様々なリマスターを発表し盛り上がってきたテイルズオブシリーズ。
その後、テイルズオブシリーズは様々な歴史を辿ってきたが、「ゼスティリアリメイク」の発表時はまさに阿鼻叫喚と言える様相だった。
それもこれもゼスティリアがテイルズ屈指の「非常に好みの分かれる作品」であったため。私は大好きなのだが「それよりも先に〇〇をリマスターしろ」「テイルズのリメイクは信用できない」「でもゼスティリアはリマスターよりリメイクのほうが良くない?」「どうせTOZは何やっても荒れるんだから大胆な挑戦してほしい」などめちゃくちゃ騒がれた。
その騒がしさがちょっとメンタル的にしんどかったので勝手に流れてくるSNS(かつて青い鳥だった)のアカウントを2桁くらいブロックした。
そんなゼスティリアリメイクだが、結構派手なアレンジをしている。
具体的には新キャラが増えた。以下が新キャラの概要である。
ユト
・「私は貴方の仲間にはなれません。誰の仲間にも」
・人間でありながら天響術を使える青年。高い霊応力を持ち、天族や穢れを認識できるが、その力の由来は本人にも分かっていない。導師一行と出会うが、「自分は誰の仲間にもなれない」と距離を置く。
・灰味を帯びた亜麻色の髪を首元でゆるく結んでいる。右側は耳にかけて整えられているが、左側の前髪だけが少し長く、淡い金の瞳にかかっている。
・瞳は右が灰緑、左が淡い金のオッドアイ。人間らしい落ち着きの中に、どこか天族めいた異質さが混じっている。
・青灰色の膝丈外套に、生成りのハイネックシャツ、黒に近い濃紺の細身パンツという装い。一見すると旅の書記官か巡礼者のように見える。
・服装は左右非対称で、左肩からだけ長い布が垂れている。外套の裏地には白い刺繍があり、戦闘時には淡く光る。左手だけ薄い手袋をしており、その甲には古代語めいた紋様が刻まれている。
・腰には小さな手帳、護符入れ、そして細い筆記具のような武器を下げている。目立つ装飾は少ないが、よく見ると左側だけに違和感が集中しているデザイン。
・武器は「響筆(きょうひつ)」。細い筆記具と短杖を合わせたような術具で、空中に文字や術式を書くことで攻撃を発動する。書かれた文字はすぐには具現化せず、半拍遅れて光の刃や術となって敵を打つ。
・戦闘では、響筆で空間に文字を刻み、遅れて発動する術式を組み合わせて戦う中距離型。響筆を槍のように物理攻撃用としても使う。通常攻撃と術の発動タイミングがずれるため扱いは難しいが、慣れると未来の攻撃を予約するような独特のコンボが可能になる。
・詠唱中の台詞に「任せましたよ」があるが、誰に何を任せているのかは不明。
この孤独感はなんだか、アライズのナザミルのような印象を受ける。ここまでの説明だと「人間なのに術が使えるから気味悪がられた」とか、そういうバックグラウンドがありそうに見える。
響筆という槍のようなペンのような特殊な武器を使い、空中に文字を書いて術を発動させたり、杖や槍のように使って物理攻撃をするキャラクターだ。
性能面で言うと神依できない代わりに非常にテクニカルで特殊な戦闘スタイルが特徴。とにかくボタンを押してから遅れて発動する術技が多いのだ。エドナのロックランスのように。通常攻撃→詠唱→詠唱中に通常攻撃の二段目が入る→術が発動するというコンボが普通にある。
ただしユトの場合、それが一つの技だけではなくキャラクター全体の思想として組み込まれている。攻撃が遅れて届く。詠唱中に前の行動が追いつく。こちらの入力と実際のヒット順が一致しない。つまり、ユトは「今」ではなく「少し先」に攻撃を置いて戦うキャラクターなのだ。
こいつの攻撃、なんだか敵に当たりにくいんだよなー。と言われてスタメンから外されがちである。現在の敵位置に向けて攻撃をしているからワンテンポずれるのだ。ユトを自操作以外で起用するならサポートに徹してもらったほうが良いかもしれない。人間でありながら回復術が使えるのでその点は割と助かる。耐久も悪くないので、ロゼより防御的。
ただ、精度高くコマンドを入力すれば安定しやすいのでRTAではユト加入後は彼を操作するのが主流になっている。神依はどうした?今作の目玉システムなんだが?
