メダロット浪漫倶楽部 作:岡丸
その後、あのメダルたちがどうなったのかというと、メダロット社に預けたうちの2枚は、無事に新しい持ち主が見つかって、それぞれ引き取られていったそうです。みんな、幸せな生活を送れると良いですね。
残った1枚は、なんと、私の家で引き取ることになったのです! メダロット社にメダルを預けたあとも、度々会いに行って、私と仲良くなったのは、イタリア語を話すアラゴさんです。新品のアラゴスターのパーツを付けて、今ではすっかり我が家の一員です。
そして、メダロット研究所に預けたウサギ型メダロットですが、こちらは、メダルの取り外しには成功したものの、未だ意識が戻らず、なんとかして治そうと、研究所の方々が全力を尽くしてくださっているそうです。でも、私は、あまり悲観はしていません。だって、私たちとメダロットは、いつもどこかで繋がっているのですから。
私たちが、メダロットが不法投棄されている場所を発見して、警察や地元の人たちがそれを取り締まる活動を強化してくれたおかげで、最近は、おどろ山にメダロットを不法投棄する悪質な業者もなくなったそうです。
近頃は、とある村の村長さんが書かれた、人とメダロットの寿命の問題を取り扱ったブログが話題を集めたりと、人とメダロットの付き合い方に対して、改めて考え直す風潮が高まっています。
皆さんは、メダルで動くロボットたちに、何らかの浪漫を感じたことはあるでしょうか? 私は、こう思います。メダロットに限らず、私たちと繋がりを持つ全ての道の先には、私が知らない、奇跡と不思議が待っているんだって!
夕焼けに照らされた部室で、アドリアーナは、大きな伸びを一つして、原稿用紙に視線を戻した。
「よし、できた!」
彼女は、書き終えたばかりの原稿用紙を顔の高さまで持ち上げると、にんまりと顔を崩して、それをまじまじと眺めた。
「くっくっく」
初めて書いた長文の日本語に、彼女は、こみ上げてくる嬉しさを抑えることをしなかった。
ぱたん
「ぱたん?」
アドリアーナのいる部室の片隅から、そっと本を閉じる音が聞こえた。
「へぇ、アンナさんって、そういう笑いかたもするんだ」
アドリアーナが、咄嗟に、座っていた椅子を大きく引いて、椅子の足を床に擦る音が部屋中に響いた。
「そんなに驚かなくてもいいでしょ」
それは、輪太郎の幼馴染で、アドリアーナからすると、学年が一つ上の先輩にあたる、山口明日香だった。声の主が明日香であることを確認すると、アドリアーナは落ち着きを取り戻して、椅子を元の位置に戻した。
「こんにちは、明日香先輩。てっきり、私一人しかいないものだと思っていたので、つい驚いてしまいました」
「随分と集中していたものね。ところで、文集ができたら、それを校正するように岡丸君から頼まれていたんだけれど、聞いてるかしら」
「はい、お願いします」
そう言って、アドリアーナは、原稿用紙を明日香へと手渡した。
「忙しい中、有難うございます」
「いいのよ、このくらい。一応、私も、浪漫部の特別部員ってことになっているみたいだしね」
アドリアーナから原稿用紙を受け取ると、明日香は、それに軽く目を通して、感嘆の声を漏らした。
「随分と達筆ね。岡丸君より上手いんじゃない」
明日香の賞賛に、アドリアーナは、照れと遠慮の入り混じった表情で首を振った。
「そんなことありませんよ」
「謙虚ねえ。それじゃあ、アンナさん、日も暮れてきたし、今日は、そろそろ帰りましょうか」
アドリアーナは、明日香からの提案を受け入れて、途中まで同じ帰路に就くことにした。
「それにしても、アンナさん一人に文集を押し付けて、岡丸君たちは、何をしているのかしら」
「いいえ、私が、集中したいので一人にさせてもらえるように頼んだんです。輪太郎部長は、トカクさんの様子を見に、メダロット研究所に行くと言っていました」
輪太郎に対して、なにかと手厳しい明日香であったが、それが彼女なりの優しさであることを知っているアドリアーナは、微笑ましい気持ちがしていた。
「トカクって、おどろ山で見つけたウサギ型メダロットだっけ」
「はい。いつまでも名前がないと、呼ぶのに不便だからといって、輪太郎部長が名付けたんです」
「ふぅん。ソウセキにトカクか、岡丸君らしい名前ね」
アドリアーナは、兎角というのは、在り得ないものを意味する言葉だと、輪太郎から聞いて知っていた。だが、それが、どうして輪太郎らしいのか、いくら考えても答えは出てこなかった。
「それじゃあ、私はこっちだから」
「あ、はい。校正の方よろしくお願いします」
商店街沿いの十字路で、明日香とアドリアーナは、それぞれ反対の方向へと歩みを進めた。
(どうして兎角が輪太郎部長らしい名前なのか、聞きそびれちゃったな)
アドリアーナは、輪太郎が夏目漱石という文豪を尊敬していること、そして、兎に角という漢字を当てた言葉が、世間一般に広まった理由を知らなかった。それは、輪太郎と知り合って間もない彼女にとって、ごくごく当たり前のことである。冷たい秋風が、アドリアーナの身体を通って行った。
(あれ……?)
