二天閻羅王の息子に生まれたので久遠の落日を完遂したい(したくない) 作:HIDEMASA
夜だった。
玄雲は船の中で静かに瞑想を続けていた。
父から貰った刀は肌身離さず抱えている。
この刀の製作者の闇の刀匠の意向を尊重するように柄にも鞘にも一切の装飾はない。
仲間たちにせがまれて潮風に当たらぬよう船の一室で引き抜いた刀身もまた装飾がなかった。
「直刃だ…」
引き抜かれた刀身を見て雹護は唸った。
通常、日本刀には刃紋がある。これは焼き入れの際の結晶構造の変化が模様として現れるもので各々の流派の特徴を入れることもよくあった。
しかし、これは真っ直ぐにあえて刃紋を作っている。
簡単なようでいて逆に難しい。真っ直ぐ刃紋が均等になるように刀を打たなければならないからだ。
つまりこれは作り手の思想だった。
刀は人を殺す武器。人斬り包丁でさえあればいい
玄雲は無銘の人斬り包丁を見て思った。
(まるで俺のようだ)
刀を眺めながら玄雲はかつての父との対話を思い返していた。
**
天断島の一室。他の者は誰もいない。
煌臥之助は胡坐をかき、刀を膝に置いていた。玄雲は正座のまま、父の前に座っている。窓の外では虫が鳴いていた。
長い沈黙が続いた。
それは気まずいものではなかった。二人の間では沈黙はいつも当たり前にある。言葉は必要な時にだけ発せられる。
口を開いたのは玄雲だった。
「一つ、聞いてもよろしいでしょうか」
「うむ」
「父上と母上は私を武器と無手を結ぶ楔だとおっしゃいました。私はその意味を、まだ全部は理解していない」
煌臥之助は答えなかった。
玄雲は続けた。
「武器組と無手組が反目していることは知っています。
しかしその根拠を、私は自分の言葉で整理できていません。
なので整理させていただきたい」
「言え」
玄雲は一拍置いた。
「武器は、当たれば死ぬ」
「そうだ」
「だから武器組の技術の根幹は、正確に当てること、速く当てること、強く当てること。
そしてその逆——相手の武器に当たらないこと、防ぐこと。その積み重ねが達人への道になる」
「続けろ」
「武器そのものが殺傷力を持っているから、技の習得難易度の頂点が無手より低い
自然、素手で相手を殺せる出力を求める必要がない以上、達人に至れる者の数は無手より増える」
煌臥之助は微かに顎を引いた。否定しなかった。
「武器を体の延長線上として扱い、ついには武器と一つになることで鋼を我が身とする。
それこそが武器使いの究極」
「戦場で人が最も多く死んだのは武器によってです。
武器組が自分たちを武の本流と自認するのは、歴史が証明している。
その誇りは、本物だ」
「うむ」
「だから無手を、武器のない者と見る。合理的でないと見る」
「見る者もおる。全員ではない」
「しかし傾向として」
「傾向としては、そうだ」
玄雲はそこで一度止まった。
整理しながら話していた。感情はなかった。ただ構造を確かめるように言葉を並べていた。
「…無手組は、五体を武器と等しい域まで鍛え上げることで達人に至る。その道はある意味、武器組よりも険しい
だからこそ、その肉体と技術に絶対の自信を持つ」
「うむ」
「心技体を究極にまで鍛えあげることでついには我が身を鋼と成すのが無手」
「それ故に内心では武器組を——武器がなければ戦えない、と思っている」
煌臥之助はそこで初めて、わずかに表情を動かした。
笑ったわけではなかった。だが何かを認めるような間があった。
「言う者はおる」
「母上そう思っているでしょうか」
「……思っておらんだろう。あれはそういう安い自負を持つ者ではない
だがそれを言える強さは持っている
故に周囲から見れば無手の象徴になる」
玄雲は静かにそれを聞いた。
「だから反目する」
「だから反目する」
煌臥之助は同じ言葉を繰り返した。否定でも肯定でもなく、ただ事実として。
「双方に誇りがある。誇りが異なる方向を向いている。交わらない誇りは摩擦を生む。
