二天閻羅王の息子に生まれたので久遠の落日を完遂したい(したくない) 作:HIDEMASA
天断島にも、祭りがある。
武人であるからといって、常に刃の上に立ち続けることが正しいとは限らない。
人が人である以上、弛緩の時間は必要だ。
世戯煌臥之助はそれをよく知っていた。島の領主として、彼は年に数度の祭日を定め、
武術家たちに人としての時間を与えることを良しとしていた。
夏の終わりに行われるこの祭りは、島でも最も規模の大きなものだった。
篝火が浜から山裾まで連なり、屋台の灯りが夜の闇を橙に染める。
太鼓の音が低く響き、その振動が石畳を伝って足の裏から登ってくる。
海の潮気と線香の煙が混じった夜の空気は、どこか非日常の匂いがした。
狭山結は屋台を三つ回り、焼きとうもろこしと、焼きそば、そしてかき氷を順番に平らげると
人気のない神社の裏手へ消えた。
興味がないわけではない。ただ、ひとりの静けさの方が好きだというだけだ。
縁石に腰を下ろし、空を見上げる。夏の星が、濃い。結はそのまま何も考えず、何も感じず、ただ星を眺めていた。
伊藤雹護は祭りの人混みに入って十分と経たないうちに獲物を見つけた。
浴衣姿の細身の人影。流れるような黒髪、すっと通った鼻筋、薄く開いた唇。雹護の目が光る。
「ねえ、一人?」
声をかけると相手はちらりと振り向き、微笑んだ。雹護は確信した。これは行ける、と。
二人は人目のつかない暗がりへ消える。
そして暫くして悲鳴が上がった。
「うわぁ!君、男かよ!!」「あら良いじゃない、楽しみましょう!ウフフ…」
それから雹護が何を見たか、何を悟ったか、何から逃げ続けたかは、翌朝の彼の顔が全てを物語ることになる。
***
玄雲、小夜、烈華の三人は、連れ立って祭りの中を歩いた。
玄雲は白地に藍の流水文様の浴衣。袖の短さと帯の締め方が武人らしく機能的で、しかし見る者が見れば、その静かな立ち居振る舞いに目を奪われる。
久条小夜は淡い水色の浴衣に白の帯。祭りの灯りの中でも彼女の瞳は静かで、玄雲の少し斜め後ろを一定の間合いで歩いていた。まるで月の引力に従う潮のように、自然に、しかし確かに。
神楽烈華は赤地に金の牡丹を散らした鮮やかな浴衣だった。背が高く、胸元も豊かで、祭りの人混みの中でも目を引いた。
本人は至って無頓着だったが、視線が向けられるたびに周囲の男たちが一瞬固まる。
「玄雲様、あれ食べましょうよ! たこ焼き!」
「一つでいい」
「えー、もったいないなぁ。小夜はどうすんの」
「玄雲様がひとつ食べるなら、私もひとつ」
「完全にシンクロしてるな……」
烈華は苦笑しながらたこ焼きを三皿買い、一人で二皿平らげた。
玄雲はひとつだけ口に運び、小夜は玄雲が手をつけた皿からもう一つ食べた。
烈華はそれを見ていたが何も言わなかった。
金魚すくい、射的、綿菓子。祭りの定番を一通りめぐる。
『
現実の世界が嫌になったのだろう。もう自分と喋ることも随分となくなった。
しかし、夢を見ているのか。心の奥底で少しだけ笑い声が響いた
こういった人間的な営みは『弟』を大きく癒すようだった。
玄雲は戦い以外に興味は無かったがこれが自身の武術家としての安定に繋がるのであれば否やはなかった。
玄雲が静の武術家としての高みを歩むために何物にも揺るがない『空の心』を維持し続ける必要がある。
その為に『弟』を『
『弟』は戦いを嫌い、平和を愛する。自分は戦いを愛し平和に興味がない。
ならば玄雲が殺人剣の武術家として道を歩む以上、こうなるのは必然のことだった。
…しかし、5歳から10歳の頃は弟も自分と一緒に純粋に武術を楽しんでいた気がする。
それがすり合わなくなったのはいつからだったか。
…玄雲は少し考えたがすぐにそれを意味のない事だと切り捨てた。
三人は人混みを外れた小道に差し掛かった。
篝火の届かない、木々の隙間から星だけが見える場所だった。
