「なあ、ジャック」
「なんだ」
「俺、罪を犯してここに来たんだ」
FAFに存在する六大基地の一つフェアリィ基地の特殊戦に割り当てられた区画、そのブリーフィングルームにジェイムズ・ブッカーと深井零は佇んでいた。
「へぇ、そう言えば聞いてなかったな。何をやった?」
「強盗グループの運転手」
「……一般人でも殺ったのか?」
「コインパーキングの小銭を盗んでいた」
「それで強盗グループを名乗れるなら平和なもんだな」
ジェイムズ・ブッカーは背もたれに背中を預けながらも胡坐をかきながら上体を折り曲げ、手元の作業を止める事はない。
高性能の機械知性体との飛行が生きがいとなっている深井零も、今は雪風と離れているからかどこか気だるそうな雰囲気を纏わせている。
ブッカー少佐が木を削る音だけが部屋に満ちる、まるで休日の昼のような長閑な時間。
「……ジャック、そろそろ昼だぞ」
「フムン、そんな時間か。どうする、飯でも食っていくか?」
「……ジャック」
「TAB-14から野菜が届いている、ヤザワ少佐の作る作物は品質もいい」
色とりどりの野菜を包んでいるビニールにはヒロシ・ヤザワ少佐の顔写真と共に「私が作りました」と太鼓判を押している。
「ジャック、一つ聞いていいか」
「なんだ、飯は食わないのか」
「食べる。いや、そうじゃなくて」
ブッカー少佐が溜息を吐き、ブーメランをデスクの上に置いて肘を突きこちらに視線を向ける。
「……零、人生には三つの墓場がある。墓場、結婚、そしてフェアリィ星だ」
「成程、ここはヴァルハラか?」
「まさか、
「天国?ここが?」
「給料は出る、仕事もある、家も食料もある、お前には雪風もいる。何が不満だ」
「……」
ずっと天井を仰いでいた深井少尉も姿勢を正してブッカー少佐に向き合う。
「ジャムがいない……という事だと思う」
「だろうな」
地球の南極に突如として現れた超空間通路、そこから現れたインベーダーは宣戦布告も無しに攻撃を開始した。
この行動そのものが宣戦布告だったのかもしれない、しかし地球側もただ為すすべもなく眺めているだけではなかった。
人類は地球防衛機構を結成してインベーダーを押し返し、超空間通路を越えた先に見たのは地球にそっくりな星であった。
謎のインベーダーはジャムと呼ばれる様になり、地球防衛機構はフェアリィ空軍(FAF)と呼ばれるようになった。
そして、時が経ち……。
最初からジャムが何処にもいないという現実を、誰も受け入れる事が出来なくなっていた。
基地を作り、人を送り、高性能な機械知性体を揃え、各種武装も調達した。
なのに、ジャムがいない。任務を果たすべき対象が何処にもいない。
機械知性体は当初は困惑した、ジャムとの戦争を行う為に生まれたのにジャムがいない。
FAF軍人たちも、地球を守る為に派遣されたのに仕事がない。
かぐや姫を代表とする求婚難題説話の様に、存在しない物を要求される現実に多くの者が混乱に陥った。
そしてFAFの上層部も大混乱に陥っていたが、最終的に一つの結論を出した。
「ジャムは存在する」
つまり、FAFは結果的に地球に虚偽の報告を行う事で存在を定義する事とした。
フェアリィ星は、FAFは、覗きこまれない限りはシュレディンガーの猫の様にその存在を曖昧な状態にした。
入るは易く、出るには難い。犯罪者だろうが一部危険な物質や実験だろうが受け入れるソドムとしてフェアリィ星の存在は書き換えられた。人生の墓場とは、そういう事だ。
そして、時が経ち……。
ある日、FAFに存在する機械知性体がダウンする。突然の出来事にFAFは当時もまた混乱していた。
原因を究明する為に技術者が挙って検査したところ、一通のメッセージログを確認した。
「ジャムはフェアリィ星から撤退する」
FAFの上層部は思った、やっぱ居るんじゃねぇかと。しかも、もう居なくなってるじゃねぇかとも。
またもやFAFの存在意義を失いかねない事態、しかしジャムの発言を全て信じる事も出来なかった。
こうして、国家を超越した組織、新たな文化圏を取得した人類生存域に置いて一つの部隊が誕生する。
存在しない、存在する敵を捜索する特殊な部隊。この世界において唯一戦闘が認可される部隊。
SAF-V、戦術空軍団・フェアリイ基地戦術戦闘航空団 特殊戦第5飛行戦隊。
特殊戦である。
―――妖精を見るには 妖精の目がいる。
FAF「我は、我である」(白目)