後半のマオテラス救出作戦にも、ユトは容赦なく切り込む。
原作でもかなり勢いのある展開だった。
マオテラスを救うため、仲間たちがそれぞれの力を託す。
要するに、仲間を弾丸にして撃ち出す。
いや、字面が最悪すぎる。
もちろん、シーンとしては熱い。
テイルズである。仲間の力を集めて、届かない場所へ届かせる。
そういう展開は大好きだ。大好きなのだが、冷静に考えるとかなり無茶をしている。
リメイク版は、そこにユトを置いてしまった。
「正気ですか」
出た。またこいつは一番盛り上がっているところで水を差す。
「いくらマオテラスを救うためとはいえ、仲間を弾丸にして撃ち出すのですか」
ロゼが即座に「言い方」と突っ込む。
分かる。本当に言い方が最悪。
だが、だいたい合っている。
エドナも「最悪だけど、だいたい合ってるのが嫌ね」と言う。
本当にそれである。
ミクリオはユトを止めようとする。
「ユト、これは全員が納得した上で――」
しかしユトは返す。
「納得していれば、特攻は特攻ではなくなるのですか」
ここで場が止まる。
止まるに決まっている。
ユトはマオテラスを救うことに反対しているわけではない。
仲間たちの覚悟を軽んじているわけでもない。
むしろ、覚悟を軽く扱わないために、最悪の言葉で言い直している。
仲間が納得している。
全員が自分で選んでいる。
マオテラスを救うためには他に方法がない。
それは分かる。
だが、だからといって危険が消えるわけではない。
だからといって、誰かを撃ち出す行為が美談になるわけではない。
ここでユトがいる意味が出る。
熱い展開を冷ますためではない。
熱い展開を、美談だけで終わらせないためにいる。
スレイは黙って聞いていた。
そして、少ししてから言う。
「うん。無茶だと思う」
否定しない。
スレイは、ユトの言葉を否定しない。
「でも、みんなが一緒に考えてくれた方法だから」
ユトは眉を寄せる。
「結果として、撃ち出すことに変わりはありません」
「うん」
「失敗すれば、誰かが消えるかもしれない」
「うん」
「それでも?」
スレイは、少しだけ息を吸う。
「それでも、なかったことにはしない」
ここが良かった。
スレイは、仲間の覚悟を綺麗な言葉で包まない。
無茶だと認める。
危険だと認める。
怖いと認める。
その上で、やる。
ミクリオが続ける。
「僕たちは、スレイに撃たれるわけじゃない」
ユトがそちらを見る。
「スレイに届かせるんだ。僕たちが」
この言葉で、少しだけ場の見え方が変わる。
ユトには「撃ち出される仲間」に見えていた。
だが、ミクリオにとってそれは違う。
スレイに使われるのではない。
スレイに託されるだけでもない。
自分たちが、自分たちの意志で、スレイと共に届こうとしている。
この差は大きい。
ロゼが軽く笑う。
「そ。撃たれるんじゃなくて、乗っかるの。スレイ便に」
ザビーダが「片道切符じゃなきゃいいがな」と茶化し、エドナが「縁起でもないこと言わないで」と返す。
軽い。
軽いのだが、その軽さに救われる。
ユトはしばらく沈黙した後、言う。
「私は、この作戦を正しいとは言えません」
スレイは頷く。
「うん」
「ですが、必要なのだということは理解しています」
「ありがとう」
「感謝されることではありません。私は最後まで反対しています」
ロゼが笑う。
「反対しながら協力するの?」
「はい」
エドナが呆れる。
「面倒くさいわね」
ユトは静かに返す。
「面倒くさいまま、協力します」
ここで私は、ユトというキャラがかなり好きになっていたのだと思う。
ユトは、正しくないと思うことを正しいとは言わない。
必要だからといって、美談にはしない。
だが、正しいと言えないからといって、何もしないわけでもない。
反対したまま、協力する。
それは矛盾しているようで、かなり誠実だった。
マオテラス救出作戦、リメイク版ではユトが「正気ですか」と水を差す。
正直、初見では「今それ言う?」と思った。
でも、必要だった。