そこで烈華が足を止めた。
「なあ」
声が、いつもと違う。陽性の表層が薄くなり、その下にある何かが顔を出している。玄雲と小夜が同時に振り向く。
「二人が皆に隠れてやってること」
烈華は視線を逸らさなかった。
「知ってる」
沈黙。
玄雲は表情を変えない。
小夜の目が細くなる。感情的な反応ではない。ただ、情報を処理している目だ。
「いつからです」
「しばらく前。気配でわかった。咎める気はない」
烈華は続ける。
「女に
一拍。
「ただ、私だってその、女なわけで。二人がよろしくやってる横でなにもないってのも切ないっていうか」
烈華は玄雲を真っすぐ見て
「というわけで混ぜてください!もう我慢できないでぇす!!」
後ろに手を組み堂々とその巨大な胸を張り叫んだ。
玄雲もその強靭な肉体から生じる欲求に苛まれているように。
烈華も女としては規格外な肉体を持て余していた。
(目が血走ってる…)
小夜が烈華の圧におびえたように玄雲を見る。
玄雲は少し考えた。
「烈華」
「うっす!」
「お前は意味を理解した上で言っているか」
「全部じゃないかもしれないけど、だいたいは」
「効率が上がるなら、構わない」
烈華の顔が、ほどけた。
「やった!ありがとうございます!!」
烈華が勢いよく玄雲の首に抱き着いた。
小夜は玄雲の袖をそっと引いた。玄雲が視線を向けると、小夜は静かに、しかし確かに頷いた。
玄雲様と小夜だけの儀式であることへの僅かな揺らぎ。しかしそれよりも深い場所で、玄雲の決定に従うことが全てであるという確信が勝る。
三人は山の木々の中へ消えた。
***
夜の山の中は、祭りの喧騒がずいぶん遠い。
篝火の届かない暗がりに、木の葉が風に鳴る音だけがある。それから、かすかな息の音。
烈華は動揺しなかった。動型の感情の素直さは、この場においても変わらない。
ただ、はじめの一瞬だけ、何かが胸の中で揺れた。怖いのではない。期待でもない。
もっと単純な何か、長く塞いでいた場所に、空気が通り始めるような感覚だった。
木々の向こうで、遠く、太鼓の音が続いている。
翌朝。
集合場所に現れた雹護の顔は、見事にげっそりとしていた。目の下に隈、頬がこけ、足取りに精気がない。
「……おはようっす」
「ああ、おはよう」
玄雲は普段通りだった。
「昨日は楽しかったか」
雹護は一拍遅れて、表情が複雑に歪んだ。
玄雲の目は刀を手入れする侍の目だった。
こういう目の時はどんなに嫌でも報告だけはしなければならない。
「…………楽しい、とは、ちょっと違う種類の夜でしたね」
「そうか」
「一晩中走ってました」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。問題ないと判断したのだ。
結は縁石に腰かけて水筒の茶を飲んでいた。顔色が良く、目が澄んでいる。熟睡した者の顔だ。
「よく眠れたか、結」
「はい。星がきれいでした」
「そうか」
雹護は三人の様子を眺めた。玄雲、小夜、烈華。
いつもと変わらないように見えて、何かが微妙に違う。距離感、というより、空気の共有の仕方が、わずかに近い。
雹護は聡い。感づかないわけがなかった。
しかし、彼は踏み込まなかった。口を閉じ、どこか遠い目で虚空を眺め、それから自分の分の朝飯を黙って食い始めた。
(まあ、色々あるよな、この島は……)
結は雹護の顔を一瞥し、そしてまた空を見た。
---
午前の稽古が終わり、昼の静けさが島に降りてきた頃だった。
雨宮静華が、姿を見せた。
いつも凛とした彼女の表情が、今日は違う。固い。感情を抑制した上でさらに何かを押しつぶしている、そういう顔だった。五人は自然と姿勢を正した。
静華はひとりひとりの顔を順番に見た。玄雲、小夜、烈華、結、雹護。それから息を、ひとつ吐いた。
「闇からあなた達五人に、指令が入りました」
