている北宇治だとしても、4月のこの時期はまだ日曜日練はない。サンフェスが終われば月月火水木金金な日々が始まるわけだが……。
葉月先輩に呼び出されてやってきたのは黄檗公園。何やら「動きやすいカッコで!」とのことだったので、普段の私服とは真逆の可愛げのない装いに身を包んでいる。――正直、あまり似合ってはいないので、知り合い――特に奏には――出くわすことのないように祈りたい。
「葉月せんぱーい、言われた通り動きやすいかっこできましたけど、今日誰が来るんですかー?」
「待ってればわかるよ。もうちょっとで来るはずだから」
そう言いながら、葉月先輩はスマートフォンを確認している。ぎりぎりまで教えてくれないなんて、いったい誰が来るんだろうか。
そこから待つこと2、3分。仲がよさそうに並んでこちらに向かってくる二人が歩いてきた。一人は高い位置でポニーテールにまとめていて、もう一人はボリュームのある髪を肩に流していた。二人は私たちに気づくと、手を振りながら駆け寄ってきた。
「葉月ちゃーん!ひさしぶりー!」
「あみか!数少ない休みにごめんねー!」
まだ紹介していただいてはいないけれど、葉月先輩とかなり仲が良さそうにしていることはわかる。二人が盛り上がっているのを見ながら、もう一人が私の元へやってきた。
「ごめんね、びっくりさせちゃって。私は佐々木梓。立華高校吹奏楽部で部長やってます。よろしくね、剣崎梨々花さん」
「えっ、あっ、はい、よろしくお願いします!」
私の元に来た方の肩書が思いもよらないもので、返事の声も裏返ってしまった。
立華高校吹奏楽部。京都だけでなく、全国でも随一のマーチングの技術を持つ高校。そして座奏――つまり、普通の吹奏楽の演奏でも、関西大会には難なく出場できる実力を持つ名門校だ。
いったいその二人をお呼びした葉月先輩は、これから何を始めるつもりなのだろうか。
「ということで、今日は立華の二人にマーチングの教え方についてのアドバイスをいただきたいと思います!」
「おぉー」
葉月先輩の言葉に、パチパチと手を叩く。確かに、餅は餅屋だ。この京都において、マーチングのことを教わる相手として立華高校吹奏楽部ほどふさわしいところはいないと思う。
「そういえば聞いてなかったけどさ」
改めて…というようなかんじで、佐々木さんが話を切り出す。
「別に今年北宇治がマーチングコンテストに出ようと思っている、とかではないんだよね?もしそうだったとしたら、北中の同級生が幹部やってるっていう縁があっても、わざわざライバル増やすことはしたくないからなぁ……」
「いやいや!北宇治にマーチングの大会にも出るほどの余裕はないって!」
葉月先輩が即座に佐々木さんの懸念を否定した。北宇治でマーチングの大会に本気で出よう、と思っている人はいないはずだ。というより、その選択肢を考えたことすらない気がしている。
もし今年、吹奏楽コンクールで全国大会金賞を取ることができたら、来年はマーチングコンテストにも出てみよう、という声が出てくるのだろうか。個人的にカラーガードは楽しいと思っているが、立華や他校のマーチングコンテストの映像で見るような演技をしたいかと聞かれると、そうは思わない。ちょっとあれは激しすぎる。正直、サンフェスでやるような “そこそこ” なマーチングで十分なのだ。
「よかったー。座奏でめきめき力つけてきている北宇治が、立華のマーチングの技を盗んでマーチングコンテストでも全国大会を狙う!なんて状況だったらどうしようかと思ったよ」
佐々木さんは元気溌剌!という感じで笑った。それにつられて名瀬先輩も笑顔になる。二人とも、葉月先輩と波長が合うんだろうな、というのを強く感じる。
「で、今日は何を知りたいんだっけ。マーチングのことならなんでも任せて!」
「今年のサンフェス、もしかしたら楽器初心者の子も演奏しながら行進することになるかもしれないんだよね。楽な道ってのがないのはわかってはいるんだけど、北宇治にはマーチングのノウハウがないから、少しでも初心者の子に効率よく教えてあげられるように、立華の知恵を教えてほしいんだ」
そう言って葉月先輩は立華の二人に向かって頭を下げた。私も慌てて葉月先輩に倣い、頭を下げた。
「北宇治も、昔の資料とかあるから一応何とかなってはいるんだけど、結局は根性論みたいな指導が多くなっちゃってさ。『なんでそれができないといけないのか』とか、『こうすればスムーズにできるようになる』とか、そういう理論?みたいのがないんだよね。今年だけじゃなく、今後の北宇治のためにも少しでもそういう知識を入れられればと思って」
