炎上論点スタンプラリー【TOZ】   作:Moa

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ロゼ、ユトの希望を聞く

ズイフウが草案を読んでから、五日後。

 

ロゼが、二つの紙束を持って研究所へ来た。

 

一つは、赤い紐で綴じられている。

もう一つは、青い紐だった。

 

机の上へ並べる。

 

「ユト、相談がある」

「はい」

「どっちがいいと思う?」

 

ユトは、二つの紙束を見る。

 

「何についての資料でしょうか」

「赤い方が、新しい交易路。青い方が、セルディア支店の拡張」

 

ロゼは赤い紐の方を開いた。

 

セルディアから西へ向かう道。

途中で三つの部族の移動経路と交わり、その先で南北を結ぶ交易隊へ合流する。

 

これまでにも、個別の商人が通ったことはある。

だが、決まった時期に荷車を往復させる交易路としては使われていなかった。

 

「西の三部族から、一緒に道を作らないかって話が来てる」

「道を新設するのですか」

「地面を作る方じゃないよ。通る時期と売る物を決めて、毎年使える商売の道にするの」

「理解しました」

 

最初の交易隊は、十二日後にセルディアを出る。

 

予定どおりであれば、往復で七十三日。

途中の天候や家畜の状態によっては、さらに二十日程度延びる可能性がある。

 

「初めてだから、あたしが行く」

「ロゼさん以外では難しいのでしょうか」

「道を見るだけなら、他の人でもできる。でも、三部族とも売りたい物と欲しい物が違う。途中で条件を変えるなら、その場で決められる人間が必要」

「ロゼさんには、その権限がありますか」

「ある。あたしが決めるからね」

 

ユトは頷いた。

 

次に、青い紐の紙束を見る。

 

セルディアが首都に指定されてから、《セキレイの羽 セルディア支店》を経由する荷物は増えていた。

 

公国各地から来る部族。

広域会議へ参加する者。

政府の連絡所へ物資を納める商人。

人間と直接取引できるようになった天族。

 

今の倉庫では、荷物を三日以上保管すると通路まで塞がる。

帳簿を置く場所も足りない。

 

隣接する土地を借り、新しい倉庫と荷受け場を作る。

人を雇う。

各地から届いた荷物を一度セルディアへ集め、行き先ごとに積み替える仕組みを作る。

 

その計画だった。

 

「拡張する場合、ロゼさんがセルディアにいる必要がありますか」

「最初の二か月はね。土地を貸す人、店で働く人、荷物を預ける商人。全員と話をする必要がある」

「他の方へ委任することは?」

「できるところはする。でも、店をどこまで大きくするかは、あたしが決めたい」

 

どちらも、開始時期をずらせない。

 

新しい交易路は、次の季節まで待てば、三部族の移動時期が合わなくなる。

支店の拡張も、次の広域会議までに荷受け場を用意するなら、今から始める必要がある。

 

「両方を実施することは不可能ですか」

「長い目で見れば、両方できるよ。でも最初の二か月だけは、どっちかを選ばないと無理」

「ロゼさんが、同時に二か所へいることはできないため?」

「そういうこと」

 

ユトは、赤い紙束の最初へ戻った。

 

参加する交易隊の人数。

荷車の数。

護衛。

水場。

途中で滞在する宿営地。

運ぶ予定の商品。

 

次に青い紙束を見る。

 

借地料。

建築費。

新しく雇う者の人数。

保管料。

現在の取引量。

首都指定後の増加率。

 

「不足している資料があります」

「何?」

「交易路上で、増水時に使用できない場所が二か所あります。迂回路の有無は?」

「こっち」

 

ロゼは、赤い紙束の下から地図を出した。

 

「倉庫予定地に、天族が使用している場所は含まれていますか」

「確認済み。人間にも天族にも、今使ってる人はいない」

「新規雇用者の教育期間は?」

「最短で二十一日。帳簿を任せるなら、もう少しかかる」

「交易路を選択した場合、セルディア支店の運営者は?」

「今いる人たちで、今の規模なら続けられる。拡張はできない」

 

ユトは質問する。

ロゼは、そのたびに別の紙を出した。

 