「道場へ。そこで正式な通達を行います」
静華の声は静かだった。しかし、その静けさの底に、刃のような何かが潜んでいた。
遠くで、波が砂を撫でる音がする。祭りの夜の名残は、もうどこにもない。
***
雨宮静華が島の桟橋に立ったのは、まだ朝の光が水面に低く差し込む時間だった。
闇からの伝達を受けたのは昨夜のことだ。
祭りの喧騒が山の向こうに聞こえる中で、静華はひとり部屋に座り、文面を三度読んだ。内容は明快だった。解釈の余地がない。だからこそ、静華はしばらく動けなかった。
波が桟橋の杭を叩く。
静華は視線を水平線に置いたまま、五人の顔を順番に思い浮かべた。
玄雲。
あの子が初めて木刀を握ったのを覚えている。四歳のころ。小さな手が柄を包み、楽しそうに素振りをしていた。
次第に上手くなりたいというより、ただそれをすることが自然であるかのように、淡々と振るようになった時のことも。
全部覚えてる。
静華が前線に初めて出たのは十六の時だった。
当時の自分を思い返す。怖かった。震えを悟られないように歯を食いしばって、それでも足がすくむ瞬間があった。十六でさえそうだった。
玄雲は今、十三だ。
煌臥之助の監視下で玄雲が何回か人を斬ったことは知っている。
あの場には煌臥之助がいた。何があっても最悪の事態にはならない。そういう環境だった。
しかしこれからは違う。
任務に煌臥之助が同行するとは限らない。むしろ同行しないことの方が多くなるだろう。
玄雲が自分の判断で動き、自分の足で立ち、誰かの助けなしに戦う場面が来る。
そしてそこそが殺人剣の修行なのだ。
当然、自分がついていくことも許されないだろう。
静華はそこで、思考を一度止めた。
自分が何者であるかは、はっきりしている。
玄雲は煌臥之助と美雲の血を分けた子だ。
静華はただ、胎を揺り籠として貸し与え乳を与えるよう命じられた。
代理の体だった。役割としての母だった。
だが。
あの小さな口が自分にしがみついていた感触を、静華は今でも指先で覚えている。
あの重さを、腕が覚えている。夜中に泣いて、抱き上げると少し落ち着いて、それでもまた泣いて。
何度そうして夜を明かしたかわからない。
いつからか静華はそれを、役割としてではなくこなしていた。
母だと思っている。
誰にも言えない。言う必要もない。ただそれは静華の中で、もうずっと前から揺るがない事実として座っている。
だから今、胸が痛い。
煌臥之助の監視下であれば、最悪の事態にはならない。そう言い聞かせて、これまで静華は自分を保ってきた。
その前提が、今日から崩れる。
煌臥之助が傍にいない場所で、玄雲が刃を交える。
玄雲が死ぬ場面を、静華は想像した。
すぐに打ち消した。打ち消しながら、それが単純な否定ではなく、恐怖から目を逸らす行為だと自分でわかった。
小夜。
烈華。
雹護。
結。
四人の顔が続けて浮かぶ。この子たちも同じだ。玄雲と共に育ったこの子たちが、同じ任務の中で死ぬかもしれない。
静華は奥歯を、静かに噛んだ。
それでも。
この指令を伝える人間が、他に誰かいるだろうか。
自分が行くべきだ。
愛しているからこそ、自分の手で送り出さなければならない。
その言葉が、静華の胸の中でゆっくりと形をとった。
感傷ではない。これは決意だ。
あの子たちが生きて帰るかどうかは、静華には決められない。任務の中で何が起きるかも、静華には制御できない。できることは何もない。
できることは、今日この朝、きちんと立って、きちんとした言葉で、五人に指令を伝えることだけだ。
それが自分にしかできないことだと、思った。
桟橋の端で、静華は少しだけ目を閉じた。
波の音だけがある。
それから彼女は目を開け、踵を返した。五人が待つ場所へ向かって、一歩を踏み出す。
表情は、既に固まっていた。
**
五人が集まったのは道場の縁側だった。