仲間の力を集める展開は熱い。
だが、その仲間たちは道具ではない。
弾丸ではない。
使い捨ての力ではない。
だからこそ、誰かが一度、最悪の言葉で言わなければならなかった。
「仲間を弾丸にして撃ち出すのですか」と。
その言葉を通った上で、それでも全員が自分の意志で進むから、この場面はただの特攻ではなくなる。
納得していれば特攻ではなくなるのか。
その問いに対する答えは、たぶん簡単ではない。
でも少なくとも、リメイク版はその問いをなかったことにはしなかった。
そこが良かった。
***
ユトの生い立ちについては、終盤のサブイベントで詳細が明らかになる。
彼は双子だった。
しかし、片割れは母親の胎内で命を落とした。
そしてその片割れは、生まれる前に天族となった。
ユイである。
ユイは、ユトを器として生まれてきた。
いや、「器として選んだ」という言い方すら少し違うのかもしれない。
ユイは、最初からユトの中にいた。
器の中に入った状態で生まれ、それ以外の生き方を知らなかった。
だから、一度もユトの外側へ出てくることができなかった。
ここで私はしばらく画面を見ていた。
そういうことだったのか。
ユトが天族を視認できる理由。
人間でありながら、天響術に近い力を使える理由。
それでもロゼほど天族の力が通らない理由。
ユトが「同じものを見聞きできる仲間」という言葉にあれほど傷ついた理由。
全部、ここに繋がる。
ユトは天族が見える人間だったのではない。
天族と一緒に生まれてきた人間だった。
ユイはユトに取り憑いた天族ではない。
ユトの片割れであり、ユトの中でしか生き方を知らなかった天族だった。
この設定、字面だけ見ればかなり盛っている。
双子。
死んだ片割れ。
天族への転生。
内側の声。
オッドアイ。
術が使える人間。
盛りすぎだろ、と思う。
だが、ここまでユトを見てきた後だと、その全部が「人間と天族の共存」を別方向から描くための構造だったと分かる。
スレイとミクリオが、人間と天族の共存における理想形だとするなら。
ユトとユイは、共存を強制された者だった。
スレイとミクリオには、隣に立つという形がある。
顔を見て話せる。
喧嘩できる。
同じ遺跡を見て、同じ夢を語れる。
ユトとユイには、それがない。
ユイは一度も外に出られない。
ユトは一度も完全に一人になれない。
いつも一緒にいるのに、正面から向き合えない。
最も近いのに、最も遠い。
共存している。
だが、選んだわけではない。
ここが本当にきつかった。
しかも、ユイは善良な天族だからユトを侵さなかった、という話ではない。
知識がなかったのだ。
デゼルは、ロゼを復讐のための器にした。
長年干渉し、時には操り、自分の目的のためにロゼの身体へ関わり続けた。
一方、ユイにはそんな意図はない。
ユトを利用しようとしたわけではない。
守ろうとしたと胸を張れるほど、明確な知識があったわけでもない。
ただ、そこにいた。
そこにいることしか知らなかった。
この「ただ、いた」が重い。
善意でも悪意でもなく、存在してしまった。
そして、その存在がユトの人生を変えてしまった。
ユトが「私はひとりだ」と叫んだ意味が、ここで反転する。
ひとりではなかった。
最初から、ひとりではなかった。
だが、ひとりではないことが救いだったとは限らない。
だからこそ、このイベントで得られる称号が刺さる。
「二心同体」
あまりにもユトの本質すぎる。
普通なら「一心同体」と言いたくなるところを、そうはしない。
二心なのだ。
心は二つある。
混ざらない。
一つにならない。
同じ身体にいても、同じ心ではない。
それを、称号として認める。
これは、ユトがようやくユイを「自分の中の声」ではなく、「別の心」として認めた証なのだと思う。
そして、ミクリオの称号「異体同心」との対比があまりにも綺麗だった。
ミクリオとスレイは、身体が違う。
種族も違う。
けれど、同じ夢を見ている。
同じ方向へ進もうとしている。
だから異体同心。
ユトとユイは、身体が同じ。
