二天閻羅王の息子に生まれたので久遠の落日を完遂したい(したくない)   作:HIDEMASA

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お絵描きAI楽しすぎて時間が飛びました(小声)
烈華と小夜修行シーン
【挿絵表示】

その他のフテキセツな絵はおいちゃんがしまってるね~


襲われる『玄雲』/巻き込まれる『護衛』達

世戯家本邸。

 

大広間には、天断島の重鎮たちが集っていた。

 

上座に座すは世戯煌臥之助。

 

二天閻羅王。

 

武器組最高機関、八煌断罪刃を束ねる棟梁であり、この天断島の王その人である。

 

その左右には島に残る達人衆、断罪兵隊長、老練の教官達が控えていた。

 

そして、その場にはもう一人。

 

長い黒髪。妖しいまでの美貌。

 

一影九拳「水」の九拳、櫛灘美雲もまた静かに座していた。

 

「若様は十五人抜きを達成されました」

 

断罪兵隊長が頭を垂れる。

 

「年上の断罪兵候補を相手に、最後は神崎烈華、九条小夜の二名を退けております」

 

「ふむ」

 

老人の一人が髭を撫でた。

 

「十歳にして緊湊。制空圏も既に形になっておる」

「若衆の中では頭一つ抜けた、と見てよろしかろう」

「だが妙手にはまだ遠い」

 

別の達人が言った。

 

「制空圏の精度は見事。されど肉体は十歳。経験も足りぬ。何より本物の戦場を知らぬ」

 

達人たちの言葉を静かに聞いていた玄雲の母、美雲がその日初めて口を開いた。

 

「経験が無いのであれば積ませるしかなかろうて。そしてそのやり方には武器組の各々方が最も精通していると見受けられるが…」

 

美雲が微笑みを浮かべた。彼女の笑みが如実に語る。修行を次の段階に進めるべき時が来たと

 

やがて、重い声が落ちる。

 

「次へ進める」

 

そしてそれは玄雲の父、世戯煌臥之助も同意見だった。

 

一同が頭を下げた。

 

「技ではない」

 

煌臥之助は続ける。

 

「心得じゃ」

 

「心得、でございますか」

 

「常在戦場」

 

その一言で、場の空気が変わった。

 

「食事。睡眠。湯浴み。厠。読書。散策。稽古」

 

煌臥之助の声は低く、揺るがない。

 

「全て戦場と思え」

 

「不意打ち」

 

「夜討ち」

 

「多勢」

 

「罠」

 

「毒」

 

「偽装」

 

「何でもよい」

 

「勝て」

 

それが武器組。

それが戦場。

それが殺人剣の理。

 

「玄雲へ一太刀入れた者には褒賞を与える」

 

断罪兵隊長の目が鋭くなる。

 

「若衆達も発奮いたしましょう」

 

「彼らにとっても実戦練習となる」

 

老教官が頷く。

 

「若様を鍛え、若衆もまた鍛える。よき循環にございます」

 

「うむ」

 

煌臥之助は静かに頷いた。

 

「玄雲には守られるだけの稽古は不要じゃ」

 

「狙われる側を知れ」

 

「殺されぬために殺す側を知れ」

 

「それが殺人剣じゃ」

 

美雲は口元に笑みを浮かべる。

 

「なかなか物騒じゃのう」

 

「貴様が言うか」

 

煌臥之助はわずかに目を開けた。

 

美雲は楽しげに笑う。

 

「来る久遠の落日。100年の戦乱の世ではそれが日常となる」

「慣れさせておくのもよいじゃろう」

 

こうして、世戯玄雲の修行は一段階上へ進んだ。

 

常在戦場。

 

それは、日常の全てを戦場へ変える修行であった。

 

最初の襲撃は朝餉の席で起きた。

 

玄雲が箸を取った瞬間、給仕の少年が膳の陰から短い木刀を抜いた。

 

「若様、御免!」

 

突き。

喉元。

 

狙いは正確だった。

 

だが、玄雲の箸が動く。

 

箸先が少年の手首を打った。

 

  小手打ち。

 

武器を持つ手を狙い、力の起こりを潰す基本技。

 

「っ!?」

 

木刀が落ちる。

 

玄雲は左手で少年の袖を取り、軽く引いた。

 