玄雲が最初に静華の顔を見た。
何も言わなかった。ただ、正面を向いて座り直した。
小夜がその隣に座る。背筋が自然と伸びる。烈華は少し遅れて縁側の端に腰を下ろし、欠伸を噛み殺した。雹護は柱に背を預けて立ったまま。結だけが少し離れた場所に、一人で座った。
静華は五人の前に立った。
「闇より指令が下りた」
声は平坦だった。感情の起伏がない。それが静華の意図だった。
「告げる」
一拍。
「世戯玄雲。八つの武を束ねる八煌断罪刃が棟梁、二天閻羅王の弟子として
YOMIにおける武器使い部門の筆頭に任ずる」
玄雲の表情は変わらなかった。
静華は続けた。
「九条小夜、神崎烈華。玄雲の護衛および侍従として、正式に認定する」
小夜の目が一瞬だけ細くなった。喜びではなく、引き締まるような緊張だった。
烈華は小さく鼻を鳴らした。表情は崩さなかったが、口の端がわずかに上がった。
「伊藤雹護、佐山結。八煌断罪刃が一人、『不動の武士』來濠 征太郎が
門下として幹部待遇を任ずる」
雹護が柱から背を離した。目が少し丸くなる。それから何かを飲み込むように口を閉じた。
結は微動だにしなかった。ただ静華の顔を、静かに見ていた。
「以上が闇より下された正式な辞令だ」
静華は一度、息を吸った。
「島を離れる日取りは追って伝える。それまでの間、各自の準備を整えておくように」
誰も声を上げなかった。
波の音が遠くに聞こえる。縁側の木が、風でわずかに軋んだ。
それから玄雲が、静かに口を開いた。
「拝命いたしました」
それだけだった。
承諾でも決意表明でもなかった。ただ、受け取ったという確認だった。
静華はその言葉を聞いて、何も返さなかった。
返せる言葉を、持っていなかった。
代わりに静華は、五人の顔を一度だけ、順番に見た。
玄雲。小夜。烈華。雹護。結。
一秒にも満たない視線だった。
「下がれ」
静華の声は、最後まで平坦だった。
五人が立ち上がり、散っていく。最後に玄雲が縁側を離れる前に、一瞬だけ静華の方を振り返った。
何かを確認するような目だった。
静華は視線を受け止めた。
何も言わなかった。
玄雲は踵を返し、歩いていった。
静華はその背中を見送った。見えなくなるまで、動かなかった。
波の音だけがある。
**
夜明け前の天断島は、いつも潮の匂いがした。
波が岩を叩く音。遠くで鳥が鳴く声。灯台の光が水平線をゆっくりと撫でている。
玄雲は桟橋に立って、その光が消えるのを待っていた。
特に理由はなかった。ただ、待っていた。
出立の準備は前日の夜のうちに終わっていた。
荷物は少ない。着替えと、手入れ道具と、帯刀のための革紐。それだけあれば十分だった。
烈華は桟橋の端で仁王立ちして海を眺めており、小夜はその三歩後ろで目を閉じたまま微動だにしない。
雹護と結は少し離れた石段に並んで腰を下ろしていた。
雹護が欠伸をしていた。結は膝に手を置いて、まっすぐ前を向いていた。
誰も話さなかった。
それでいいと、玄雲は思った。
静華が来たのは、船頭が碇を上げ始める少し前だった。
薄い色の単衣に、肩には羽織。髪を緩く束ねて、手に小さな包みを持っている。いつもの稽古着ではない。見送りのための、ちゃんとした衣だ。
「玄雲様」
呼ばれて振り向くと、静華は玄雲の前で立ち止まり、包みを差し出した。
「竹の皮に包んであります。船の上で食べてください」
「わかった」
受け取ると、ほんのり温かかった。
静華はしばらく玄雲の顔を見た。何かを言おうとして、やめて、また玄雲を見た。
「無理をしなくてもよいのです」
「無理はしない」
「そうではなく」
静華は少しだけ眉を寄せた。
「あなたは無理をしていると思っていない。そこが心配なのです」
玄雲は静かに静華を見返した。
「世話になった」
「よいのです」
静華の声に、刃のような鋭さはなかった。