最後の一枚を受け取った後。

 

「必要な情報は、概ね揃っています」

「ユトに聞くって決めたからね」

「事前に用意したのですか」

「何も持たずに来たら、足りないものを確認するところから始めるでしょ」

「はい」

「知ってる」

 

ロゼは笑った。

 

ユトは、二つの紙束を自分の側へ引き寄せた。

 

「回答期限は?」

「三日後」

「では、明日までに比較します」

「三日あるよ」

「確認中に追加情報が必要となる可能性があります」

「はいはい」

 

ロゼは椅子から立った。

 

「急がなくてもいいからね」

「はい」

「徹夜もしない」

「他の予定と調整します」

「しない、って言って」

 

ユトは少し考えた。

 

「徹夜はしません」

「よし」

 

ロゼは研究所を出ていった。

 

机の上には、赤と青の紙束が残った。

 

ユトは、比較用の紙を一枚出した。

 

***

 

翌日の午後。

 

ユトは、《セキレイの羽 セルディア支店》へ行った。

 

一階では、荷物の積み替えが行われている。

南から届いた金属製品。

北部の毛織物。

乾燥させた薬草。

天族が加工した石。

 

荷受け口の横には、行き先を書いた札が並んでいた。

 

ロゼは、帳簿用の机にいた。

 

「早かったね」

「比較を終えました」

「本当に一日でやったの?」

「必要な資料が揃っていましたので」

「寝た?」

「はい」

「何時間?」

「六時間四十分です」

「ならいいか」

 

ロゼは店の奥を指した。

 

二階の休憩室へ上がる。

 

今日は、他に誰もいない。

 

机の上へ、ユトが新しい紙束を置いた。

 

赤い表紙。

青い表紙。

最後に、白い表紙。

 

「増えてる」

「比較結果です」

「何枚?」

「十八枚です」

「聞かなきゃよかった」

 

ロゼは椅子へ座る。

ユトも向かいへ座った。

 

最初に、赤い表紙を開く。

 

新交易路を使用した場合の利益予測。

損失が発生する条件。

日程が遅延する可能性。

道中で補給できる場所。

交渉が成立しなかった場合に、持ち帰る必要がある商品。

 

「利益は、こっちの方が大きい?」

「初回が予定どおり成立した場合は。ただし、不確定要素も多くあります」

「まあ、そうだよね」

 

青い表紙。

 

支店を拡張した場合の取扱量。

維持費。

新しい倉庫が満杯になるまでの期間。

首都に集まる人数が予測を下回った場合の損失。

他の商人が同様の荷受け場を作った場合の影響。

 

「こっちは?」

「短期間で大きな利益が出る可能性は低いと思います。ただし、三年以上継続する場合は、収入が安定する可能性があります」

「セルディアが首都じゃなくなったら?」

「現在の交通上の利点は残ります。天族との直接取引も、他地域では同じ条件を確認できません。取扱量は減少する可能性がありますが、施設の用途が失われるとは考えていません」

 

ロゼは白い表紙を開いた。

 

二つの案が、項目ごとに並べられている。

 

予測利益。

初期費用。

継続性。

危険性。

他者へ委任できる範囲。

ロゼ本人が必要となる期間。

 

一番下に、結論があった。

 

『双方とも実施可能。現時点の情報では、一方のみを明確に優先すべき根拠を確認できない』

 

ロゼは読んだ。

 

もう一度読んだ。

 

「うん」

「はい」

「正しいね」

「はい」

「あたしも、そう思う」

 

ユトはロゼを見る。

 

「では、参考にならなかったでしょうか」

「参考にはなったよ。あたしが迷ってる理由が、間違ってなかったって分かった」

「どちらを選択しても、不合理ではありません」

「うん」

 

ロゼは紙を閉じなかった。

 

指で、赤と青の欄を交互に辿る。

 

「それで、ユトはどっちがいい?」

「優先すべき根拠は確認できませんでした」

「今のは、仕事としての答えでしょ」

「はい」

「ユトは?」

「何についてでしょうか」

「あたしが交易路へ行くのと、セルディアに残るの。ユトは、どっちがいい?」

 