そう語る葉月先輩のまなざしはいつになく真剣だ。確かに、葉月先輩の言っていることは、今の北宇治の状況を正確に説明していると思う。今年のドラムメジャーである高坂先輩の指導と、昔ながらの根性論的な練習方法が掛け合わさるとどうなることか……想像するだけで身震いしてしまう。そして正直言うと、来年私が三年生になった時のためにも、マーチング関係のノウハウはもらえるだけもらっておきたい。
「オッケ―。なんとなく状況はわかった。麗奈がドラムメジャーをやっているんだよね、確か。麗奈みたいに才能ある子だと、『言えばできる』って考えがありそうだなぁ」
隣で葉月先輩が激しくうなずいている。何か実体験でもあったんだろうか。アンコンの校内予選で、高坂先輩と同じグループだったし。
「根性論って言ったら立華もあまり人のこと言えないけれど――ちょっと、あみか、睨まないでってば――ある程度はアドバイスできそうかな。そして、あとは提案なんだけど……」
佐々木さんは少し考えるように腕を組んだあと、私たちに視線を向けた。
「今日教えること、動画にまとめてみない?」
「動画、ですか?」
葉月先輩が首を傾げる。
「うん。姿勢とか足の運びとかって、言葉で説明されただけだと、なかなかイメージしにくいでしょ? だから、よくない例といい例を実際に撮って、何が違うのかを説明するの。どうしてその動きがよくないのか、どうすれば格好よく見えるのか。そこまで伝えられれば、初心者の子にもわかりやすいと思うんだよね」
「なるほど……」
「それに、動画なら何度でも見返せるじゃん。最初の練習で一度説明しただけじゃ、覚えきれないこともあるだろうし。来年以降も使えるようにしておけば、北宇治にとっても財産になるんじゃないかな」
葉月先輩は、なるほど、と何度もうなずいた。
「確かに! 毎年同じことを一から説明しなくてもいいし、教える側も共通の認識を持てそうですね。私たちの感覚だけで教えるより、ずっとよさそうです!」
「でしょ?」
佐々木さんは満足そうに笑った。
「もちろん、動画を作るのは葉月ちゃんたちね。私たちは教え方や練習方法を教えるから、それを北宇治の後輩たちに伝えられる形にしてほしいんだ」
「えっ、私たちが作るんですか?」
思わず声が出てしまった。
「そうそう。難しい編集なんていらないよ。スマホで撮影して、必要な説明を入れるだけでも十分。大切なのは、二人がちゃんと理解して、自分たちの言葉で後輩に説明できるようになることだからね」
隣を見ると、葉月先輩はすっかり乗り気になっていた。
「いいですね! せっかく教えてもらうんだから、今年だけで終わらせるのはもったいないですもんね!」
「うんうん。そういうこと!」
佐々木さんは、横にいるあみかさんからじっと睨まれていることなど気にする様子もなく、にこにこと笑っていた。
なるほど、と思った。教わった内容を動画にして残しておけば、私たちが卒業したあとも、後輩たちがそれを見ながら練習できる。今までのように「とにかくやってみて」と教えるのではなく、なぜそうする必要があるのかまで説明できるようになれば、初心者の子たちも納得しながら練習できるはずだ。
私も、葉月先輩も、やる気は十分だった。
ただ、このときの私はまだ知らなかった。
動画を作ること自体も、思っていたよりずっと大変だということを。
そして、佐々木さんの提案には、もう一つ厄介な続きがあったということを。
「やっと終わりましたぁぁぁぁ」
「りりりん……お疲れ……」
立華のお二人にいろいろ教わってから1週間。正式な部活見学が始まるまでに残されたわずかな時間で、私と葉月先輩はついにやり遂げた。題して、「北宇治マーチング虎の巻」。とはいっても巻物ではなく、作ったのは動画データだ。
立華の二人から教わった練習方法、特に自宅で一人でもできる練習や、普段の学校生活でも意識できることを中心にして作成した講習用動画だ。それ以外にも、マーチングでよく注意される姿勢や動作が、第三者の目にはどうかっこ悪く見えるのか、という解説も作った。なぜそれだと良くないのか。それがわからないまま厳しく指摘ばかりされるのは、初心者の人にとってはとてもつらいことだと思う。少しでも理解してもらえるよう、優しく、詳しく説明する動画として仕上げられたと思う。
実際、動画を作るのは思った以上に骨の折れる作業だった。
例えば、姿勢の説明に使う映像を撮影したときのこと。
「じゃあ、まずはよくない例からいきましょうか!」
