ユトの倫理観は独特である。
ロゼの暗殺に対して憤らない。必要悪として納得もしない。ただ、問いだけを残す。
「依頼に基づいて有償で殺人を請け負う行為は、現行法において禁止されているはずですが」
「風の骨は、その法体系の外部に存在する組織なのですか」
「それとも、違法性は認識した上で活動しているのですか」
「対象者の生命を、司法手続きによらず、第三者の依頼に基づいて奪っているという理解でよろしいですか」
「その場合、貴方の行為は処罰対象になるはずです」
「にもかかわらず穢れが発生しない理由を確認させてください」
ユトはロゼを正そうとしない。
彼は論点を明らかにするだけで、答えは教えてくれない。
なぜなら、ユト自身も知らないからだ。
ユトはロゼを断罪するために追加されたキャラクターではない。
むしろ、ロゼを断罪すれば済むと思っていたプレイヤーに対して、「本当に問題はそこなのか」と問い返すキャラクターである。
確かにロゼは人を殺している。
だが、人を殺していることと、穢れることは同義ではない。
ユトが明らかにしたのは、ロゼの異常性ではない。
善悪と穢れが一致しない、この世界そのものの異常性である。
そしておそらく、ユトはこの問いに対して最後まで完全な答えを持っていない。
彼が参照できるのは、法、慣習、前例、手続きである。
だが穢れは、それらと必ずしも一致しない。
だからユトはロゼを裁けない。
裁くための基準そのものが、この世界では、ずれているからだ。
***
スキット名:「善悪の学び方」
ロゼ「ユトってさ、悪いことは悪いって言うより、まず法律とか規則の話するよね」
ユト「はい。そちらの方が誤差が少ないので」
スレイ「誤差?」
ユト「善悪という概念を、子供の頃はうまく理解できませんでした」
ミクリオ「……かなり重いことをさらっと言うな」
ユト「重い話でしょうか」
ロゼ「まあまあ重いよ」
ユト「人を傷つけてはいけないと言われても、なぜいけないのかが分かりませんでした。相手が痛がるから、という説明は理解できます。しかし、痛みを与える行為のすべてが禁じられているわけではありません。治療、訓練、処罰、戦闘。それらを分ける条件が、当時の私には分かりませんでした」
ユト「殺してはいけない、と言われても、なぜ戦争や処刑は許容されるのか分かりませんでした」
エドナ「面倒な坊や」
ユト「はい。私もそう思います」
エドナ「そこは否定しないのね」
ユト「そのため、本を読みました。法律、慣習、裁判記録、宗教的戒律、商取引の規約などです」
スレイ「善悪を本で勉強したのか?」
ユト「はい。多くの共同体で禁止されている行為には、禁止されるだけの理由があると考えました。逆に、場合によって許容される行為には、条件があるのだろうと」
ロゼ「だから暗殺にも『悪』じゃなくて『現行法で禁止』って言うんだ」
ユト「はい。私の感情的判断は、あまり信用できませんので」
スレイ「でも、今は分かるんだろ?」
ユト「ある程度は」
ミクリオ「ある程度?」
ユト「人を道具として扱うべきではない。弱い立場の者を利用すべきではない。そういったことは、理解しています」
ロゼ「本から?」
ユト「本と、前例と、失敗例と、皆さんからです」
スレイ「そっか」
ユト「ただし、未知の事例には弱いです」
ミクリオ「未知の事例?」
ユト「前例がないものは、判断基準がありませんから。ユイの件は、まさにそうでした」
スレイ「分からない時は、一緒に考えればいいんじゃないか?」
ユト「……その発想は、あまり本に書いてありませんでした」
***
こんなサブイベントもあった。
遺跡調査中、ある村で「危険な実験」に協力している人々がいる。
協力者たちは書面に署名している。報酬も受け取っている。なので村長は「本人たちが望んだことだ」と言う。
ユト「書面による同意があり、報酬も支払われています。少なくとも形式上は契約が成立しています」
ロゼ「形式上は、ね」
ユト「はい。問題があるとすれば、危険性の説明が十分だったかどうかです」
