傭兵として各地を巡り、途中で出会った少女ナナクと共に旅をしていた。
ある時、外務省のエージェントを名乗る人物がキセリャクに接触し、スカウトしたいと申し出た。
条件を提示しそれを受け入れたキセリャクは、ナナクと共に自らの故郷の村へ一時帰郷することになる。
夏に差し掛かる地中海の空、太陽に照らされる大地。
キセリャクは今日、連邦に帰ってきた。
アルバニア区域共和国 ティラーナ
キセリャクはバスターミナルでククス行きの山岳路線のバスを待っていた。
数年ぶりに故郷の村に帰るのだ。
キセリャクの隣には1人の少女、ナナクの姿があった。
キセリャク・アスケルト
元艦上対人戦闘軍大尉。
4723号作戦中に失踪。
キセリャクにとって、軍での任務は辛いものであった。
他国での工作活動、暗殺、マフィア狩り、眼を瞑りたくなるほどの尋問、処刑………
そして5年前のある作戦中、逃亡した。
そして海外へ。
パスポートを持たない為、他国へは密入国するしかなかった。
密入国できる国は限られ、初めに紛争状態のスーダンへ。
その後に核使用が疑われる中東、崩壊したインド、ウイグル解放戦線に占領された中央アジアなど、各地を渡り歩いた。
初めは静かな場所を探していた。
しかし、キセリャクが歩いた土地に静かな場所などどこにもなかった。
街のどこでも銃撃戦が発生、地方へ行けば武装組織が跋扈する。
生き残る為には自ら武器を取り、戦うしかなかった。
この世界で何か自分にできることはないかと考え、軍に入る時に誓ったことを思い出した。
「罪なき人々を守る、それが誰であれ、自分が死ぬ事も厭わず」
その信念を胸に、傭兵として各地を歩き、人々を守る為武装組織や現地政府軍と戦った。
ナナクと出会ったのは西インド、ある抵抗運動に参加した時だった。
キセリャクは反政府軍の軍事顧問として、数々の作戦に従事した。
当時のナナクは西インド政府軍の攻撃で家族を失い、復讐を誓って反政府軍に参加していた。
ナナクはキセリャクを師匠と呼び、武術の指導を受け、兵士として驚くべき速度で成長した。
数々の戦場をくぐり抜け、数多もの仲間を失う。
2人は常に行動を共にし、戦場で互いを支え合ってきた。
師弟関係ではあるが、キセリャクにとってナナクは大事な相棒だった。
そしてナナクは家族を殺した政府軍の指揮官を見つけ出し、自らの手で復讐を果たした。
キセリャクが反政府軍に参加して2年。
西インド政府内で体制転換が起き、反政府軍とも和睦。
民主選挙で反政府軍出身の議員が誕生し、西インド全体に平和な時代が訪れつつあった。
キセリャクはもう自分にできることは無いと悟り、再び旅へ。
ナナクもキセリャクに付いて行き、2人だけの旅が始まった。
2人は北上しながら、時に武装組織から村を守り、時に現地政府の傭兵となり、各地を転々とする生活を続けた。
ウイグル解放戦線に支配された中央アジアを彷徨っていた時、2人へある人物が接触してきた。
連邦外務省海外再編局のエージェントを名乗るその人物は、キセリャクのような逃亡兵を探して中央アジアまで来たという。
話によれば、どうやら逃亡兵はキセリャクの他に何十人も存在するらしい。
キセリャクは、そのエージェントが自分を始末しに来たのだと思った。
艦上対人戦闘軍では、逃亡兵を赦したりしない。
逃亡兵に待っているのは死だけだ。
だからキセリャクはこんな遠くまで逃げたのだ。
だがそのエージェントはキセリャクを始末しに来たのではなく、スカウトしに来たと言った。
外務省はキセリャクのような人材を探している。
外務省に入れば始末されることはないと。
キセリャクは悩んだ末、ナナクの身の安全を保証し、連邦国籍を与え、自分と一緒に外務省へ入ることを条件にその提案を受け入れた。
そして2人はベークルナットにある大使館を通じて連邦へ向かった。