  水月崩。

 

僅かな接触で重心を奪う櫛灘流柔術。

 

少年は膳を避けるように転がされた。

 

汁椀だけは一滴もこぼれていない。

 

「一本」

 

横で見ていた小夜が静かに告げた。

 

烈華は口いっぱいに飯を詰めたまま叫ぶ。

 

「食事中はずるいでしょ!?」

 

側近として選ばれた二人は玄雲と当然、寝食を共にしている。

 

故にこの襲撃に当然、巻き込まれていた。

 

「戦場に食事中はありません」

 

小夜が言う。

 

「あるでしょ! あるって言って!」

 

烈華の悲嘆は迫真であった。側近である烈華と小夜の二人は当然、玄雲の護衛も仕事のうち。

 

そしてこの襲撃で玄雲を守り切れず傷を負わせたとき、当然その責を護衛も負うことになる。

 

ーーー最悪、切腹もあり得る

 

烈華が頭を抱えている中、小夜は全力で頭を回転させ護衛計画を練っていた。

 

このような暴挙が許されるはずもない。ましてや玄雲は主君の子である。

 

常時であれば気絶しているこの給仕の少年は速やかに玄雲の乳母の雨宮静華に連れ去られ

全ての背後関係を引き抜かれているところだろう。

 

しかし、屋敷の誰も動く気配はない。つまり許容されているのだ、この襲撃は

 

(成程、修行の一環という訳ですか…)

 

気を引き締めなければない。烈華と小夜は二人で頷き合った。

 

その一方、玄雲は味噌汁を啜っていた。

 

平時と変わらぬといった風情であるがその心情では『弟』が大騒ぎしている。

 

『うわぁ!うわぁあ!び、びっくりした~!』

 

相変わらず、喜怒哀楽快不快を全力で表す『弟』である。

 

(しかし、それも当然か)

 

この過酷な環境の中で生き残るために、揺らがぬ『空の心』を持った完璧な殺人剣『世戯玄雲』が生まれた。

 

しかし、その代償として本来、表に出ている『玄雲』が受けるべき心の揺らぎは全て心の奥底にいる転生者、『弟』が引き受けていた。

 

だから『弟』は良く笑い、良く怒り、良く恐れ良く泣く。

 

しかし、だからこそ外の脅威に矢面に立つ『玄雲』が完璧な殺人剣たる『空の心』を維持することができるのである。

 

全ては生き抜くため。

 

『玄雲』にとって今の襲撃も日常の延長線上にすぎなかつた。

 

玄雲が味噌汁を置き、お椀を取り漬物に手を付けたその直後。

 

   天井板がわずかに鳴った。

 

烈華が箸を置いた。

 

小夜が視線だけを上げる。

 

玄雲は椀を置かない。

 

次の瞬間、天井から三人の断罪兵候補が落ちてきた。

 

「今度こそ!」

 

玄雲は座ったまま太刀の木刀を取る。

 

  流し太刀。

 

敵の攻撃を受け止めず、刀身を滑らせて力を逸らす世戯流剣術の基本。

 

一人目の木刀が外れる。

 

二人目は烈華が迎えた。

 

「食事の恨み!」

 

  火雷。

 

大きく踏み込み、全身の力を乗せて放つ烈華の袈裟斬り。

 

木刀同士がぶつかり、襲撃者が吹き飛ぶ。

 

三人目は小夜が抑えた。

 

張り受け。

 

強く受けず、僅かに張って相手の太刀筋を乱し、先を取る技。

 

「お見事です」

 

小夜は相手の木刀を跳ね上げ、そのまま一撃をしたたかに与え気絶させた。

 

玄雲は一人目の懐へ入る。

   

 秋猴入り。

 

手より先に身を入れ、敵の懐を奪う五輪の書由来の兵法。

 

そのまま肩を入れる。

 

 身当たり。

 

身体を武器として敵の胸へぶつける古流武術の体当たり。

 

襲撃者は畳の上を転がる。

 

そして立ち上がろうとした襲撃者に傍で控えていた烈華が追撃を加え今度こそ地面に沈めた。

 

烈華は大笑いした。

 

「あはは! 朝から楽しくなってきた!」

 