アドリアーナは、無意識のうちに、おどろ山で見たトカクの背中を思い出していた。人間社会で生きるメダロットと、日本にいる自分を重ね合わせたときの姿を。美しく四季を彩るオレンジの空が、今の彼女には物悲しく映って見えた。
(私、本当は寂しかったのかな……でも、それならどうして、今までそのことに気が付かなかったんだろう)
考えが事が纏まらないまま、アドリアーナは、自宅の前までたどり着いていた。
「ただいまー」
「おかえりい」
家の中でアドリアーナを出迎えてくれたのは、メダロットのマオだった。アドリアーナは、先程から胸の中にあるもやもやを、彼に打ち明けてみたいと思った。
「ねぇ、マオは、普段、唐突に孤独を感じることはない?」
唐突というのはまさにこのことだといわんばかりに、マオは頭を捻って困惑の態度を表した。
「なんだい、藪から棒に。ははん。さては、アンナにはそういうことがあるのか」
冷静になって考えてみれば、自分のマスターが、本人も気が付かないうちに、余所者である孤独と戦っていたことを、マオは知っていた。
「ふん、悪いが、『自分がそうなのだから、他人も同じように思うはずだ』なんて考え方は、持たないほうが良い」
思わぬ説教に、アドリアーナは困ってしまった。
「別に、そんなつもりはないんだけどな」
相談相手を間違えたか、アドリアーナはそう思った。そんなマスターの考えを知ってか知らずか、マオは胸を張って言葉を続けた。
「ま、私には、人一倍喧しいマスターがいるからね。孤独を感じる暇もありゃしないよ。ははん」
「私、そんなに喧しいかな」
「表情がうるさい」
「酷い!」
そんな何でもないやり取りをしているうちに、アドリアーナの胸からは、いつの間にかもやもやが消えてなくなっていた。
「大事なのは、自分をしっかりと持つこと、そして、相手が自分以外の他人であるということを認めてやることさ」
「相手が自分以外の他人であるということ……」
「そう。メダロットも人間も、日本人も外国人もない、一つの人格としてね。だけどアンナ、私がわざわざこんなことを言わなくとも、君は、自分を認めて、他人からも認められているんじゃないのかい」
アドリアーナは、マオの言った言葉を、頭の中で反芻してみた。確かに、彼女のことを日本人として扱う人はいなかったかもしれない。だが、それ以上に、周囲は、彼女の人格を認めてくれていた。そのことに気が付いて、アドリアーナは、度々寂しさを感じている自分がおかしく思えてきた。
「本当、マオの言う通りだ」
アドリアーナは、マオに尋ねてみた。
「私は、マオのことを認めてあげられているのかな」
「そりゃ、アンナは、メダロットのことに関してはてんで無知だろう。そういった確信や偏見とは無縁なんじゃないかい。ははん」
「あはは……」
素直じゃないなぁ、そう思いつつも、アドリアーナは、マオに対して感謝していた。彼女は、直感的に、マオの言葉の裏に隠された、優しさを感じ取っていた。それは、マオがメダロットであることとは無縁の確信である。
「大丈夫だよ、トカク。私たちは上手くやっていけるよ」
アドリアーナの街を、暖かな夕焼けが包み込んだ。