ある日、可愛い妹をおもむろに抱きしめた。
身体的接触が多いと心の距離も縮まると聞いたことがある。
なら試してみようかと思い至った訳である。
柔らかい感触、淡く優しい匂い、人肌の暖かさ、普段は聞けない可愛いい悲鳴、脳天に響く鋭い痛み。
胸に込み上げる少しの劣情と、何故か感じた優越感と安心感。
いいものだと改めて思った。
妹とは良いものだ。
だと言うのに、それからと言うもの近付こうとすると距離を空けるようになってしまった。だがそんな事ではめげない、スキンシップは大事と読んだ本にも書いてあったのに。あれ、もしかしてちょっと嫌がってる? それとも──
「照れてるのか?」
そんな事を何となしに聞いてみたら、容赦の無い蹴りが飛んできた事もある。
妹の事がいまいち良く分からない。
分からないので、身体的接触はめげずに続けている。抱きついたりではなく、殴り合いである。なるほど、拳での会話を選ぶとはさすが妹、私の事をよく分かってる。言葉で上っ面を話すよりも好ましい。
え、妹を殴ってるのかって? 失礼な、そんな酷いことはしないし、もちろん防いで受け流して優しく組み伏せるとも。敗者を自由にするのは勝者の特権であるのだ。
中学になってからもそんなやり取りを何度か続けて居たのだが、スキンシップは少し減ってしまった。妹があまり隙を見せなくなったというか、より距離を取られるようになってしまったのだ。
これを成長と捉えるべきと思ったりしたけど、やっぱり少し寂しい。
「寂しいので構ってくれ!」
更衣中や仮眠中などの、数少ない隙を見せる機会を狙って接触を試みる事もあるが、何時から持つようになったのか縛斬なんて言う物騒な刀を握って追いかけ回される様になった。そして油断をしすぎると簀巻きにされて、鬼の形相で踏み付けられることもしばしば。
昔は組み敷かれるばっかりだったのに、成長を感じる。
「乃音の他にもお友達が増えたみたいで、ガードが硬くなっちゃたなぁ」
思えば中学の頃は男の友達が出来ちゃって、一人であたふたしてた。まぁ蓋を開けてみればどういう躾をしたのか、忠義120%みたいな人達で逆に心配になったけど。
一安心したと言いたい所だけど、ガードが増えたのは悩ましい。
お友達が出来るのはいい、それも人として必要な事だろう。けど──
「お姉ちゃんの事も構って欲しいなぁ〜」
心の内を言葉にしながら、簀巻きにされた体をミノムシみたいにくねらす。
そんな風に必死にアピールしてるのに、目の前の妹ちゃんは冷めた目でこっちを見ている。まるで氷を宿してるみたいだ。
「そんなに見つめられると、照れるんだけど皐月ちゃん」
「私を前にして巫山戯る余裕があると思うなよ、
怒られてはいるけど久しぶりの妹との会話が嬉しい。あ、けど、縛斬の鋒でツンツンするのは止めて欲しい、いい所に当たって絶妙に気持ちいい。あと普通に危ない。
そんなスキンシップを勝手に楽しんでいると、目の前にいる皐月ちゃんは凄く複雑そうな顔をしている。どしたん、話聞こうか?
「変に頬を染めるな」
吐き捨てるように言うと同時に、吊るし上げられていたロープを縛斬で切断され、僅かな浮遊感の後に脳天から床に着地した。めちゃくちゃ痛い、だが同時にいいものが目に入った。
「お、今日の下着は白か」
「おい貴様、それが説教を受けるものの態度か」
とても眼福な光景を目の前に幸せを噛み締めていたら、容赦なく頭を踏まれる。体重をかけて踏み付ける脚から察するに──。
「もしかしてだけど、最近ちょっと太った?」
「貴様、本当にいい加減にしろよ。そして成長期に合わせた適正体重だ!」
「痛い!」
容赦なく頭を踏み付けられ、どかりと背中に座り込まれた。
あ〜、背中越しに皐月ちゃんの体温を感じるけど、やっぱり体重増えてません? あ、ごめん余計な事考えました、なので脚で頭を小突くのは止めて欲しいです、脳が揺れる。
「というか、なんで不機嫌?」
「ほう、思い当たる節が無いとでも? 今日も無断で人の更衣中に忍び込んでは、断りもなく撮影していただろ?」
「やだなぁ、思い出作りじゃない」
「断りもなく盗撮をするなと言っている」
因みに記念撮影(盗撮)した画像は、個人的なアルバムとして確りと保存している。私が死ぬまで消すつもりは無いね、もしもの時は信頼できる人にパソコンを粉砕してもらうから安心してね。
「何時も言っているだろ。ここで勝手な事をするな」
皐月ちゃんが言っているのは、ここ本能寺学園の事である。もっとも理事長は私と皐月ちゃんの母親である人が務めているのだが、実質的な管理は皐月ちゃんに任せられているのだ。
「ここは私の王国だ。私が支配して、私が管理している」
「え〜、だから管理とかについては口出ししてないじゃん。それに興味も無いし」