烈華の瞳孔が開き明らかに昂っている。烈華は『動』の武術家として心のリミッターを外し

潜在能力を一時的に引き出す術を獲得していた。

 

気の運用の第一段階、一時的に気を練り上げる『気の発動』である。

 

「食事が冷めます」

 

小夜は淡々と言った。彼女はその正反対に至極冷静であろうとしていた。

 

『静』の武術家は心を落ち着かせ、気を凝縮することで頭を冷やし判断力を向上させる。

 

彼女もまた戦闘時の短時間ではあるが気の凝縮の第一段階『気の発動』に到達していた。

 

「二人とも」

 

玄雲は膳へ戻りながら言う。

 

「次は天井の板の鳴りを半呼吸早く聞け」

 

翻って玄雲は先の襲撃の時も常に心に揺らぎがなかった。

 

常在戦場の心構えを修行を受けるすでに身に着けている。

 

「はい!」

 

「承知しました」

 

二人は玄雲が『気の発動』のその先に行こうとしていることに気づいていた。

 

そして、日常は戦場となった。

 

湯殿。

 

護衛として玄雲に侍る二人は当然、湯浴も共にする。

 

「いやぁ、若様の御体。日に日に逞しくなっております!」

 

その豊満な肉体を堂々と晒し、烈華は玄雲の背中の垢を擦り。

 

「ええ、本当に。しかもなんてしなやかな…」

 

その反対に玄雲の正面に立った小夜はその均整の取れた裸体を晒し丁寧に玄雲の体を洗い感嘆の溜息をついた。

 

この状況に玄雲は至極泰然としているが、中の『弟』は羞恥に悶え大騒ぎである。

 

『もう、ヤダーッ!なにこれ!お風呂くらい一人で入らせてよ!!』

 

(騒ぐな。これも修行だ)

 

そう、これは爛れているのではない。修行の一環である。

 

古来より女色に溺れ、命を絶った英雄豪傑は数多い。

 

ゆえに幼き頃から女体に慣れさせ耐性をつけさせる。それが父・世儀煌臥之助の方針であった。

 

実際、武術の世界では女性の武術家が男性の敵に対して乳首や乳輪、臀部などに視線を誘導し隙を作る技術をよく用いることを玄雲は知悉していた。

 

烈華が試合の最中に()()()()()、視線に目が行った若き断罪兵候補が頭をかち割られ医者に連れていかれる姿を頻繁に目撃しているのである。

 

悲しき男の性であるがあえて同じ轍を踏むわけにはいかない。ゆえにこうして常日頃から女体と触れ合い耐性をつけるべしとの方針に『玄雲』は異存はなかった。

 

『玄雲は訓練しなくても平気でしょ!?僕が単に恥ずかしいやら嬉しいやらだよ!?』

 

そのようなこと他人に分かるはずもない。しかし美女に囲まれ色香を振りまかれながらも常に平静を崩さない玄雲の評価はさらに大きく増し、「世戯玄雲」の武術家としての評価は確固たるものとなる。

 

(耐えろ。これも生き残るためだ『弟』よ)

 

そして、体の汚れを落とし3人が湯船に浸かり護衛二人の一瞬、緩んだその時である

 

「若君、御免つかまつる!」

 

「一撃もらい受ける!!」     

 

湯殿の外の囲いの外の木々から勢いよく湯に飛び込み次々と襲撃者が現れ始める。

 

いったいいつから居たのか。襲撃者たちは何時間も息を殺し潜み必死に隙を伺っていたのである。

 

(見上げた根性だな)

 

『馬鹿じゃないの!?』

 

「若様!」

 

「風呂にまで!?」

 

烈華が襲撃者に桶を投げる。

  

   桶打ち。

 

正式な技ではない。しかし、一瞬だけ二人の裸体に()()()()()()男性襲撃者の隙をつき視界を奪うには十分ではある。

 

(やはり、侮れんなこの手の技術というものは)

 

玄雲は湯船から素早く立ち上がり、濡れた床を滑るように歩く。

 

技10力0の櫛灘流柔術の骨子を活かし()()()なく一瞬で距離を詰める歩法であった。

 

襲撃者の木刀をもった腕をつかむ。

 

「しまっ…!?」

   

  櫛灘流柔術骨子・水月崩

 

