二天閻羅王の息子に生まれたので久遠の落日を完遂したい(したくない) 作:HIDEMASA
天断島の朝は、いつも剣の風で始まる。
岩礁を削った修練場。 海風が草を薙ぎ、空は鉛色の雲を引きずったまま光を落としていた。
世戯玄雲は修練場の端に立ち、両手を身体の脇に垂らしていた。 十三歳。
成長著しくすでに体躯は大人と遜色なかった。
更に立ち姿に、余分なものが何もない。 重心が低く、目が静かで、呼吸が見えない。
その正面、十数歩の距離。
彼の父、世戯煌臥之助が、二振りの刀を携えて立っていた。
「玄雲」
低い声だった。 岩を割るほどの重さではなく—— むしろ静かすぎて、逆に全身に刺さるような声。
「かつて貴様に我の「斜め十字開門斬り」を見せ、そして未熟ながらも貴様は再現した」
斜め十字開門斬り。
二本の刀を交差させ、十字型の斬撃を放つ技。
煌臥之助が用いれば斬撃は木々をなぎ倒しながら数十メートルを突き抜ける遠距離技となる。
玄雲はこの技の要訣を見抜き、一刀目で相手の防御を破壊しながら逆袈裟で切り上げ2刀目で交差するように完全に防御を破壊し止めを刺す、剛の技として用いている。
【技10力0】の絶対の柔で防御、カウンターし隙を作り、【力10】の暴虐の剛で仕留める。
まさに斜め十字開門斬りはその剛を務める技として相応しい。
今では玄雲の得意技であった。
「故に今日は我の技を更にいくつか見せる。記憶に刻め。身体ではなく、まず眼で盗め」
「……はい」
玄雲は短く答えた。 それだけでよかった。
煌臥之助は、二振りを抜いた。
音がなかった。
抜刀の音が——完全に、なかった。
空気が刃を認識する前に、刃はすでに空気の中にあった。
煌臥之助は無言のまま、一歩引いた。
間合いが開く。
次の瞬間——
世戯流二刀剣術 朧車 仇ノ辻
両の刃が、ふっ、と揺れた。
握りが、緩んでいる。
筋力ではない。脱力だ。
限界まで緩めた握りの中で、刃が風車のように回り始める。
重力と遠心力だけが刃を動かしている。
斬るのではない——刃が、落ちてくる。
玄雲の目が細くなった。
(見た。握りを抜いている)
脳裏では既に構造の分解が始まっていた。
煌臥之助は止まらない。
世戯流二刀剣術 大斬界 銀杏虎落斬り
刃が横に走った。
縦でも斜めでもない。
真横だ。
竜巻が、水平に突き抜けていく。
空間を縦断するのではなく——横断する。
その刃筋の軌道は、見ている者の視覚の外を走る。
玄雲は一歩、無意識に引いていた。
(……刃筋が視野の外を通る。だから見えない)
冷静な分析だった。
ただし、体は正直に後退していた。
間を置かず——
世戯流二刀剣術 帝王龍 緋凰死乱斬り
空気が、変わった。
玄雲はそれを感じた。
闘気が膨れ上がる。膨れ上がりながら、形を持つ。
連続する斬撃が走る。その軌跡が——龍だ。
物理的な刃の動きなのか、闘気が見る者にそのイメージを刻んでいるのか。
あるいはその両方か。
判別できなかった。
判別できないこと自体が、この技の恐ろしさだと玄雲は理解した。
そして——
世戯流二刀剣術 世戯 殻破の太刀
煌臥之助の動きが、変わった。
いや——変わったわけではない。
序盤からずっと、その太刀筋は完成していた。
淀みなく、綺麗に、一切の隙なく。
だからこそ——玄雲の目は、それに慣れた。
次の瞬間、刃の軌道が「解放」された。
偽の太刀筋が布石だった。
慣れさせることが目的だった。
見切らせることそのものが、罠だった。
玄雲は動けなかった。
体が、太刀筋を「知っている」と判断して止まった。
その一瞬の誤認が、命取りになる。
……見えていたのは、偽物だった。
額を冷汗が流れ落ちる。
だが内側では、この技の構造を既に分解し終えていた。
---
四技を終えても、煌臥之助は刀を収めなかった。
玄雲はそれに気づいた。
「……まだ、ある」
答えは返ってこなかった。
ただ——空気が、変わった。
四技の演武中とは次元が違う。
殺気ではない。
圧力でもない。
「何か」、充填されていく音がした。
音は実際には存在しない。
だが玄雲の感覚器が、その「充填」を音として認識した。
「心」
文字が、見えた。
見えるはずがない。
だが見えた。
「技」「体」「殺」「攻」「幻」「意」
七つの文字が、煌臥之助の全身から滲み出るように浮かび上がる。
外見上は、ただ立っているだけだ。
刃も動いていない。
