炎上論点スタンプラリー【TOZ】   作:Moa

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ロゼ、ただいまと言う

ロゼがセルディアを出発してから、七十三日後。

研究所の壁に掛けられた予定表には一行だけ。

以前から書かれている予定があった。

 

『ロゼさん、セルディア帰還予定』

 

その日に、ロゼへ依頼する仕事はない。

広域会議も支店拡張の工事開始も帰還報告の提出期限も設定されていなかった。

ただ。

ロゼが帰ってくる予定だけが、書かれている。

ユトは、朝から三度、その一行を確認した。

 

一度目は、日付を確認するため、二度目は、西側の連絡所から届いた伝言と照合するため、三度目は理由を確認できなかった。

――ロゼ、今日帰る?

「はい」

ユイへ答える。

 

今朝。

西側の宿営地から、交易隊が予定どおり出発したと連絡があった。

荷車の故障なし。

大きな負傷者なし。

家畜の状態に問題なし。

 

日没より前に、セルディアへ到着する見込み。

予定からの遅延はない。

捜索準備を始める必要もない。

――うれしい?

「はい」

答えた後、ユトは、予定表を見る。

 

訂正する理由はなかった。

――お仕事、ある?

「午前中に、学校から届いた誓約術式実習記録を確認します」

――午後は?

「ロゼさんを迎えます」

――お仕事?

 

ユトは、少し考えた。

交易隊の帰還確認は本来なら、《セキレイの羽》の者と街道管理担当者だけでも行える。

荷車の数。

負傷者。

積荷。

 

道中の問題。

正式な報告は、明日受け取る予定だった。

今日、ユトが西側まで行く必要はない。

「仕事ではありません」

――じゃあ、迎えに行く?

「はい」

ユイは少し嬉しそうだった。

 

***

 

午前の確認を終える。

学校へ返す紙を封じる。

次に行う予定だった、追加定義の出力順序に関する比較試験は明日へ移した。

危険な状態の試料はない。

今日中に行う必要もない。

 

研究所の扉を閉める。

西側へ向かう。

セルディアの道はロゼが出発した時より、また少し変わっていた。

新しい家が三棟。

建築途中の倉庫が一棟。

 

市場の外側には、荷車が向きを変えるための広い場所ができている。

 

《セキレイの羽 セルディア支店》の隣では。

新しい荷受け場を作る予定地に、境界を示す杭が打たれていた。

建築に使う木材と石材も、邪魔にならない場所へまとめられている。

ロゼが出発前に決めた土地の契約と倉庫の形に従い。

店員と、土地を貸す者と、建築を担当する者が。

工事開始前にできる準備を進めた。

ロゼがいなくても、既に決められた仕事は止まらなかった。

 

西側の道へ近づく。

人が増えていた。

店の者。

交易隊に家族が参加している者。

西部から届く商品を待つ商人。

 

街道管理の担当者。

子供も何人かいる。

特別な式典ではない。

帰還予定を聞き。

見に来ただけだった。

 

ユトが来たことに気づいた店員が、声を掛ける。

「まだ見えませんよ」

「はい」

「到着見込みまで、もう少しあります」

「承知しています」

「研究所へ戻ってても、見えたら知らせますけど」

「ここで待ちます」

 

店員は少し笑った。

「そうですか」

それ以上、何も言わなかった。

ユトは、道の脇へ立った。

西へ続く街道を見る。

 

出発の日。

荷車が、一台ずつ、この道へ出ていった。

ロゼが馬上から振り返った。

ユトは手を上げた。

あの日からこの道はロゼが出ていくためだけではなく。

 

帰ってくるための道にもなった。

今日はその予定の日だった。

 

***

 

日が傾き始めた頃。

西側の見張り台から、合図が上がった。

道の先に小さな影が見える。

最初は一つ。

次に、いくつも荷車。

 

馬。

歩いている者。

風に揺れる旗。

交易隊だった。

周囲にいた者が動く。

 

道を空ける。

荷受けの準備を始める。

帰還人数を記録する者が、紙を出す。

ユトもいつもなら、最初に、荷車の数を確認したはずだった。

出発時の記録と一致するか。

 

途中で増減していないか。

車輪に損傷がないか。

積載状態に偏りがないか。

だがその日は荷車より先にロゼを探した。

隊列の前方。

 

