『スレイさんへ。
人間との契約を希望している天族がいますが、本人が自身の真名を認識していません。
人間が誓約術式を新規に作成する場合、現在、安定して再現できる方法では天族との契約が必要です。
私が当該天族へ真名を付与した場合、私を契約主体とする契約として成立する可能性があります。
本来契約を希望している人間が、天族へ真名を付与すればよいのでしょうか。
また、ミクリオさんを含む契約天族の真名について、契約時にどのような方法で確認したか教えてください。
ユト』
手紙を送って数日後。
返事が届いた。
ユトは研究所で封を開ける。
ロゼが近くで荷物の整理をしていた。
「スレイ、なんて言ってた?」
「今から確認します」
手紙には、スレイらしい少し大きめの字が並んでいた。
『真名が分かってるなら、それを使えばいいと思う。
分からないなら、導師が付ける。
従士契約ではそうしてるよ。
ただ、ミクリオの真名は契約する前から知ってた。
ライラたちの時は本人に教えてもらった』
「……」
「どうしたの?」
「追加で確認します」
ユトはすぐに返事を書く。
『ミクリオさんの真名は、誰から教わりましたか』
数日後。
返答は短かった。
『誰からも。
小さい頃、ミクリオと一緒に遊んでいたら、ある日分かった』
ユトは紙を見た。
もう一度読む。
「……分かった?」
「具体性が不足しています」
「スレイに言って」
ユトはさらに手紙を送った。
『どのような状況で認識しましたか。
直前に行っていた行動、会話、場所その他、再現条件になりうる情報があれば教えてください』
返事。
『たぶん遊んでた。
何してたかまでは覚えてない。
でも、初めて知らない言葉を聞いたっていう感じとも少し違った。
分かった時には、「ああ、これがミクリオなんだ」って思った。
うまく説明できなくてごめん』
ユトは手紙を机へ置いた。
「説明困難な認識現象……」
「この前の羊みたいだね」
ユトが顔を上げる。
「はい」
言語化できないことと、技能が存在しないことは同義ではない。
自分で言った。
ならば、説明できないという理由だけでスレイの証言を否定することもできない。
ユトは記録へ書く。
『ミクリオの真名について、契約以前にスレイが認識。第三者からの伝達なし。認識手順の再現困難』
『ただし、認識された時点と、真名が成立した時点が同一であるかは未確認』
筆が止まる。
今までなら、二つ目は書かなかった。
だが、「分かった」という証言だけから、それ以前にも同じ形の名が存在したと断定することはできない。
そして、まだ元の問題は解決していなかった。
スレイは「分からなければ導師が付ける」と書いている。
だが、それは人間が従士となる場合の話だ。
今回契約したいのは、ユトではなく学校の青年である。
導師であるユトが名付ければ、契約主体までユト側へ寄る可能性がある。
ならば青年本人が付ければよいのか。
その確証もない。
ユトは他にも手紙を送った。
古い天族。
契約に詳しそうな者。
長く人間と関わってきた者。
その中には、アイゼンも含まれていた。
『勝手に付けた名前が真名になるわけじゃない。
だが、心を通わせた相手が、本人より先に真名へ気づくことはある。
俺はエドナの心の声を聞いて、あいつの真名を知った。
思いつきで選んだわけじゃない。
それより、人間に真名を付けるってのは何の話だ』
ユトは手紙を持ったまま止まった。
「……」
ロゼが尋ねる。
「今度は?」
「アイゼンさんが、人間へ真名を付ける理由を理解していません」
「スレイは普通に付けてるよね」
「はい」
「じゃあアイゼンが知らないだけじゃない?」
「その可能性はあります」
ユトはすぐに追伸を送った。
『現在の導師契約では、人間が従士となる際に導師が真名を付与します。
過去には、そのような手順は存在しなかったのでしょうか』
返答。
『知らん。
少なくとも俺が知る人間と天族の契約に、そんな手順はなかった。
あと、俺は海には詳しいが導師側の契約手続きの専門家じゃねえ。
必要なら古い記録を調べろ』
もっともだった。
ユトはさらに記録を追加する。
『アイゼン証言のみをもって、当時の導師契約全般へ一般化しない』
「そこまで書くんだ」
「本人がそう言っていますので」
「で、どうする?」
「記録を調べます」
「真名の付け方を調べてたんじゃなかった?」
ユトは少し考えた。
「現在、質問の前提自体が正しいか確認する必要があります」
「前提?」
「スレイさんとアイゼンさんが、同じ現象を同じ意味で『付ける』あるいは『気づく』と表現しているかどうかです」
「そこから?」
「はい。また、同じ天族に対して真名が常に一つだけなのかも確認します」
***
数日後。
学校の青年が研究所へ顔を出した。
「ユトさん、契約の方どうですか?」
「調査中です」
「難しい?」
「想定より複雑です」
隣にいる天族が言った。
「俺の名前一個でそんなに?」
「それが最初から一個だけ存在する名前なのかを、現在確認しています」
「……?」
「私もまだ分かっていません」
青年が少し笑った。
「ユトさんが『分からない』って言うと、本当に分からないんだなって安心しますね」
「何故でしょうか」
「いや、適当に決めないってことだから」
ユトは少し考えた。
「はい。分からない状態で契約方法を確定するつもりはありません」
二人が帰った後。
ユトは資料の山を見た。
その日の記録の最後には、二行が増えていた。
『真名未認識天族との新規契約成立方法――現時点で不明』
『要検討――真名は発見されるのか。関係の中で成立するのか。変化することがあるのか。複数が併存しうるのか』