そして今回、故郷の村へ帰ることが許された。
ククス行きのバスのロータリーで待っていると、1台のSUVが目の前で止まった。
窓が開くと、見覚えのある顔があった。
「おお、キセリャクじゃねぇか!」
「カリシアのおっちゃん!」
カリシアはキセリャクの故郷の村で暮らす中年男性。
今日はティラーナまで買い物に来ていたという。
ちょうど帰る所だったらしく、2人はカリシアの車に乗って村に向かうことになった。
キセリャクは助手席、ナナクは後部座席に座った。
乗り込んですぐ、キセリャクは気付く。
天井に銃がベルトで固定されている。
「家庭用支給銃か。」
「ああ、すぐに使えるように天井に付けてるんだ。」
天井には、SCS70/90とベレッタ90-Twoが各1丁ずつある。
発進してからすぐに、ナナクは眠ってしまった。
生まれて初めて欧州に来て、少し疲れているのかもしれない。
カリシアのSUVは山道に入って行く。
しばらく走ると、周りを石壁や鉄条網で囲い、小さな砦のようになった村々が見える。
「なぁ、おっちゃん。武装ゲリラはまだ出るのか?」
キセリャクがまだ村にいた頃、アルバニアの山岳地帯には武装ゲリラや盗賊団がいた。
それらから村を護る為、人々は村の周りに石壁や鉄条網を築いた。
アルバニア政府は例外的に家庭用支給銃の実弾支給と銃の使用を許可しており、郷土防衛軍・共和国警察と共に村を防衛していた。
「最近は見てねぇなぁ。」
「そうか………」
「郷土防衛軍に追い立てられて、殆ど鏡水かセルビアに逃げたらしい。今頃向こうは地獄だろうさ。」
「………酷い話だ……」
1時間程走り、山道から20m程それた場所に車を止め休憩する。
カリシアとキセリャクは車を降りた。
山の空気は澄んでいる。
故郷に近付き、景色に少し懐かしさを感じた。
ナナクも起きて車を降り、身体を伸ばす。
目の前に広がる山々を見て、少し感動した。
キセリャクはこんな美しい場所で育ったのか。
そんな事を思いながら、空気を大きく吸い込んで吐いた。
自分の育った土地のとは違い、湿気の少ない、とても心地よい空気。
ナナクはふと、キセリャクの方を向いた。
キセリャクは何か考え込んでいるようだった。
何を考えているのか、ナナクには分からない。
キセリャクは少し悩んでいた。
軍から逃亡し、色んな人に迷惑をかけた自分は、再び家族に会っていいのか?
合わせる顔があるのか?
そんな考えが頭を巡る。
そろそろ出発しようかとカリシアが車のドアを開けた時、何かの音が聞こえた。
キセリャクとナナクもその音が聞こえ、耳を澄ます。
どんどん近付いてくる。
キセリャクが音の正体に気付いた。
「銃声だ。」
音の方向は、今まで走ってきた山道の方から聞こえる。
3人は山道の方を見る。
山岳バスが車体を大きく揺らしながら、かなりの速度で山道を走る。
その後ろには、バスを銃撃しながら追いかける2台のピックアップトラック。
「バスが襲われてる!」
「ありゃ武装ゲリラか?どっから湧いてきやがった。」
「おっちゃん、追うぞ。」
「おうよ!」
3人は急いで車に乗り込み、ピックアップトラックの後を追う。
「おっちゃん!銃借りるぞ!」
「後で郷土防衛軍に報告するから発射弾数数えとけよ!」
キセリャクはSCS70/90を手に取る。
「ナナク!90-Twoを使え!」
「はい、師匠。」
2人は銃を確認し、キセリャクは助手席から、ナナクは後席左から窓を開け身を乗り出し構える。
ピックアップトラック後方についた。
2人は後部タイヤを狙い、射撃した。
直後ピックアップトラックは制御を失い、左側の谷へ落ちる。
それに気付いた前の車両の射手は後ろに向き、銃を構える。
しかしキセリャクは射手の銃の上部を撃ち抜き破壊した。
射手はハンドガンを取り出そうとするが、キセリャクが腕を撃ち抜きそれを阻止した。