この時点での私はまだユトというキャラクターを完全に誤解していた。
発売前情報だけを見れば、ユトは「神依できない代わりに特殊な天響術を使える人間」という、システム上の変化球キャラに見える。
実際、序盤の彼はかなり扱いにくい。技は遅れて出るし、敵は動くし、AI操作に任せると妙なタイミングで詠唱を始めて潰される。初見プレイでは「こいつ使いこなすの大変そうだな」くらいにしか思っていなかった。
しかし、問題はそこではなかった。
ユトは戦闘システム上だけでなく、シナリオ上でも「遅れて発動する」キャラクターだったのである。
初報で公開された台詞、
「私は貴方の仲間にはなれません。誰の仲間にも」
これを見た時、私は単純に「闇深そうな追加キャラだな」と思った。
人間なのに天響術を使える。天族や穢れが見える。けれど、その理由が本人にも分からない。
なるほど、これは周囲から気味悪がられた過去があり、自分は人間にも天族にも属せないと思っているタイプなのだろう。そう考えるのは自然だ。
だが本編でその台詞が出てきた時、私は声が出た。
アリーシャ離脱後である。
***
ゼスティリアのシナリオの中で、最も序盤で批判に上がるのはアリーシャとの別れだろう。アリーシャと契約した代償に、スレイの片目が失明していたことが判明し、これ以上は一緒にいるのは限界だとして別れを告げるというイベントである。ちょっとアリーシャに冷たすぎではないかという意見が続出した。個人的には片目失明状態で戦い続ける方が危険だとは思うが、それでも、それでもどうにかしてアリーシャと旅を続けたかった気持ちはものすごくわかる。
リメイク版では、これを視覚的にも表現している。アリーシャと契約してから、画面の右半分が少し暗くなるのだ。最初何かのバグかと思ったという人もいたが、残酷にもアリーシャと別れた瞬間に明瞭になるのでこれは明確に仕様だった。
UIを世界設定の説明にまで持ち込む。ゲームならではの表現で、かなり面白いアイデアだと感じた。
後述するが、条件を満たすとミクリオが「右目は大丈夫か」と直球で聞いてくる台詞まである。
アリーシャ離脱の理由について、リメイク版の今作では『スレイが右目の不調を隠し通し、アリーシャが前向きにハイランドを救いたいという理由でパーティを離脱する』という綺麗な回答を見せてくれた。
ちなみにこのアイデア自体は初出ではなく、漫画版がほぼ同じ流れである。漫画版ストーリーの再構成がかなり良いのでテイルズオブゼスティリア導きの刻を電子書籍化してください。頼む私に布教をさせてくれ。
さて、話がそれたが問題はその後だ。ヘルダルフの力でスレイが天族を視認できない状態になり、孤独になった後。ミクリオは『スレイには同じものを見聞きできる人間の仲間が必要だ』として、ロゼより先にユトを誘うのである。流石に衝撃を受けた。あれだけ丁寧に真の仲間問題を回避したと思った矢先に、これを言うのである。真の仲間という言葉自体は使っていない。使っていないが、誰がどう聞いてもそこに触れている。
アリーシャ離脱をあれだけ丁寧に『足手まといだから置いていくとは絶対に言わせないからな』という覚悟を見せつけてきたのに。立ち返るな。
それに対してユトは何を返したか。
「同じものを見聞きできなければ仲間ではないというのなら」
「私は貴方の仲間にはなれません。誰の仲間にも」
時間が止まった気がした。
初報で公開された「私は貴方の仲間にはなれない。誰の仲間にも」という台詞は、いかにも孤独な青年の自己紹介に見えた。
人間なのに天響術を使える。天族や穢れが見える。だが、その力の由来は本人にも分からない。
なるほど、これは人間にも天族にもなれない異端者の話なのだろう。私はそう思っていた。
違った。
いや、違わない。
たしかにユトは異端者だった。孤独だった。誰とも同じものを見聞きできない人間だった。
だが、その孤独は「追加キャラ用の闇設定」ではなく、ゼスティリアという作品が抱えていた言葉そのものに接続されていた。
ミクリオはスレイを想って言っている。
彼は悪意で「同じものを見聞きできる人間の仲間が必要」と言ったわけではない。むしろ誰よりもスレイの隣にいたからこそ、スレイに声が届かなくなる恐怖を知ってしまった。天族である自分が、スレイのすぐ傍にいるのに届かない。その無力感から出た言葉だった。
だからこそ、ユトの返答は残酷だった。
「貴方で足りないなら、私が足りるはずがないでしょう」
ユトの言葉は、ミクリオを否定しているように聞こえる。
だが実際には逆だ。ユトはこの場で、誰よりもミクリオの唯一無二性を認めている。
ミクリオはスレイの幼馴染であり、家族であり、夢を共有してきた相手だ。
導師になる前のスレイを知っている。世界を背負う前のスレイを知っている。スレイがただの遺跡好きの少年だった頃を知っている。
そのミクリオが、自分では足りないと言う。
ならば、旅の途中で出会ったばかりのユトが、どうして足りるというのか。
「貴方で足りないなら、私が足りるはずがないでしょう」
これは拒絶である。
同時に、ミクリオを「足りなかったもの」として扱うな、という抗議でもある。
ところで、ユトの詠唱台詞の「任せましたよ」は誰に何を任せているんだろうか?
