ユトについて、設定資料集にはこう記されている。
「171cm 右利き」
これだけを見るなら、なんてことのないプロフィールだ。
この条件を満たすキャラクターなど、世の中にはいくらでもいる。
だが、ユトがあえて「右利き」と書かれていることには意味がある。
ちなみにミクリオは「165cm 左利き」と記載されている。
ゼスティリアにおいて、利き手の設定は単なるフレーバーではない。
ここで、テイルズオブシリーズにおける、左利きのキャラクターを見ていこう。
ヴェスペリアのユーリ、ジアビスのルーク、デスティニーのリオンなどが代表的である。
ベルセリアのライフィセットとアイゼン、クレストリアのミゼラとイージスなど、作品中に2人左利きのキャラクターがいる作品も中にはある。これでもパーティーメンバー6人中2人であれば多い方だ。
現実世界において、左利きは概ね人口の10%程度とされている。
では、ゼスティリアはどうだろうか。
5人だ。
言い間違いではない。5人だ。
8人中5人。ユトを入れれば9人中5人。過半数。多いにも程がある。
ミクリオ、ライラ、エドナ、デゼル、ザビーダについて、設定資料集にはしっかり「左利き」と記載されている。
ここで気づいたものも多いだろう。全員天族である。
ベルセリアのライフィセットとアイゼンも聖隷(のちに天族と呼ばれる存在)であることを踏まえれば、これは明確に意図された設定だとわかる。
人間側と反転して、「天族は90%が左利きである」と仮定したとする。出会った天族5人が全員左利きである確率は、0.9の5乗で、約59%。
普通に現実的な数値である。
それを踏まえて、今作の追加イベントを見ていこう。
***
巨大な扉だった。
ユトにはどの時代の様式か全く分からないが、相当昔のものであることだけは伝わる。
扉の左側には、石碑と円盤状のスイッチがある。
石碑にはこう記されていた。
『ここは避難の座。追われし天族よ、しばし羽を休めよ。入口は閉じ、外の穢れを退ける。内に在る者は、静かに生きよ』
ミクリオがスイッチに触れる。
扉は、音もなく開いた。
まずはスレイが、続いてミクリオが。
ロゼ、ザビーダ、アリーシャ、ライラ、エドナ。それぞれが入り、最後にユトが進もうとした瞬間だった。
『穢れ値の異常を発見しました』
ユトは扉の外にはじき出された。
異変に気付いたスレイ達が外に戻る。
「……私だけ通れないようですね。構いません、先に行ってください」
スレイは不思議そうに言った。
「ユトを置いていけるわけないだろ」
「せっかくの遺跡ですよ」
「それとこれとは別の問題だろ」
「私ひとりのために諦めさせたくありません」
ミクリオも指摘する。
「待っている間に憑魔に遭遇したら危険だ」
「それでは、ユトさんも入れる方法を探しましょう」
ライラの言葉に、皆が賛成した。
アリーシャが考える。
「だが、ユト様だけが弾かれた理由はなんだ?」
ロゼが答える。
「穢れ値の異常って言ってたよね」
ザビーダも。
「別にユト坊が穢れてるようには見えねえがな」
しばらく考えるが答えは出ない。
ユトは、ひとつの案を思いついた。
「スレイさん。私を浄化していただけませんか?」
「必要ないと思うけど」
「この遺跡の基準では違うという可能性を否定できません」
「じゃあ、試しにやってみるか」
スレイがユトを浄化し、ミクリオが改めて扉を開く。
ユトが一歩踏み出す。
今度は、誰も弾かれなかった。
***
今作の追加エピソードである、とある遺跡の話だ。
入り口ではユトが扉から弾き出され、浄化を試みた結果、入れるようになる。
その中に憑魔はいない。
だが、遺跡を守るための機構が残っており、スレイ達の前に立ちはだかる。
したがって戦闘自体は通常通りだ。
そしてユトは、この施設について、「少し使いづらい」と申告した。