なのに——
真剣 涅槃滅界曼荼羅
玄雲の足が、動いた。
考えていない。
判断していない。
ただ、体が——退いた。
三歩。
気づいたときには、三歩退いていた。
脳が分解を試みる前に、体が先に結論を出していた。
「近づいてはならない」という答えを、思考より先に。
煌臥之助はゆっくりと刀を収めた。
「……退いたな」
「…………」
「責めておらぬ」
静かな声だった。
「それが見えるということじゃ。
今の貴様には当然届かぬ。
だが——届かぬことを、体が知っておる」
玄雲はようやく口を開いた。
「……習得対象外だ」
「そうじゃ」
「だが、構造は」
「いつか、な」
煌臥之助の目が細くなった。
それ以上は語らなかった。
修練場に、風が戻ってきた。
煌臥之助は玄雲の正面に立ち、真っ直ぐに見下ろした。
「玄雲。貴様は神童だ」
言い切りだった。 称賛でも、期待でもなく——鑑定だった。
「今見た五つ、貴様はすべて構造を読んだ。 読めなかったのは最後の一つ
——だがあれは、読むものではない。
我は貴様が十代のうちに達人に至れると見ている」
玄雲は返さなかった。
「……それは、命令ですか」
煌臥之助は、わずかに目を細めた。
「目標だ。ただし——我はそれを、貴様に届けたい」
沈黙が落ちた。
玄雲は煌臥之助を見た。 煌臥之助は玄雲を見た。
それ以上の言葉は、なかった。
夕刻。
煌臥之助は一人、岬の端に立っていた。
海は暗く、波は低く、空には星がまだ出ていなかった。
彼の脳裏に——古い光景が浮かんでいた。
かつて、自分が別の名を持っていた時代。 剣の時代。 血と埃と、主君への忠義が空気のように漂っていた時代。
養子たちがいた。
顔は、もう鮮明ではない。 しかし確かに、いた。
剣を教えた。 生き方を教えた。 彼らは立派だった。 主君に忠義を尽くし、武士として、人として——立派だった。
しかし。
届かなかった。
達人には、届かなかった。
彼らの限界がどこにあったかを、かつての武蔵は知っていた。 知っていながら、超えさせることができなかった。
それが——惜しかった。
後悔ではない。 彼らを恥じてはいない。
ただ。
ーー我が、至らなかった。
彼らをその先へ連れて行くだけの、師としての力が——届かなかった。
武人として、人を育てるとはどういうことか。
守ることか。 慈しむことか。
違う、と煌臥之助は思っていた。 ずっと、思っていた。
限界を超えさせること。
それだけだ。
達人への扉は
——師が開かなければ、開かれない扉がある。
それを開いてやること。
かつてできなかったこと。
そして今もできているとは言えない。
数百年の間、様々な武術家に教えを授けたが一人として自分の領域に達した者はいない。
だが玄雲ならば——
煌臥之助は海を見た。
玄雲ならば、届く。
そう思った。 感傷ではなく、武人の眼で——そう見えた。
あの子は、真剣涅槃 滅界曼陀羅の前で、退いた。 しかしそれは、敗北ではなかった。
あの技の「圧」を、身体が正確に感受した証拠だった。 感受できなければ、退かない。
届く。
波の音だけが残った。
煌臥之助は、その場に長く立っていた。
かつての養子たちへのそして弟子たちへの思いは、もう言葉にならなかった。 ただ静かに、胸の中に沈んでいた。
惜しかった。 今もそう思う。
だから——
玄雲には、届かせる。
それが、我が玄雲にできる最大のものだ。
愛情などという言葉は、武人には似合わない。
しかしもし、それを愛情と呼ぶならば——
限界の向こうへ連れて行くこと。
それ以外に、我は知らない。
星が、一つ出た。
煌臥之助は刀に手を触れ、そして離した。
踵を返し、島の奥へと戻っていった。
その背中に、言葉はなかった。
…「斜め十文字開門斬り」
煌臥之助が使うと実質アバンストラッシュX。数十mに渡り斬撃が飛ぶ。相手は死ぬ。
玄雲が使うといわゆるガードブレイク技になる。技10の櫛灘流柔術で相手の力を受け流すことで隙を作り瞬時に力10に移行し中途半端な防御を粉砕しながら斜め十字に切り捨てる。基本的に決まれば相手は死ぬ。
世戯煌臥之助は武術家を愛し、非武術家を嫌います。
なので天断島の殺人剣集団にとっては非常に愛情深い主君として声望をあつめてます。
ちなみに、ちいかわは煌臥之助が怖すぎて全力で逃避してますので表に出ません。
ステルスに何とか成功してます。