けれど、心は二つある。
同じにしてはいけない。
だから二心同体。
この対比、あまりにも決まりすぎている。
同じ人間と天族の関係でも、ここまで違う。
理想としての共存。
強制された共存。
選び続けた隣。
生まれる前から逃げられなかった内側。
スレイとミクリオを否定しないまま、同じテーマの裏面としてユトとユイを置く。
これが本当に上手かった。
ユトは、スレイとミクリオの関係を奪うキャラではなかった。
むしろ、スレイとミクリオの関係がどれほど幸福な奇跡だったのかを、別角度から照らすキャラだった。
隣に立てること。
顔を見て話せること。
喧嘩できること。
「僕はここにいる」と言えること。
「君はここにいる」と返せること。
それが当たり前ではないと、ユトとユイが教えてくる。
そしてその上で、ユトとユイにも救いがある。
同じ心になることではない。
外へ出られるようになることでもない。
完全に分かり合うことでもない。
二つの心が、同じ身体にあることを否定しない。
それだけ。
でも、それがユトにとっては存在証明だった。
***
スレイが突然、顔を上げた。
「思いついた」
その声は、何か重大な作戦を思いついた時というより、遺跡の碑文を読み解いている最中に、ふと欠けた一文字が埋まった時のそれに近かった。
「何をだ」
すかさずミクリオが聞き返す。
反応が早い。こういう時の二人は、言葉の受け渡しにほとんど間がない。
スレイは少しだけ照れたように笑った。
「ユイの真名」
その名が出た瞬間、空気がわずかに変わった。
ユトは息を止める。
自分が呼ぶために付けた名前。
けれど、まだ誰にも本当の意味では届いていない名前。
ユイ。
その名を、スレイはあまりにも自然に口にした。
まるで最初からそこにいた仲間の名を呼ぶように。
「『ユーゼクス』っていうのはどうかな」
ミクリオの動きが一瞬止まった。
ほんのわずかな沈黙だった。
けれどユトには、その沈黙がやけに長く感じられた。
ミクリオは目を伏せ、口の中でその音を確かめるように小さく繰り返す。
「ユーゼクス……」
そして、静かに頷いた。
「……ああ、いいと思う」
スレイの表情がぱっと明るくなる。
「ほんとか?」
「古代語としては少し変則的だが、響きは悪くない。意味も……合っている」
ミクリオはそこまで言って、ちらりとユトを見た。
その視線には、説明していいかと問うような慎重さがあった。
ユトは一拍遅れて、自分が置いていかれていることに気づく。
「私にも説明してください」
スレイはまっすぐにユトを見る。
「古代語で『存在する』って意味なんだ」
ユトは、あっけにとられた。
言葉の意味を理解するまでに時間がかかったわけではない。
むしろ、理解はすぐに届いた。
届いてしまった。
存在する。
たったそれだけの言葉が、胸の奥で音を立てた。
ユトは反射的に何かを言おうとした。
けれど、声が出なかった。
スレイは続ける。
「ユイは、いるだろ」
あまりにも単純だった。
あまりにもまっすぐだった。
ユトが長い時間をかけて疑い、恐れ、否定し、説明しようとして、ついにはいないことにしようとしたものを、スレイはただ一言で言った。
いるだろ、と。
「……それは」
ようやく出たユトの声は、かすれていた。
「真名として、あまりにも直接的ではありませんか」
「そうかな」
スレイは少し首を傾げる。
「オレは、大事なことだと思った」
ミクリオが補足する。
「厳密に言えば、“存在”という名詞というより、“存在する”という動きに近い。そこに在り続ける、消えずにいる、という意味合いだ」
「在り続ける」
ユトはその言葉を繰り返した。
左側の前髪が、かすかに揺れる。
風は吹いていなかった。
スレイはその揺れに気づいたのか、気づかなかったのか、穏やかに笑った。
「ユトが聞こえないふりをしても、ユイは消えなかった」
ユトの指が響筆に触れる。
握りしめるでもなく、ただ確かめるように。
「ユトがひとりだって言っても、そこにいた」
「……」