久遠の落日が完遂されるためには、その摩擦を減らす必要がある」
「そこで私が…俺が出る」
玄雲はあえて口調を改めた。自然体になることで父と自分の間の認識に僅かでも齟齬を減らしたかったからだ
そしてそれを父も咎めない
「そうだ。そこでお主が出る」
煌臥之助は刀を持ち直した。特に意味のない仕草だったかもしれない。習慣のようなものだった。
「武器組の者が、無手の技を己の体で感じるとき。防がれると思った攻撃が流される。
斬ったはずの間合いに踏み込まれている。組まれ、崩され、投げられる」
「それを俺がやる」
「お主が武器を持ちながら無手の技を使う。
武器組の者たちは拒絶できん。同じ武器使いがそれをやっているのだから」
玄雲は少し考えてから言った。
「侮れないと認めさせる、ということか」
「認めさせるのではない」
煌臥之助は短く訂正した。
「体で知らせる。頭で認める前に、体が先に知る。その順番が要る」
玄雲は黙った。
その違いは分かった。論理で説得しても、誇りを持つ者は聞かない。しかし体が覚えたことは消えない。
「俺を通じて、母上が武器組に干渉しやすくなる」
「うむ。武器組の若木達をお前が統率する。
そしてお前を通して無手組と武器組の未来が繋がる
久遠の落日は百年続く戦の世を作る
我らは百年先を見通しておる」
「俺はその為に母が生ませた久遠の子」
「そうだ。あれが表に出るには、まだ早い。いくつか段階が要る。お主はその一つだ」
玄雲は表情を変えなかった。
楔という言葉を、特に重く受け取った様子もなかった。それが自分の役割であると、ただそのまま聞いていた。
少しの間があった。
「……玄雲」
「…はい」
「強く在れ。お前に全てを継がせる。
その為に我はお前を産み出したのだから」
「戦いこそ我が喜び、我が存在理由。望むところです、父上」
「うむ」
玄雲に不満はなかった。焦りもなかった。ただ確認すべきことを確認した、という顔だった。
虫の声だけが二人の間に響いた。
…玄雲は目を開ける。
そして、無銘の人斬り包丁を勢い良く引き抜いた。
(俺は殺人剣として鍛造された。
お前が人を斬る道具として作られたように)
---共に行こう。
刀が応えたかのように鳴った気がした。
**
時刻は明朝。
海風が吹いている。
闇の拠点の一つにようやくたどり着いたのだ。
船が接舷し玄雲を先頭に陸地に上がる、と同時に強烈なプレッシャーが流れてきた。
「あ、先生…」
狭山結が声を上げた。港には雹護と結の師。いつものようにサングラスで表情を隠した男
―來濠 征太郎が古武士然として構えている。
そして少なくとも來濠 征太郎と
(八煌断罪刃)
「武神と呼ばれていい達人」「神仏をも斬り裂く魔鬼の集団」と評される最強の武器集団たち
立ち姿から見て取れる圧倒的な闘気。それぞれが武神と冠されるに相応しい威容を秘めていた。
更に武神たちの後ろにはそれぞれの直弟子が控えている。
ここは闇の拠点の一つ。
いることに不思議はない
(しかし,まさか揃い踏みとはな)
死神と踊る武王ミハイ・シュティルベイが最初に口を開いた。
大鎌使いの身長2mの巨漢である。顔には凶相がこびりついており血の匂いが漂ってくるようであった。
「待ちくたびれたぜ。テメェが棟梁のガキだろ?」
「…定刻通りです」
彼らは父の配下ではあるが今の自分は彼らの下部組織、YOMIの武器組の長である。
立場がしたのもとして目上に接することにした。
玄雲は歩みを止めずに港に入った。
ミハイは大鎌を肩に担いだまま、値踏みするように目を細めた。
そしてニヤリと笑った。
「ククッ!冷てぇ眼をしてるな。お前、人を殺すのが好きか?」
「…強者を斬り、刀に血を吸わせることでまた一歩、武の頂に登り詰めたことを実感できる」
「私の唯一の悦楽です」
ミハイの目が細くなる。
そして玄雲の肩を叩き大笑した。
「頑張んな!伸びるぜお前!!」