馬に乗っている。

出発した時と同じ外套ではない。

西の部族が使う色鮮やかな布が、肩へ巻かれている。

髪には、長い旅の埃が残っていた。

それでもロゼだった。

 

大きな負傷は見えない。

自分で馬を操っている。

誰かと話しながら。

笑っている。

――ロゼ。

「はい」

ロゼも、ユトを見つけた。

 

片手を上げる。

ユトも手を上げた。

荷車が、街の入口へ入る。

一台。

二台。

 

その後に続く馬が、ユトの前で止まった。

ロゼが降りる。

地面へ立つ。

「ただいま、ユト」

出発の日。

 

教えられた言葉の対になるものを今度は、ユトも知っていた。

「おかえりなさい、ロゼさん」

ロゼが笑う。

「うん」

――おかえり、ロゼ。

「ユイも、《おかえり》と伝えています」

「ただいま、ユイ」

 

直接、声は聞こえない。

それでもロゼは、ユトの中にいるユイへ答えた。

 

***

 

「怪我は?」

「ないよ」

「体調不良は?」

「今は、眠いのとお腹が空いてるくらい」

「通常の休息及び食事によって回復可能でしょうか」

「たぶんね」

「歩行時の異常は確認できません」

 

「もう見てたんだ」

「はい」

ロゼは、自分の荷物から赤い紙束を取り出した。

出発前に持っていたものよりかなり厚くなっている。

 

「交易の報告」

ユトへ差し出す。

「最初に、全体だけ説明するね。道は使えた。三つの部族とも、次の往復を続けたいって、大きな損失も――」

「明日、確認します」

ロゼの手が止まった。

 

「明日?」

「はい」

「今、読まないの?」

「読みません」

「ユトが?」

「はい」

ロゼは、赤い紙束を見る。

 

ユトを見る。

「体調悪い?」

「問題ありません」

「他に急ぎの研究?」

「ありません」

「じゃあ、何で?」

「本日は、ロゼさんを迎えるために予定を空けました」

 

ロゼが瞬きをした。

「報告を受けるためじゃなくて?」

「はい」

「帰ってくる時間、決まってなかったよ」

「今朝、到着見込みが届きましたので、午後の予定をすべて明日以降へ移しました」

「あたしを待つために?」

「はい」

 

ロゼはしばらく、赤い紙束を持ったまま、何も言わなかった。

それから。

「そっか」

と答えた。

少しだけ。

 

嬉しそうだった。

「では、その資料は、明日の午前中に受領します」

「今、持っててくれてもいいけど」

「未確認の資料を受領した場合、内容を確認したくなる可能性があります」

「読むの我慢できないから、受け取らないんだ」

「はい」

「正直だね」

 

ロゼは笑った。

赤い紙束を、自分の鞄へ戻した。

「じゃあ、今日は仕事の話、なし?」

「緊急事項がある場合は確認します」

「ないよ」

「では、明日にします」

「分かった」

 

***

 

交易隊が到着する。

街は止まらなかった。

荷車は、荷受け場へ誘導される。

西部から来た使者へ、滞在場所が伝えられる。

積荷には、行き先ごとの札が付けられている。

 

今日中に下ろすもの。

明日でよいもの。

保管方法を確認するもの。

店員たちはロゼへ一つずつ尋ねなかった。

出発前に決めた手順に従い。

 

自分たちで判断できるものを処理していく。

判断できないものだけを、別の場所へ分けた。

ロゼは、しばらくその様子を見ていた。

「ちゃんと動いてる」

「はい」

「あたしがいなくても、店、止まらなかったね」

「はい」

 

ユトは即答した。

ロゼが横を見る。

「そこは、もう少し言い方なかった?」

「ロゼさんが不在でも、事前に権限を委任された方々によって、通常業務は継続しました」

「長くなっただけじゃん」

「事実関係は明確になりました」

「はいはい」

 

ロゼは、もう一度、店を見る。

「でも、よかった」

「何がでしょうか」

「あたしがいないだけで、全部止まったら困るでしょ」

「はい」

「戻るまで、誰も決められない。何も進められない。そういう店にはしたくない」

「セルディアも、同様です」

 