***
先ほどのイベントでユトは加入せず、原作通りロゼが加入する。ロゼはスレイを見極めるため、デゼルは復讐の力を得るため。
このロゼこそが、ゼスティリア(リメイク前)最大の炎上論点と言っても過言ではない。彼女は暗殺者でありながら穢れないという矛盾を抱えてきたキャラクターで、「では人を殺してもなんとも思っていないのではないか、それが味方側にいるのはおかしい」と思われがちな人物だった。
言っておくと、アニメ版のロゼはもっと「必要悪の信念」を押し出していて殺人肯定サイコパスではなかった。そもそも、本来ライターが書きたかったロゼはまさに「必要悪の信念」だったのだと思う。それは、続編のベルセリアでメルキオルが「信念を持って導師を支えているから殺人などの行為をしても穢れない」とされていたことからも伺える。方向性としては、おそらくヴェスペリアのユーリ・ローウェルの系譜をやりたかったのだと思う。
原作がちょっと口下手だっただけで。
ユトはロゼにも容赦なく切り込む。
ユト「なぜ貴方は人を殺して穢れないのですか」
ロゼ「なんでだろう」
ライラ「ロゼさんには信念があるからでしょう。罪を犯してでも、しなければいけないことがあるという信念が」
ユト「信念。……それなら、思い込んだもの勝ちの世界ってことですか?」
この問いは、かなり意地が悪い。
だが、同時にプレイヤーが一度は考えたことでもある。
穢れとは何なのか。
罪を犯しても、自分の中で筋が通っていれば穢れないのか。
ならばそれは、思い込んだもの勝ちの世界ではないのか。
ロゼは少し顔をしかめる。
ロゼ「思い込みって言われると、なんか違うんだけど」
ユト「では、何が違うのですか」
ロゼ「知らないふりはしてない」
ユト「……」
ロゼ「あたしは、人を殺してる。罪だって分かってる」
ロゼ「でも、見逃したらもっとひどいことになるやつがいる」
ロゼ「だから殺す」
ロゼ「それを、なかったことにはしてない」
ここでようやく、ロゼの穢れなさが「罪悪感がない」ことではなく、「罪を罪として持ったまま、自分の役割として引き受けている」ことだと見えてくる。
ユトは納得しない。
いや、正確には、納得したくないのだと思う。
ユト「……強い人の理屈ですね」
ロゼ「そう?」
ユト「はい」
ユト「自分の罪や矛盾を直視して、それでも折れない人の理屈です」
ユト「私に義賊はできそうにありませんね」
ユト「ロゼさんが穢れないことと」
ユト「誰もがロゼさんのように在れることは、別の話です」
ライラ「……そうですわね」
ユト「信念を持てない人はどうするのですか」
ユト「迷う人は。折れる人は。自分の選択を正しいと信じきれない人は」
ユト「その人たちは、穢れるしかないのですか」
これはロゼへの断罪ではない。世界への異議申し立てである。
ここで私は、ユトを「ロゼを解説するための追加キャラ」だと思った。
しかし、それは彼を表す言葉として充分ではなかった。
***
「私はひとりだ」
ユトの髪が揺れ、右手の響筆がゆらりと軌跡を描く。
「違う!」
スレイの声にユトは切実に答えた。
「『ひとり』なんです!」
どこか子どもが泣きじゃくるような色合いで。
響筆が光を失う。黒い靄がユトの輪郭から立ちのぼる。
「ユトさんが穢れてしまうなんて」
ライラの声を聞きながらユトは何度か響筆を振るう。
「……動きませんね」
響筆は光らない。
ユトが一気に距離を詰める。響筆を槍のように持ち替えてスレイの心臓を狙う。すかさず儀礼剣で弾く。アリーシャと比較すればあまりに拙い一撃。ユトは歴戦の槍使いではないのだから当然だ。しかし憑魔としての力がその動きを強める。
「ユト!」
スレイは弾いた刃――いや、筆の先を押し返す。
響筆は本来、空に文字を刻むためのものだ。敵を貫くために作られた槍ではない。細く、軽く、しなやかで、距離を測り、言葉を置くための術具。
それを、ユトはただ突き出していた。
書かない。
刻まない。
響かせない。
ただ、刺す。
「無茶です!」
ライラが叫ぶ。
「今のユトさんは術式を組んでいません。穢れの力で身体を動かしているだけです!」