「だから、ユーゼクス」
スレイは、少しだけ照れたように言った。
「存在する者」
ユトは目を伏せた。
責められているわけではない。
それは分かる。
スレイはそんなつもりでこの名を差し出したのではない。
けれど、その優しさは残酷だった。
存在する。
その一言を言うだけのことが、自分にはずっとできなかった。
聞こえていたのに。
呼ばれていたのに。
怖かったから。
説明できなかったから。
普通でいたかったから。
ユトは小さく息を吸う。
「……私は」
声が震えた。
「その言葉を、ずっと避けていました」
スレイは何も言わない。
ミクリオも黙っている。
ユトは、誰にも見えない場所へ視線を落とした。
「存在する、と認めてしまえば」
「はい」
「私はもう、ひとりではいられない」
その沈黙の中で、ユトの左肩から垂れた布が、ほんの少しだけ揺れた。
ユトはそれに気づき、唇を噛む。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……ユーゼクス」
初めてその名を、自分の声で呼ぶ。
「存在する者」
その言葉は、誰かに届くための光のように、少し遅れて空気へ溶けていった。
***
この真名イベントで、ユトの第二秘奥義が解禁される。
もう一度おさらいしておくと、彼の第一秘奥義はあのインディグネイションである。
インディグネイション。
テイルズシリーズにおける、あまりにも重い雷の大魔術。
第一秘奥義がインディグネイションの男に、次は何をやらせるつもりだ。
そう思っていた。
そして解禁された第二秘奥義。
ユトが響筆を掲げる。
いつものように空へ文字を書くのではない。
その筆先は、まるで自分の胸の内側をなぞるように、ゆっくりと光を引く。
「ユーゼクス!」
ユトはユイの真名を呼ぶ。
ここまでゼスティリアをプレイしてきた人間なら、まさか、と思うだろう。
ユトの姿が変わっている。
灰味を帯びた亜麻色の髪は、神々しい金色に。
黒を基調とした外套は、白い光をまとった衣へ。
左側だけにあった非対称の刺繍が、全身へ広がるように浮かび上がる。
つまり。
そういうことである。
いま、神依した?
ユトは神依できない。
そのはずだった。
少なくとも、通常戦闘ではそう説明されている。
ユトは天族が見える。
響筆を通して天響術に似た力を扱える。
第一秘奥義でインディグネイションすら撃つ。
だが、神依はできない。
ロゼのように天族を器として受け入れていたわけではない。
スレイのように契約した天族と融合できるわけでもない。
ユトは、どこまでいっても「神依できない人間」だった。
その壁を、第二秘奥義の一瞬だけ超える。
ただし、それはスレイやロゼの神依とは違う。
外側にいる天族と融合するのではない。
内側にいた存在を、初めて「いる」と認める。
名前を呼ぶ。
真名を与える。
そして、その存在を世界へ刻む。
だからこそ、声は一人分だった。
スレイやロゼの神依秘奥義のように、二人の声が重なるのではない。
ユトの声だけが響く。
けれど、その詠唱は徹底して二人称で進む。
「貴方は敵を滅する」
光が、響筆の先へ集まる。
「貴方は闇に屈しない」
ユトの左目が淡く輝く。
「貴方は名を持つ者」
空中に古代語の文字が浮かぶ。
それは攻撃の術式というより、誰かの名前を世界に記すための銘文に見えた。
「貴方は間違いなく、ここにいる」
ここで私は息を止めた。
これは敵に向けた詠唱ではない。
少なくとも、それだけではない。
ユトは、敵を倒すために秘奥義を撃っている。
だが同時に、ずっと内側にいた誰かへ語りかけている。
貴方はいる。
貴方は名を持つ。
貴方は闇に屈しない。
貴方は、間違いなくここにいる。
ユトがかつて否定した事象を、今度は秘奥義の詠唱で肯定していく。
「私はひとりだ」と叫んだ男が、
「貴方はここにいる」と告げる。
それが、第一秘奥義インディグネイションの先に用意されていた答えだった。
「双心神依――存在証明」
そして光が落ちる。