ユトは、比較表を見る。

 

「ロゼさんが重視する目的によって異なります」

「だから、それも分かってる」

 

ロゼは少し笑った。

 

怒ってはいない。

 

ただ。

引き下がるつもりもない顔だった。

 

「あたしが決めるよ」

「はい」

「ユトが選んだ方へ、必ず行くとも言ってない」

「はい」

「だから、正しい方を決めてほしいんじゃない。ユトが、どっちを望むか聞いてる」

 

ユトはすぐには答えなかった。

 

「私の希望を伝えた場合、ロゼさんの判断へ影響する可能性があります」

「するよ」

 

ロゼはあっさり認めた。

 

「影響するのですか」

「そりゃするでしょ。ユトの希望を聞いて、何も変わらないなら、最初から聞かなくていいし」

「では、私が希望する選択肢を選ぶという意味でしょうか」

「違う」

 

即答だった。

 

「ユトの希望も、判断する材料の一つにする。でも、聞くかどうかを決めたのはあたし。聞いた後、どうするか決めるのもあたし」

「……はい」

「それじゃ駄目?」

 

ユトは考える。

 

他者の意思へ、不必要な圧力を与えない。

選択肢を狭めない。

拒否した場合に、不利益を生じさせない。

 

そのために。

ユトは、自分の希望を伝えないことがある。

 

「昔から、そうだよね」

 

ロゼが言った。

 

「何がでしょうか」

「行ける道は、全部残そうとする」

 

冤罪を防ぐ。

ブラドを生かす。

風の骨に残る道も。

別の場所へ行く道も。

デゼルと会う道も。

 

選べるようにしておく。

 

それから。

 

どこへ行けとも、言わない。

 

「選択する方の意思を優先するためです」

「知ってる」

「問題がありますか」

「ないよ。あたしは、それに助けられた」

 

ロゼは比較表から手を離した。

 

「でも、ユトに希望がないことと、あたしへ言わないことは、同じじゃないでしょ」

 

ユトは答えなかった。

 

「あたしは、自分で決められる」

「はい」

「だから、ユトがどうしてほしいか聞いても、自分で決められる」

「はい」

「それでも、言えない?」

 

研究所へ持ち込まれた相談であれば。

確認できる事実を整理する。

 

危険性。

利益。

本人の意思。

他者への影響。

 

だが。

 

今、ロゼが求めているのは、どの項目にも書かれていない。

 

ユトは、赤い表紙を見る。

 

ロゼが交易路へ行った場合。

七十三日間、セルディアにはいない。

 

遅延すれば、さらに長くなる。

 

《セキレイの羽》の前を通っても、ロゼはいない。

交易について確認したいことがあっても、その場では聞けない。

新しい商品を見つけても、売れるかどうか話す相手がいない。

 

そこまで考えて。

 

仕事に関係しない場合もあることに気づく。

 

店の前を通る時。

用事がなくても、中にロゼがいるかを見ることがある。

 

見つければ、話す。

話す必要がない日でも。

 

いなければ、そのまま通り過ぎる。

 

戻ったと聞けば。

次に会う時期を考える。

 

それを、これまで分類したことはなかった。

 

「私は」

 

ユトが言った。

 

ロゼが待つ。

 

「ロゼさんに、セルディアにいてほしいと思います」

 

ロゼは動かなかった。

 

先ほどまで比較表に触れていた指だけが、少し止まっている。

 

「……そっか」

「はい」

 

ユトは続ける。

 

「ただし」

「うん」

「それによって、ロゼさんが希望する交易を断念してほしいとは考えていません」

 

ロゼが、少しだけ笑った。

 

「やっぱり、そっちも言うんだ」

「私の希望を理由として、ロゼさんの行動を制限する意図はありません」

「分かってるよ」

 

ユトは、赤い表紙へ視線を戻した。

 

「交易路を選択した場合、七十三日後に帰還する予定です」

「そうだね」

「遅延した場合も、セルディアへ戻る計画は維持されています」

「うん」

 

少し考える。

 

「そのため」

「うん」

「行かないでほしい、という意味ではありません」

 

ユトはロゼを見る。

 

「戻ってきてほしいと思います」

 