---
装甲武帝マーマデューク・ブラウンは動かなかった。
7人の右端。鎧の重量を微塵も感じさせない静止。
鬼角付き兜の奥から、玄雲を見ている。
声は出さなかった。
ただ、見ていた。
(…凄まじい武威だ)
玄雲は視界の端でその存在を確認した。
鎧込みで二百キロを超える人間が、音もなく立っている。
それだけで戦場に出たような圧があった。
---
百本武芸立華凛が一歩前に出た。
「世戯玄雲。お前の話は聞いている」
百九十八センチの長身。全身を鎧に身を包み、背中の籠から薙刀・槍・金棒等の柄が覗いている。
鎧も武器もその全てを己が身と一つにできるのだろう。
まさに百本武芸の名にふさわしい姿といえる。
「棟梁の子で直弟子だな」
「そうです」
それを聞き凛は男らしい爽やかな笑みを浮かべ玄雲の胸に拳を当てた。
「棟梁が不在の間は俺がお前の指導を任されてる。
流石にあの人には及ばんが二刀の扱いもまぁ、十分だ。
天断島で仕込まれた対武器戦闘の続きも俺がやる」
「…よろしいので?」
立華凛の後ろで不動の姿勢で控える直弟子であろう少年がいた。
「…」
髪を短く刈り込んでおり玄雲と年は近く見えるが背が大きくすでに体は分厚い。
玄雲と目は合うが変わらず沈黙を貫いている。
自分に時間を割くということは代わりに彼の時間を奪うことを意味していた。
「ああ、いいさ。代わりに俺はお前を通じて棟梁の技術を盗み取り俺の武器術に活かす」
「…成程、そういう取引ですか」
世戯の血を受け継いだ強靭な肉体、柔と剛を使いこなす戦闘技術。
玄雲が父・煌臥之助から神童と評された所以はそれだけではない。
武の要訣を見抜き我がものとする能力。つまり異様なまでにコツを掴むのが早い。
玄雲は父の剣術、そして母の柔術の要訣を見抜き急速にわが物としたことで
13歳にして技10の柔、力10の剛の超速の切り替えによる殺人術を我がものとしている。
世戯煌臥之助の剣術は超人の域に達している。直接教えを受けるならともかくとして傍で見ただけで完全に理解するのは不可能に近い。
しかし、玄雲の剣術の遥か延長線上に二天閻羅王の剣がある。
特A級の達人であれば玄雲がコツを掴んだ世戯二刀流剣術を紐解き
そこから世戯煌臥之助の剣の一端を掴むことも可能だ。
恍惚武姫、保科乃 羅姫がその隣で鼻を鳴らした。
「貴方が棟梁の息子。玄雲ね」
着物の裾を片手で押さえながら、羅姫は玄雲の口元で小声で話した。
「私も
「…俺のことは俺の実力で判断してくれ」
同じく小声で天断島の若君として同郷の出世頭に返答をした。
「ふふ、生意気」
羅姫は笑った。猫のような、食えない笑い方だった。
---
重瞳武弓ミルドレッド・ローレンスはゴーグル越しに玄雲を見ながら、弓を片手に腕を組んでいた。
「貴方がYOMIの武器組の筆頭になるということは私の弟子を率いるということ」
「問題がありますか」
ミルドレッドは重瞳の目を細めた。
「私の愛する弟子を、お前は守れるのか」
「守るのが筆頭の役割ではない。適切に配置するのが役割であり責務だと考えています」
「……」
ミルドレッドは黙った後、小さく「なるほど」と言った。
---
偃武の執行人エーデルトラフト・フォン・シラーが一歩進み出た。
長身痩躯。縦ロールの黒髪。表情からは何も読み取れない。
彼は処刑剣の柄に手を置いたまま、口を開いた。
「刹那の峻別よ、汝は何の旗を掲げてここに立つか」
玄雲は一秒考えた。
「武器組の統率と、棟梁の意志の執行」
エーデルトラフトは目を細めた。
そして一度だけ頷いた。
それが肯定なのか保留なのか、玄雲には判断できなかった。
---
來濠征太郎は全員の後方、埠頭の縁に立っていた。
腕を組んでいる。光を写さないサングラス。黒衣のジャケット。
何も言わなかった。
玄雲と目が合った瞬間、征太郎はわずかに頷いた。
それだけだった。
そして、7人の武神といってもよい達人たちを入れ替わる形で彼らの弟子たちが前に進み出た。