「そんなの長く持つわけないでしょ」
エドナの声は冷静だったが、傘を握る指に力がこもっていた。
「自分の戦い方まで否定してる」
ユトは答えない。
答える代わりに、また踏み込む。
速い。
だが、粗い。
アリーシャの槍を見たことがあるスレイには分かる。これは槍術ではない。間合いの取り方も、重心の移し方も、突いた後の戻しも甘い。武器の長さを生かすのではなく、ただ相手に届かせようとしているだけだ。
それなのに、重い。
響筆の先端を受け止めた儀礼剣が、ぎしりと鳴る。
ユトの腕を覆う黒い靄が、筋肉の動きとは別の力で彼を押し出していた。
「私は」
ユトの声が、低く漏れる。
「ひとりです」
また一撃。
「私は」
今度は横薙ぎ。
筆の軌跡に、いつもの光はない。白い文字も、遅れて走る刃も、何もない。
ただ黒い靄だけが、乾いた煤のように空気へ散った。
「ひとりでなければならない」
「ユト、違う!」
スレイが叫ぶ。
「違いません!」
その声は怒鳴り声というより、悲鳴に近かった。
「違っていたら、私は――」
ユトの動きが一瞬だけ止まる。
左目の淡い金が、黒い靄の奥で揺れた。
「私は、何になるんですか」
その問いの意味を、スレイはまだ知らない。
ミクリオも、ライラも、ロゼも、誰も知らない。
ただ、ユトが何かから逃げようとしていることだけは分かった。
そして逃げるために、自分の中の何かを切り捨てようとしていることも。
「何になるかなんて、今決めなくていい!」
スレイは踏み込む。
「でも、今のままじゃ君が壊れる!」
「壊れた方がましです」
ユトは静かに言った。
その静けさが、何より怖かった。
「聞こえないふりを続けるよりは」
「いるかもしれないものを、いると認めるよりは」
「壊れてしまった方が、まだ説明がつく」
響筆が振り上げられる。
先端に光は宿らない。
本来なら、そこには文字が生まれるはずだった。
ユトが空に残した一画を、半拍遅れて光が追いかけるはずだった。
だが、何も来ない。
何も来ないまま、ユトは筆を叩きつける。
スレイはそれを受け止めた。
腕に痺れが走る。力任せの一撃。ユトらしくない。あまりにも、ユトらしくない。
「……こんなの」
スレイは歯を食いしばる。
「君の戦い方じゃないだろ!」
ユトの表情が、わずかに歪んだ。
「では」
彼は囁く。
「私の戦い方とは、何ですか」
黒い靄が濃くなる。
「書いて、待って、誰かに届くことを期待することですか」
「届かないかもしれない言葉を、空に残し続けることですか」
「誰にも読まれない文字を、書き続けることですか」
響筆の先が震える。
「もう、嫌なんです」
その声は、今度こそ泣いていた。
***
ゼスティリアという作品において、ロゼはあまりにも誤解されやすい。暗殺者なのに穢れない。人を殺しているのに味方である。導師であるスレイと並び立つ。しかも、ゲームシステム上は中盤以降の人間枠として固定される。そりゃあ荒れる。
だからリメイク版は、ユトという新キャラクターにその疑問を言わせることで、ロゼというキャラクターの倫理を説明し直そうとしているのだと思った。パーティーメンバーもロゼ固定ではなく、ユトという選択肢を追加することで選べるようにしたのだと思った。
だが、それだけではなかった。
ユトはロゼを論破しない。
ロゼを誤解する。
「信念があれば穢れない」
「自分の中で矛盾しなければ穢れない」
「ならば、本気で信じればいい」
「本気で信じれば、たとえ現実と違っていても、自分は穢れずに済む」
ユトはその結論にたどり着いてしまう。
これが本当に嫌な流れである。
なぜなら、ここまでプレイヤーはユトを「鋭いことを言う追加キャラ」として見ているからだ。アリーシャ離脱後のミクリオへの返答も、ロゼへの問いかけも、言い方はだいぶ悪いが、確かに一度は考えるべき問題だった。
だからこそ、プレイヤーはユトの問いを「正しいツッコミ」として聞いてしまう。
しかし、ユトは正しいから問いを発しているのではない。
痛いから問いを発している。