「問題行動は何度も起こしているだろう。尊厳など気にすることでは無いが、お前の行動は目に余る」
何とも言えない表情で、深くため息をつくその姿からは心労が察せられる。
学園という狭い学び舎とはいえ、組織を運営する事は大変なんだろうなと思う。とてもでは無いが計画してそれ通りに実行するのが苦手な自分には出来ない事だし、自分が知りえない苦労をしているのだろう。
そしてこの学園を卒業すれば今度は鬼龍院財閥を取り仕切る未来も待っているなんて、私は皐月ちゃんが過労で倒れないか心配である。ブラック労働は断固として反対である。
私ぐらい自由奔放になるのはそれはそれで心配になるけど、多少は肩の力を抜けば良いのにと思うこともある。
「ちょっとは肩の力を抜いたら?」
「この鬼龍院皐月が気を抜く事など無い」
「張り詰めすぎは身体に毒だよ。まだまだ子供なんだし、それこそお姉ちゃんに甘えたら良いんだよ〜」
「……それこそ有り得ん、私がお前に甘えるなど」
えーん、皐月ちゃんが構ってくれない……。
無理に大人のように演じてる様にも感じるし、どうにかならない物かな。
「私の心労を気にするぐらいなら、少しぐらい大人しくしてろ」
「いやぁ、それは私の性格的に無理かなぁ」
「ふん、長い付き合いだ。それぐらい分かってる」
言いながら皐月ちゃんは、するりと私の首元に腕を回した。何故に、と思った次の瞬間には徐々に腕に力が込められ、首が締め付けられ始めた。
ちょ、ちょっと苦しいけど、ゼロ距離で皐月ちゃんを感じられるから、これはこれであり。
「縛っても抜け出すのは分かってるからな。お前を寝かしつけたあとに、休ませてもらうとしよう」
「……お、同じ、ベッドでお願いします」
「ぬかせ、お前は床で十分だ。なに、意識が落ちる瞬間まで抱きしめてやってるんだ、お前にとって十分なご褒美だろ」
「そ……それは、よく、分かってくれてる……じゃん」
やばい、流石にコレは落ちる。
けど、皐月ちゃんに抱きしめられて寝れるなら、めっちゃ幸せだし良いかなぁ。よく、寝れ……s──
〇
「……おい、羅刹」
声を掛けるが、反応は無い。
腕の中を除けば、絞め落とされたとは思えないほどに幸せそうな顔で羅刹は眠っていた。
「ようやく大人しくなったか」
言いながら腕を解くと同時に、うなじに顔を近付けた皐月は──思いっきり鼻から空気を吸い込んだ。
呼吸が目的では無い。猫吸い、猫好きが猫の存在を堪能するかの様に、皐月は羅刹の匂いを思いっきり感じていた。
ゆっくりと十秒程は匂いを取り込み、ゆっくりと吐き出す。その行為を三度繰り返してから、ようやく顔を上げた。
「今日も変わらず、いい匂いだ」
皐月は羅刹を眠りから起こさないように、気を使いながら抱き上げた。
腕の中で眠る羅刹を眺めるその表情には、普段の皐月を知るものからすれば到底信じられないような、優しげで、少し艶かしい笑みを浮かべている。
普段は使うことの無い仮眠用の簡易ベッドに優しく羅刹を横に寝かす。自分以外が入ることの無い部屋なら暫く羅刹が起きる事も無いだろう。
カシャリ、とカメラのシャッター音が響いた。
「お互い様、という事で良いよな」
手馴れた様子で写真を確認しカメラを片付けた皐月は、ベッドの空いてるスペースに腰を下ろして静かに眠っている羅刹の頬を撫でる。
皐月にとって、羅刹とは姉であると同時に、唯一本心をさらけ出すことが出来る者だった。
初めは姉が居ると言う事すら知らなかったが、ある日突然に父の口から知らされた。その後日、母に連れられてやって来たのが羅刹だった。
自分とは真逆の人間だった。自分の思いを隠そうともせず、こちらの事などお構い無しに振り回す。当初は抵抗をしていたものの、大きな実力差に物を言わせて数多くの事を経験させられた。良くも悪くも、己の世界を広げてくれたのは羅刹だった。
「お前は何時でも私の前にいる」
それに甘えるような皐月では無かったが、一歩前に抜きん出たと思った時には羅刹が既に前にいた。そんな行動を煩わしいと思っていたが、心のどこかで安心感の様なものを感じていたのも事実だ。甘える事は決して無かったが、甘えても良いと思ったのも初めてだった。
しかし、気が弛めば覚悟も緩むだろうと己の心を律し続けた。それにどうしてか、目の前で眠っている姉に対しては、自身の心を打ち明けるというのは恥ずかしく感じてしまう。
だから羅刹の意識がない時に限り、誰にも知られること無く、伝わらぬと理解しつつも皐月は自身の心を表現する。
「この鬼龍院皐月、全てにカタをつけた後にその思いを受け取ってやる。人前でだろうがなんだろうが、思いに答えて力一杯抱きしめやる。だから──」
少し恥ずかしげにそう言った皐月は、未だ眠り続けている羅刹の頬に口付けをした。
「何時か私の気持ちも受け止めてくれ、──姉さん」
羅刹→妹が好き
皐月→羅刹が好き