ユト「この施設、少し使いづらいですね」
ミクリオ「そうか?」
ユト「はい。人の理に沿っていません」
スレイ「えっ、そうなのか」
アリーシャ「……少し、わかるような気がします」
ロゼ「わかるんだ」
アリーシャ「なんというか、置いてあるものの順番が人間の街とは違う気がする」
ユト「はい。扉の操作部、退避経路、案内の向き。すべて左側を自然に使う前提です」
ミクリオ「言われてみれば、そうかもしれないな」
スレイ「ユト、よく気づいたな」
ユト「……褒められるほどの事ではありません」
ここで少し面白いのが、ユトの「使いづらい」という申告が、単なる不満ではなく、遺跡の仕様を読むための第一歩になっている点だ。
ユトはこの時点で、遺跡そのものを責めていない。
「壊れている」とも「欠陥がある」とも言っていない。
ただ、「人間の感覚では少し使いづらい」と言う。
これはかなりユトらしい言い方である。断定しない。責めない。だが、見落としもしない。
そして、その微妙なズレを拾った時点で、すでにこの場の役割はユトに発生している。
スレイ達が先へ進むために戦う。
ユトは、その場がどういう思想で作られたかを言葉にする。
「少しわかるような気がします」というアリーシャの反応もよい。
完全には言語化できないが、感覚としては掴めている。
この『なんとなく分かる』があることで、ユトの観察が独りよがりではなくなる。
***
遺跡内には『大地の記憶』と呼ばれるものがあった。過去を映像として映し出す、要するにビデオのようなものだ。
幼い天族が、右手で筆を取ろうとする。
隣にいた年長者が、その手首をやんわり押さえた。
「そちらではない」
子どもは筆を左手へ持ち替える。
うまく線が引けない。文字が歪む。
「もう一度」
何度も繰り返す。
場面が切り替わる。
成長した同じ天族が、左手で書類へ記入している。
流麗な文字だった。
その人物は、床に落ちた筆を反射的に右手で拾う。
一瞬だけ、その手を見つめる。
そして、誰かに見られる前に左手へ持ち替える。
そこで記憶が途切れた。
***
遺跡の最深部で、スレイ達は主電源に相当するものを見つける。
神々しく宙に浮かぶ、純白の球体だ。
「綺麗ですね」
ユトが珍しく『感想』を述べる。
「そうだな」
ミクリオが同意した。
ここなら穢れから身を守れる。
それはよくわかった。
だが、ユトでさえ穢れているという判定なら、ここに入れるものはごく僅かだろう。
清浄すぎて、少し怖いとユトは感じた。
***
この遺跡は何だったのか。
おそらく、穢れから天族を守るためのシェルターだったのだろう。
ユトが弾かれたのは、彼が人間として異常だったからではない。
むしろ、人間として正常だったからだ。
『ベルセリア』の設定資料集では、人間は微量の穢れを発しては消すことを繰り返すのが正常な状態であると説明されている。
ユトがその瞬間に帯びていたものも、憑魔化に近づくような量ではない。
迷いや自己否定によって生まれた、人間なら誰でも持ちうるごく僅かな揺らぎだった。
だが、この遺跡はそれを『異常』と判定した。
穢れをまったく持たない人間の方が、むしろ例外なのだ。
スレイやロゼ、アリーシャが通れたのは、彼らが人間として当然の感情を持たないからではない。その時、遺跡の定めた基準を下回っていただけにすぎない。
この施設が求める「穢れなき者」の基準は、あまりにも厳しすぎたのである。
『ベルセリア』は、穢れをなくすために、人間の感情そのものを抑圧した世界を描いている。
だからこそ、穢れを拒むこの遺跡は、天族を守るための場所でありながら、同時に人を選別する場所でもあった。
こうして見てみると、石碑の『内に在る者は、静かに生きよ』が急に怖くなってくる。
怒るな。
悲しむな。
迷うな。
ここにいたければ、穢れるな。
そう言われているような気がして。