そして痛みを抱えた人間は、時々、正しい問いから最悪の答えを導き出す。
「私はひとりだ」
初見では、これはユトの孤独の叫びに見えた。
人間にも天族にもなれない青年が、自分はどこにも属せないと訴えているように見えた。
スレイは叫ぶ。
「違う!」
それに対してユトは、ほとんど悲鳴のように返す。
「『ひとり』なんです!」
この場面、初見では普通に泣きそうになった。
ああ、ユトはそんなに孤独だったのか。自分には誰もいないと思い込むほど追い詰められていたのか。スレイたちが「ひとりじゃない」と言って救うイベントなのだろう。そう思った。
***
ゼスティリアにおける穢れは、単なる悪ではなく「事象の否定」からも生まれる。
結論から言うと、ユトはまさにそれを自分の身体で実証してしまったのである。
戦闘後、スレイの浄化が完了すると、ユトはしばらく地面に膝をついたまま動かなかった。
響筆は光を失ったまま、彼の手の中にある。先ほどまで槍のように振るわれていたそれは、今はただの筆記具に見えた。
やがて、ユトはぽつりと話し始める。
幼い頃から、自分にしか聞こえない声があったこと。
それが怖かったこと。
誰にも言えなかったこと。
普通の人間になりたかった。
何も聞こえないふりをすれば、いつか本当に聞こえなくなるのではないかと思っていた。
けれど、声は消えなかった。
そんな時、ユトは天族という存在を知る。
人間には見えないものが、本当に世界にはいる。
人には聞こえない声も、存在しうる。
それは、ユトにとって救いだった。
自分は完全におかしいわけではなかった。
見えないものが見える世界は、確かにあった。
だから彼は、初めてその声について相談した。
しかし、その天族は困ったように言った。
天族同士なら、互いを視認できるはずだ。
少なくとも、私にはその声の主が見えない。
天族の声なら、私にも分かるはずだ。
だから、何かがおかしい。
否定されたわけではない。
嘘だと言われたわけでもない。
けれど、ユトにはそれで十分だった。
人間に信じてもらえなかった声は、天族にも届かなかった。
ここでプレイヤーは知る。
「同じものを見聞きできる仲間」
この言葉が、ユトにとってどれほど残酷だったかを。
ユトは、同じものを見える相手に救われた。
だが、同じ声を聞ける相手には出会えなかった。
だからミクリオが「スレイには同じものを見聞きできる人間の仲間が必要だ」と言った時、ユトはただ拒絶したのではない。
あの言葉は、ユトがずっと探して、ついに見つけられなかったものを、仲間の条件として突きつけたのだ。
そんな条件なら、自分は誰の仲間にもなれない。
「私は貴方の仲間にはなれません。誰の仲間にも」
初報で見た時は、孤独な追加キャラの自己紹介だと思っていた。
だが違った。
あれは、決してひとりになれない呪いを背負った者の言葉だった。
***
スレイは、ユトに「ひとりじゃない」と言う。
けれど、それは単に「仲間がいる」という意味ではなかった。
「君がその子をいないことにしたら、オレたちはその子に手を伸ばせない」
ここで私は一回止まった。
スレイたちには、その声が見えない。聞こえない。
だから、ユトが認めなければ、その存在は誰にも届かない。
ユトが「ひとり」だと言い張ることは、自分を守るための嘘であると同時に、内側のもう一人を世界から切り離す行為なのだ。
スレイは続ける。
「ユトも、ひとりにされたくなかったんだろ」
「なら、その子をひとりにしちゃだめだ」
ここで全部ひっくり返る。
「私はひとりだ」は、孤独な青年の悲鳴だった。
同時に、自分の中の誰かを孤独にする言葉だった。
そして、ここでユトはようやく認める。
「……います」
「私の中に、います」
「私とは違う、もう一つの心が」
「私は、彼をいないことにしようとしました」
この後のロゼの台詞がまた良い。
「それ、ちゃんと本人に謝んなよ」
ロゼらしい。
重い場面なのに、言葉がまっすぐで、少し雑で、でも逃げ道を塞いでくる。
ユトは「はい」と答える。
そして少し間を置いて、こう言う。
「……任せても、いいですか」