雷ではない。
炎でもない。
斬撃でもない。
白い文字が、空から降る。
それは敵を討つ攻撃であると同時に、世界へ刻まれる証明だった。
第一秘奥義がインディグネイションだった理由も、ここでようやく分かる。
あれは火力の頂点ではなかった。
ユトの内側にある異常な出力の伏線だった。
そして第二秘奥義は、その出力を超える技ではない。
意味で超える。
シリーズ伝統の大魔術よりも上に置かれたものが、「存在証明」だったのである。
***
正直に言う。
「第二秘奥義で神依する」可能性を考えていなかった。
ユトは神依できない。
これは加入時から何度も言われる。
天族が見える。響筆で天響術に近いものを扱える。第一秘奥義でインディグネイションを撃つ。
だが神依はできない。
そういうキャラなのだと思っていた。
だから第二秘奥義で、真名を呼んだ瞬間に姿が変わった時、私は負けを認めるしかなかった。
ベルセリアで敵側が神依した時と同じくらい、負けを認めるしかない。
神依とは何か。
人間と天族の共存とは何か。
契約とは何か。
器とは何か。
こちらが「そういうもの」と思っていた前提を、物語側が一段深く掘ってくる。
そういう負け方だった。
しかもユトの場合、通常戦闘では神依しない。
第二秘奥義の一瞬だけである。
この一瞬だけ、ユトはユイを外側の存在としてではなく、内側にいる別の心として認める。
同化するのではない。
消すのでもない。
二つの心のまま、一つの術式を完成させる。
だから「双心神依」。
あまりにも答えである。
***
ところでユトは、ファンから「炎上論点スタンプラリー」「公式FAQの擬人化」と呼ばれるくらい、かなり突っ込んでいく。
本当に突っ込んでいく。ブレーキって知ってますか?
誓約のせいで全てを話すことができないライラに対して、
「貴方が黒幕ですか?」
と言い出した時は、流石に声が出た。
いや、違う。
ライラは黒幕ではない。
少なくとも、そんな単純な話ではない。
だが、分かる。
プレイヤーが一度は思うやつだ。
「この人、明らかに何か知ってるのに言わないな」
「重要なことを伏せているな」
「もしかして全部この人の誘導なのでは?」
そういう疑念を、ユトはあまりにも直球で投げる。
ライラは当然困る。
「まあ、その、黒幕という言葉の定義にもよりますけれど……」
「否定が遅いです」
「否定したい気持ちは山々なのですが、誓約が」
「では黒幕ではないが、重要情報を隠している協力者という認識でよろしいですか」
このあたり、ライラの逃避芸まで含めて、だいぶ迷言である。
一方で、デゼルに対する言葉は普通に名言だった。
「ロゼさんは道具ではありません」
「誰かを道具にする権利は、誰にもありません」
ここはかなり重い。
デゼルはロゼを守っていた。
それは間違いない。
彼女への情もある。
命を救ったことも、一度や二度ではない。
だが同時に、彼はロゼを器として使っていた。
本人が知らないまま、その身体に干渉し、時に操り、自分の復讐のための力として扱っていた。
ユトがそこへ刺しに行くのは当然である。
なぜならユト自身が、「内側にいる誰か」との境界を問われるキャラクターだからだ。
内側にいるからこそ、境界を守らなければならない。
近いからこそ、相手を自分の一部にしてはいけない。
だからデゼルへのこの台詞は、単なる倫理的ツッコミではない。
ユト自身の物語にも返ってくる言葉である。
誰かを道具にする権利は、誰にもない。
それはデゼルに向けた言葉であり、同時にユト自身がユイを「説明のつかない声」「消したいもの」として扱おうとしたことへの反転でもある。
こういうところは本当に強い。
ただし、全部が名言というわけではない。
迷う方の迷言もかなり多い。
ザビーダに対して、
「その露出は女性の気を惹くためですか。効果はないと思いますけど」
と言い放った時は、さすがに笑った。
ザビーダも一瞬止まる。
「おいおい坊主、効果がないってのは聞き捨てならねえな」