技というより概念に近く、相手の重心を僅かな接触で奪い技に移行する櫛灘流柔術の根幹そのものである。

 

襲撃者を湯桶の山へ投げ飛ばし木刀を奪い去る。

 

「さて、貴様ら。俺も何度も同じ者に襲撃を受けては流石に疲れる」

 

襲撃者たちが湯の中で音を立てて後ずさった

 

「殺しはせん。しかし、骨の一本や二本は覚悟してもらうぞ」

 

その後、湯殿の中で絶叫が響き渡った。

 

 

夜。

 

寝所。

 

襖の向こうから気配がする。

 

『また来たよ』

 

内なる声が呟く。

壊れていた転生者の心。

 

今は少しずつ十歳の子供らしさを取り戻しつつある、もう一人の自分。

 

『寝てる時くらい休ませてほしいなぁ』

 

(戦場に休息はない)

 

『それ言うと思った』

 

玄雲は目を開ける。

 

襖が開く。

 

四人。

 

一人は正面。

 

二人は左右。

 

一人は床下。

 

玄雲は布団を蹴り上げた。

 

布団が正面の視界を塞ぐ。

 

同時に左へ転がる。

 

身先入り。

 

身を先に入れ、太刀は後から来る。

 

斬るためではなく、敵の内側へ入るための五輪の書由来の兵法である。

 

玄雲は床下から突き出た木刀を足で踏み、十手で絡めた。

 

 白鷺返し。

 

武器を絡め、小手を返し、制圧へ繋ぐ捕手技。

 

「ぐっ!?」

 

床下の一人が引きずり出される。

 

右から来た敵を小夜が受ける。

 

「若様、右は私が」

 

 流し太刀。

 

敵の攻撃を滑らせ、力を逸らす世戯流剣術の防御。

 

左から来た敵へ烈華が突っ込む。

 

「夜襲とはやってくれるねぇ!」

 

 崩岩。

 

体当たりから斬り上げへ繋ぐ烈華の力技。

 

襲撃者は壁際まで吹き飛んだ。

 

「烈華さん、壁を壊さないでください」

 

「壊してない! ちょっと鳴っただけ!」

 

「後で静華様に同じことを言ってみるように」

 

「…ごめん!」

 

二人のかけ合いを無視し玄雲は布団を落とし、最後の一人の喉元へ木刀を突きつける。

 

 心刺し。

 

胸、喉、顔面へ切先を向け、狭所で敵の動きを止める実戦的な突き。

 

「……参りました」

 

「四人」

 

玄雲は言う。

 

「床下の気配は甘い」

 

襲撃者達は悔しげに頭を下げた。

 

「次は殺す気で来い」

 

「はっ!」

 

『何言っちゃってんの!?』

 

(あまりに温いと修行にならん)

 

そんな日々が続いた。

 

食事中。

 

湯殿。

 

読書中。

 

厠へ向かう廊下。

 

港への道。

 

市場の雑踏。

 

山道。

 

神社の境内。

 

襲撃はいつ来るか分からない。

 

断罪兵候補達は若君へ一太刀浴びせようと知恵を絞った。

 

毒に見せかけた苦い薬草。

 

偽の迷子。

 

荷車に仕込まれた木刀。

 

魚籠の中から飛び出す短棒。

 

木の上からの弓。

 

川辺の足払い。

 

真剣や矢尻が用いられることはない。

 

しかし、対処に失敗すれば骨くらいは折れる。

 

当たり所が悪ければ死ぬ。

 

天断島において、それは稽古の範囲であった。

 

玄雲は対処した。

 

烈華は突っ込んだ。

 

小夜は見抜いた。

 

三人は少しずつ、一つの部隊になっていく。

 

玄雲の制空圏が先を読む。

 

烈華の動が敵の勢いを潰す。

 

小夜の静が隙を埋める。

 

それぞれの長所が重なり、欠点を補っていく。

 

若衆達もまた強くなった。

 

若君を狙うことは、最高の実戦練習だった。

 

若君に敗れることは、恥ではない。

 

一太刀浴びせることは、誉れである。

 

誰もが本気で考え、罠を張り、挑み、倒された。

 

そのたびに玄雲は指摘した。

 

「踏み込みが浅い」

 