ミクリオ「それだけか?」
ユト「他に何かありますか」
スレイ「その人たち、本当に断れたのかな」
ユト「……」
スレイ「断ったら生活できなかったんじゃないか?」
ユトが止まった。
ユト「経済的困窮によって選択肢が著しく制限されていた場合、同意の自由性に疑義が生じます」
ロゼ「急に難しくなった」
エドナ「署名があっても同意してるとは限らないってことよ」
***
子供が、死んだ親のことを尋ねる。
スレイが「遠くへ行ったんだよ」と伝える。
ユト「それは虚偽ではありませんか」
場が凍る。
幸い、子供が「キョギ?」と返していたのだけは救いだったが。
ロゼ「今それ言う?」
ユト「事実と異なる説明は、後に信頼関係を損なう可能性があります」
ライラ「ですが、今すぐ全てを伝えることがその子のためになるとは限りませんわ」
ユト「秘匿すべきですか」
ライラ「……今は」
ユト「かしこまりました」
子供が去った後、ユトはしばらく黙っていた。
ユト「先ほどの発言は不適切でしたか」
エドナ「かなりね」
ユト「真実であっても、提示の時期を誤れば害になる、ということですね。理解しました」
ユト「今後は、情報の提示時期について確認を取ります」
悪意がないからこそ、困る。
***
設定資料集でこんなことが書かれていた。
「ユトは育ち方が違えば敵キャラになっていたかもしれません」
確かに、強力な力を持っているし、敵になりうる素質はあったのかもしれない。
ただ、おそらく一番のポイントはユトの倫理観が後付けだったことだ。
おそらく敵ユトというのは、倫理をインストールできなかった世界のユトなのだろう。
インタビュー記事で印象に残った話がある。
「僕の好きな漫画で、瞳が綺麗すぎてコレクションになるからって一族を滅ぼされた生き残りが復讐するって話があるんですよ。ここ、敵ユトだったら多分滅ぼしません。一族を閉じ込めて管理して、継続的に瞳を収奪します。その方が持続可能性がありますからね」
いや怖い事を言わないでください。
「そうしたら生き残った彼の目的が復讐ではなく因習村の解放になって、全く別の話になってしまいますね」
しまいますねじゃなくてさ。
ユト怖いよユト。
ただし、これはTOZ-R内のユトの善良さが偽物だという意味ではない。
学んだ善良さは、自然に湧いた善良さより劣るのだろうか。
私はそうは思わない。
ユトは、分からなかった。
だから本を読んだ。前例を探した。失敗例を覚えた。仲間の反応を見た。
それは、生まれつき善良な人間のふるまいではないのかもしれない。
だが、善良であろうとしない人間のふるまいでもない。
おそらく、ユトが加入後は穢れずにいられた理由もそこにある。
怒りを怒りのまま抱えず、手続き上の問題に変換する。
悲しみを悲しみのまま抱えず、損失や因果関係として整理する。
恐怖を恐怖のまま抱えず、危険度や再発防止策として記録する。
ユトの論理は武器ではない。防具である。
だが、ユイだけはその防具を貫通した。
法にもない。慣習にもない。前例にもない。
契約でも、加護でも、憑依でもない。
判断基準がなかった。
だからユトは、存在しないことにした。
倫理が外付けだったから、加入後のユトは穢れずにいられた。
倫理が外付けだったから、ユイだけは処理できなかった。
結論から言うと、ユトは善人ではない。
だが、善人がどのように振る舞うのかを学ぼうとしている。
だから彼は危うい。
参照する規則が変われば、出力も変わる。
悪の組織に育てられれば、忠実な組織の一員になっただろう。
イズチでスレイとミクリオと共に育っていたら、第三の遺跡オタクになっていたかもしれない。
法務官の子として育てば、優秀な法務官になっていたのだろう。
ユトの親は、ユトに善良であることを求めた。
だからユトは、善良とは何かを学んだ。
生まれつき善人だったからではない。
善人であろうとしたから、善人のように振る舞えるようになった。
それだけのことであった。
そして、その「それだけ」が、ユトを味方にした。