「ユトがいないと、何も決められない街にはしない?」

「はい」

ロゼが頷く。

店の入口から、声がした。

 

「ロゼ!」

帳簿を抱えた店員だった。

「おかえり!」

「ただいま」

別の者も来る。

 

「本当に予定どおりだったな」

「言ったでしょ」

「西はどうだった?」

「明日、皆に話すよ」

荷車を見に来ていた子供が、ロゼの外套を見上げる。

 

「その布、向こうでもらったの?」

「そう。三つ目の部族の人がくれた」

「きれい」

「でしょ?」

「おかえり、ロゼ!」

「ただいま」

人間、天族。

 

店の者。

街の者。

ユトとユイがいる周囲では天族の姿が、人間にも見えていた。

一人ずつ。

ロゼへ声を掛ける。

 

ロゼは、そのたびに。

「ただいま」

と答えた。

店が動くこととロゼの帰還を喜ぶことは同じではなかった。

ロゼがいなくても店は動いた。

 

それでもロゼが帰れば、皆が、迎えた。

ユトが言う。

「ロゼさんが不在でも店を運営できることと、ロゼさんが戻ったことを皆さんが喜ぶことは、両立します」

ロゼが振り返った。

 

「誰も、両立するかって聞いてないよ」

「先ほどの発言に、関連する内容だと思いました」

「うん」

ロゼは少し笑った。

 

「でも、ありがと」

 

***

 

ロゼは荷物の保管場所だけを確認した。

明日まで待てない異常がないことも確認する。

それ以外は店員へ任せた。

「じゃあ、一回休んでくる」

「はい」

「ユトは?」

「研究所へ戻ります」

 

「仕事するの?」

「しません」

「じゃあ、何しに?」

「ロゼさんが休息を終えるまで、私も食事の準備をします」

「食事?」

「一緒に食べていただけますか」

ロゼが止まった。

 

「報告を聞きながら?」

「いいえ」

「交易の相談も?」

「明日行います」

「今日、あたしと食べるため?」

「はい」

ロゼは出発の日と同じように一度だけ、ユトの顔を確かめた。

 

「いいよ」

と答えた。

「あたしも、ユトと食べたい」

 

***

 

日が沈む前、二人は、《セキレイの羽》の裏側にある荷受け場へ行った。

新しい倉庫は、まだ完成していない。

壁の一部と屋根の骨組み。

床。

荷車を寄せる場所だけができている。

 

工事が終わるまでは店の者が休憩する場所として、時々使っていた。

西側に壁がない。

セルディアから伸びる街道が見える。

ユトは、食事を用意していた。

焼いたパン。

 

温かい野菜の煮込み。

薄く切った肉。

果物。

特別な料理ではない。

長い旅から帰った日に胃へ負担が少ないものを選んだ。

 

「ユトが作ったの?」

「煮込みは、食堂で購入しました」

「パンは?」

「同じです」

「果物は?」

「市場で購入しました」

「ユトがしたの、運んだだけ?」

 

「食器も用意しました」

「そっか」

ロゼが笑う。

「でも、ありがと」

二人で食べる。

 

ユイもユトを通じて、同じ味を受け取っている。

ロゼは、旅先で食べたものの話をした。

硬いパン。

香りの強い茶。

薄く焼いた肉へ、辛い種を潰して掛けた料理。

 

見たことのない果物。

水場を間違えて、全員で半日引き返したこと。

荷車の車輪を交換したこと。

夜中に、家畜が一斉に逃げようとしたこと。

 

「原因は?」

「近くを、大きな天族が通ったみたい」

「記録は?」

「赤い紙束」

ユトの視線が、一瞬だけ店の方へ向いた。

 

ロゼが気づく。

「明日でしょ」

「はい」

「今日は、報告の話なし」

「承知しています」

「今のは、旅の話」

「違いは?」

 

「あたしがユトに話したいかどうか」

ユトは、少し考えた。

「分かりました」

「本当に?」

「同じ出来事であっても、業務上必要な情報として提出する場合と、ロゼさんが私へ話したい内容として伝える場合を区別します」

「うん。たぶん、それでいい」

食事が終わる。

 

空が暗くなる。

帰ってきた荷車の近くへ共存灯が一つずつ置かれていた。

夜間の荷下ろしは行わない。

見張りが足元を確認するための灯りだった。

西へ続く街道にも一定の間隔で灯が見える。

 