「殺気を消せ」

 

「弓を使うなら退路を潰せ」

 

「正面の者は囮に過ぎぬ。背後を使え」

 

「毒を使うなら匂いを消せ」

 

「殺す気が足りない」

 

十歳の少年が、十五歳前後の若者達へ淡々と助言する。

 

それを誰も笑わない。

 

ここは天断島。

 

勝つことこそが誇りであり、生き残ることこそが正しさだった。

 

 

一方。

 

世戯家本邸の奥。

 

水音ひとつしない道場で、雨宮静華は何度も畳へ叩きつけられていた。

 

「遅い」

 

櫛灘美雲の声が落ちる。

 

静華は息を詰まらせながら立ち上がる。

 

「もう一度、お願いいたします」

 

「よかろう」

 

美雲が指先を上げた。

 

それだけで、静華の重心がずれる。

 

「っ……!」

 

 水月崩。

 

僅かな接触、あるいは気の流れによって重心を奪う櫛灘流柔術の骨子。

 

玄雲が使うそれとは比べ物にならぬ練度。

 

美雲のそれは、もはや理そのものだった。

 

静華の身体が浮き、畳へ落ちる。

 

「まだ力で立とうとしておる」

 

美雲は笑う。

 

「雨宮流の癖じゃな。敵を捕らえ、主君の前へ引きずり出す。その執念は悪くない」

 

「ですが」

 

「うむ。櫛灘流柔術では邪魔になることもある」

 

静華は膝をつき、呼吸を整える。

 

十年前。

 

玄雲を産んだ日。

 

美雲から与えられた報酬。

 

延年益寿法の一端。

 

櫛灘流柔術の秘伝。

 

雨宮流捕手小具足術を発展させるため、静華はそれに食らいついた。

 

代理母。

 

乳母。

 

世戯家譜代。

 

玄雲の母。

 

その全てを背負いながら、十年間。

 

美雲が島に来るわずかな時間だけを逃さず、技を盗み、教えを受け、血を吐くように鍛え続けた。

 

「静華」

 

美雲が言う。

 

「貴様は凡才ではない」

 

「……はっ」

 

「じゃが天才でもない」

 

「承知しております」

 

「ならばどうする」

 

「積み上げます」

 

静華は立つ。

 

「雨宮流のため」

 

「世戯家のため」

 

「若様のため」

 

美雲は目を細めた。

 

「最後だけ、少し熱が入ったのう」

 

静華は答えない。

 

構える。

 

十手は持たない。

 

小太刀もない。

 

素手。

 

櫛灘流柔術を学ぶ場で、武器は不要だった。

 

美雲が歩く。

 

ただ歩く。

 

それだけで、静華の制空圏が乱れる。

 

達人と妙手。

 

その差はあまりにも遠い。

 

美雲は一影九拳。

 

水の九拳。

 

九十を超えてなお二十代の肉体を持つ、妖拳の女宿。

 

対する静華は妙手。

 

上位に近づいているとはいえ、まだ達人ではない。

 

だが。

 

静華は退かなかった。

 

美雲の指が伸びる。

 

触れれば崩れる。

 

そう分かっていて、静華は前へ出た。

 

張り受け。

 

軽く張って先を取る技。

 

世戯流、雨宮流、櫛灘流の理が重なる受けである。

 

美雲の指先を、静華の掌がわずかに張った。

 

その瞬間、静華は逃げずに入る。

 

秋猴入り。

 

手より先に身を入れ、敵の懐を奪う兵法。

 

剣術の技でありながら、組討にも通じる。

 

美雲の目がわずかに動いた。

 

静華の指が、美雲の袖を取る。

 

 水月崩。

 

僅かな接触で重心を奪う櫛灘流柔術の骨子。

 

完全ではない。

 

本家には遠い。

 

技十力零には届かない。

 

だが。

 

美雲の足が、ほんの半寸だけずれた。

 

道場の空気が止まった。

 

静華はその直後、逆に崩されて畳へ叩きつけられた。

 

「かはっ……!」

 

だが、今度は美雲がすぐには何も言わなかった。

 

静華は痛む身体を起こし、正座する。

 

美雲は自らの足元を見る。

 

そして、愉快そうに笑った。

 

「ほう」

 