もう一人の射手が車内から身を乗り出したが、ナナクはその射手の頭を一撃で仕留める。
勝機が無いのを悟ったのか、ピックアップトラックは道の脇に寄り、カリシアの車が追い越すと反転して逃げ去った。
少し開けた場所でバスが停車した。
カリシアはその直ぐ側に車を停め、バスの運転席へ駆け寄る。
「おいあんた!大丈夫か!」
運転手は肩を撃ち抜かれていて、運転できていたのが奇跡のような状態だった。
キセリャクとナナクも車を降り、バスのドアを開けて中へ入る。
「怪我人はいるか!」
窓や天井には銃痕が散見され、所々うめき声が聞こえる。
怪我人数名を急いで外へ出し、応急処置を開始した。
幸いどの怪我人も軽傷で、命に関わる怪我では無かった。
1時間後、山岳救助隊 郷土防衛軍部隊 共和国警察が到着し、怪我人はククスまでヘリで搬送されることになった。
残りの乗客も、郷土防衛軍兵士がバスの運転を代わり、ククスに向けて出発した。
「やれやれ、まさか武装ゲリラが出てくるたぁな。」
「おっちゃんが銃を持ってたから、乗客を助けることができた。結果としては良かったんだろう。」
「そうだ、2人とも何発撃った?」
カリシアが聞く。
「俺は3発」
「私は2発」
「よくそれで仕留めれたな。」
カリシアは驚く。
キセリャクとナナクにとって、あの程度の武装ゲリラを撃つのは日常だった。
3人は再び車に乗り込み、村を目指す。
1時間後、キセリャクの故郷の村に着いた。
車は門をくぐり、カリシアの家の前で停まる。
「ありがとうな、おっちゃん。」
「ありがとうございました。」
2人はお礼を言う。
「おう、今日は助かったぜ。」
「あれぐらいどうってことないさ。」
「あ、キセリャク。」
「ん?なんだ、おっちゃん。」
「家族に謝っとけよ。お前が逃亡してから大変だったんだぞ。」
「…………ちゃんと謝るよ。家族には迷惑をかけた。」
キセリャクとナナクは、キセリャクの生家へ向かう。
家は村で一番高台にある。
坂道を登り、家にたどり着いた。
昔と変わらない白い壁の家。
ドアの前に立つ。
不安が込み上げた。
家族は自分を快く迎えてくれるだろうか。
それとも拒絶を突き付けてくるのだろうか。
勇気を出してドアをノックする。
しばらくしてドアが開いた。
そこには母親が立っている。
逃亡した5年前より白髪が目立つ。
この5年という月日は、思った以上に長かったようだ。
母親はキセリャクを見るやいなや、左頬にビンタした。
あまりの威力に、キセリャクはその場に倒れ込む。
そして言い放つ。
「この馬鹿息子!今まで一体どこに行ってたんだい!」
キセリャクは起き上がり、話し出す。
「ごめん、母さん。迷惑をかけた。」
「なんで軍を逃亡したんだい!SBF(艦上対人戦闘軍)がうちまで探しに来たんだよ!家の中を捜索されて、家族全員尋問までされて………」
「………ごめん。」
母親は、キセリャクの後ろに立つナナクに気付く。
「キセリャク、この子は誰だい?」
「ナナク。インドにいた時から一緒にいる。俺の相棒だ。」
「ナナクです。師匠にお世話になっています。」
母親は、ナナクへ近寄る。
「うちの馬鹿息子が迷惑かけたね。」
「いえ、師匠は私に戦い方を教えてくれました。仲間を救ってくれました。」
「そうかい………。こんな息子でも役に立ったのね。」
「はい。決して馬鹿ではありません。」
母親はナナクを抱きしめた。
ナナクは少し驚く。
「こんな息子に付いてきてくれて、ありがとうね。」
「いえ………」
ナナクはその温もりに、死んだ母親の事を思い出して懐かしさを感じる。
ナナクを離すと、母親は2人を家に入れる。
「長旅で疲れてるでしょ。2人とも、中へお入り。」
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