ロゼが、その道を見る。

「旅の途中でね」

「はい」

「丘の上から、三つの部族の宿営地が見えた日があった」

「同時に?」

「うん。普段は別々の道を動いてるんだけど、その日は、全員が近くにいた」

ロゼは、指で遠くを示す。

 

ここからは見えない場所を思い出すように。

「一つ目の部族は、青い灯を使ってた。二つ目は赤。最後のところは、火の近くに白い石を並べるんだ」

「理由は?」

「遠くからでも、自分たちの宿営地が分かるように」

「合理的です」

「そうだね」

少し離れた三つの宿営地。

 

色の違う灯。

その間に交易隊の小さな灯が並んでいた。

「丘から見ると、全部つながって見えた」

「道の形に?」

「うん」

ロゼは笑った。

 

「本当は離れてるんだけどね。間には、暗い場所もある。でも、高いところから見ると、一本の道みたいだった」

ユトは、ロゼが見ている方を見る。

今、見えるのはセルディアの灯。

西へ続く共存灯。

 

帰ってきた荷車のそばにある灯。

ロゼが見た景色とは違う。

「その時」

ロゼが言う。

 

「ユトにも見せたいと思った」

ユトが、ロゼを見る。

「私に?」

「うん」

「交易路として有用であるためでしょうか」

「違う」

返事は早かった。

 

「綺麗だったから」

「はい」

「ユトと、一緒に見たいと思った」

ユトは少しだけ、考えた。

現地調査に必要な日数。

 

次の交易隊の出発時期。

セルディアを離れても問題がない時期。

確認すべき項目は複数ある。

だがそれらを尋ねる前に。

 

「次回、私も同行してよいでしょうか」

と答えた。

ロゼが目を丸くした。

「調査として?」

「いいえ」

「仕事でもなく?」

「はい」

 

「じゃあ、何のために?」

「ロゼさんが見た景色を、ロゼさんと見たいと思いました」

ロゼはすぐには答えなかった。

西の道を見る。

それから。

 

「いいよ」

と言った。

「今度は、一緒に行こう」

「はい」

「でも、七十三日全部じゃなくてもいいからね」

「景色を確認できる時期と、往復に必要な日数を――」

「それは明日」

 

「分かりました」

 

***

 

夜が深くなる。

荷受け場の灯が、一つ消された。

もう一つ。

見張りに必要な分だけが残る。

ロゼは、食器を重ねた。

 

「ねえ、ユト」

「はい」

「あたしがいない間、寂しかった?」

ユトは、すぐには答えなかった。

 

《寂しい》

 

一人であること。

親しい者がいないこと。

いた者が、いなくなったこと。

それによって生じる感情。

ロゼが出発した後もユトは一人ではなかった。

 

ユイがいる。

セルディアには、人間も天族もいる。

研究所へ来る者もいる。

遠くにいる者から、手紙も届いた。

だから一人ではない。

 

それでも。

「《セキレイの羽》の前を通る時、店内を確認しました」

「用事があった?」

「ない時にも確認しました」

「うん」

「新しい商品が届いた時、ロゼさんであればどのように評価するか、考えました」

「それは仕事じゃない?」

 

「仕事に関係する場合もあります」

「他には?」

「予定表の帰還予定を、複数回確認しました」

「今日は三回くらい?」

「何故分かるのでしょうか」

「三回だったんだ」

「はい」

 

ロゼが笑った。

ユトは続ける。

「ロゼさんが不在であることを、複数回、意識しました」

「それ、寂しかったって言うんじゃない?」

「他の方がいたため、一人ではありませんでした」

「一人じゃなくても、いない人に会いたいことはあるよ」

「はい」

 

「あたしに会いたかった?」

ユトは考える。

帰還日が近づく。

予定表を見る回数が増えた。

西からの伝言が届くたび。

 

到着予定に関する情報がないか、先に確認した。

今朝。

帰還見込みが届いた時、午後の予定を移した。

道の前で待った。

交易隊が見えた時、荷車より先にロゼを探した。

 

「はい」

答えた。

「ロゼさんに会いたいと思っていました」

「はい」

「また、交易隊が見えた時、荷車の数より先にロゼさんを探しました」

ロゼが止まった。

 