ただ一言。

 

それだけで、静華の胸が震えた。

 

「今のは良かった」

 

「……はっ」

 

「十年」

 

美雲は静かに言う。

 

「十年でようここまで来たのう」

 

静華は頭を下げたまま動かない。

 

「技十力零には程遠い」

 

「我が奥義を真に身に着けるなど夢のまた夢」

 

「はい」

 

「じゃが」

 

美雲の声が少しだけ柔らかくなった。

 

「櫛灘流柔術の師範代程度ならば、名乗ってもよかろう」

 

静華の肩が震えた。

 

師範代。

 

免許皆伝ではない。

 

正統後継でもない。

 

櫛灘流そのものを継ぐ者ではない。

 

それでも。

 

櫛灘美雲が、雨宮静華に自身の柔術を他者に教える資格を認めた。

 

それは静華にとって、十年の血と汗が報われた瞬間だった。

 

「ありがたき……」

 

声が震える。

 

「ありがたき幸せにございます」

 

美雲は鼻を鳴らす。

 

「泣くでない」

 

「申し訳ございません」

 

「泣いておる暇があるなら、玄雲を見よ」

 

静華は顔を上げる。

 

「玄雲には櫛灘流の骨は入れた」

 

美雲は言う。

 

「基礎は叩き込んだ」

 

「崩しも教えた」

 

「制空圏の理も見せた」

 

「じゃが、あれはワシの後継ではない」

 

静華は黙って聞いていた。

 

「玄雲の肉は世戯の剣で出来ておる」

 

「武器組の弟子としてはそれでよい」

 

「武器と無手を繋ぐ神輿としては、十分に仕込んだ」

 

美雲は遠くを見る。

 

「ワシも見つけたのでな」

 

「見つけた、とは」

 

「後継じゃ」

 

美雲の口元に妖しい笑みが浮かぶ。

 

「重心を見る眼を持つ童」

 

「ワシの柔術を継ぐ器」

 

「これからしばらくは、そちらを育てる」

 

静華はその名を問わなかった。

 

問うべきではないと分かっていた。

 

「静華」

 

「はっ」

 

「玄雲の柔術は貴様が見よ」

 

「雨宮流捕手小具足術と櫛灘流柔術」

 

「その二つを混ぜ、玄雲に合う形で教えよ」

 

「ワシの真似をするでない」

 

「貴様の柔でよい」

 

静華は深く頭を下げる。

 

「必ずや」

 

数日後。

 

港。

 

美雲は小さな船へ乗り込もうとしていた。

 

見送りは少ない。

 

美雲自身がそれを望まなかった。

 

ただ、玄雲と静華だけがそこにいた。

 

海風が黒髪を揺らす。

 

美雲は玄雲を見る。

 

「玄雲」

 

「はい」

 

「お主には十分教えた」

 

「はい」

 

「これより柔は静華に学べ」

「静華はまだ未熟じゃが、お主の柔を見るには足る」

 

静華がわずかに息を呑む。

 

美雲は続ける。

「お主が齢10に至ったその境地。驚嘆に値する」

「真に櫛灘流柔術を継がせてやりたくはあるが、やはりお主は世戯の子」

「暫しの別れじゃ。次に会う時までに一人前の武士となれ」

 

玄雲の表情は変わらない。

 

「承知しました、母上」

 

美雲は満足げに頷く。

 

「うむ」

 

静華が一歩前へ出た。

 

「美雲様」

 

「なんじゃ」

 

「十年の御指導、誠にありがとうございました」

 

静華は深く頭を下げる。

 

「この御恩、生涯忘れませぬ」

 

美雲は笑った。

 

「忘れれば殺す。それだけのものは仕込んだゆえのう」

 

「はい」

 

静華は微笑んだ。

 

その返答は冗談ではなかった。

 

船が出る。

 

美雲の背が少しずつ遠ざかる。

 

玄雲と静華は並んでそれを見送った。

 

「若様」

 

静華が静かに言う。

 

「これより櫛灘流柔術の稽古は、私が承ります」

「未熟な身ではございますが」

「どうか、お付き合いくださいませ」

 

玄雲はしばらく黙っていた。

 

やがて、海を見たまま言う。

 

「頼む」

 

静華は柔らかく微笑んだ。

 