これから玄雲はYOMIの武器組筆頭として彼らを統率する立場にある。
「俺が世戯玄雲だ。これからお前らの筆頭となる。異論はあるか」
瞬間、玄雲は静の気を『
気の運用の第二段階目。気を練った状態を常に維持する技術。
玄雲の生命力に溢れた肉体から迸る気が一気に凝縮し波打つように玄雲の体の周りを漂う。
静の気の開放は動の気と比べると劇的ではないが身体能力の向上と心が澄み渡り技術が格段に上昇する。
分かりやすく言えば玄雲はスポーツでいうところの『ゾーン』に自在に入れる状態にあった。
弟子たちがどよめいた。気の開放は弟子級上位陣の中でも行えるものはごく限られている。
10代前半の自分たちには未だ届かない領域。
しかしそれを容易く行った目の前の少年は自分たちのはるか先を行っていることを示していた。
「いよっ大将!あんたが一番!」
「…大人げないと思う」
雹護が面白そうに囃し立て結が眉を下げた。
しかしその威圧の中で唯一玄雲の前に進み出た少年がいた。
…大鎌の達人、ミハイの弟子ジグマリゲン
玄雲は目を細めた。
金髪を刈込みソフトモヒカンにした少年が口を開いた。
「…いきなり来て、さぁ大将でござい。って話はないだろう」
「実力を見せなよ、筆頭」
玄雲の口元が弧を描いた。
ちょうどいい獲物が見つかった。
**
崖を背に、海風が吹き抜ける。陽光が鋭く、影が短い。
ジグマリゲンは玄雲を見下ろす位置に立っていた。大鎌を肩に担ぎ、顎を上げている。
「俺たちは今日まで広い裏の世界で命懸けの鍛練を行ってきた」
低い声だった。値踏みする目だった。
「狭い世界で鍛錬してきた世戯の血筋を継ぐだけのお坊ちゃんに命令される筋合いはないね」
玄雲は答えなかった。
「見せてみろよ。あんたが俺たちの上に立てる理由ってやつを」
「……いいだろう」
玄雲は短く言った。
「ただし」
腰の二刀に、手が伸びなかった。
「腰のものは抜かない」
ジグマリゲンの眉が動いた。
「——は?」
「お前に俺の刀は使わん」
玄雲の目は平坦だった。そこに侮りはなかった。ただ、静かに、事実として告げていた。
「……ふざけてんのか?」
「お前が見たいのは俺の実力だろう。これで充分だ」
一拍の間があった。
それからジグマリゲンの顔に、じわりと怒りが滲んだ。
「——上等だ。死んでも知らねえぞ」
大鎌が肩から下りた。
石畳の上で、二人が向かい合った。
ミハイは少し離れた石段に腰を下ろし、足を組んでいた。見物の姿勢だった。
にやにやと笑っている。
その横で保科乃 羅姫が眉をひそめた。
「そんなに面白いかしら」
「ああ、面白いね。喧嘩っ早く仕込んで正解だったな」
「最悪、
「その時はその時だろ」
「…呆れた」
羅姫は嘆息してそのまま口を閉じた。
ミハイは弟子のシグマリゲンを眺める。才能は大いにある。今まで生きてるのがその証拠だ。
しかし、大鎌を持たせて正解だったかは——まあ、生きて帰れば分かる話だ。
ジグマリゲンが踏み込んだ。
鎌の柄で薙ぐように。刃ではない。まだ殺すつもりではない——威圧のための一撃だった。
玄雲は動かなかった。
踏み込まなかった。退かなかった。ただ——僅かに腰が落ちた。
柄が玄雲の顎を掠める寸前、玄雲の上体が流れた。
引き波のように。抵抗なく。
「っ——」
ジグマリゲンの鎌が空を切った。
次の瞬間、玄雲の手がジグマリゲンの袖口を取っていた。
引くのではなかった。乗せた。ジグマリゲン自身の踏み込みの力に、僅かな方向を足した。
水月崩
櫛灘流柔術の骨子。相手の重心を崩す重心支配技術の要訣だ。
石畳に、ジグマリゲンの背中が叩きつけられた。
衝撃が脚まで抜けた。
「——っ、が」
「もう一度来い」
玄雲は一歩も動いていなかった。
**
ジグマリゲンは歯を食いしばって立ち上がった。
何が起きたか、分かっていた。分かっていたが——信じたくなかった。