初めて、戦闘ボイスではなく会話の中で出る「任せる」だ。
ここで、ユトは「もうひとり」に「ユイ」という名前を与える。
真名はスレイにつけてほしい、とも。
スレイは、「じゃあ候補を考えておくよ」と言う。
こうして、ユトの物語が一区切りを迎えるのである。
***
システム紹介のスキットで、こんな風にユトは紹介されている。
スレイ「ユトの技って、なんか遅れて出るよな」
ユト「そうですね。……今目の前の敵に攻撃をするというよりは、予約先に攻撃を置くと考えると、動きやすくなりますよ」
ロゼ「予約先に攻撃を置く」
ミクリオ「独特な表現だな」
ユト「実際、今いる場所を狙うと外れます。敵が次に動く場所、あるいは動かしたい場所へ、あらかじめ術式を置くんです」
スレイ「なるほど。遺跡の罠みたいな感じか?」
ミクリオ「いや、罠とは少し違うだろう。罠は相手が踏むのを待つものだが、ユトの技は相手の動きを誘導している」
ユト「近いです。余白を作って、そこへ敵を導く」
ロゼ「戦い方まで面倒くさいね、ユト」
ユト「褒め言葉として受け取ります」
エドナ「でも分かるわ。ユトの技、せっかちな人間には向いてなさそう」
スレイ「最初見ててちょっと難しかったな」
ミクリオ「スレイは目の前の敵にまっすぐ斬り込むからな」
スレイ「でも、慣れると面白そう。さっき置いた攻撃が、あとから追いついてくる感じ」
***
ところで、ユトの第一秘奥義についても話しておきたい。
ユトの秘奥義は「任せましたよ」から始まる。この意味が分かった後だと、重すぎる。
では、ユトの第一秘奥義を聞いてみよう。
「天光満つる処に我は在り」
……は?
この詠唱を聞いた瞬間、シリーズ経験者はだいたい察する。
そう。
インディグネイションである。
第一秘奥義で。
第一秘奥義で?
いや、待て。
その技は、その枠で撃っていいものだったか。
テイルズシリーズにおけるインディグネイションの重さを知っているプレイヤーほど、ここで変な声が出る。
インディグネイションは、ただの雷属性大魔術ではない。
シリーズの歴史を背負った術であり、ここぞという場面で撃たれるとプレイヤーの脳が勝手に反応するタイプの技である。
それをユトは、第一秘奥義で撃つ。
しかも、声を荒げるわけではない。
ユトは静かに響筆を掲げ、空に古代語の文字列を刻む。
筆先が描いた文字は、いつものように半拍遅れて光を帯びる。
だが、その光が明らかに大きすぎる。
ユトが書いた術式の余白を、何かが満たす。
細い筆跡が、白く、淡く、やがて天を裂く雷光へ変わる。
「天光満つる処に我は在り」
この時点で、もうだめである。
分かる。
来る。
「黄泉の門開く処に汝在り」
やめろ。
第一秘奥義でその詠唱を始めるな。
そしてユトは、詠唱の最後に、静かに言う。
「インディグネイション」
落雷。
画面が白く染まる。
初見では、ただただ驚いた。
ユトという追加キャラに、いきなりこの格の秘奥義を持たせるのかと。
いや、派手ではある。嬉しくもある。ファンサービスとしては強い。
だが、それにしても第一秘奥義である。
ただし、これには作劇上のメリットもかなりある。
ヘルダルフが後にインディグネイションのフルバージョン詠唱を行う前に、ユトの第一秘奥義でプレイヤーにこの術の存在を予習させることができるのだ。
このリメイクで初めてテイルズに触れるプレイヤーでも、「あ、この詠唱はユトの秘奥義で聞いたやつだ」と分かる。
そしてシリーズ経験者は、その時点で別の意味で身構える。
アライズにおけるガナベルトのインディグネイションが最高のファンサービスだったように、伝統技は使いどころさえ間違えなければ、それだけで場面の格を引き上げる。
ユトの第一秘奥義は、その前振りとして非常によくできていた。
だが、問題はそこではない。
第一秘奥義でインディグネイションを出したということは、その先に相当なものを持ってこないと見劣りしてしまう。
第一秘奥義がインディグネイション。
では、第二秘奥義は何をするのか。
マジで何をやるんだろう、と思っていた。
後で話す。