「はい、玄雲様」

 

その声は、家臣のものではなかった。

 

師のものでもなかった。

 

母の声だった。

 

遠ざかる船の上。

 

美雲は一度だけ振り返る。

 

そして、誰に向けるでもなく小さく笑った。

 

「育つがよい、久遠の子よ」

 

波音が、その言葉を静かに攫っていった。

 

 




人物紹介
世儀煌臥之助…
世界最強の二刀流剣士。玄雲のパパ。玄雲のことは彼なりに愛している。
武術家を愛し非武術家を嫌っているので自身の武を全力で継がせることこそが
なによりも玄雲の為であると考えている。なので絶対に息子の修行に手は抜かない。
でも梁山泊の拷問じみた修行よりは優しい。

櫛灘美雲…
櫛灘流柔術の達人。玄雲のママ。別に玄雲のことは愛していない。
でも玄雲の才能と殺人剣としての心構えを見て自身の櫛灘流柔術の継承者に出来ないことを心底、惜しんでいた。

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100年に一人の天才と史上最強の弟子(作者:やぶゆー)(原作:史上最強の弟子ケンイチ)

金剛阿含は100年に一人の天才だ。▼勉強、スポーツ、格闘技、何をやらせても栄光を掴むだろう。▼ただちょっと近所が梁山泊なだけ……▼※ケンイチ2発表前から執筆していたため、世界観が異なる場合があります▼現在は毎週月曜夜と金曜夜に固定更新予定です


総合評価:3521/評価:8.28/連載:32話/更新日時:2026年06月22日(月) 21:00 小説情報

ハンター協会の美食料理人(作者:火取閃光)(原作:HUNTER×HUNTER)

美食ハンターとか言う凄く面白い設定があったのに、序盤しか活躍しなかったのでオリジナルキャラを作り2次創作を書いてみました。▼気分転換に書き溜めたプロットを形にしてみました。温かく見守って頂ければ幸いです。▼2026/02/24 19:05頃▼日間ランキング177位を記録! ご愛好ありがとうございます!▼2026/02/26 23:39頃▼日間ランキング58位…


総合評価:4651/評価:7.42/連載:33話/更新日時:2026年04月26日(日) 00:30 小説情報

ブレイザー・ヴィリー(作者:ヤン・デ・レェ)(原作:BLACK LAGOON)

ひょんなことから『BLACK LAGOON』の世界に転生した男が、危険な女性たちと出逢い関係性を深めながら、悪党としても栄達する話。▼*pixiv様にも同時投稿しております。▼*pixivでリクエストを頂いて、現在進行形で執筆している二次創作です。主人公の名前、背景、外見などについては、リクエスト主様にご提出いただいた設定に基づいております。


総合評価:8801/評価:8.48/完結:9話/更新日時:2026年06月18日(木) 00:00 小説情報

戦国転生 4歳から始める十種影法術(作者:匿名希望)(原作:呪術廻戦)

R08.06.19完結しました。▼今後日談的なエピソードを更新していきます、3エピソード予定でしたが、長くなりそうです。▼つまみ食いのような感じなので期待せずお待ちください。▼慶長に行われる御前試合から逃げ切りたい転生者くんの話です。▼10〜14歳のどこかの影久のイメージです。AIくんありがとう・・・。▼【挿絵表示】▼下の画像はネタバレあるので気をつけてくだ…


総合評価:2401/評価:8.15/完結:57話/更新日時:2026年06月26日(金) 04:15 小説情報

アホみたいなオーラ量に対して、貧弱すぎる出力でどうしろと?(作者:村ショウ)(原作:HUNTER×HUNTER)

転生先はHUNTER×HUNTER。▼特典は「オーラ量メガ盛り」。▼勝ったな、と思ったら増えてたのは総量だけだった。▼潜在オーラ量は化け物級。▼でも顕在オーラ量はしょぼい。▼要するに、巨大なバッテリーを抱えてるのに出力が足りない。▼なので、真正面から最強を目指すのはやめた。▼蓄える、支援する、情報を集める、必要な時だけ倍率をかける。▼そんな感じで念能力をシス…


総合評価:9734/評価:7.71/連載:15話/更新日時:2026年06月22日(月) 20:42 小説情報


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