「ユトが?」

「はい」

「荷車より先に?」

「はい」

「……それ、すごいね」

「何故でしょうか」

「ユトだから」

 

「理由になっていますか」

「あたしには、なってるよ」

ロゼの笑みが少しだけ、静かになった。

「そっか」

「その感情を《寂しい》と分類することが適切であるなら」

「うん」

「私は、ロゼさんがいない間、寂しかったのだと思います」

 

「うん」

ロゼは、今度は笑った。

「あたしも、ユトに会いたかった」

「はい」

「帰ってくる日、覚えてるかなって考えた」

「覚えていました」

「知ってる」

 

「何故でしょうか」

「迎えに来てたから」

「はい」

「あたしの帰りを待ってた?」

「はい」

ユトは今度は、迷わなかった。

 

「私は、ロゼさんを待っていました」

ロゼはゆっくり息を吐いた。

「帰ってきたよ」

「はい」

「ただいま」

二度目だった。

 

けれど、ユトは、同じように返した。

「おかえりなさい、ロゼさん」

 

***

 

しばらく、二人は、西の灯を見ていた。

ロゼが先に口を開く。

「出発する前に、ユトが言ったでしょ」

「何をでしょうか」

「あたしに、セルディアにいてほしいって」

「はい」

「でも、交易を諦めてほしいわけじゃない。行ったなら、戻ってきてほしいって」

 

「はい」

「あたしは、自分で行くって決めた」

「はい」

「ユトに戻ってきてほしいって言われたから、何も考えずに戻ってきたわけじゃない」

「理解しています」

「店がある。仕事がある。会いたい人もいる。セルディアで、まだやりたいことがある」

ロゼは建築途中の倉庫を見る。

 

帰ってきた荷車。

その先にある店。

夜のセルディア。

「帰るって決めたのは、あたし」

「はい」

「でも」

ロゼが、ユトを見る。

 

「帰ってこようと思う理由の中には、ずっとユトがいた」

ユトは、答えなかった。

ロゼの次の言葉を待つ。

「丘から、あの灯を見た時」

「はい」

「ユトにも見せたいと思った」

「はい」

 

「面白い物を見つけた時、ユトなら何を確認するかなって考えた」

「はい」

「帰還予定が近づいた時、ユトは待ってるかなって考えた」

「待っていました」

「うん」

ロゼは笑う。

 

それから曖昧にしなかった。

誰のことか。

どのような意味か。

ユトが推測しなくてもよいように。

 

「あたしは、ユトが好きだよ」

一度、言葉を区切る。

「恩人としてだけじゃない。仕事相手としてだけでもない」

ユトを見る。

 

「恋愛の意味で、ユトが好き」

ユトはロゼの言葉を、最初から確認した。

対象は、ユト。

感情は、好意。

種類は、恋愛。

 

恩義及び仕事上の信頼だけではない。

読み間違える余地はなかった。

以前、手紙によって、同じ種類の感情を伝えられた。

その時、ユトは、自分が同じ感情を持っているか回答できなかった。

 

今も恋愛感情を判定する基準は、分かっていない。

だがあの時より確認できることは、増えていた。

研究ではない本を読み。

研究ではない夕食を取り。

自分で、誰かと過ごす日を選んだ。

 

帰ってくる者を待った。

同じ景色を見たいと思った。

それらが恋愛であるかは、まだ分からない。

けれど、仕事ではないことは分かる。

必要性だけではないことも。

 

「伝えていただいたことを、嬉しいと思います」

ユトが答えた。

「うん」

「現時点では、私がロゼさんと同じ恋愛感情を抱いているか、断定できません」

「うん」

ロゼは急かさない。

 

ユトは続ける。

「ただし」

「うん」

「ロゼさんが帰ってきたことを、仕事とは関係なく嬉しいと思っています」

ロゼが、少し目を細めた。

 

「はい」

ユトは今、自分で確認できることを一つずつ、言葉にする。

「ロゼさんがいない間、会いたいと思いました」

「うん」

「帰還予定を待ちました」

「うん」

「ロゼさんが見た景色を、一緒に見たいと思います」

 

「うん」

「次にロゼさんがセルディアを離れる場合も、戻ってきてほしいと思います」

ロゼは少しだけ。

顔を伏せた。

肩が動く。

 

