ゼンライに連れられて現れたユトを、スレイは目を輝かせて見た。
「本当にミクリオが見えるのか?」
「はい」
「声も聞こえる?」
「聞こえます」
「触れる?」
「はい」
スレイは振り返った。
「すごいぞ、ミクリオ! オレ以外にもお前と話せる人間がいた!」
「僕を珍しい生き物みたいに言うな」
ミクリオは喜ぶより先に、ユトを警戒していた。
「どうして僕たちの名前を知っているんだ?」
「ゼンライさんから確認しました」
嘘ではない。
未来で知っていたことを、現在のゼンライから改めて確認した。
「二人の状態を確認するために来ました」
「状態?」
「健康状態、生活環境及び危険行動の頻度です」
「危険行動なんてしてないぞ」
「昨日、二人だけで遺跡へ入りましたね」
スレイとミクリオが同時にゼンライを見た。
「何も言っておらんぞ」
「入口付近に二人分の足跡がありました。片方は途中で滑っています」
ミクリオがスレイを見る。
「だから走るなって言っただろ」
「転んでない! ちょっと滑っただけだ!」
「同じだよ!」
元気に育っている。
***
二人は当然、ユトを遺跡へ誘う。
ユトは了承するが、鞄から次々と道具を取り出す。
ロープ、方位を確認する道具、傷薬、水、非常食、帰路を示すための印、助けを呼ぶための笛、探索予定経路を記した紙……。
「どうして遊びに行くだけなのに、こんなに荷物があるんだ?」
「遭難する予定がないことは、遭難しない根拠にはなりません」
「遭難なんてしないよ」
「遭難した者の多くも、出発時には同様に考えていた可能性があります」
ミクリオが紙を覗き込む。
「帰還予定時刻まで書いてある……」
「この時刻を過ぎても帰らなかった場合、ゼンライさんが捜索を開始します」
「ユトって、いつもこうなのか?」
ユイが内側から答える。
――いつもこうだよ。
二人には聞こえない。
「概ね、このように行動しています」
そして実際に遺跡へ入ると、ユトは術式を起動した。
ユトが印を置くと、遺跡の入口まで淡い青色の線が伸びた。
「これは?」
「帰還経路です。途中で切断された場合は赤く変わります」
「赤くなったら?」
「先へ進まず、戻ります」
ユトは二人の先頭には立たない。
危険を全部取り除き、二人を後ろからついてこさせるのではなく、スレイとミクリオに道を選ばせる。
間違えたら指摘する。
落ちそうなら響筆で支える。
しかし、自分たちで戻れる失敗までは奪わない。
「こっちだ!」
「待て、スレイ。床の模様が途中で変わってる」
「罠か?」
「可能性があります」
ユトは響筆を振るった。
何も起こらない。
スレイが首を傾げた数秒後、前方の床だけが沈み、天井から石が落ちた。直前に書かれた術式が障壁となり、三人の手前で止める。
「すごい!」
「今の、どうやったんだ?」
「床が沈んだ場合に発動するよう、術式を設置しました」
「じゃあ、罠があるって分かってたのか?」
「いいえ」
「分からないのに術を置いたの?」
「分からないため、置きました」
二人は顔を見合わせた。
この人はすごい。
だが、少し変だ。
***
「ミクリオさんは元気に育っています」
謎の少年の第一声に、ミューズは身構えた。
「……誰、ですか」
「ユトと申します」
「どうして、その名前を」
「未来でお会いしました」
「未来……?」
「ミクリオさんは、現在イズチでゼンライさん及びスレイさんと暮らしています。健康状態に大きな問題はありません。遺跡に関心があり、スレイさんと頻繁に競争しています」
「待ってください」
「はい」
「あの子は……生きているのですか」
「はい。そのことを最初にお伝えする必要があると判断しました」
「……あなたは、あの子に会ったのですね」
「はい」
「ミクリオは私のことを知っていますか」
「いいえ。今後、知らせる方法を検討します」
「ミューズさんは穢れを押しとどめるために誓約を作ったそうですが、その正式な文面について教えていただけますか」
「……『息子と二度と会わない』」
「記録しました。ご協力ありがとうございます」
「続いて、可能な範囲でカムランの穢れを浄化します」
ユト一人で到底どうにかなる量ではなかったが、ミューズの負担は減った。
ユトはミューズ本人も浄化した。憑魔化に至るほどの穢れではなかったが、念のためである。
ユトは去っていった。不思議な少年だった。
***
ミューズとは、何者だったのか。
ミクリオの母親である。
カムランから漏れ出す穢れを押しとどめるため、「息子と二度と会わない」という誓約を自らに課している。
原作では、ミクリオを息子だと知らないまま、彼の目の前で命を落とした。
そこでユトはまず、息子の無事を知らせた。
第一声で「ユトと申します」でもなく、「ミューズさんですね」でもなく、全てをすっ飛ばして「ミクリオさんは元気に育っています」だったので、ミューズは困惑した。
この少年は何者か。何故自分とミクリオの関係を知っているのか。
疑問は尽きなかった。
だが、ユトにとって、それらへの説明は最優先ではなかった。
ミューズは長年、息子の生死すら知らないまま、カムランの穢れを押しとどめ続けている。
ならば最初に伝えるべきなのは、自分の名前でも、未来から来た経緯でもない。
息子が生きていることだった。
元気に育っていることだった。
そのうえで、現在の封印状態を確認し、誓約の正式な文面を記録し、可能な範囲で穢れを浄化する。
ユトにとって、今回の訪問目的はそれで完了していた。
なお、ミューズにとっては何一つ完了していなかった。