私はスマートフォンの前に立ち、わざと背中を丸め、視線を足元に落としながら歩いてみた。撮影を終えて、葉月先輩と一緒に画面を確認した。
「うわっ、思ったより格好悪いですね、これ……」
「ほんとだねぇ。自分でやってるときは、そこまで変な感じしなかったんだけど」
「ですよね! ちょっと姿勢を崩しただけなのに、こんなに違うんですね」
もちろん、わざと悪い例を演じているのだから、格好悪く見えるのは当然だ。それでも、実際に映像として見せられると、普段は意識していない姿勢の違いが、思っていた以上にはっきりと目に入ってきた。
「じゃあ、次はいい例を撮ろうか。視線は前に向けて、肩の力を抜いて……」
「はいっ!」
今度は教わったことを意識して、もう一度歩く。撮影した映像を先ほどのものと並べて確認すると、違いは一目瞭然だった。
「おおっ、これはわかりやすいですね!」
「ね! ただ『姿勢をよくして』って言われるより、こっちの方がずっとわかりやすいよね」
葉月先輩が嬉しそうに画面を覗き込んだ。
確かに、これなら初めてマーチングに取り組む子にも伝わると思う。言葉だけではイメージしにくいことでも、実際の映像を見比べれば、何を直せばいいのかが理解しやすい。
もっとも、撮影がすんなり終わったわけではなかった。
「りりりん、今の、もう一回お願い!」
「ええっ、今ので大丈夫じゃないですかぁ!」
撮影した映像を確認すると、動きだけを撮るつもりだったのに、横から説明していた葉月先輩の声までしっかり入ってしまっていた。
「私の声が入っちゃってるみたいで……撮り直しかぁ」
「そんなぁ……」
せっかく撮り終えたと思ったのに、今度は説明の声が入ってしまったらしい。
仕方なく、もう一度スマートフォンの前に立つ。こうして撮影と確認を繰り返しながら、少しずつ動画を形にしていったのだった。
自分たちで実演してみると、教わった内容を理解しているつもりでも、いざ人に見せるとなると難しいことがよくわかった。どこを意識すればいいのか。何を直せば格好よく見えるのか。それを自分たちの言葉で説明できなければ、後輩たちに教えることなんてできない。
だからこそ、完成した動画を見返したときには、思わず達成感がこみ上げてきた。
これなら、少しは新入生の役に立てるかもしれない。そんなことを考えていた私たちを待ち受けていたのは、さらなる難題だった。
「まさか、私たちがいろんな楽器のパフォーマンス見本をやることになるとはね……」
――去年のサンフェスの北宇治を見たときも思ったんだけど、演奏はうまいのに見ててあんまり楽しくないんだよね。
それがあの日、佐々木さんが残した言葉だった。あの方曰く、北宇治の行進はただ演奏しながら歩いているだけで、お客さんを楽しませようという気概が足りない、と。『ちょっと今からパフォーマンスを提案するからスマホで録画してみてよ』と言われるがままに撮影し、『じゃ、今度はそれを3年生に仕込むといいよ!』と満面の笑みであの方は私と葉月先輩に言ったのだった。
当初お願いしていたマーチングのアドバイスをもらった後、私と葉月先輩は、暗くなるまで佐々木さんの指導のもと、さまざまな動きのレクチャーを受けたのでした。それは……とてつもなく難易度が高いうえに、指導もスパルタでした。
「ほんとですよぉ。佐々木さんのお手本の動画を見たときの副部長の顔見ました?あんな表情してるの初めて見ましたよ」
「わかる。なんか、『この世の終わりだー!』って顔してたよね。あれだけトロンボーンがうまい塚本があんな顔するんだから、それだけ梓は凄いことやっていたんだよねぇ」
「しかも、他の楽器のパフォーマンスのやり方まで教えてくださいましたし……おかげさまで私たちも相当鍛えられてしまいましたが……」
「でも、おかげで今年のサンフェスはきっといいパフォーマンスができるよ。確かに覚えることも増えちゃうし、体力的にもちょっときついかもだけど、ただ歩きながら吹いてるより楽しいのは間違いなし!」
「ですねぇ!」
間違いなく、パフォーマンスがあったほうがかっこいい。みんなにも、このかっこよさを知ってほしい。……そして、私たちが頑張って撮影した動画データが無駄にならないでほしい。新入生を迎えるにあたり、考えられる準備はやれたつもりだ。あとは、新入生指導係の私と葉月先輩の腕の見せ所だ。きっと厳しくなる高坂先輩の指導を、みんなで乗り越えて楽しく演奏できるようになりたい。まだ見ぬ後輩たちのことを思いながら、私と葉月先輩はにこやかにグータッチを交わすのだった。