笑っていた。

「それ、結構すごい返事だよ」

「恋愛感情であるとは断定していません」

「分かってる」

「誤認される可能性があるため、明確にしました」

「そこも分かってる」

ロゼは顔を上げた。

 

「今は、それでいい」

「回答を保留してもよいのでしょうか」

「いいよ」

「いつまで、とは指定できません」

「それもいい」

「私が回答できるようになった時には、伝えます」

「うん。待ってる」

 

少しだけ、間を置く。

「でも、何もしないで待つつもりはないからね」

「何を行うのでしょうか」

「また誘う。会いたいって言う。一緒に見たいものがあったら、連れていく」

「はい」

「あたしがユトを好きだってことも、もう隠さない」

「分かりました」

 

「嫌なら言って」

「現時点では、嫌ではありません」

「うん」

ロゼは笑った。

 

「それも、今は十分」

 

***

 

食器を片づける。

二人で、研究所へ向かった。

 

《セキレイの羽》の前を通る。

 

灯りがついている。

店員が、最後の帳簿を閉じていた。

ロゼがいない間も同じ時間まで開いていた灯りだった。

だが今日。

その灯りのある場所へ、ロゼが戻った。

 

研究所へ着く。

ユトは扉を開けた。

中へ入る。

予定表の前へ立つ。

七十三日前に書いた一行。

 

『ロゼさん、セルディア帰還予定』

 

その横へ。

 

『帰還確認』

 

と書いた。

ロゼが隣から見る。

「確認、なんだ」

「予定が実施されたことを記録しました」

「うん」

ユトは、次の空欄へ筆を移す。

 

『ロゼさんと西部の丘から三部族の灯を見る』

 

そこまで書く。

「時期は?」

「未定です」

「仕事?」

「研究及び交易業務を目的としません」

ユトは、その後へ。

 

『研究目的外』

 

と加えた。

ロゼが笑った。

「サイモンとの夕食にも、それ書いてたよね」

「他の予定と区別できますので」

「あたしとの予定にも必要?」

「はい」

「じゃあ、残していいよ」

 

ユトは、さらに。

 

『時期未定』

 

と書こうとした。

ロゼが止める。

「待って」

「何でしょうか」

「《時期未定》だけだと、いつまでも決めないかもしれないでしょ」

「次回の交易予定及びセルディアでの業務日程を確認後に――」

「だから」

 

ロゼは、予定表の空いている場所を指す。

「《日程調整予定》って書いて」

ユトは、少し考えた。

「分かりました」

書く。

 

『日程調整予定』

 

「これでいい?」

「はい。調整を忘れる可能性が低下します」

「忘れないでよ」

「忘れません」

返事は早かった。

 

ロゼが、少しだけ目を丸くする。

「そっか」

「はい」

「じゃあ、約束ね」

「はい」

机の上には今日、確認しなかった研究記録がある。

 

ロゼの鞄には明日受け取る、厚い交易報告がある。

三つの部族。

新しい交易路。

異なる色の灯。

それらについては明日、確認する。

 

今日。

確認したのはロゼが帰ってきたこと。

帰ってきたことを、ユトが嬉しいと思ったこと。

互いに、会いたいと思っていたこと。

そして、次は同じ道を、一緒に行くことだった。

 

セルディアから西へ伸びる道はロゼが出ていくためだけの道ではない。

帰ってくるためだけの道でもなくなった。

今度は二人で、同じ景色を見に行くための道にもなった。

 

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はーい、マユで~す! でもごめんなさい、いまマユは生体CPUになってるのでお話しできません(作者:何を書けばいいんだ)(原作:ガンダム)

CE71年、大西洋連合が実施したオーブ解放作戦によって発生した激しい戦闘の最中、マユ・アスカは流れ弾によって吹き飛ばされ絶命したかに思えた。▼だが彼女は死んでいなかった、瀕死の重傷を負いつつも生き残った彼女はブルーコスモスによって加工され、生体CPUメリー・ゴーランドとして生まれ変わったのだ。▼しかし、過去の記憶を抹消された彼女の脳内にはなぜかガンダムSEE…


総合評価:10322/評価:8.68/完結:32話/更新日時:2026年07月07日(火) 12:07 小説情報


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