「それが私の役割なのですから」
玄雲は何も言わなかった。
礼をして、包みを懐に入れた。
---
煌臥之助が来たのは、更に少し後だった。
足音はなかった。気配もほとんどなかった。ただ気がつけば桟橋の付け根に立っていた。単衣に袴、帯刀なし。いつもと変わらない姿だった。
烈華が背筋を伸ばした。小夜が静かに頭を下げた。雹護と結が立ち上がった。
煌臥之助は彼らに目もくれず、玄雲の前まで来て、止まった。
「玄雲」
「はい」
煌臥之助は何も言わずに、背に回していた手を前に出した。
布に巻かれた刀だった。
長さはある。しかし飾り気がまったくない。柄の巻きは実用一辺倒の黒。鞘は漆もなく、ただ滑らかに削り出されている。金具の類は最小限で、美しさとは無縁の形をしていた。
「受け取れ」
玄雲は両手を出した。
渡された瞬間、重さが手に伝わった。重いというより、密度があった。無駄がないものが持つ、固有の重さだった。
「闇歴史上で最も鋼の真実に近づいた男と言われた男の刀じゃ」
煌臥之助は言った。
玄雲は刀を見た。鞘に入ったままで、しかし刃が存在を主張していた。
「その男が死んだ時に手にしていたもの。崖の下に落ちていた。遺体は砕けていたが、刀だけが無傷だった」
「……なぜ」
「なぜ無傷だったか」
「なぜ私に」
煌臥之助はしばらく黙った。
「お前に渡せるものの中でこれが最もよかった」
それだけだった。
言い訳もなく、期待の言葉もなく、ただそれだけだった。
玄雲は刀を胸の前で抱えて、深く礼をした。
「使います」
「使い潰しても構わん。刀はそのためにある」
煌臥之助は踵を返した。
振り返らなかった。
**
船が岸を離れた。
桟橋に静華だけが立っていた。手は振らない。ただ立っている。
波に押されて、天断島がゆっくりと遠ざかっていく。
灯台の光がまだ回っていた。島の緑が、朝の光の中でだんだん小さくなっていく。
玄雲は甲板に立って、その様子をしばらく見ていた。
『……島、小さくなってくね』
小さな声が心の奥底から聞こえる。
玄雲は答えなかった。
その必要はなかった。『弟』が何を感じているかは最早関係なかった。
そのうち烈華が隣に来た。
「退屈な見送りでしたね」
「そうだな」
烈華は鼻を鳴らした。
「……その刀、見せてくださいよ」
「後でだ。潮風は刀に悪い」
「けち」
小夜が反対側に来て、静かに海を見た。
何も言わなかった。
玄雲も何も言わなかった。
三人で、天断島が水平線に消えるまでを見ていた。
**
島が見えなくなった。
玄雲は懐から静華の包みを出して、紐を解いた。
竹の皮の中には、握り飯が二つあった。梅と、昆布。
玄雲は梅の方を口に入れた。
塩が、強かった。
**
甲板の隅で、雹護が結に小声で話しかけていた。
「しっかし、ようやく実戦かぁ」
「そうね」
「怖くない?」
雹護が結の目を覗き込んだ。幼いころからの同門にしか明かせない本音がある。
結は少し間を置いた。
「……怖い」
「だよな」
「でも」
結はまっすぐ前を向いた。
「玄雲様がいる」
雹護は黙った。
それ以上何も言わなかった。
**
船は東に向かっていた。
夜明けの光が海を染めていた。
玄雲は刀を膝に置いて、目を閉じた。
波の揺れが、一定のリズムで体を揺らしていた。
鋼の真実に近づいた男が、最後に手にしていた刀。
使い潰しても構わんと、父は言った。
刀はそのためにある。
『…
玄雲の心の奥底で、抑え込まれている魂がその言葉を反芻していた。
天断島が完全に海の向こうに消えた頃、
玄雲は目を開けた。
前にあるのは、海と、空と、まだ名前も知らない場所だけだった。
次回、YOMIの武器組との合流。八煌断罪刃も少しだけ出るかも?
というかYOMIの武器組名前も決まってなければ台詞すらもないキャラが大半なんだよね
ひどくない?もうこんなのオリキャラだよ、オリキャラ!