ロゼの目が、少しだけ細くなった。

 

笑う時の顔だった。

 

ただ、すぐには笑わなかった。

 

「セルディア支店があるから?」

「それもあります」

「交易の相談ができるから?」

「それもあります」

「仕事がなくても?」

 

ユトは考えた。

 

先ほど気づいたことを、もう一度確認する。

 

「はい」

「何も頼むことがなくても、帰ってきてほしい?」

「はい」

 

ロゼは、今度こそ笑った。

 

「それ、ちゃんとユトの希望だね」

「はい」

「聞けてよかった」

 

ユトが尋ねる。

 

「何故、私の希望を確認したかったのでしょうか」

「知りたかったから」

「理由になっていますか」

「なってるよ」

 

ロゼは、白い表紙を閉じた。

 

「セルディアに戻る理由なら、店も仕事もある。知ってる人だって増えた」

「はい」

「でも、それとは別に。ユトが、あたしに帰ってきてほしいと思ってるか知りたかった」

 

「確認した結果は?」

「帰ってきてほしいと思ってた」

「はい」

「だから、聞いてよかった」

 

ユトには、それ以上の説明が必要なのか判断できなかった。

 

必要である可能性はある。

 

だが。

 

ロゼは、既に欲しかった回答を得たようだった。

 

***

 

「決めた」

 

少しして。

 

ロゼが言った。

 

「交易路へ行く」

 

ユトは、赤い表紙を見る。

 

「私の回答によって、判断は変更されましたか」

「少しね」

「セルディアにいてほしいと伝えましたが」

「うん」

「では、何故?」

 

ロゼは赤い紙束を取った。

 

「あたしは、この道を自分で見たい」

「はい」

「三部族と話して、何が運べるか決めたい。最初の一回は、他の人に任せたくない」

「はい」

「だから行く」

 

次に、青い紙束を取る。

 

「次の広域会議には間に合わなくなるけど、支店の拡張は、準備だけ進めてもらう。土地の契約と倉庫の形は、出発前に決める。帰ってきたら、続きはあたしがやる」

「どちらも実施するのですか」

「言ったでしょ。最初の二か月は、どっちかしかできないって」

「はい」

「二か月が終わった後まで、一つに決める必要はないよ」

 

ユトは、二つの予定を確認する。

 

矛盾はない。

 

交易路へ出る。

帰還する。

その後、支店を拡張する。

 

すべてを同時には行わない。

一つを選んだために、もう一つを永久に捨てる必要もない。

 

「実行可能だと思います」

「でしょ?」

 

ロゼは笑った。

 

「それに、ユトが帰ってきてほしいって言ったから」

「はい」

「行ったまま、西の方へ拠点を移す案は断る」

 

赤い紙束の中には。

 

交易が成功した場合、ロゼに西部側の拠点を任せたいという提案も含まれていた。

 

ユトは、その頁を覚えていた。

 

「元から、移転を希望していなかったのでは?」

「迷ってたよ。西にも面白い物があるし。しばらく向こうを拠点にするのも、商売としては悪くない」

「では、私の回答が影響した?」

「した」

 

ロゼは、はっきり答えた。

 

「でも、決めたのはあたし」

「はい」

「問題ある?」

「ありません」

「なら、決まり」

 

ロゼは新しい紙を一枚出した。

 

「出発は十二日後。予定どおりなら、七十三日後に戻る」

「遅延した場合の連絡方法は?」

「三部族のうち、最後に合流する部族から伝言を出す。そこへ着く前に遅れた時は、途中の宿営地から」

「連絡がない場合は?」

「十五日までは待って」

「予定から十五日間?」

「うん」

「長すぎます」

「じゃあ、何日?」

「遅延自体は二十日程度想定されています。ただし、途中から連絡可能です。連絡がない状態で待つ期間としては、七日で十分です」

「心配する?」

「はい」

 

ユトは即答した。

 

ロゼが止まった。

 

「……そこも、普通に言うんだ」

「何をでしょうか」

「なんでもない」

 

ロゼは、十五日と書いた箇所を消した。

 

七日。

 

と書き直す。

 