「では実績がありますか」
「実績って言い方やめねえか」
「少なくとも現在の同行者内では効果が確認されていません」
「統計を取るな」
「母数が少ないので断定は避けますが」
こういうやつである。
ユトは真面目に失礼だ。
悪意はない。
むしろ、悪意がないから余計に刺さる。
ロゼには「たまにユトって、刃物より切れること言うよね」と言われ、エドナには「刃物に失礼」と言われる。
ミクリオは止めようとするが、ユトの発言が理屈として間違っていない時ほど止めにくい。
スレイは「えっ、そうなのか?」と普通に受け止めるので、場がさらに混乱する。
このあたりのユトは、完全に公式FAQの擬人化である。
プレイヤーが聞きたいことを聞く。
聞きにくいことを聞く。
聞いてはいけないタイミングでも聞く。
だが、彼がただのメタツッコミ役で終わらないのは、その問いが必ず自分にも返ってくるからだ。
ライラに「なぜ話さないのですか」と問うユトは、自分もまたユイのことを話せなかった。
デゼルに「誰かを道具にするな」と問うユトは、自分もまた内側の声を都合よく消そうとした。
ロゼに「思い込んだもの勝ちですか」と問うユトは、その誤読で自分自身を穢れさせた。
ユトの問いは、他人を裁くためのものではない。
世界の構造を暴くためのものでもあるが、それ以上に、彼自身を逃がさないためのものでもある。
だから彼は「炎上論点スタンプラリー」と呼ばれる。
だが、スタンプを押して終わりではない。
踏んだ地雷の上で、自分も爆発する。
そこがユトという追加キャラの怖いところであり、面白いところだった。
***
地味に好きなのが、アリーシャのユトへの呼び方である。
アリーシャはユトを「ユト様」と呼ぶ。
最初に聞いた時は少し驚いた。
アリーシャは王女であり、騎士であり、ハイランドという国に責任を持つ立場の人間だ。
一方のユトは、少なくとも表向きには家名も名乗らない旅の青年である。(一応家名はあるのだが「名乗るほどいい思い出のある場所ではありませんので」とのこと)
身分だけを考えれば、様付けされるのはむしろアリーシャの方だ。
当然、ユトも恐縮する。
「姫様にそのような呼ばれ方をする身分ではありません」
いかにもユトらしい返答である。
礼儀正しい。距離を取る。身分というものに対して敏感で、しかし自分を高く置くことはしない。
だが、アリーシャは少し困ったように言う。
「私にも分からないのです」
「ただ、何故か、そう呼ばなければいけない気がした」
この時点では、ただの不思議な台詞に聞こえる。
アリーシャは霊応力が低く、天族をはっきり視認することはできない。
けれど、まったく何も感じ取れないわけではない。
スレイたちと旅をし、従士となり、見えないものへ手を伸ばそうとした彼女だからこそ、理屈では説明できない敬意のようなものを感じ取ったのかもしれない。
そして終盤、ユトの内側にユイという天族がいたことが明かされた後、この「ユト様」呼びの意味が変わる。
アリーシャが敬意を払っていたのは、ユトの身分ではない。
ユトの内側にいた、名もなき天族の気配だったのだ。
もちろん、アリーシャはユイを見えていたわけではない。
声が聞こえていたわけでもない。
ユトの中にもう一人いると知っていたわけでもない。
ただ、何かを感じた。
人間としてのユトだけでは説明できないもの。
天族としてのユイだけでも説明できないもの。
その境界に立つ、奇妙な存在の気配。
だから彼女は「様」をつけた。
これが非常に良い。
ユトは人間である。
だが、ただの人間ではない。
天族が見える。天響術に似たものを扱う。第一秘奥義でインディグネイションを撃つ。
それでも神依できない。
ユイは天族である。
だが、ただの天族ではない。
ユトの内側で生まれ、外側に出たことがなく、器の外の世界を知らない。
その二人がひとつの身体で生きている。
だからユトは、人間なのか天族なのか分からない。
正確には、人間でもあり、天族の気配を宿す者でもある。