素手の、少年の。
「……今度は本気でいく」
「それでいい」
今度は刃を使ってきた。
薙ぎ、突き、柄での打撃。連続した攻撃だった。ミハイ直伝の大鎌術。複数の入力が同時に来る感覚——確かに、底は見えない。
だが玄雲の眼は止まらなかった。
流した。捌いた。受け流した。
一撃ごとに、玄雲の体は鎌の軌道から外れていた。当たらない。掠りもしない。
(——こいつ、隙を作らせない)
ジグマリゲンの肌に、鳥肌が立った。
怒りではなかった。
本能が鳴らした、警戒の音だった。
「小手返し」
声が聞こえた瞬間、手首が極まっていた。
技名を言う必要はない。ただジグマリゲンに——これが何であるかを、分からせるために言った。
二度目の落下。今度は顔から石畳に向かった。
間一髪で顔を庇い、肩が打ちつけられた。
「っ、——」
立ち上がる。
「もっと本気で来い」
玄雲はまだ手を出していなかった。受け、捌き、崩した。それだけだった。
三度目の攻撃はもはや怒声だった。
「ふざけんな——!」
大鎌を両手で振り上げ、真上から叩き割ろうとした。
玄雲は避けなかった。
懐に入った。
ジグマリゲンの踏み込みを使い、腰の内側へ滑り込んだ。身先入り——身体だけが先に入り、鎌が届く前に間合いの内側に収まっている。
「——な」
腕絡み。
大鎌を持つジグマリゲンの右腕を、玄雲の両腕が絡め取った。柔らかく、しかし逃げ場がない。
肩崩し。
肩の関節を基点に、体重ではなく角度で崩す。
三度目の落下は、最も静かだった。
石畳に背中がつき、大鎌が手から離れた。
ジグマリゲンは伏せたまま、動かなかった。
息が上がっていた。全身が痛かった。
立ち上がれないわけではない。だが——
「立て」
玄雲の声は平坦だった。
「まだやるなら立て。まだ俺は一刀も抜いていないぞ」
ジグマリゲンの手が石畳についた。
大鎌に手が伸びた。
その瞬間だった。
玄雲の手に、懐から抜き去った十手が光った。
雨宮流捕手小具足術——白鷺返し。
大鎌の柄に十手の鉤が絡みついた。一瞬の引き。鎌がジグマリゲンの手から滑り、石畳を滑って玄雲の足元で止まった。
静寂があった。
ジグマリゲンは、空になった手を見ていた。
奪われた。自身の誇りである大鎌を。
「…………」
「お前、頭に血が上って俺が武器を使うことを完全に失念していたな」
玄雲は十手を腰に収めた。大鎌には触れなかった。石畳の上に、転がったままにした。
「約束通り腰の刀は使わなかった。が、敢闘賞だ」
「俺の十手術を見せてやった。学べ。こういう技もある」
静かな声だった。
「まだやるか?」
ジグマリゲンはしばらく石畳を見ていた。
何も言えなかった。
「……」
「去れ。死んでいないなら用は終わった」
玄雲は踵を返しかけた。
一歩。
「……なんで素手だった」
ジグマリゲンの声は、怒りではなかった。
「俺は、そんなに弱いか?武器組のトップが、なんで素手で——」
玄雲は振り返らなかった。
「覚えておけ」
短く言った。
「武器を持っていても、無手に殺される場面がある」
「お前は素手の俺を侮った。その時点で勝負は決まっていた」
それだけ言って、歩いた。
帰路、玄雲は腰の刀の柄に指をかけ、そのまま離した。
刀が鳴る。お前に血を吸わせるのは今日ではない
**
ミハイは足を組んだまま、玄雲の背中を目で追った。
(——なるほどね)
武器と無手を結ぶ楔。それが世戯玄雲の役割だと棟梁には聞いていた。
しかし、それは一影九拳の美雲からただ血を分けられただけの意味ではなかった。
何時しか分かたれてしまった武器と無手の『結び目』を体現するものだということか。
ミハイは立ち上がり、伸びをした。
退屈しのぎには、なった。
そして未だ石畳を見つめる弟子を見て肩をすくめるとそのまま歩み寄り頭を乱暴に撫でた。
ーーー次やるときは、もっと上手くやるこったな。
14歳のジグマリゲンは涙をこらえ頷いた。
次回、闇の修行と実戦開始!