「八日目に連絡がなかったら?」

「最後に所在を確認できた場所を調べます」

「ユトが来るの?」

「状況によります。ただし、捜索が必要であれば参加します」

「そっか」

 

ロゼは、その項目にも印を付けた。

 

「じゃあ、遅れる時は必ず知らせる」

「お願いします」

 

二人は、そのまま出発前に必要な事項を確認した。

 

店の引き継ぎ。

倉庫予定地の契約。

交易隊が持つ通信手段。

道中で天族と問題が生じた場合の対応。

セルディアへ送る記録。

 

すべて確認し終えた時には、窓の外が暗くなっていた。

 

「結局、仕事の話になったね」

ロゼが言った。

「必要な確認です」

「分かってる。でも、その前の話も忘れないでよ」

「どの部分でしょうか」

「戻ってきてほしいって言ったところ」

「忘れる理由はありません」

「ならいい」

 

ロゼは、赤と青の紙束を重ねた。

 

二つとも、自分の側へ置いた。

 

***

 

十二日後。

 

出発予定の荷車が、セルディアの西側へ並んでいた。

 

布。

保存食。

金属製の道具。

薬。

七色灯。

 

西の三部族へ運ぶ商品が積まれている。

 

戻る時には、別の荷物が乗る。

 

ロゼは最後の帳簿を確認した。

 

荷車の数。

人の数。

積荷。

預かった手紙。

 

問題はない。

 

顔を上げると、ユトが来た。

 

「見送り?」

「はい」

「何か確認し忘れた?」

「現時点ではありません」

「じゃあ、本当に見送りなんだ」

「はい」

 

ユトの手には、一枚だけ紙があった。

 

ロゼが見る。

 

「一枚?」

「緊急時の連絡先です。既に同じ内容をお渡ししていますが、携帯する荷物へ入れたか確認できなかったため、予備を用意しました」

「やっぱり確認もあった」

「不要でしょうか」

「いる」

 

ロゼは紙を受け取った。

 

折り畳み、腰の鞄へ入れる。

 

「帰る日、覚えてる?」

「出発から七十三日後です」

「遅れた時は?」

「七日以内に連絡してください」

「連絡がなかったら?」

「所在を調べます」

「うん」

 

荷車の準備が終わる。

 

出発できる。

 

ロゼは、自分の荷物を積んだ馬へ手を掛けた。

 

「じゃあ、行ってくる」

「はい」

 

一度、馬へ乗ろうとする。

 

やめた。

 

ユトを見る。

 

「帰ってきてほしいんでしょ?」

「はい」

「だったら、そこは『はい』じゃないよ」

「何と答えるのが適切でしょうか」

「いってらっしゃい」

 

ユトは、少し考えた。

 

出ていく者へ、また戻ることを前提として伝える言葉。

 

「いってらっしゃい、ロゼさん」

 

ロゼが笑った。

 

「うん。行ってきます」

 

今度こそ、馬へ乗る。

 

交易隊が動き始めた。

 

荷車が一台ずつ、セルディアから伸びる道へ出ていく。

 

ロゼは一度だけ振り返った。

 

ユトは、まだ同じ場所にいた。

 

手を振る。

 

ユトも手を上げた。

 

やがて。

 

荷車は、道の向こうへ見えなくなった。

 

***

 

研究所へ戻った後。

 

ユトは、壁に掛けられた予定表を確認した。

 

十二日間。

出発準備に関する予定が複数書かれている。

 

その先。

 

七十三日後の欄は、空いていた。

 

ユトは一行を書き加える。

 

『ロゼさん、セルディア帰還予定』

 

その日に、ロゼへ依頼する仕事はない。

 

広域会議もない。

支店の工事開始日は、帰還後に改めて決める。

 

予定表へ書く必要があるかは、確認できなかった。

 

それでも。

 

忘れないために書いた。

 

行き先を決めたのは、ロゼだった。

 

ユトは、残れとも。

行けとも言わなかった。

 

ただ。

 

戻ってきてほしいと伝えた。

 

セルディアから西へ伸びる道は。

 

その日から。

 

ロゼが出ていくためだけではなく。

 

帰ってくるための道にもなった。

 

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