アリーシャの「ユト様」は、その曖昧さを一言で表している。
はっきり見える者たちには、かえって気づけなかったかもしれない。
見える者ほど、見えないものへの判断が一度そこで止まってしまう。
だが、見えないアリーシャは、見えないまま敬意を払った。
ここが本当に良い。
見えないから、ないとは言わない。
分からないから、無視しない。
説明できないけれど、そう呼ばなければならない気がする。
ユトとユイの物語において、アリーシャがその感覚を持っているのはかなり美しい。
***
一方で、衝撃を受けたのがアリーシャの呼称絡みでもう一つある。
原作のアリーシャは、ミクリオを「ミクリオ様」と呼ぶ。
これは自然なことだ。アリーシャにとって天族は敬うべき存在であり、信仰や伝承の中にいる相手である。たとえミクリオがスレイの幼馴染であっても、天族であることに変わりはない。
だから「ミクリオ様」。
そういう距離感だった。
だが、今作ではこうである。
スレイ「ミクリオに様なんてつけなくていいよ」
ミクリオ「君が決めるのか?」
スレイ「様付けの方がよかった?」
ミクリオ「いや、僕としては特にこだわりはないが」
アリーシャ「いくらスレイの友人でも、天族の方を呼び捨ては恐れ多いな」
この会話、地味にすごい。
スレイにとってミクリオは、まずミクリオである。
天族である前に、幼馴染であり、家族であり、相棒だ。
一方でアリーシャにとってミクリオは、まず天族である。
見えない世界に属する、敬うべき存在だ。
そしてミクリオ本人はというと、様付けに強いこだわりはない。
ないが、スレイに勝手に決められるのは違う。
この三者三様の距離感が、一つの呼称だけで分かる。
上手い。
そして後半、アリーシャは親しくなってからミクリオを「ミクリオ」と呼ぶようになる。
呼称って、リメイクで変えていいんだ!?
いや、変えていいのだろう。
ミンサガなりFEエコーズなり、キャラデザから変えてきたリメイクだってある。別会社だけど。
とはいえ、そこを変えてくるのはかなり勇気がある。
だが、これは良い変更だったと思う。
「ミクリオ様」から「ミクリオ」へ。
それはアリーシャが天族への敬意を失ったということではない。
むしろ逆だ。
天族という種族に向けていた敬意が、ミクリオという個人への信頼に変わったのだ。
様を外すことが無礼ではなくなる。
呼び捨てが、軽視ではなく親しさになる。
それだけの時間を、このリメイク版はちゃんと描いている。
一方で、エドナのことは相変わらず「エドナ様」と呼んでいる。
なぜか。
エドナ「エドナ様と呼びなさい」
アリーシャ「はい、エドナ様!」
エドナ「そ、それでいいのよ……」
この流れがあったからである。
かわいい。
エドナはたぶん、いつもの調子でからかっただけなのだ。
人間の姫様相手に「エドナ様と呼びなさい」と言えば、相手が困るか、反論するか、少なくとも少しは戸惑うと思っていたのだろう。
ところがアリーシャは素直だった。
「はい、エドナ様!」
満点の返事である。
エドナが一瞬ひるむのも当然だ。
からかうつもりだったのに、真正面から礼儀で受け止められてしまった。
この後、エドナが内心ちょっと気に入ってしまっているのが分かるのも良い。
たぶんアリーシャが「エドナ」と呼ぼうとしたら、
「何よ、急に馴れ馴れしいわね。別にいいけど」
とか言う。
面倒くさい。かわいい。
この呼称差分が本当に良い。
ミクリオは「様」を外すことで、個人として近づく。
エドナは「様」を残すことで、二人だけの妙な関係性が成立する。
ユトは「ユト様」と呼ばれることで、人間なのか天族なのか分からない曖昧さが示される。
アリーシャの呼称だけで、三人の天族/天族に近い存在への距離感が全部違う。
こういう細部があると、リメイク版のアリーシャは「天族を敬う王女」から、「見えないものに対して自分なりの関係を結んでいく人」になっているのが分かる。
呼び方ひとつで、ここまでやるか。
やっていいんだ。
やってくれてありがとう。